第9話 道端の辻芸
せっかく神田まで来たのだからと、縁結びのご利益のある神田明神にまで足を伸ばしてみた。
神田明神の祭神は大己貴命だったかな。縁結びだからか、良縁を結びたい女学生がちらほらとお参りをしている印象がある。
帝都の街の中にあるので、阿多で詣でた蒼月神社よりよっぽど賑わいがある。そんな神社のほうから歓声が湧き上がった。
神社の前に人だかりができている。
蒼月姉妹はそのどよめきが気になったのか、立ち止まった。
「どうした」
「なにか気になるものが……あぁ、辻芸だ」
「だいぶ取り締まられていたと思ったが、まだいるものなんだな」
「ひどい見世物はなくなったよね。あの様子だと、お目溢しされてるんじゃない? 観客の雰囲気が違う。ちょっと寄ってみようか」
少し背伸びをすれば、現物人の頭上の上を越えて色とりどりのお手玉が跳ねている。たまに果物が混じったり、人形が混じったり。ただのお手玉じゃないそれに、蒼月姉妹の視線がくぎづけになっている。
長幸と頷きあって、彼女たちの手を引いた。人混みをかきわけ、最前の特等席まで連れて行ってあげる。
辻芸人は二人いた。お互いの手にあるものを投げ合ったり、独り占めしたり。目まぐるしいそれは、見ていて飽きが来ない。長幸も関心したように頷いている。
「器用なものだな」
「「私たちもお手玉できるわ」」
思わないところからの伏兵。
僕も長幸も、目を丸くして蒼月姉妹を見る。
「できるの? 二人であんな風に?」
「「できないの?」」
不思議そうに首を傾げているお嬢さん方に、僕らは顔を見合わせる。
「……次行」
「僕ら、別に息が合うわけじゃないからね……」
息が合っていれば、蒼月姉妹のようにおそろいの服を着て出かけたりしたはずだ。僕はついさっき、お揃いのコートを仕立ててみようかって聞いて、断られたばかり。息があっていれば、お揃いのコートを仕立てていたんじゃないかな。
蒼月姉妹がなおも不思議そうに首を傾げているので、長幸がちょっと苦虫を噛み潰したような感じになってしまう。
「僕たちは顔が同じだが、性格は正反対だと思っている。……その割には周囲にそっくりだといわれるが」
本当にね。
自分たちからすれば、僕らの性格は正反対だ。それなのにそっくりって言われるのは遺憾の意。だけどその理由も、その根底に同族嫌悪がお互いにあるからって思えば、納得できるんだけどさ。
でもそんなことを馬鹿正直に話すのは格好悪いので。
「能ある鷹は爪を隠すって言うし。長幸みたいに真面目に生きてたら面倒くさいものを押しつけられるって気づいたからね。ほどほどに手を抜いて生きるのが楽なんだよね」
「どの口が言う。というか、前々から言おうと思っていたが、お前の交友関係どうなっているんだ。この間も大学で声をかけられたぞ」
「そういう長幸だって異国の友達が多くないかい? よく留学生に声をかけられるんだけど。語学で君に勝てるとは思わないなあ、って、おっと」
長幸と言い合っていれば、突然目の前に彩り豊かなお手玉がぽーんっと飛んできた。
反射的に掴んでしまった一つのお手玉。僕の手の中にあるものと、辻芸人を見比べる。辻芸人の片割れが片手でお手玉をしながら、早く返してと言わんばかりに手まねきしている。
「なんだ投げ返すのか」
「僕に投げてくるなんて、見る目がないんじゃない? ここはお手玉が得意な子にやってもらおう。さあ婚約者殿、どうぞ」
僕はお手玉を婚約者の手に握らせた。
蒼月姉妹は片割れの手の中に収まったお手玉をじっと見るだけで何もしない。動かない。まぁ、そうなるよね。
僕は苦笑すると、お手玉を握る彼女の手を優しく握る。
いっせーのーで、いっしょに腕を振った。
お手玉が一つ、宙を飛ぶ。
少し軌道がおかしくて地面に落ちるかと思ったけど、辻芸人が見事に拾い上げてみせた。