第17話 存在しない双子たち
長幸が自信満々に父上に交渉しに行った結果、なんと父上自身がすでに蒼月教授から家系図の写しをもらっていたらしい。
遺伝学というのは、かけ合わせてきた血統が大切だ。父は、蒼月家と久瀬家の家系図から男女比率を比較してみたり、蒼月家の双子の出生率を確認してみたりと、家系図から遺伝学的予測を立てていたのだとか。
長幸はそれを知っていたから、あんなに自信満々だったのか。
「こんな近くに欲しいものがあったなんてね。役場まで手を回した僕の努力って何?」
「ちょうど一昨日くらいに知ったんだ。そもそもお前は、父上に対して信頼していないだろうが」
ちょっとくさくさした気持ちで言えば、長幸が正論を返してくる。少しだけ唇をとがらせてみたものの、長幸が畳に家系図を広げたので僕も覗きこんだ。
家系図は巻物になっていた。横へ、横へと血統を伸ばしていくからだ。
巻物を転がす。
この長さ、百代を越えていそうだな。今上陛下が百二十二代だったはずだから、もしこれが正しいものだとしたら、皇家と並ぶくらい古い家系ということだ。
転がした巻物がぴたりと止まる。
巻物の軸に一番近いところに、蒼月家の初代の名前があった。
なるほど、と僕らは頷く。
「知流姫。これが〝ちるひめさま〟か」
「はる子さんの話にもあったね」
吾田の家で聞いた蒼月家の話。それに一致するような流れで、〝知流姫〟以降の家系図が続いていく。
見ていても、同い年の兄弟姉妹が多い。間違いなく双子の多い家系だと感じる。だけど、代が重なるにつれて双子が減っていった。年の違う兄弟姉妹も。
「血が濃くなりすぎたのか」
長幸がぽつりと呟く。
家系図の半ばに血族婚が盛んだった時期がある。それこそ従兄妹どころか、実の兄妹同士ですら。一番ひどいと、同腹の男女の双子で子を産ませたような記録もある。
「法的整備が曖昧だったからといっても、ずいぶんとなまなましい家系図だね」
さすがに近代に近づくにつれ、そういった近親婚は減っているようだけれど。
その代わり。
「……消されているな」
「ね」
家系図に載せられた蒼月蓮華は一人だけ。吾田に名前を預けられた蒼月蓮華の存在はないものとして扱われていると推測する。
それから、はる子さんの日記にあった〝ウケイの蒼月詠〟。蒼月蓮華の母にあたるはずだけど、蒼月蓮華の母に兄弟姉妹はいないことになっている。
双子の痕跡が消された家系図。
そして、はる子さんの母君の日記。
僕はもう一度日記を開いた。初めに書かれている文を読み上げる。
「〝乳母は生まれた奇形児を蒼月の神域に捧げる役割も持っていた。〟」
「双子もある意味、奇形児だな」
長幸の言葉に頷く。
双子も、奇形児も。元をたどれば血を重ねすぎたことによる弊害だとしたら。
「こんなの、禁忌の呪いだ」
長幸は吐き捨てる。
僕はせせら笑う。
「違うよ、人工の呪いさ」
日記を閉じれば、長幸が粛々と家系図を巻いていく。二つを重ねて部屋の隅に置くと、僕らは各々足を崩して適当に寛いだ。
考えるのは蒼月家の異質さ。
蒼月家の呪いはおそらく、双子信仰からくる遺伝異常なのだろう。
その呪縛を、蒼月教授は解きたがっている。
「双子の呪いを解きたいのなら、同一人物であるという意識を持たせるのは良くない。蒼月蓮華を自立させるべきか」
「だからそう言ってるでしょ。自立させようにも、今のままじゃ、彼女たちに本当の名前すら返してあげられないけどね」
「む……」
口をへの字にした長幸に呆れてしまう。
僕はずっとそう言っていた。同一人物であるという意識を双子が持つことの危険さを、一番よく知っているのは僕らだ。
僕たち双子は、他人より境界が曖昧だ。同じ顔が自分の隣で生活する。自分と同じものを食べ、自分と同じものを着て、自分と同じ声で話して。
鏡のような片割れの行動は、いずれ自分の行動を映したものかと錯覚してしまう。そうなると、だんだんと自他の境界が曖昧になっていく。
その危険性を、僕らは知っている。
だからこそ僕らは今、こんなにも正反対だ。
「……次行、考えるな」
「……何も考えてないけど」
「くだらんことを考えているだろうが」
僕は肩を竦める。思考を読んだような長幸の言葉。いや、間違いなく長幸は僕の思考を読んだんだろうな。
これだ。これがまさしく弊害。もう一人の自分がどう考えるかなんて手に取るように分かってしまう。それがさらに、僕らの境界を曖昧にしていく。
僕はため息をつくと、また天井を見上げた。
ぼんやりと梁を見ながら考える。
ちるひめさま。ウケイ。神域。捧げられる奇形児。十八歳の儀式。家系図から消された片割れ。
神域に鍵があるのは間違いない。
「儀式か……」
「蒼月家はたしかかんなぎの家と言っていたな」
そうだ。蒼月家はかんなぎの家だと言っていた。だけど、頭の片隅に引っかかっていたものがころりとまろびでる。
「蒼月家が祀るものを長幸は知ってる?」
「祀るもの……? 〝ちるひめさま〟とやらじゃないのか?」
長幸も知らないか。僕は天井から視線を下ろすと、長幸を見た。
「それは愛称みたいなものだよ。調べたんだ。だけど出てこない」
「そんなはずは」
婚約してすぐの頃、吾田家に話を聞きに行ったついでに、蒼月神社へと行った。参拝するついでに境内を見渡した時に見つからなかったものがある。
それが祭神の名前。
大きな神社であれば、縁起と一緒に御祭神の名前を立て札に記していることも多い。だけど、蒼月神社にはそれらしきものがなかった。
「犀藤に調べてもらったんだ。大政奉還からの神仏習合で、あらゆる寺社が政府に再編成された。政府公認であれば記録があるはず。なのにそれがない。蒼月家は、政府が認めたかんなぎじゃないんだ」
神社の祭神の調べ方は他にもある。ちなみに大政奉還より古い時代を調べるために、神社の一覧はないかと犀藤に聞いたら、延喜式神名帳というのを教えてくれた。犀藤が国学に明るくて助かったよ。
その上で分かったのは『蒼月家が何を祀っているのか分からない』ということ。
つまり。
「土着信仰か」
「民俗学者、蒼月教授の専門ってわけ」
結論がずっと堂々巡りしている。
僕は三度、天井を見上げた。
「蒼月教授はどうしたいんだろうね」
「忌み子のメカニズムを知りたいんじゃないのか」
長幸の答えに、僕は首を振る。
「そうじゃないよ。僕が今調べているのは民俗学の分野だ。こんなのとっくに専門家である蒼月教授も気がついているはず。その上で父上と手を結び、遺伝学的アプローチをしている。蒼月教授は何を暴きたいんだ……?」
蒼月教授の暴きたいものが掴めそうで掴めない。
おそらくは、家系図から消された双子に関係あるはずなのに。
「次行、行き詰まりだ。最終手段をとれ」
「えぇー……」
長幸に言われて、僕はだれる。あぐらを組んで天井を見上げていたけど、そのままこてんと後ろに倒れた。
それだけは嫌なんだけどなぁ。
「嫌そうにするな」
「まだ何も言っていない」
「たわけ。お前の考えることくらい分かる。だが、知りたいならやれ。……彼女たちの言う、十八の儀式は近いぞ」
そこまで言われて瞑目する。
十八の日の儀式。
吾田はる子さんの母君の日記から、その日が近いのは分かっている。
……仕方ない。何もなければそれが一番だけれど、何かあってからじゃ遅いし。
「そうだね。蒼月教授に直接聞いてみよう」
彼が暴きたいものについて。