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第6話 初めての逢瀬

 吾田家を訪問した翌日、長幸と二人で蒼月神社に寄った。


 蒼月神社は小さな山林にある。

 幾つかの鳥居をくぐって、ゆるい石階段を登っていく。最後に大鳥居をくぐれば、お社が見えた。


 小さなお社だ。社務所のような場所もあるけれど、人がいる気配はない。社務所の脇に遊歩道があり、その先に蒼月家の邸があると聞いている。


 長幸と二人、小さな社に手を合わせた。


「閑散としているな」

「でも手入れはされている」


 手水は落ち葉や塵が入っていなくて綺麗だった。賽銭箱や社の隅を見ても、蜘蛛の巣一つない。ちゃんと人の手の入っている神社だ。


 しばらく神社の敷地を散策する。

 見るものもそれほどなくて、僕の足は自然と社務所の脇にある遊歩道へと向いた。


 長幸もおもむろに同じ場所に立つ。


「行ってみるか」

「せっかくここまで来たもんね」


 お見合いのあと、数日帝都に滞在していた蒼月姉妹も、もうとっくにこちらへ帰ってきてるはずだ。婚約者に挨拶もなく帰るなんて、薄情にもほどがあるよね。


 長幸と二人、遊歩道を進んだ。

 遊歩道はそれほど長くはなくて、すぐに邸らしい門構えを見つけられる。


 でも、それだけだった。

 どんなに声をかけようと、門を叩こうと、一向に誰も出てこない。


 四半刻粘ってみたけれど、結局、蒼月家に挨拶することはできなかった。



   ◇   ◇   ◇



 帝都に戻ってきてひと月ほど。

 父に呼び出されて書斎に向かうと、廊下でばったりと長幸と出くわした。お互い呼び出されているみたいだから、二人で連れたって書斎に行く。


 書斎で何かの論文を読んでいたらしい父は、長幸と僕が来ると、持っていた紙束を無造作に机の上へと置いた。


 僕らを待ち構えるその出で立ちは、運営している医院の院長としての風格だ。これは話が長くなりそうな雰囲気。ちょっと面倒かも、なんて。


 しれっとした顔で長幸と並んで立つと、父は僕らを一瞥した。


「検査のために姉妹を呼び寄せた。しばらくうちで預かる。内容はお前たちがやる定期検診と同じだ。今後は彼女たちの記録も取っていく」


 ようやくか、という気持ちが浮かぶ。

 婚約したのだから、父は何かにかこつけて検査をするだろうと思っていた。でも思っていたよりは遅かったから、長幸がせっついて急かせたのかも。


 まぁ、そんなことは口に出さないけれど。


「さすが父上。抜かりないですね」

「研究サンプルが増えるのはこちらとしてもありがたいからな。お前たちが婚約したことで長期的に観察できるし、その子の差異も見ることができる。またとない機会だろう。今回の滞在はひと月ほどの予定だ。検査にはお前たちも同行しなさい。いつものようにうちの院でする」


 予想していた通りの展開になった。

 長期的な観察とか言っているけれど、僕も長幸も、そんなつもりは毛頭ない。まだ生まれてもいない自分の子供さえも実験動物扱いされるのは気分が悪いものだ。


 父はきっと、僕が笑顔を浮かべたまま、内心で悪態をついてるなんて思わないんだろうな。

 

 そう思っていれば、長幸が口を開く。


「うちで預かるというのなら部屋の手配をしなくてはならないですね」

「それは次行に任せる。長幸、お前は私の助手としてしばらく院に務めなさい。この研究は私の代だけでは証明できない。お前が久瀬を継ぐのだから、私の研究の全容も知っておくように」

「……はい」


 長幸が頷く。

 ま、このあとはいつものながれってことで。


 頭の中で算段をつけながら、僕らは書斎を退出した。

 書斎を出たところで、僕はふっと笑う。


「計画通り、ってね」

「次行、すまない」


 長幸が目をそらしながら、気まずそうに言う。

 何がすまないのか。僕は呆れた。


「謝るなよ。いつものことじゃないか」

「そうだが……」

「家を継げるのは一人だ。そしてそれは長男の役目。どこの家もそうやって繋いでるだろ。なにもうちに限ったことじゃない」


 長幸は僕に対して負い目があるのか、たまにこうなる。負い目よりも、親の期待に対するしがらみのほうが嫌なのかもしれないけどさ。


 ま、長幸の葛藤なんて僕にはどうでもいい。

 さっき頭の中で立てた算段を早いうちに消化しようと、僕は歩き出す。


 その後ろを、長幸がついて来た。

 背中越しに声がかけられる。


「お前は悔しくないのか」

「悔しいから勉強は頑張っている。長幸が家を継いだら出ていくつもりだったしね」

「初耳だが?」


 腕を引かれた。

 たたらを踏みながら振り返れば、長幸がジト目でこちらを見てきた。

 その顔を見て、僕は首を傾げる。


「言ってなかったっけ」

「聞いていない」

「でもまあ、それも婚約の件で雲行きが怪しくなってきたから」


 ひらひらと手を振って、掴まれた腕を離してもらう。

 長幸のこの反応を見るに、僕は話したつもりでいたけど違ったみたいだ。


 僕らは恐ろしいほどお互いのことを察する時もあるけれど、こうしてすれ違う部分もある。僕と長幸は別の人間なんだと安心できるところだよね。


 ごめんごめんと軽くこの話題を流す。

 だけど長幸は、ここで話を終わらせてはくれなくて。


「……だからか?」


 僕は動きを止める。

 長幸とまっすぐに視線が合う。


「お前があの姉妹について怒っているのは」


 怒っている。


「……そうかもしれない。僕は怒っているのかも」


 僕らにあてがわれた双子の婚約者。

 お互いの親に対するこの気持ちはきっと、怒りだとか、憤りだとか。そういう名前がつくものだ。


 口角が自然と上がる。


「僕は僕でちゃんと存在しているんだ。あの二人だってそれぞれに人格があるのを、蒼月家は分かっていない。それが胸糞悪くて……腹が立つ」


 皮肉に笑えば、長幸も同じ顔をした。


 ……こいつ、僕に本音を言わせたな。

 前言撤回。長幸は僕を使って自分の本音を引きずり出したかったみたいだ。


 僕をダシに、自分の中で言語化できなかったものを言語化させた。僕らは結局、同じ穴の狢ってことか。


 いいんだけどさ。お互いがお互いを羨ましいとさえ思わなければ。そうすれば僕たちはそれぞれ『個』としていられるから。


 とはいえ、ダシにされたのはちょっと気に食わないので。


「そうだ長幸。雑用させられる僕を不憫だと思うのなら、僕のわがままに付き合ってよ」

「わがまま?」


 長幸が眉をひそめる。こいつ、碌でもないことを考えてるなっていう顔だ。偏見だよ。碌でもないかどうかは、実際にやってみてから言ってほしいよね。


「せっかくなんだ。互いに婚約者を連れてデートをしよう」


 あんな田舎に住んでいた婚約者たちだ。

 きっと帝都にあるものは、なんでも目新しく見えるはずだよ。



   ◇   ◇   ◇



 善は急げ、急がば回れ。

 蒼月姉妹が帝都に再訪する前にすべての段取りを組んだ僕は、検査の合間の彼女たちの休日の予定を抑えた。


 あとは愛しの婚約者殿を誘うだけ。


 蒼月姉妹の仮宿となった久瀬家の屋敷の一角。

 僕は長幸を連れて、彼女たちにあてがわれた離れの部屋を訪ねた。 


「街へ遊びに行きませんか。麗しい婚約者をデートにお誘いするのは男の義務ですし」

「お前本当に僕と同じ親から生まれたのか……?」


 失礼な。

 奇妙なものを見たような表情をした長幸の背中をつねってやる。長幸は肩をはねさせて、僕を睨んできた。僕のわがままに付き合えって言ったろ。


 僕らが背中側でちっぽけな攻防をしている前で、蒼月姉妹はあてがわれたお座敷の中、ちょこんと僕らを見上げている。お手玉をしていたようで、座っている二人の膝と両手の中には小さなお手玉が収まっていた。


 僕は敷居を越えて、二人の前に膝をつく。


「育ちは西海道の果てにある阿多と聞きました。父のわがままのために再び帝都まできていただいたと。せっかくなので帝都の街並みをご案内できたらと思います。さあ婚約者殿、僕らの手をお取りください」


 にこやかな笑みを浮かべて、自分の婚約者へと手を差し伸べる。

 仏頂面ではあるものの、長幸も僕の隣で膝をつき、手を差し伸べた。

 蒼月姉妹はお互いを見合ってから、それぞれ手を伸ばす。


 長幸のほうへと。


「……そうきたか」


 思わぬ展開に、さすがの僕も天を仰いでしまう。


 いやさぁ、二人とも一心同体ですとは言われていたけどさぁ。これはちょっと悲しいんだけど。


 逆に二人分の手が乗せられた長幸は面白そうに目を細めて、クッと喉の奥を鳴らしてる。


「見合いであんなことをしたから嫌われているんじゃないのか」

「長幸、エスコートお願いね」

「おい待て冗談だ! 一人連れて行け!」


 にっこり笑って立ち上がれば、長幸が慌てて助けを求めてくる。いい気味だ。

 僕は大袈裟にため息をついて、やれやれと首を振る。


「長幸はわがままだよね。両手に花だというのにもったいない。ということなので僕の婚約者殿、そのお手を拝借しても?」


 迷いなく、彼女の手を拾う。

 茶目っ気たっぷりに、彼女に笑いかけた。


「徒歩もいいですが、せっかくなので路面電車に乗ってみましょうか。足元お気をつけて」


 婚約の顔合わせ以来の逢瀬。

 楽しいと思ってもらえたら、上々だ。



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