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狂愛ミミックの愛し方  作者: 采火


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第24話 隠された喪月衆

 蓮華に花蓮を預け、長幸とともに蒼月詠へと向き合った。

 蒼月詠は意味が分からないとでも言いたげに、澄んだ瞳でこちらを見据えてくる。


「呪いとは、異なことを仰る。蒼月は神を祀る一族です。呪いなんて、あってはならない。蒼月は愛の神の一族なのですから」


 ぱちりと釜の湯を焚く薪が大きく爆ぜた。

 いまだに燃え盛る薪と沸騰する釜を蒼月詠の背後に見つつ、僕は口を開く。


「そう思っているのは貴女たちだけだろうね。貴女の乳母も、蒼月神社の氏子さんたちも。蒼月は呪われてると言っていたよ」


 最近では出稼ぎに出る者たちも増えているらしい。そうじゃなくても、昔から神隠しにあう子が多くて、里人は減る一方だとか。


 役場に勤めている犀藤に裏づけも取った。

 蒼月家は親戚が異様に少ない。枝が切り落とされていくかのように、行方不明だったり亡くなっていたり。氏子の家系の中にもそれが顕著に出ている。それが今の文明開化の時代に合わず、若い層が不気味がり、土地を離れていっているらしい。


 だけど蒼月詠にとって、これは取るに足らない出来事で。


「それがどうしたというのです。神事というものは秘匿されるもの。呪われているなど、世迷い言を。かの者たちには神の愛が届いていないのでしょうね」

「火のないところに煙は立たないって言うでしょう? これは呪いなんかじゃない。蒼月家の罪の話だ」


 神の愛だとか、鼻で笑ってしまいそうだ。

 そんな薄っぺらい言葉を聞くなんてそうそうないよ。


「……双子にこだわる必要はあるのかい? 洞窟の奥にいた男たち。僕の婚約者に乱暴しようとしていた。おそらくもう一人の蒼月詠さんも、同じ目に合わされたんじゃないかな。それで蒼月教授の弟さんも僕と同じように婚約者を助けようとして――殺された。そうでしょう? 蒼月詠さん」


 花蓮のいたところは色々と整いすぎていた。火中出産を再現するとしたら、子を生むまであそこに監禁されるのかもしれない。


 それが本当に、もう一人の蒼月詠の身に起きていたとしたら。


 そしてここにいる蒼月詠の話した通り、生まれた子を取り上げ、今ふたたび同じことを繰り返そうとしているとしたら。


 ……あまりにも、罪深いことだろう。


 でも蒼月詠はそれが理解できないようで。


「何をそんなに怖い顔をすることがあるのです。彼女は愛された。神の代わりに、一族の男どもの愛を一身にそそがれたのです。あの男は身の程をわきまえなかったから。一族の男に嫉妬されてしまっただけ。なるべくしてなったのです」


 その言い分があまりにも胸糞が悪くて。

 つい冷めた目で蒼月詠を見てしまう。


 ここまで来ると、哀れにすら思えてくる。蒼月家の長い積み重ねが膿んできた醜い凝りが、蒼月詠に集約されているのだろう。


「愛ねぇ。そんな押しつけがましい愛って、本当に幸せ?」


 ぱちりとまた薪が爆ぜる。

 釜から上がる湯気に抱かれるように、蒼月詠の姿が霞む。


「すべては神の思し召し」


 その一点張り。

 話にならない。


 どうしようかと肩を竦めれば、長幸がふと背後を振り返る。


「蒼月教授は気づいていたはずだ。だから父のもとに来たのだろう。いつ、気がついたんだ。二人の蒼月蓮華が、自分の娘ではないってことに」


 そういえばそうだ。

 長幸が問いかければ、蒼月教授はゆっくりと結界の内側へと入ってくる。


「……確信はなかった。ただ、初めてこの子たちを抱いた時にふと思ったんだ。小さ過ぎると」


 蒼月教授が自分の妻の前へと立ちはだかった。


「……私が我が子と初めてあったのは子が生まれてから一年経ったあとだ。まだ、首が据わっていないと聞いて、ゾッとした」


 蓮華が困惑したように蒼月教授を見る。

 一年経ったあとに抱いた小さすぎる我が子。一度でも子供を見たことがあるのなら、その意味が分かるはずだ。


 生まれて一年経っても首が据わっていない赤子なんて、生まれた月齢が、合わない。


 それが何よりの証拠になる。


「お母様……?」

「知らなくても良いことです」


 不安そうな蓮華に、蒼月詠が詮無き事と切り捨てる。


「蓮華の母はこの私。貴女たちを愛したのは私。神に愛された貴女たちが愛されるのは当然です。ただそれだけが事実であり、真実」


 神の愛なんてまやかしだ。それを免罪符にできると思っていたら大間違い。

 やっぱり今ここで、この場で、蒼月家の罪をすべて暴くべきだ。


 だから僕は、蒼月詠を否定する。


「全然違うでしょ。戸籍上でさえ、母親が誰か、産まれた子が誰か、なんて、誤魔化そうとしたらいくらでもできる。愛は選別されるものじゃない。育むものだ。洞窟に捨てられていた小さな骸骨を見つけたよ。産まれた子をあそこに捨てていたね」

「次行、それは本当か!?」


 長幸が声を上げる。この儀式を迎える前に、長幸とは認識をすり合わせていた。吾田はる子さんの母君の日記から予測して、もしかしたら神域に奇形児たちの死体がある可能性も考えてはいた。一番あって欲しくない現実が目の前に突きつけられたようで、この答え合わせは気持ちのいいものじゃない。


「ごろごろと頭蓋骨が転がっていた道があったんだよね。あれは確か……磐長姫の道だったかな?」


 頭蓋骨があったのは、御神木らしき青い桜のところ。断崖絶壁の小さな足場を通り、たどり着いた先の横穴に転がっていた。


 小さな骸骨を割けて横道を進んでいったら、最初にあった磐長姫と木花開耶姫の道にたどり着いて、僕らはそのままここまで戻ってきたというわけ。


「それで、それを知ってどうするのかしら」

「それはもちろん」


 僕はにっこりと微笑んでみせる。


「このくそったれな儀式を二度とさせないよ」


 蒼月詠が初めて表情を変える。

 こちらを馬鹿にしたかのような、下に見るような、そんな皮肉げな表情。


「そんなこと、できやしない」


 懐疑的な言葉は、そっくりそのまま答えが返せる。


「できるさ」


 だって。


「この蒼月神社の祭神、木花知流比売なんだよね。蒼月教授に聞いた」

「それを聞いて、何になるというのです」

「少なくとも、御神体があの枯れた岩桜だってことは分かるよね」


 蒼月詠の眉がぴくりと動く。

 僕はこれまで調べたものと、あの洞窟で見つけたものの答え合わせをするだけ。その正誤を判定するのは蒼月詠であり、善悪を判定するのは蒼月教授だ。


「コノハナチルヒメとコノハナサクヤヒメ。御神体に繋がるイワナガヒメの道。蒼月神社はもとは喪月神社だったんじゃないかな。月を……夜を失った神社。コノハナサクヤヒメを失った神社。残されたのはイワナガヒメとコノハナチルヒメ。……木花(コノハナ)は桜のことだ。それが流れを知る。そして洞窟の中、湖に突き刺さるように存在する岩長(イワナガ)。あの青い岩桜、御神体で間違いないんじゃない?」


 木花開耶姫が神吾田津姫のように、幾通りの名前を持つのと同じで、磐長姫も幾通りの名前を持っていたとしたら。


 それが、日本書紀から消された木花知流比売だとしたら。


 辻褄がすべて合う。


「……御神体が分かったところでら何をすると言うのです」


 往生際が悪いなぁ。

 何をするのかって聞かれたら、そりゃあ、ね?


「燃やすよ」

「……脅すつもりですか」


 脅すつもりはない。

 これは決別だ。

 異様で、倫理のない、ただの悪食な因習に終止符を打つための一手。


「貴女を警察に差し出したところで、この悪習は絶たれない。それならその根本ごと根絶やしにするべきでしょう」


 僕はやると言ったらやる人間だ。

 蒼月詠の同意も本当は必要ない。


 それでもここで告げたのは、彼女たち自身が、蒼月の人間たちが、自らその過ちを理解してこそ、本当にこの悪しき因習は断ち切れると思うからで、


 でも、僕らの願いは、そう簡単には通じない。


「……そう、ですか」


 蒼月詠が瞑目する。

 ゆったりと両腕を持ち上げる。

 狂気を孕んだ瞳が、僕らを射抜いた。


「――〝ちるひめさま〟を侮辱する者はこの地にいらない。喪月衆、やりなさい」


 蒼月詠の掛け声と共に、洞窟からわらわらと人がでてくる。氏子たちが湯釜の中に何かを放り入れ、火にはさらに薪を足す。もくもくと煙が上がり、視界を覆ってしまう。


「なんだあいつらは!」

「やっぱり出てきたか」

「おい、次行っ!」


 至近距離で怒鳴らないでよ、長幸ってば。

 掴みかかってきそうな勢いの長幸の手を逃れつつ、煙に巻かれてしまわないうちに、不穏な気配を醸している奴らの立ち位置を把握する。


「洞窟の中にいた奴ら。全員、落としてきたんだけどなぁ。甘かったか」

「お前、そういうことは早く言え!」


 肩をすくめる。言ったつもりだったんだけど、伝わっていなかったということで。


 長幸が舌打ちをした。柄が悪いぞ、と思っていると、僕と背中合わせで身構える。

 周囲に影が幾つもやって来る。だいたい二人で一対の揃いの面を付けているのが、なんとも笑えてきてしまう。 


「で、こいつらは何なんだ」

「蒼月の一族じゃないかな。洞窟の中で花蓮を襲おうとしていた奴らだ。双子の一族だからね、双子が生まれたら当主になる可能性があるから生かされていたんじゃない?」


 戸籍から消すのは簡単だ。口を噤めば良いだけだし。極端に親戚が少ない蒼月家は、表には出ず、誰にも知られないところでひっそりと集落を作っていたとしても驚きはない。そうじゃないと、成り立たない。


 兄弟だから。双子だから。

 そう言われ、長幸のスペアとして育てられてきた僕よりも、ずっとずっと、可哀想な人たちだ。


 だって彼らは、スペアとして選ばれることすらなく、その存在を根の国に葬られるだけの人たちなのだから。


「……で、どうする。さすがにこの人数を相手に、彼女たちを守りながら相手取る自信はないぞ」


 視界も悪く、人数も多い。さすがに長幸も尻込みしたようだけれど、僕はこんなもの全然怖くはない。


 こんなこともあろうかと、念のために持ってきたこれが役に立つとは。


「別にそんな恐れるものでもないでしょ、長幸」


 僕は後ろに手を回すと、背広に隠れていたホルダーから、素敵なピストルを一丁引き抜いた。


 以前、蒼月姉妹を連れて帝都の街を歩いた時に立ち寄った貿易商の店で見つけた逸品物。


 すごく良い値段をしていて、こつこつ貯めていた僕の貯金は底をついてしまった。でもそれに見合うだけの活躍の場を得られるなら、本望じゃない?



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