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第11話 婚約者への贈り物

 予想外の出来事もあったけれど、珈琲の最後のひと口までしっかり味わって、僕らは喫茶店を出た。


「さて、次はどうする」

「活動写真でも見に行くかい?」

「いいな。近くだと錦町か?」


 お互いに蒼月姉妹の手を取って通りを歩く。

 午前中と変わらず、蒼月姉妹は従順な子犬のように僕らに連れられて歩いた。


 僕は長幸と話しながら、帝都の地図を頭に浮かべる。確かにこの近くだと錦町にある会館が有名だ。だけど今からそこへ行っても、良い席を四人分確保するのは難しいだろうな。


「少し裏道に入るけど穴場があるって聞いた。そっちに行ってみようか」

「穴場? 聞いたって誰に」

「犀藤。ほら、役場の」

「あいつか」


 犀藤は仕事上、色々と知っていることが多いからね。役場も仕事がないと井戸端会議の溜まり場みたいになるらしいから、こういう話の種を仕入れるのに都合がいい。付き合い甲斐のある友人だ。


 教えてもらった場所を思い出しながら、大通りから小路へと入っていく。

 大通りには大店が立ち並ぶけれど、小路にも店は並ぶ。店内の様子が見える大窓のある店や、看板が立っている店は分かりやすくて良い。暖簾もなく、張り紙だけの引き戸だと店だと分からずに通り過ぎてしまう。商売っ気があるのかないのか、よく分からない。


 そんな中を歩いていると、腕がくんっと引っ張られる。振り返れば、蒼月姉妹が足を止めていた。


「どうした」

「何か気になるものでも?」


 蒼月姉妹の視線の先には、更紗の暖簾が風に揺れていた。暖簾に更紗を使うなんて珍しくて、そちらに寄ってみる。


 暖簾の下には複雑な文様の織られた絨毯に、くすんだ色合いの貴金属の装飾が並んでいた。店番は店の奥にいるようで、不用心に高価な売り物を並べているのはちょっと物騒じゃないだろうか。


「貿易商の店だな」

「入ってみようか」


 軒先で蒼月姉妹の手を離してあげれば、二人は並んで店の外に並べられた品を見始めた。百貨店に行った時よりも食いつきが良いな。


「渡来のものが好きなのか?」

「かもしれないね。さっきも洋書を見ていたし。これは長幸に負けてられないな」


 長幸と並んで装飾品を見ながら、ついぼやいてしまう。

 案の定、長幸は僕の言葉を拾ってしまった。


「何がだ」

「僕ももっと洋書を読んだほうがいいのかなってこと」

「読めばいいじゃないか」

「簡単に言うけどさ。辞書引きながら読むのって面倒なんだよ」


 漢文や古文書を読むのは楽しいんだけどね。表意文字の文化って偉大だと思うよ。まぁ、長幸も久瀬家の跡取りとして必要だから洋書を読んでるだけなんだろうけど。


 蒼月姉妹は軒先の品々だけではなく、店の中の品にも興味が出たらしい。僕たちを置いて二人で店の中に入っていく。婚約者だけを行かせるわけにもいかないので、僕らもその後に続いた。


 店の中には水煙草の綺麗な煙がくゆり、色鮮やかなトルコランプが天井から吊るされていた。壁には絨毯がかけられている。


 異国情緒のあふれる店内の奥に人影があった。二人。一人は日本人でおそらく店主なのだろう。店の奥側でどっしりと構えている。もう一人は髪が黄色く、異国の人のように見えた。


「いらっしゃい。ごゆっくり」


 店主は異国人の相手に忙しいようで、にこやかに微笑んで手を振った。好きなように見てくれってことかな。言われずとも、蒼月姉妹は店内を好きなように歩き回っているけどね。


「間が悪かったか」

「ごゆっくりって言ってたから、大丈夫なんじゃない?」


 会話の雰囲気から、商談でもしているのかもしれない。聞かれて困るようなことがあれば追い出されるだろうし。お言葉に甘えてそのまま店内を見て回れば良いと思う。


 僕と長幸は装飾品を見て回る。蒼月姉妹はあっちこっちうろうろと歩き回っていて、少し落ち着きがない。


 さすがにあんなにうろうろしてるのは……と思って視線をあげると、視界の中に変わったものが入りこんできた。


 僕の視線はそちらのほうに吸い寄せられてしまう。


「これ、いいね」


 手にとったのはピストルだ。装飾は彫刻と銀色の塗装だけで華美すぎず、重すぎず。こんな小店にしれっと置かれているには少々不自然な品だ。


「新型か。小さいな」

「すごい手にしっくりくる」

「おい、銃口を向けるな」

「弾は入ってないよ」


 僕は笑って長幸へとピストルを渡した。意趣返しのつもりなのか、長幸は僕に銃口を向けて構える。僕はその銃口を手で抑えた。


「長幸、大人げないぞ」

「知ってる。……これは軽くていいな」

「でしょう?」


 二人でピストルについて話す。

 廃刀令後、身を守る術すらも時代が進んだ。刀を持つことが許されなくなった今、銃が自分を守るための手段として一番の強さを持つ。とはいえ、学生身分がひょいっと買えるようなものでもないけどさ。


 だけど憧れるよね、マイピストル。持ってるだけでステイタスになるからさ。


 僕らがピストルに夢中になっている間も、蒼月姉妹は店内をうろうろと歩き回っている。

 最初は見たいものを適当に見ているのだろうかと思っていたけれど、それにしては行ったり来たりが多い。話の区切りがついて耳を澄ませた時に彼女たちが何を見ているのか気がついた。


「意外だな」

「そう?」


 長幸の口ぶりに、僕は笑う。

 蒼月姉妹は店の奥で話している店主たちの話題に出てきた品を探して、店内をうろうろしていた。店主と異国人は異国の言語で話しているのにも関わらず、だ。


 蒼月姉妹は本屋で外国語の文字が読めたんだ。会話も聞き取れるくらい、不思議ではないよね。父親である蒼月教授の影響かな。昨今の学者は外国語も話せないと研究が進まないなんてよくある話。


 そんな蒼月姉妹を見ていて気づいたことがある。

 僕は目を細めてその様子をじっくり観察した。


「次行も、気づいたか」

「うん。紅のほうが主導を握っているように見える」

「藍は歩き方が安定していないな」


 狭い店の中だ。通路は一人分。二人並んでは歩けない。そういう場面では紅の着物を着たほうが、先に通っている。


 これがどちらも同じ衣装を着せていたら、判別はできないままだった。二人を視覚的に区別したことで、ようやく見えた糸口。


「この優位性が規則正しいものと思うか」

「法則はあると思うよ。そうじゃないと全く同じ所作を日常的にできるはずがない」

「だがその法則を暴くとしてもな……今日みたいに着物で区別させるのはうちじゃできないぞ」

「分かってるって」


 僕は大袈裟に肩をすくめてみせる。

 せっかく分かったんだし、これは上手くやる方法を考えないといけないな。


 父上は同一人物化した際の差異について知りたがっている。僕がやろうとしているこれは、父上たちの意向とはまるで違う。これが知られたら、父上はお冠だろうな。


 それだけでなく、怖いのは蒼月家も。

 あの家の双子に対する執念は薄ら寒いものがあるからね。でも、この状況は同じ双子として業腹でしょ。


 僕は店内をぐるりと見渡す。着物よりは派手ではなく、今日という記念の日にかこつけられるようなものは、と。


「あ、これがいいかも」


 僕はさっきからずっと物色していた装飾品の中から、ぴったりの物を探し当てた。これなら彼女に似合いそう。

 にこにこと笑ってそれを手にとる。長幸が胡乱げにこっちを見てきた。


「今度は何をするつもりだ」

「まぁ、僕らなら彼女たちを見間違うわけなんてないけどさ? 持ち物には名前をつけておきたいじゃない。これは僕のですよって」


 そう言ってやれば長幸は僕の顔から視線を落として、僕の手の中にある物を見てくる。


 僕の掌には小粒の瑠璃でできた耳飾り。

 長幸の表情が思いっきり歪む。


「耳飾りか。……気持ち悪いな」


 おい兄弟、その反応はひどくないか?

 さすがの僕もいらっとするぞ。

 青筋を立てそうになるけど、ぐっと堪える。


「そう言うなよ。これ以上ないくらいぴったりな目印でしょ」

「目印なら不自然じゃないものにしておけ」


 長幸の手が伸びる。

 迷いなく一つの装飾品を手に取った。

 長幸が選んだ物を見て、僕は唇を尖らせる。


「指輪? 無難過ぎないかい」

「無難なくらいでいいんだよ」


 長幸が選んだのは真っ赤な珊瑚石をあしらった指輪だ。不自然じゃないようにって言うけど、指輪ってキザ過ぎないか?


 僕らはお互いの掌にあるものを見る。


 どちらにせよ、お互いにこんな物を選ぶんだから、長幸も僕も似た者同士ってことだ。


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