第十話 奇襲 —— MPG模擬戦③
午後4時29分。残り時間25分30秒。
「やっぱこの辺か……」
しばらく岐路が出現しないルート上で、丘陵斜面を盾に祥吾は一旦機体を停止させた。そしてモニターに映し出されているフィールドの3Dマップを再度確認する。
(これだけこっちが動き回れば、相手はアンブッシュを選択するよな、普通)
(となると、アンブッシュしている位置は、多分ここ、東側の谷あたりか……森があるから、その陰に隠れるか……)
指でマップをなぞりながら、母親の里香から嫌という程叩き込まれた幾つもの戦術パターンを反芻してみた。
(ま、そう仮定したとして……となると、制限時間間際まで相手は動かない。筈)
(一番は、相手の正確な位置を確認して、こちらから先にライフルを撃ち込む事だけど……名嘉真相手にそんなラッキーは無いな)
(ラッキーの可能性が無いなら相手を欺くしかないか……よし、決めた)
祥吾は機体を再度前進させるべくペダルを踏み込む。移動を始めたシェムカに驚き、近くの枝で休んでいたシマエナガの群れ数羽が、灰色の上空へ飛び去って行った。
杏がアンブッシュしていると思われるポイントに対して、祥吾には二通りのルートが選択可能であった。
大きな丘陵を正面に比較的なだらかな斜面の東側と、切り立った斜面が続く西側。
そして西側の切り立った斜面側の反対側には緩めの傾斜の丘陵があり、その間に前進できるルートが続いている。
西側も東側も、そのルートの先には四方を丘陵に囲まれながら、若干開けた谷底があり、そこは、狙われる側にとっては最悪、狙う側にとっては絶好のポイントと言えた。
祥吾は機体を西側の切り立った斜面側ルート手前で再度停止させ、「スモークグレネードのアタッチを解除」とAIに指示を出す。
「解除します」という機械的な返答と共に、鈍く硬質な音が伝わり、グレード基部の固定が解除されたワーニングがディスプレイ上に点灯する。
(こっからは半分賭けみたいなもんだけど……)
コクピット背部に格納されているロープとワイヤーを全て取り出した祥吾は、「コックピットハッチを開けてくれ」と指示を出した。三重のハッチが順次開き、ヒーターで暖まっていたコクピット内に夕刻の冷たい外気が流れ込む。
祥吾はロープとワイヤーを肩に担ぎ、ハッチのステップに足を掛け、同じくハッチに内蔵されている緊急降下用ワイヤーのグリップを引き出し、ラぺリング(懸垂下降)よろしく一気に雪化粧の地表に降り立った。
そして脚部の脹脛側面に設置されているグレネードの基部ごと抱えて外し、ロープとワイヤーを巻き付けながら、「プログラム速度にて前進開始。目標ポイントに到着したら停止して次の指示を待て」とシェムカのAIへ指示を出す。
「了解しました」
抑揚の無い返答の後、祥吾のシェムカは無人のまま複雑な駆動音を発しながら、ゆっくりと指定のルートを進み始める。その足跡を模擬戦フィールドに残しながら、巨大な影は西側ルートへと消えていった。
オートで移動していくシェムカをしばし見送った祥吾は、グレネードに巻き付けたワイヤーとロープに素早く手を掛け、「せっ……!」と気合を発し、背中に担いで反対方向の東のルートへ走り出した。
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一方、アンブッシュポイントで待ち構える杏のセンサーが反応した。
(動き出した……)
音響と振動索敵が、再び移動を開始した相手を捉えた。移動速度は今までよりも幾分落としている。
(こちらのアンブッシュを予測して慎重になっている……?)
しかし、杏も相手の方角と距離をより正確に把握できつつある。モニター上の索敵リングが、西側ルートからの振動を明確に示していた。
(見通しの悪い西側ルート……定石通りの攻め方だけど、レーダーを使っての位置把握はより困難になる……)
(どう出る? あっちもこちらの位置をある程度予測してると仮定した場合……)
杏は頭の中で、これから想定される複数のシナリオをシミュレートする。
(ライフルとミニガンの弾幕で牽制、もしかしたらスモークも使う……?)
(その間にレーダーでこちらの位置を正確に把握し一撃必中の狙撃……)
(いずれにしても移動しながらになるから、AIのサポートがあったとしても、難易度は特Aレベルね……)
(それに対してこちらは、相手が姿を現すルート上垂直0~10mの範囲さえポイントしていれば確実に叩ける)
(最初の弾幕で被弾する可能性も無くは無いけど……)
杏はライフルのグリップを軽く握り直し、バンカーブレイカーからの振動情報を注視する。
(こちらに分がある事は確実……ベストポジションを先に獲った私が勝つ)
いずれにしても、後数分で決着がつく事に違いはない。
杏は自分の手足とシェムカを一体化させるべく、機体とその周囲へ自身の五感、いや六感をも解き放つイメージを増幅させ集中力を極限まで高めていった。
コントロールルームの時計が午後4時33分を指す中、模擬戦は静かに、しかし確実に決着へと向かっていた。




