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 ヒノモトオンライン――通称 《ヒノモト》は、超バーチャル世界の体験ゲームだ。スマートフォンのアプリを起動して、特殊なワイヤレスイヤホンをつけることで、まるで現実で起きているかのようにゲーム世界の出来事を体験することができる。


 中世ヨーロッパや宇宙コロニーを舞台にしたゲームが人気を集める一方、ヒノモトは日本の大正時代をモチーフにしていることで異彩を放っていた。おもしろそうなものはすぐに試したくなるメイくんが、それを見逃すはずもない。

 かくして僕はいつものように、メイくんに連れられて、ヒノモトオンラインの世界へと足を踏み入れることになったのだった。

 

「んー……火ノ都(ひのと)はやっぱり人が多いなあ」


 そして今。正確にはゲームをはじめて四日目の夜。僕はヒノモトの大きな街――火ノ都の中心にある石造りのアーチ橋の上で、一人ぽつんと佇んでいた。さまざまな衣装を身にまとったアバターたちが右に左にと行き交うなか、邪魔にならないよう欄干にもたれて空を仰ぐ。


 火ノ都は、ヒノモトを開始したプレイヤーが最初に訪れる拠点だ。レトロな建物が連なる街並みは、老舗の温泉街に来たような懐かしさを覚えるけど、その合間にはモダンな百貨店や新聞社などが立ち並んでいる。土がむき出しの大きな道路の中央を小さな路面電車が走り、和装の女性と洋装の男性が笑顔ですれ違っていく。


 古いものと新しいもの、日本文化と西洋文化が融合した不思議な時代。たしかに存在した日本の歴史に、独特のファンタジー要素を加えることで生み出されたのが、この《ヒノモト》という世界だ。


「ずっとメイくんの物怪(もののけ)討伐につきあって外にいたから……えっと、ここでゆっくりするのはチュートリアル以来?」


 アクションゲームでも、ロールプレイングゲームでも、大抵のゲームは最初に《チュートリアル》という簡単な操作説明をしてくれる。ヒノモトも同じだ。ゲームの中にだけ存在するNPC――ノンプレイヤーキャラクターと呼ばれる街の人たちが、この世界のルールをほとんど知らなかった僕に、アイテムの買い方や戦い方などを教えてくれた。その説明に使う道場や神社、銀行などが丸ごと全部入っているので、この火ノ都はとても広くつくられている。


「メイくん、遅いな。……迷ってるのかな?」


 そういうわけで、この街で迷子になるアバターも多い。特にきょうは新イベントの開催初日だ。ふだんは物怪討伐であちこち飛び回っていて街にはいない、メイくんみたいな人たちまで集結している。さながら、芋を洗うような大盛況ぶりだ。


 わかりやすい場所だからということで、火ノ都の中心を横に分断する大きな川の大きな石橋の上で待ち合わせをしているけど、考えることはみんな同じだったのかもしれない。橋を通過する人よりも、誰かを探して橋にとどまる人のほうが多いような気がする。


「よし、フレンドリストで確認してみよう」


 その思いつきを実行するには、まず先にメニューウインドウというものを表示しなければいけない。メニューウインドウでは、ヒノモトで行う基本的な行動――たとえば、武器の装備や所持アイテムの管理、請け負っている討伐任務の確認などができる。基本中の基本なので、チュートリアルでもみっちり勉強させられたっけ。


 今も視界の隅に固定表示されているステータスウインドウと違って、メニューウインドウは呼び出さなければ出てこない。といっても、操作は簡単。目の前の空間に向けて意識を集中させれば、あら不思議。そこには、ステータスウインドウと同じデザインながら、逆に形は横長というメニューウインドウが一瞬で浮かび上がってきた。人類の技術の進化って、本当にすごい。


 早速、フレンドリストを開いて、メイくんの動向を確認する。ヒノモトでのたったひとりの友達は、どうやらログインはしているようだった。「今どこ?」と、テキストチャットを飛ばそうとしたところで「お待たせ」というセリフが頭の上から降ってくる。


 当然ながら現実のメイくんの声質と、ヒノモトでのメイくんの声質は少し違う。まだそれに慣れてないため、声を聞いただけではメイくんという確証が持てないけど、そもそも僕に当たり前のように話しかけてくる相手の心当たりなんて、ひとつしかないわけで。


「あ、よかった。メイく、んん!? どうしたの、それ!」


 顔を上げた僕は、思わず二度見というものをしてしまった。まるでリアクションの大きい芸人さんのコントみたいだけど、それくらい驚いたんだから仕方ない。


書生風(しょせいふう)衣装だって。カッコいいでしょ」

「カッコいいよ! え、どうしたの? 装備を新しくしたの?」


 袴姿(はかますがた)の中にスタンドカラーの白ワイシャツを着るという、いわゆる大正時代の代表的なスタイルで登場したメイくんは文句なしにカッコよかった。落ちついた淡い空色の着物は青い瞳によく映えるし、その上に羽織っている袖なしのマントも、黒というよりは灰に近い色なので柔らかい印象を受ける。


 戦闘時の凛とした鎧姿も似合っていたけど、目の前にいるメイくんは穏やかさと涼やかさが前面に出ていて、むしろこっちのほうが現実世界の彼の雰囲気に近い気がした。


(とっ)コスだよ。夏樹だって、きょうのログインのときにもらってるはずだけど」

「トッコスって……ああ、特殊コスチュームのこと? そういえば、運営からメールが来てたかも」


 特殊コスチューム――略して《特コス》は、ふだん身につけている装備品とはまた別枠の、いわゆるファッションアイテムだ。攻撃力や防御力が上がったりするわけじゃないので、物怪と戦うときには普通は着ないものだけど、街の中などの安全な場所では特コスを着ているアバターを見かけることも多かった。


 特コスの主な入手方法は、たしか三つ。

 一つ。ゲーム内通貨を使って、ヒノモト各地の服飾店で購入すること。

 二つ。物怪退治などの依頼を達成して、報酬として手に入れること。

 最後は、そう。メイくんが、さっき言っていた。このゲームを運営している会社が、プレイヤーへのプレゼントとして特別に配布してくれることがあるらしい。


「ちょっと確認してもいい?」と、ひとこと断ってから、開いたままだったメニューウインドウへ視線を落とす。新着マークが点滅しているメールアイコンに意識を向けると、今までに送られてきたメールのタイトルがずらりと表示された。僕はその中でも一番上の、一番新しい、未開封状態のメールを開く。


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