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第十一話 賭け —— MPG模擬戦④

 午後4時34分。残り時間20分25秒。


 雪上に足跡を残しながら、祥吾は全力で東側のルートを駆け上がっていた。周囲の白銀の景色とは対照的に、彼の額には汗が滲んでいた。


 アンブッシュしているならば、杏はバンカーブレイカーを使って周囲を窺っている筈と確信していた。しかし、バンカーブレイカーの索敵利用は、その作動原理を生かしただけであって、もともとが打撃武装というメカニズム上、索敵性能はおまけみたいなものである。


 すなわち、MPGほどの質量から発する音と振動は察知できるが、人間の足音を察知する事は不可能であった。この技術的限界が、祥吾の奇襲作戦の成否を分けるポイントになる。


 200mほどを全力で走った祥吾だが、小型とは言えMPGサイズのグレネードを背負ってでは息切れも早かった。この辺りが限界と膝を折り、少しの間息を整える。


(マジできっつい……どれくらい時間が経った?)


 目の前が白い息で閉ざされる中、自分の時計を覗こうとした祥吾だったが、遠くにまだシェムカが移動している音が聞こえていたので、無駄な行動は少しでも削ろうと、背中からグレネードを下しそのまま作業に取り掛かった。


 祥吾は斜面に手頃な岩場を見付けると、杏がアンブッシュしていると思われる方角をコンパスでおおよそ割出し、岩の隙間を発射台代わりにグレネードを置いた。

 そして射出時の衝撃で射線がずれない様に、グレネードに巻き付けたロープとワイヤーを、他の岩へも巻き付け固定させる。


 次にパイロットスーツの腰に備え付けられているポーチから、一組の黒いスイッチを取り出し、片方をグレネードの基盤へ差し込む。リモート起爆装置である。


(お袋に教わったこれを使うのは癪だけど・・・・・・)


 もう片方のスイッチをポーチへ戻し、シェムカへ向けて急いで踵を返す。シェムカの移動音は既に消え、待機状態へ移行したと理解した祥吾であった。


---


 コントロールルームのイーロン達はおろか、模擬戦見学ルームへと急きょお色直しをした格納庫併設の休憩室に詰めかけていた一般生徒の誰もが、無駄口を叩く事も出来ず今や全員が固唾をのんでモニターの状況に見入っていた。


 モニターの分割画面には、西側ルートで待機するMPGと、東側ルートを走る祥吾の姿が映し出されている。MPGから離れるという常識破りの戦術に、全員が釘付けになっていた。


(限定的なフィールドで、且つ一対一の模擬戦だからこそ成り立っている状況に過ぎないのは事実だが……なんだこれは?これがMPGの戦術とでも言うのか?)


 他のイーロン達の表情を見て一真は小さく舌打ちをした。常に斜に構えた態度を崩さない玲奈ですら、いつもは見せない真剣な目でモニターを注視していた。

 めぐみは固い表情で怒ったような目つきをしている。その手は机の上で固く握られていた。勇人に至っては、口元が半開きのままだった。


 一真はもう一度舌打ちをして、足を組み直し、全力疾走でシェムカに戻る祥吾を睨んだ……


---


 午後4時38分。残り時間16分22秒。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」


 シェムカは、アンブッシュポイントと思われる位置から、ルート上最後の死角となる斜面で、待機状態のまま祥吾の到着を待っていた。


 祥吾は機体の脚部に手を付いて上がり切った息を整える。肺が火のように熱く、冷たい空気を必死に吸い込む。


「こ、これ……戦う前にギブアップしそう……」


 額から汗を滴らしながら何とかコックピットに乗り込み、セーフティハーネスの装着に手こずりながら、これからの作戦を反芻する。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 祥吾の頭の中では、次の展開が明確になっていた。

 

(一発で決められなかったら、後は出たとこ勝負ってことで……)


「よし!」


 祥吾は次々とMPGの設定を戦闘モードに切り替えていく。


「プログレッシブナイフをアクティブモードへ移行」


 腰部に格納されていたナイフの刃が青白く光り、わずかに振動し始める。


「ライフルを三点バーストモードへ移行」


 右手に保持したアンチマテリアルライフルの発射モードが切り替わる。


「イミテーションマッスル伝達値のオーバーシュートを五秒間アプルーバル」


 操縦者の動きを機体に伝えるマッスルユニットの出力上限を一時的に引き上げる。通常は危険すぎるため許可されない設定だが、祥吾は瞬間的な爆発力が必要だと判断した。


「バランス制御は全てパイロットへインテグレート」


 AIによる姿勢制御を完全に切り、すべての制御を自分の腕と足に委ねる設定。極限の操作精度を要求されるが、その分だけ反応速度は上がる。


(行くぞ、名嘉真!)


 AIへ最後の指示を出しながら、祥吾はポーチの中のスイッチを押し込んだ……


---


 同じ時間、杏のコクピットでは緊張が最高潮に達していた。


(正面右、2時の方角、距離約250……そこに停止したまま、既に1分が経過してる……)


(怖気づく……様な性格はしていないと思うけど……)


(もちろん引き分けも望んでいない筈)


(ならば)


 そう確信した杏は、視点を動かさずモニターの残り時間を確認した後、機体の機動を臨戦態勢にすべく「索敵終了。バンカーブレイカー収納」とAIに指示を出した。モニターの索敵ゲージが消え、足元から軽めの作動音が響く。


 続いて「ライフルを連射モードへ……」"移行"、と杏が指示を完了する直前、低い炸裂音を探知し、直ぐさま予期せぬアラームがコックピットに鳴り響いた。

 同時にシェムカ左側頭部に設置されている8㎜ミニガンがAI制御下の指令に従い、センサーに捉えた飛翔物へ銃口を素早く振り向ける。


(なっ!?)


 杏は頭部ごと振り向く愚は犯さず、ライフルの照準も西側ルートを外さなかったが、想定外の事態に自身の視点は正面から引き剥がされ、無意識にミニガンの銃口が向けられた先、東側のルートへ移動してしまった。


 AIが瞬時に飛翔物を分析し、ミニガンの銃口が火を噴く直前、それは空中で起爆し大量のスモークを水平に拡散させた。


 重力によって水平に広がりながら下方へも降り注ぐスモークに、シェムカの視界が奪われていく……


 その間僅かコンマ数秒だったが、スモークによってモニターの視界が塞がる寸前、まだグレネードが起爆した方角に視点を向けていた杏は、視界の右端に灰色の物体が躍り出る光景を捉えた。

 その瞬間、杏の脳はイーロンの優れた反応速度を発揮した。視覚による照準を経由せず、右手のライフルのトリガーレバーを引く指にダイレクトに指令を出したのだった。


 杏のシェムカから50㎜アンチマテリアルライフルのマズルフラッシュが迸る。


 ペイント弾へ換装されている為、実弾と比べて発射音は控えめだったが、周りの木々に降り積もった雪をあらかた吹き飛ばすほどの衝撃と轟音を伴う威力ではあった。


 杏の視点はライフルのトリガーを引くと同時にその射線の先へ戻っていた。


 アドレナリンが一気に噴出し、全神経がスパークする感覚に身を晒した杏が叫ぶ。


「なめるなぁぁっ!!」


 打ち切られた弾丸は、スモークの中に飛び込んだ祥吾の機体を捉えたのか。それとも、煙幕の中に消えてしまったのか——。

 

 コントロールルームのモニターは、静寂と緊張に包まれていた。

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