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7-3

「キングメロンカッパンとかいるんだね。僕、知らなかった」

「別のエリアには、あんカッパンがいるけど、そいつを大量に倒した場合は、殿様あんカッパンが出てくるらしい」

「そんなカッパまでいるの?」

「まあ、俺の部屋からもレインボーのカッパが見下ろせるくらいだし。いるところにはいるんだろ」


 うっと、思わず言葉に詰まってしまう。俺の部屋というのは、現実世界のコロの部屋ということだ。つまりリアルの情報ということになる。

 そういう話は、基本的にしないようにしていた。ネット上で不特定多数に向けて個人情報を流すことの危険性は、それなりにわかっているつもりだし、メイくんにも「気をつけるように」と、口を酸っぱくして言われている。

 だから今のコロのセリフも、聞かなかったことにしたほうがいいんだろう。僕が返す言葉に迷っていると、察してくれたらしいコロが困ったように自分の髪をわしゃわしゃした。


「……あー、今のは俺もうっかりしてた。でも、まあ、ハルキなら別に教えてもいいかなって」

「え?」

「ハルキとなら、現実世界で会っても楽しそうだしさ」


 そう言ってもらえるのは、素直にうれしい。自分という人間を少しでも信頼してもらえてると思うと、ちょっと照れくさくなる。そこまで考えて、僕はあることに気づいてしまった。


 ――そういえば僕、自分が現実世界では女の子じゃないってこと、コロに話したっけ?


 さあっと全身から血の気が引いた。心臓がバクバクする。

 別にヒノモトで出会う人みんなに、いちいち正直に説明する必要はない。そもそも最初は、コロとこんなに関わることになるとは思ってなかった。だから、僕は悪くない。悪くないはず。ただ、タイミングがめちゃくちゃ悪かった。告白する機会を完全に逃してしまった。

 別に中身が男だからといって、コロがてのひらを返して急に冷たくなるとは思えない。でも結果的に嘘をついていたことは事実だ。だましていたと怒られても、それはそれでしかたない。

 うん、そうだ。それでも言おう。ちゃんと話そう。


「コロ! あのね――、っと? あれ?」


 決意を固めて身を乗り出した僕を制止するかのように、目の前にウインドウが表示される。そこに書かれていた文字は――猫又が、孵化します?


「こ、コロ! 孵化する! 猫又の卵が孵化します、って!」

「お、キングメロンカッパンの経験値が効いたか? ボックスから出してみろよ、生まれるところ見たい見たい」


 慌てながらも慎重に、袖口から卵を取り出す。薄い殻越しに(だいだい)色の光が透けてみえて、まるで小さなランプみたいだ。ほんのりと温かいそれを、両手で作ったお椀の中に入れて、コロにもよく見えるように胸の辺りで掲げる。光が点滅する間隔がどんどん短くなり、やがて視界が真っ白に染まった。


「みゃあん」


 なんともかわいらしい鳴き声に誘われて、硬く閉じていたまぶたを開ける。

 そこにいたのは、てのひらサイズの小さな猫だ。卵と入れ替わるように、ちょこんと座っている。全体的に丸っこくて耳がぺたりと折れた姿は、まるでスコティッシュフォールドみたいだ。でも、薄い桜色の毛並みと、二股に分かれた金魚の尾びれのような尻尾が、この猫が普通の猫じゃないことを物語っている。

 うるんだ瞳でこちらを見上げて、小さな声で何度も何度も鳴く姿が、なんというか、本当に、本当に――、


「か……かわいい……!」

「おいおい、ピンクの猫又ってなんだよ。属性どうなってんだ、ちょっと見せて」

「みゃー!」

「いてっ」


 片手でひょいっとつかみ上げて、お腹のあたりをのぞき込もうとするコロの顔に、猫又の尻尾攻撃が炸裂した。オーロラみたいにユラユラしていて綺麗だと思っていたけど、あれって当たると痛いのか。いや、ヒノモトでは痛みは感じないから、実際には熱いとかだと思うんだけど。

 鬼の面越しに顔を抑えるコロを尻目に、猫又はとんとんと身軽に僕の右腕を駆け上がる。そのまま肩までやってくると、甘えるように頬にすり寄ってきた。


「か……かわいい……フカフカしてる……」

「だまされるなよ、見ただろ。キョーアクだぞ、そいつ」

「今のはどう考えてもコロが悪いでしょ」

「みゃっ」


 まるで僕の言葉を理解しているかのように、猫又が大きな声で鳴く。多勢に無勢となったコロは拗ねて唇をとがらせるが、すぐに「まあとにかく、無事に孵化してよかったな」と笑った。


「コロが卵を見つけて拾って大事に持っててくれたお陰だよ」

「そそ、そういうこと。ソイツにも、ちゃーんと教えてやってくれ。じゃあ俺は、そろそろ落ちるな」

「あ、うん。お疲れ様」


 結局、僕が本当は女の子じゃないということは切り出せなかった。また今度、落ち着いて話をしよう。そう決意した僕は、次にまた確実に会える方法をコロに提案する。


「ね、コロ。フレンド登録しない?」


 フレンドリストに登録すると、相手が大体どの辺りにいるのかとか、ログインしているかどうかがわかって便利なのだ。メッセージも簡単に飛ばせるから連絡がつきやすく、パーティも組みやすい。

 たとえばこれが現実世界だったら、相手に「友達になろう」と言うのはなかなかハードルが高いと思うんだけど、これはゲームの中のシステムの話なのでそこまで緊張せずに持ちかけられた。リアルで会ってもいいと言ってもらえたばかりだし、断られることもないだろうと、ちょっと自信を持って聞いてみたのだけれど、コロから返ってきたのは意外にも沈黙。そして「いや……」という、にごすような回答だった。


「やめとく。フレ登録なんかしなくても、どうせまたどこかでバッタリ会えるだろ」

「えっ?」


 まさか断られるとは思わなかったので、僕は変な声を上げてしまった。何か気に障ることをしただろうかと考えたけど、心当たりがなさすぎる。

 ひょっとしたら、メイくんみたいなタイプかもしれない。すぐにやめることが前提だから、ゲームの中で親しい人をつくらない。ちょっとさみしいけど、プレイスタイルは人それぞれだから、仕方ないとも思う。


「……そっか、わかった。ホントに、また会える?」


 フレンド登録はできないまでも、せめて口約束だけはしておきたい。確認する僕に「さあな」と笑いながら答えて、コロはヒノモトからログアウトした。

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