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第3話 消された名前【後編】

 あ、今日はちょっと格好がまともだ。

 いつもは無造作に伸ばしっぱなしにした猫っ毛で、顔が見えないことが多いのに。今日は髪を上半分だけくくっている。誰かにいい加減にしろって怒られたのかな。


「どうも、次行の双子の兄の長幸です」

「えっ、始めまして! 俺は犀藤朔之介(さいとうさくのすけ)っていいます!」

「おい、次行。しれっと嘘をつくな」

「あはは」

「あるぇ!?」


 長幸のフリをして自己紹介してみたら、まんまと犀藤は引っかかった。やっぱり格好が違っても、顔が同じだと気付かないか。


 長幸が半眼で僕を見たあとに、犀藤へと手を差し出す。


「僕が長幸だ。犀藤君、よろしく頼む」

「えっとぉ……つまり、次行の弟」

「そこは兄で間違いない」


 握手を求められた犀藤は、僕の言動に見事に惑わされている。こういうところが犀藤の良い所なんだよね。素直というか、なんというか。


 その犀藤の良さを引き立てるのと引き換えに、長幸にじとりと睨めつけられてしまったけど。


 まぁそんなことより、本題はこっち。


「犀藤、頼んでいたものって、取り寄せられた?」

「こっ…………ちも偽物!?」

「ごめんって。僕が君と一緒に合気道の道場に通っている久瀬次行だよ」


 犀藤の素直さを侮っていた僕が悪かった。

 両手を上げて降参するように種明かしをすれば、ようやく犀藤も理解したようだ。彼は頬を染めて、ちょっとしなを作って、少しだけ声音を変えて、片目を瞑る。


「久瀬ったら、俺を困らせるなんて悪い子だねぇ」

「次行、帰るぞ」

「あー! 待って! 待っておくれよ兄のほう! 冗談だって!」

「あ、長幸帰るならさ、僕の代わりにお使い行ってくれない? 美弥さんに頼まれてるんだよね」


 踵を返そうとした長幸がため息をつきながら、その動きを止める。


 ちなみにお使いの覚書を要求されたので見せたら、めんどくさそうに返されてしまった。お米とお醤油だもんね。お手伝いの美弥さんは若いんだからお願いねって渡してきたけど、僕一人じゃどちみち運べない。このために長幸を連れてきたようなものなんだから、帰りも一緒に仲良く帰ろうじゃないか。


「次行、さっさと目的を果たせ」

「だってさ。犀藤」

「はいはーい。久瀬の……うーん、久瀬弟? 次行?」

「お好きにどうぞ」

「じゃ、次行! が、頼んでいたものね」


 犀藤が書類の束を持って、こっちこっちと僕らを机のあるほうへと誘ってくれる。


 話が長引く来客のための机らしい。その机に案内されて、僕らはそれぞれ椅子に座る。


 犀藤が書類の束から、一枚の紙を引っこ抜いた。


「これは」

「蒼月蓮華の戸籍さ。取り寄せてもらったんだ」


 不思議そうな顔をする長幸に、僕が犀藤にお願いしていたものの正体を教えてあげる。犀藤もうんうんと頷いた。


「阿多ってすごい僻地でさ、しかも西海道。鉄道が繋がって良かったよね。そうじゃなきゃ、これ一つ取り寄せるにも、もっと時間かかったよ」


 鼻高々と文明の最先端について語る犀藤は無視して、長幸と二人で蒼月蓮華の戸籍を覗き込む。


 蒼月蓮華の名前を見つけた長幸の眉間に皺が寄った。


 分かっていたことだけどさ。


「……どちらも蒼月蓮華だぞ」

「戸長役場はよくこれを受け入れたね」

「俺もこれ見てびっくりだよ」


 犀藤もひょっこりと戸籍を覗いて、一緒になって頷いている。

 それから、じゃじゃんともう一枚の紙を戸籍の横に並べた。


「こんなこともあろうかと。ついでだから取り寄せておいたこちらをご覧ください」

「これは?」


 長幸が首を傾げる。

 書いてあるものは戸籍とそう変わらないけれど、続柄が戸籍よりも詳細に書かれている。


 またもや犀藤が鼻高々に胸を張った。


「戸籍謄本。こっちなら全部書いてあるよ」

「全部?」

「そう、ぜーんぶ」


 全部、ねぇ。

 戸籍謄本を上から見ていく。


 筆頭者は蒼月詠(そうげつよみ)

 へぇ、蒼月教授は入婿なんだ。

 それから娘の名前。


「蒼月蓮華……って、うわぁ」

「……そこまでするのか」


 長女、蒼月蓮華の仔細は綺麗だった。父は蒼月真実で、母が詠。


 だけど、二女。

 二人目の蒼月蓮華の仔細欄はめちゃくちゃだ。


「ますます気味の悪い」

「逆じゃない? ここまでしても、同じ名前にすることにこだわったんだ」


 二女の父は吾田清(あがたきよし)。母ははる子と書かれている。本名は吾田蓮華(あがたれんげ)。そして蒼月教授とその奥方とは、養子縁組がされていた。


「……あの顔で養子縁組はないだろうが」

「れっきとした双子だもんね。蒼月教授もそう言ってるし。むしろあれで赤の他人のほうがびっくりだよ」


 長幸も僕も、表情が渋くなる。

 開けてはいけない玉手箱を開けてしまった気持ちだ。背筋がほんの少しだけざわつく。僕らが思っていた以上に、蒼月家は底知れないおぞましいものを抱えているのかもしれない。


「これってすごい抜け道だよね。次行、なんだか大変そうな家と婚約しちゃったねぇ」


 犀藤がのほほんと他人事のように言うものだから、僕はついでとばかりに二人の蒼月蓮華の名前を指でトントンと叩く。


「そうだね。でも心強いことに、兄の婚約者も彼女なんだよね」

「わー……がんばって?」


 うん、すっごい他人事で言われると、なんだか苛っとした。

 椅子から立って犀藤のそばにすり寄ると、僕は彼と肩を組んだ。


「そうだ、犀藤。もう一つ頼まれてくれないかな」

「あー! 俺ってこれでも結構忙しいんでー!」


 いやいやと首を振る犀藤へ顔を近づけて、にっこりと笑いかける。


「女学生に人気のカフェーを教えてあげるよ。道場の師範の娘さん、よくあそこで見かけるんだ」

「なんでもやります喜んで!」


 犀藤はちょろかった。このちょろさが彼の愛するべきところかもしれない。

 僕がにこにこと微笑んでいると、長幸がいつものように眉間に皺を寄せた。


「……僕はお前ほど腹黒くないからな」

「腹黒いなんて言わないでよ。これも処世術さ」


 心外な言葉をかけられて、せっかくの気分も台無しだ。まぁ、長幸だから許すけど。

 そんなことより、犀藤に頼みたいことだけど。


「吾田家について調べてほしい」


 二女の蒼月蓮華。

 その生家となっている吾田家は、間違いなく蒼月家との関係があるはずだ。



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