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第12話 記念の写真館

 店主の手が空くのを見計らい、装飾品を買った。

 先に店を出た長幸が懐中時計を僕のほうへと見せてくる。


「次行、時間だ」

「もうそんな時間?」


 長幸とそんなやりとりをしていると、蒼月姉妹が不思議そうに見上げてきた。

 次はどこ行くのかと問いたげに小首を傾げている。こういう小動物のような仕草、ちょっと可愛い。

 僕は笑って教えてあげる。


「今日は僕らの初めての逢瀬だからね。写真館と約束をとっておいたんだ。記念はいくらでもとっておいて損はないでしょ? これもその一つ」


 僕はさっき買った瑠璃の耳飾りを差し出した。

 長幸も同じように珊瑚の指輪を差し出している。


「これは君だけのものだ。僕の婚約者殿」

「どうぞ受け取って、僕の婚約者殿」


 蒼月姉妹は僕らの掌にあるものを凝視した。

 僕は彼女たちのまばたきを待つ。

 睫毛が臥せられたのを合図に、長幸と僕は動く。


「これを身につけて写真を撮ろう。四人で撮って、二人で撮って。長幸は写真をどこにしまう?」

「どこでもいいだろう。気が早い」

「手帳とかに挟まないの?」

「そんな女々しいことできるか」

「そう? 僕はするけどね~。婚約者だよって自慢したいし」

「自慢するな。見世物じゃないぞ」

「惚気るやつって羨ましくない?」


 とんとんと掛け合うように話しながら、僕らは婚約者たちに独占欲の目印を捧げる。


 長幸は紅の着物を着た彼女の右手を取って、白魚のような薬指へと珊瑚の指輪を嵌めた。

 僕は藍の着物を着た彼女の左耳へ触れて、柔らかな耳朶へと瑠璃の耳飾りを付けた。


「さあ付けた。行くぞ」

「あ、待って」


 指輪ひとつの長幸と違って、僕は耳飾りだから二つある。片割れを彼女につけてあげようとして……少し考えて、やめた。


「……はい、できた。僕と君とでお揃いだ」


 僕は自分の右耳へと耳飾りをつける。二人でひとつのものを分け合うなんて、ロマンチックだと思わないかい?


 長幸がむすっとして、紅の着物を着た彼女の手を引いて歩き出した。ちゃっかり指輪をしている手を握っているのが長幸らしい。


 僕も藍の着物を着た婚約者殿と手を繋いで、その後に続く。


 写真館は百貨店の近くだ。路面電車に乗り、少し戻らないといけない。僕らは話しながら写真館へと向かう。


 写真館はこぢんまりとした建物で、賑やかな大通りから二つほど小路地を行ったところにあった。


「予約していた久瀬です」

「はいはい、お待ちしておりましたよ」


 写真館の玄関をくぐると、まだ若い店主が僕らをにこやかに出迎えてくれた。

 でも、さすがに同じ顔の男女が二組いると驚くものなのか、長幸の後ろから僕が顔を覗かせると少し面食らった様子になる。


「おや、双子かい」

「ええ。縁があって、兄弟姉妹で婚約したもので。記念にと」

「それはそれは、おめでたいことでございます。素敵なお召し物を召しておいでだ。これは撮り甲斐がありますな」


 若店主は袖をまくると、さっそく撮影の準備に取りかかる。

 撮影場は白い床と壁紙で家具などもなく、椅子が一つだけ置かれていた。決して広くはない間取りなのに、あの切り取られたかのような白い空間だけが異様に広く感じられた。


 準備が整うと、まずは紅の着物を着た彼女を椅子に座らせ、その斜め後ろに長幸が立つ。

 最初は婚約した組み合わせで、ひと組ずつ写真を撮ってもらう手筈だ。


「ささ、こちらに。写真はその瞬間、その空間を寸分狂いなく写し取ります。魂が抜き取られたなんて仰る者もおりますが、ご安心召されよ。写真は真を写すもの。魂が写るのであれば、それがあなた方の真の姿ということでしょうね」


 若店主の言葉は非常に興味深かった。

 魂が写るなら、それが自分の真の姿か。自分たちが何者なのか境界線が曖昧になりやすい双子にとって、すごく良い言葉だよね。


 僕らは婚約者同士だけではなく、蒼月姉妹の写真も何枚か撮ってもらった。最後に四人全員で撮ってもらい、後日、現像した写真を受け取る約束をして写真館を出た。


「写真の仕上がりが楽しみだね」

「長い一日だったな」


 初めてのお見合いのように、突然倒れたりしないかひやひやしていたけど、喫茶店での出来事程度で済んで良かった。


 一人しか通れないような通路や、着るもの、身につけるものが別だったりした時にどうするのか、試すようなことをしてほんの少し申し訳ないと思うけど……そうであっても僕は楽しい一日だったと思う。


 これは僕の我が儘でしかないけれど、打算だらけだった僕が感じたこの気持ちを、彼女たちにも感じてほしいというのは偽りではなくて。


「お嬢さん方は楽しかったかい?」


 帰路の途中、僕は手を引いて歩く婚約者殿に尋ねた。


 商店街から外れて住宅街に差しかかれば、人の喧騒もだいぶ薄らぐ。茜色の街並みの中で立ち止まると、蒼月姉妹は長幸と僕を真っ直ぐに見据えた。


 ふっくらとした桜色の唇が、同じ音色の言葉を紡ぐ。


「「楽しかったわ。ありがとう」」


 その言葉が聞けただけで、男冥利に尽きる。

 その気持ちを共有するように、長幸と視線を交わしあった。


「よかったな、次行。趣向を凝らした甲斐があって」

「長幸こそ。忙しい合間に手配手伝ってくれたじゃないか」


 そう言いながら家へ向かい再び歩き出そうとしたら、くいっと腕が引かれた。

 長幸も僕も、立ち止まったままの蒼月姉妹を振り返る。婚約者たちは、こてりと小首を傾げていた。


「「どうして双子なのに違うの?」」


 長幸は眉をひそめ、僕は真顔になる。

 そのまま蒼月姉妹たちを見つめていれば、彼女たちは長幸と僕をそれぞれ指さした。


「「双子なのに、違うわ。私と私。貴方と貴方。貴方と私。私と貴方。どうして?」」

「どうして、って……」


 長幸が苦虫を噛み潰したように呻く。

 楽しかったはずの今日の出来事で、何か一つでも彼女たちの心を動かせたらと思ったけど……蒼月姉妹に『個』を教えるのは難しいらしい。


 僕は藍の着物を着た彼女の手をすくい取り、指先に口付けるように持ち上げる。視線を合わせて、にっこりとほほ笑みかけた。


「それは僕らが違う人間だからだよ。君たちだってそうさ。ねぇ、蓮華さん。君たちのどちらが、蒼月花蓮さんなのかな」


 婚約者の手を優しく握っている僕の腕を、長幸が乱暴に掴む。


「おい、次行!」

「黙って、長幸。聞くなら今だよ。彼女たちがこんなにも話してくれるとは思わなかった。彼女たちの口から聞けるのなら、それが一番じゃないか」

「そうだが……」


 長幸が渋る気持ちも分かるよ。せっかく一日楽しく過ごせたんだからさ、このまま何事もなく終わりたい気持ちは分かる。


 だけどこうして、蒼月姉妹が自分から触れてきてくれたんだ。彼女たちが『個』を理解できてないながらも、どうしてと思ったその芽を踏み潰したくない。今、踏み込んでおくべきだと思った。


 踏み込んだ先で蒼月姉妹がどう答えるのか、長幸も気になってるでしょ。良い子ぶってるのは親の前だけで十分だ。


 案の定、蒼月姉妹は僕らに予想外の解答をもたらしてくれて。


「「蒼月花蓮を知りたいの?」」


 この口振り、何かを知っているのかもしれない。

 長幸が掴んでいた僕の腕を離してくれる。僕は膝をついて、大切なものを扱うように婚約者の手を捧げ持った。


「僕は僕だけの婚約者の名前を呼んであげたい。これでも独占欲が強いんだ。双子の兄が、自分の婚約者の名前を呼ぶのすら嫉妬しちゃうくらいに」

「おい」


 片目を瞑ってみせるのと、長幸がドスの利いた低い声で呼びかけてきたのは同時だった。


 僕は仏頂面の長幸を無視して、藍の着物を着た婚約者殿だけを見つめる。鳳凰と鸞鳥を連れた二人の少女は、僕を心底憐れむような面持ちで見下げた。


「「可哀そう。蒼月花蓮はもうすぐいなくなる」」


 もうすぐいなくなる?

 長幸の視線が鋭くなる。僕もわずかに眉間にしわが寄るのを感じる。


「どういうことだ」

「「お母さまは言いました。蒼月花蓮は存在しない。存在するとしたら、贄の名前だと」」


 長幸の問いかけに、蒼月姉妹は唄うように答えた。


「は?」

「贄……?」


 時代錯誤な言葉に、長幸も僕も面喰らう。

 そんな僕らに、蒼月姉妹は浄土から降臨した天女の如く告げた。


「「蒼月花蓮は根の国へとゆく宿命。根の国に行きたくないのであれば、蒼月蓮華になるしかないの。だから私たちは蒼月蓮華にならないといけない。十八の儀式の日、運命が決するまでに」」


 蒼月の双子に対する執着の断片が、垣間見えた気がした。



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