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「あ、これか。えっと……なになに? これを着て、麗春祭を楽しんでください?」
中身は、きょうから開催されるイベントの簡単な案内や、特コス配布のお知らせだった。文章を最後まで読み終えると、自動的にプレゼントの受け取り画面に切り替わる。
「わ、なんかコスチュームのイラストみたいなのがたくさん見られるようになったんだけど。この中から自分の好きなものを選んでいいの?」
「そう」
「あれ。僕のアバターは女の子なのに、あきらかに男性用っぽいデザインも着られるんだ?」
「そう。特コスは、好きなものを好きなように着てくださいっていうスタンスだから。そもそもヒノモトには、性別不明のアバターも多いし」
ちらっと軽く周囲を見回すメイくんの視線を追うと、たしかに一見しただけでは男性なのか女性なのかわからない人たちが何人もいる。運営によれば、ヒノモトのアバターはプレイヤーが心から望んだ姿らしい。彼らは、彼女たちは、現実世界でも今のように楽しく笑えているんだろうかと、僕は少しだけ気になってしまった。
「夏樹みたいにアバターとプレイヤーの性別が違っていても、別におかしくないし。で、どれにするの」
「え? あ、えーと……」
プレゼントの選択肢は、全部で十種類くらいあった。メイくんが選んだ書生風スタイルと対になっているような、袴姿が印象的な女学生風スタイルもある。たしか、ハイカラさんっていうんだっけ。日本の歴史に明るくない僕でも、大正時代の服装といえばこのイメージが強い。
それ以外だと、コートやスーツ、ウェイトレスなど。ウインドウに表示されている参考イラストを、視線だけでぽんぽんめくっていくけど、その動きはなかなか止まらない。
「……うーん、悩む。ちょっと保留にしていい?」
「別にいいけど、受け取りの期限が短いから気をつけて。ちなみに、それ着てイベントに行くと、いろいろな特典が受けられるらしい」
「んんっ、そうなのか」
それを聞いたら、単純かつ優柔不断な僕は、やっぱり今さっさと決めておきたいという気持ちになってしまった。
メイくんにもう少しだけ待ってもらうことにして、再びカタログに目を凝らす。ひととおり見終わって再び最初の画像に戻ってきた僕は「やっぱりこれかな」と自分に言い聞かせるようにうなずいた。
「バンカラっていうんだね、この学生服スタイル。基本的に男性用だと思うけど、僕でも着られるなら着てみたい」
僕が選んだのは、今の時代にも普通に見かける――それこそ僕やメイくんが中学校で着ているものと変わらない学ランを基調としたスタイルだ。ハイカラさんと同じくらい有名だと思うんだけど、バンカラという名称がついていることは、はじめて知った。
学生服に学帽、そしてマントと高下駄。昔のマンガとかでよく見る、不良とか番長とかって言われているキャラクターが好んで着るような印象だけど、僕としてはそんなに悪いイメージは持っていない。なので、ヒノモトで着ることができるのなら挑戦してみたいと思った。
「超メジャーなやつじゃん。決め手はなんですか」
「めちゃくちゃ動きやすそうだからです」
そう。僕がいま着ている巫女服は、とにかく歩きづらいのだ。全力で走ろうとすると、袴が足にびたびたくっついて転びそうになってしまう。
バンカラに決定したことで、さらに画面の表示が切り替わる。驚いた。服の色だけじゃなく、柄のデザインや丈の長さまで、あらゆる部分がとことんカスタマイズできるらしい。
「すごいね、こんなに細かく選べるんだ。メイくんも迷ったでしょ?」
「色の組み合わせとか、そのくらいしか変えてないけど。――夏樹、髪型いじるならオレが選んでもいい?」
「うん? 別にいいけど」
「ラジオ巻きにして。三つ編みを耳のあたりでまとめたやつ」
「ラジオ巻き……あ、これか。なんかモコモコの耳当てをつけてるみたいだね」
メイくんに言われるまま、設定を変えてみる。プレビュー画面に表示された着せ替え人形の髪型が、ラジオ巻きに変化した。どうしよう、想像以上にかわいらしい。これに男性用の学生服を合わせるのは、ちょっとおかしくないだろうか。
「ねえ、メイく――」
「ズボンの丈は膝上にして」
「ん?」
「タイツは……あー、ないほうが色のバランスがよさそう。足元は編み上げブーツ一択ね。下駄や短靴は却下」
「んん?」
まずい。よくわからないけど、メイくんがノリノリだ。決めるのは髪型だけじゃなかったんだろうか。なぜかそれ以外の部分まで指定してくる。
そして、ここではじめて気づいてしまった。今までは「考えるだけでウインドウの操作ができるなんて便利だなあ」くらいにしか思っていなかったけど、それって実は不便なんじゃないかってことに。現に今、僕が頭の中でメイくんの要望をくり返すと、着せ替え人形のコスチュームがどんどん変化していってしまう。勝手に、どんどん、かわいくなってしまう!
焦る僕を置き去りにして、メイくんの注文は続く。こうなったメイくんを止めることは誰にもできない。というか、そもそも自分のウインドウは自分以外は見えないはず。つまりメイくんは、脳内の想像だけでここまでの要求ができてしまうということになる。なんてすさまじいイメージ力なんだ。僕にはとても真似できそうにない。
「――で、そこを変えたら最後にオッケー」
「最後にオッケー……あ! 流れでついオッケー押しちゃった!」
メイくんの自然な誘導に流されて、僕はウインドウに表示された「これでよろしいですか?」という最終確認に「はい」で答えてしまった。
その瞬間、まるでカメラのフラッシュをたかれたかのように、世界が真っ白になる。思わずぎゅっと目を閉じた僕の全身を、大きな羽がなでていくような不思議な感覚がして――やがて、世界が元の明るさを取り戻した。
「うわあ……」
いつの間にか、目の前のウインドウが鏡のようになっている。そこには、巫女とはまた百八十度もイメージが違う女の子が映っていた。
基本的なベースは学ランだけど、ズボンの丈は膝上。編み上げブーツというのも、メイくんの希望そのままだ。これまたメイくんの希望どおり、ラジオ巻きの髪型の上に、学帽がちょこんと乗っている。なにより目を引くのは、学ランの上に着た袖ありのマントだ。ピンクから赤、そして紫へと変わるグラデーションは、言葉で説明すると派手なようにも思えるけど、実際に見ると絶妙な上品さを保っている。花をモチーフにした模様も添えてあるので、まるで豪華絢爛な着物を羽織っているようだった。
客観的かつ正直に言うと、とてもかわいい。けれど、僕の口から真っ先に出てきた感想はといえば――。
「あ、足が! 足がスースーする……!」
「おー、かわいい」
「おっかしいな、僕はカッコよくなりたかったはずなんだけど……ちなみに、このカスタマイズってあとから修正はできる?」
「できるけど、お金と特殊なアイテムが必要だから今は無理」
「そっかー!」
というようなことで大幅に時間を消費してしまったけど、僕たちの本日の目的はイベントを楽しむことだ。基本的に戦闘にしか興味のないメイくんの気が変わらないうちにと、僕は彼の背中を押しながら橋を後にするのだった。
……うう、やっぱり足がスースーして落ちつかないです。