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第4話 阿多の吾田家【前編】

 吾田家はその名の通り、阿多の土地をまとめる庄屋の家だ。


 数年前までは戸長として抜擢され、その権威がますますうなぎ登り……という状態だったのに、今や連合戸長役場制でその権威もちょっと下降気味。


 それでも旧家ということで、この阿多の土地では慕われているらしい。


 阿多には蒼月家が護る蒼月神社もある。

 蒼月神社の祭神は『ちるひめさま』と呼ばれて親しまれているらしい。当然、この吾田家も蒼月神社の氏子だそうだ。


 以上、ここまでが犀藤の調べてくれた吾田家と蒼月家の関係。


 鉄道と船の旅、約七日。

 帝都から西海道は本当に遠く感じる。


 その旅もようやく終わって、僕らは阿多の土地へと立った。


「……何もないな」

「田舎なんてこんなものでしょ」


 鉄道が通っているのは主要な都市だけだ。そこからは馬車を乗り継いでここまで来た。


 見渡す限りは水田と畑と山ばかり。

 一時間ちょっと歩けば、海も見える。


 倒幕の動きで薩摩がだいぶ名を挙げていたらしいけど、そんなの知らないと言わんばかりに穏やかな空気が流れている長閑な土地だ。


 でもまぁ、大政奉還からもう四十年近く経つし。


 僕らみたいに激動の時代を知らない世代が中心になれば、殺伐とした雰囲気もなくなっていくものなのかもしれない。


 荷物を宿に置いた僕たちは、さっそく村へと繰り出した。


 長幸は和装だけど、僕は洋装。長崎が近いから異国の文化には馴染みがあるだろうと思っていたけど、畦で遊んでいる子どもたちの目が奇異なものを見る目になっている。僕は笑顔で手を振っておいた。


 土地勘が無いながらも、通りがかる人に訪ねて目的地を目指す。

 事前情報の通り、旧家らしく吾田家の邸宅は立派なものだった。


 さて、どうやって接触しようかな。

 門の前でこれからのアプローチを考えていると、唐突に長幸が大声を張り上げた。


「すまない。吾田のご当主はお見えか。蒼月蓮華さんについて、お尋ねしたいことがあって参りました」


 門の隙間から、下男らしい男が顔を見せた。

 じろじろとこちらを見て、しっしっと追い払われる。門が閉まった。文字通りの門前払い。


「長幸、正々堂々過ぎるでしょ」

「ぐっ……」


 閉まった門を見ながら、隣に立つ長幸の愚直さをついてやる。

 まぁ、体当たり戦法は当たりを引けたら楽だからやってみて損はないんだけどさ。でも、先触れもなく急に来たら、そりゃ断られるわけで。


「とどのつまり、根回しが悪い」

「なら次行ならどうするんだ」


 恨めしそうに僕を見た長幸が、ぼそりとぼやく。

 僕はやれやれと肩を竦めてみせた。


「そんなの決まってる。外堀を埋めるんだよ」


 あ、長幸が胡乱な目でこっちを見ている。

 僕と同じ頭だからか、僕がこれからやろうとしてることが分かってるような表情だ。ろくでもないことをするつもりだなって、言いたそう。まぁ、ろくでもないかどうかは、僕の作戦を見てから決めて欲しい。


 僕は塀伝いに、吾田邸宅の裏手にまわる。見つけたのは裏口だ。


 しばらくその裏口の側で張り込みをしていると、女中が一人、中から出てきた。その女中を少し追いかける。


 吾田邸宅から十分離れた場所で、はい捕獲。


「やぁ、可愛らしいお嬢さん。少しごめんね。僕たち、帝都から来たんだ。土地勘がなくって困ってるんだけど……休めるようなお茶処、知らない? もちろん、教えてくれたら君の分も奢るからさ」

「まぁ、帝都の方なの!」


 聞き込みって情報収集の定番だよね。


 そう思いながら女中に声をかけたら、目を輝かせて女中が振り向いてくれた。歳の頃合いも僕らと同じかそれよりちょっと上くらいかな。話しやすくて助かる。


 そんな僕を半眼で見る奴が一人。


「軟派なやつめ……あだっ!」


 鼻白む長幸の足を踏んでおく。

 僕のどこが軟派だって?


「まぁ。あなたたちはウケイなの?」

「ウケイ?」


 長幸と静かな攻防を繰り広げていると、女中が僕らのそっくりな顔をまじまじと見つめてきた。


 長幸に視線を送る。向こうもこっちを見てきた。これは詳しく聞くべきだよね。


 立ち話もなんだからと促せば、女中は村の小さな茶屋へと案内してくれた。


 村唯一だという茶屋は、昔ながらの憩い処のような出で立ちだった。帝都じゃ見かけないその風景に、なんだかちょっと感動してしまう。


 お茶の種類もないようで、今日の一杯とお団子や饅頭が幾つか。村民はここでおやつを調達するのよ、と女中が教えてくれた。


 日差しが強くなってきたので、店先ではなく茶屋の奥の卓を借りる。店主がお茶と饅頭を持ってきてくれる。去り際に手を合わせられた。なんで。


 まぁいいや。お茶請けも揃ったところで本題に入ろう。

 長幸と目線を合わせると、向こうが先に目をそらした。


「さっきの話を聞きたい。ウケイとはなんだろうか」

「余所ではそう言わないのかしら? 一つの腹から生まれた二人の子を、ここではウケイと呼ぶのよ。ウケイの子は、ちるひめさまに愛されている証拠なんですって」


 一つの腹から生まれた二人の子……つまり双子のことか。ちるひめさまは犀藤の話にも出てきたな。


 双子伝承は各地に残っていると蒼月教授が話していたっけ。そのほとんどは忌み子として扱われることが多いとも。でもこの女中は僕たちに対して嫌悪感を抱いている様子もないし、愛されてると言われているくらいだから、ウケイは忌み子ではないのかもしれない。


 蒼月家は双子が生まれやすいと聞いていたし、たぶんその影響かな。祭祀を司る一族だから、ウケイはどちらかというとありがたいものなのかもしれない。だからって茶屋の店主に手を合わせられたのはちょっと微妙な気持ちになるんだけどさ。


 双子の呼び名についてはまた調べてみよう。

 それよりも。


「この辺りって古い風習が残っているのかな。面白い言い回しだ。……古いと言えばさ、君。あのお屋敷で働くのは長いの?」


 長幸がこちらを一瞥した。

 ここからは僕の番ってことで。


 ちょっと強引な繋げ方だったかな。でも女中は気がつかないで、そうねぇと指を折る。


「五年ぐらいかしら」

「若いね。あそこは古い家だそうだから、色々と厳しいんじゃない?」

「そうでもないわ! 旦那様も奥様もお優しいの」

「そうなんだ」


 犀藤に調べてもらった資料には、吾田家の現当主は吾田清。順当にいけば、旦那様は現当主で、奥様はその妻のはる子だ。


 もうちょっとカマをかけてみようか。


「あの家には僕と同い年くらいの娘がいるはずなんだけれど、君は知ってる?」

「娘? 何を言っているの? 旦那様と奥様の間にいるのは、御子息の(ひさし)様だけよ」


 息子がいるのか。

 吾田蓮華は幼い頃に養子に出されたことになっているから、若いと知らないのかも。


 長幸の視線がなんとなくこっちを向いている気がした。

 怪しまれるって? その前に話題を変えるだけさ。


「僕の見間違いだったのかな。女中の誰かだったのかもね。たとえば君とか」

「あら、あなたってば口が上手いのね」


 頬を染めた女中に僕はにっこり笑う。長幸がしらけたとでも言いたげに、あさってのほうへと視線を向けた。


 長幸ってば、本当にこういうことに消極的だ。会話でもらえる情報はもらえるだけ貰えれば、こちらの得になるのに。


「そういえばさ、うちもそこそこの家なんだけど、こないだ君と同じくらいの年頃の子が、ばあやの小言がうるさいって言ってたんだ。君のところはどう? 使用人たちの間の雰囲気って」

「そうねぇ。たしかに女中頭は小言が多いわね。あの人が一番年季が入っていらっしゃるから、仕方ないけれど。あなたのところもそうなんじゃない?」


 女中頭、と。

 頭の中の覚書に綴っておく。


 他にも色々と話を聞いてみたけれど……やっぱりあまり確信的なことは聞けなかった。


 ほどよく話をして、僕らは茶屋を出る。

 女中が去って行くのを見送っていると、長幸が僕の脇を肘で突いた。


「別れて良かったのか?」

「僕らの知りたいことはそんなに知っている感じじゃなかったからね。それに、あの邸宅で古株の人物が分かればいいんだよ。名前が分からなくても、役職が分かれば呼び出せるし」


 つまり、目的は達成できたってこと。

 どう? と長幸を見れば、呆れ返った表情で僕を見てきた。


「お前はそういうところの頭はよく回るな……」

「褒めてる?」

「褒めてない」


 少しくらい褒めてくれたっていいのに。

 まぁいいけど。長幸に褒められても、自画自賛みたいであんまり嬉しくないしね。


 僕らは踵を翻すと、もと来た道を戻り始めた。


 阿多の村は帝都では見かけない物が多い。

 建物の造りとか、植生とか。パッと見はちょっと田舎の……って感じなのに、よくよく見ると違う。


 西海道は帝都よりも温かいからかな。見方を変えれば、ここは海を越えた別の島だからなのかも。


「帰る前に観光する?」

「滅多に来れるような場所でもないからな。……母上への土産も忘れないようにしないと」


 僕の提案に長幸も乗ってきた。乗ってきた代わりに、ちょっと難題の存在も浮上してきたけど。


 母上への土産、忘れるところだったからね。どうにかしないとね。

 土産は何が良いかと話しながら、僕たちは歩く。


 悠々と歩いて、阿多の集落の奥にある吾田邸へと戻ってきた。数時間前に門前払いされた正門を前に、僕らはもう一度立ち向かう。


「すみませーん」

「……」


 さっき僕らを追い払った下男だ。門番なのかな。僕はにこにこと笑みを絶やさないで、お願いする。


「女中頭を呼んでください。蒼月家の婚約者だと伝えてもらえれば分かります」


 僕の言葉に下男は訝しげな表情になったけれど、さっきのように門前払いをすることはなく、奥へと消えていった。


 僕の後ろで、長幸がむすっとしている。


「解せない……。言ってることは同じはずなのに」

「アプローチが下手だったんだよ。ほら、来た」


 門が開く。

 祖父母に近そうな年代の女性が、不審そうな表情を隠すことなく僕たちを待ち構えていた。


 彼女が女中頭かな。

 門を挟んで僕らは対峙する。


「突然の訪問、申し訳ありません。僕たちは蒼月蓮華の婚約者です。自分の婚約者の出生の謎を知るために来ました。ここは妹になった蒼月蓮華……吾田蓮華の生家ですよね?」


 女中頭の視線が鋭くなる。

 僕は笑みを崩さない。


 当たりだ。

 吾田蓮華について、知っている人がいる。


 一歩も引かないぞ、と言いたげに長幸が僕の背中越しに女中頭を見た。


 長幸の顔を見て、女中頭の瞳が僅かに驚いたように丸くなる。もう一度僕の顔を見て、女中頭は考えるように瞑目した。


 一拍、二拍。

 たっぷり三拍数えると、女中頭は門を大きく開いて端に寄った。


「……中に。奥様にお繋ぎいたします」


 長幸と素早く視線を交わす。

 さて、これでようやく一歩ってところかな。


 僕らは女中頭の後を追うように、門をくぐり抜けた。



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