7-2
丙エリアに流れる大きな川の近くは、一度にたくさんのメロンカッパンが出現することでおなじみのスポットだ。カッパンとは河童から派生した物怪の総称で、メロンカッパンはメロンパンのカッパンのこと。なにを言っているのか自分でもわからないので、ちょっと整理しよう。
まず、ビーチボールサイズのメロンパンを二つ用意して縦に並べます。上のメロンパンに、つぶらな黒い瞳とヒヨコのくちばしをくっつけます。最後に大きなヒマワリを被せたらメロンカッパンの出来上がりです。
そのかわいらしい外見から、メロンカッパンはヒノモトを代表するマスコットキャラとして幅広い層に人気があるらしい。見た目どおり、あまり強くないので、初心者のパーティと戯れている微笑ましい光景をよく見かける。
けれど今、僕の目の前でくり広げられているのは、たったひとりの鬼面による、恐ろしくも凄惨な独壇場だった。
「……ああ、メロンカッパンがあんなに簡単に」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。その言葉のとおり、コロに倒されたメロンカッパンがポンポン宙を飛んでいく。「キャー」と、なぜかちょっと楽しそうな声を上げながら光の粒子になって消えていく姿が、小さな花火みたいだ。ときに殴りつけ、ときに蹴り飛ばす。コロが小さな竜巻のように動くたびに、見晴らしのいい川辺の青い空で夏の風物詩が咲いた。
「歌舞伎役者って、こんなにトリッキーだったっけ……」
そう。コロの職業は、歌舞伎役者らしい。たしかにテレビでちらっと見た《連獅子》という演目の役者さんに、雰囲気が似ていると思っていた。長い髪を振り乱して豪快に舞う姿はとても迫力があって、歌舞伎をよく知らない僕でも「カッコいい!」と夢中になったほどだ。
でも、どれだけ修練を積んだ役者さんでも絶対に真似できないと確信できるほど、コロの身体能力は異常だった。
普通ならここまでしか跳べないだろうという予測の二倍から三倍は高く跳ぶし、普通ならここまでしか走れないだろうという予測の二倍から三倍は速く走る。とにかく、すべての動きが想定外だ。とても同じプレイヤーとは思えない。まだ「新種の物怪です」と言われたほうが納得できた。
けれど、その尋常じゃない動きのデメリットは、やっぱり存在するらしい。
「待って待って、体力の減りが早すぎない? 攻撃なんていつの間に受けたの?」
いまはコロとパーティを組んでいるので、ステータス画面で彼の体力ゲージがバッチリ確認できる。ずっと注意して戦況を見ていたはずなのに、いつの間にか覚えのないダメージを受けているから驚いてしまった。
「メロンカッパンの攻撃なんかくらうわけねぇし。削れてるのは術技を使ってるからだよ」
「え? 歌舞伎役者の術技って、そんなだっけ?」
「んにゃ? 鬼面の呪い」
「……それって、警察に追われるよりも厄介な呪いなんじゃ。相手の攻撃を受けても減って、自分が攻撃をしても減るってなったら、体力の回復が間に合わないでしょ」
「そそ。だからアイテムの消費がヤバい。クールタイムのせいで強敵相手は厳しいし、お金もすぐなくなる」
《クールタイム》というのは、術技やアイテムを使ったあとに、また同じ行動をとろうとしても、しばらくは使えなくなるという時間のことだ。「ここで回復アイテムを使わないと危ない!」というときでも、クールタイムに邪魔されて使えずに死亡、なんてことも普通にある。
メロンカッパンの頭突き攻撃を軽々とジャンプでかわし、水鉄砲攻撃を地面に胸がつくくらい身を屈めて避けながら、すばやく手刀をくらわせるコロ。あ、本当だ。コロが術技を使った瞬間、体力ゲージが減少した。このペースだと、もうそろそろ赤くなってしまう。
「――百華祝詞 《白露玉》」
僕は神楽鈴を大きく振って涼やかな音を響かせると、コロと初めて会ったときにも使った術技を発動する。《八重桜》が、一度にそこそこの体力を回復させる術技なら、この《白露玉》は一定時間ごとに少しずつ体力を回復する。つまり、毒の回復版みたいなものだ。
ステータスウインドウを確認すれば、コロが術技で消費する体力よりも、僕の術技での回復量のほうがわずかに上回っているようで、ゲージが少しずつ上限値にせまってきている。《八重桜》と《白露玉》の術技を交互にかけ続ければ、コロに回復アイテムを使わせなくてすむかもしれない。
「お、さっすが巫女。やっぱ回復役がいると違うな、ダンゼン動きやすい」
その言葉どおり、コロの動きがいっそうなめらかになる。体力管理に気を回さなくていい分、攻撃に集中できるからだろう。
回復しかできなくても、回復ができるからこそ役に立てることもあるんだ。僕でもちゃんと貢献できることがうれしくて、自然と笑顔になってしまう。すると肩の力がスッと抜けて、落ち着いて戦闘を眺める余裕も生まれた。
「ホントに楽しそうだなあ、コロ」
メロンカッパンを相手に無双するコロは、とにかくうれしそうだった。メイくんも戦闘が好きなタイプだし、ときおりギラギラした笑顔を見せるときもあったけど、それとはまた違う気がする。
コロは戦いそのものよりも、どこまでも自由に動けることを喜んでいるように見えた。人間の身体というのはここまで柔軟にできているのかと、感動せずにはいられないほど伸びやかに踊っている。
そうだ、踊りだ。倒すとか勝つとか、そんなことが目的なんじゃなくて、コロはただただ楽しく踊っている。
「すごい……」
目の前の舞台に夢中になってしまった僕は、周囲への警戒を完全に忘れていた。そもそもメロンカッパンは非アクティブという、こちらから攻撃しないと攻撃をしてこないタイプの物怪だ。回復役の僕のことなど、たまにじっと見つめてくるだけで基本は何もしてこない。
だから、背後から別の物怪が近づいてきていることも、それがメロンカッパンよりも一回りも二回りも大きいアクティブなカッパンだなんてことにも、僕はまったく気がつかなかった。
「ハルキ、そのまま!」
「ひゃい!」
コロの突然の号令に、頭よりも体が反応した。棒立ちになって固まる僕の上を、コロがものすごい速さで飛び越えていく。やがて、すぐ背後から「キュエッ」という甲高い悲鳴が上がった。
「な、なに?」
「キングメロンカッパン。やーっとのお出ましだな、待ちくたびれたぜ」
どうやらコロの蹴りの術技で倒されたらしい。振り向くと、見たことのないカッパンが地面に倒れていた。見た目はメロンカッパンと変わらないけど、僕よりも大きいうえに頭に王冠を被っている。
「キングメロンカッパン?」
「そそ。メロンカッパンを大量に倒すと、一定確率でキングが出現するんだよ。俺が欲しかったのは、こいつの持ってるレアアイテムで……お、ラッキー。一発でドロップした」
なるほど。ここで狩りをする目的が、ちゃんとあったのか。ウインドウで戦利品を確認しながら、コロが「火属性の攻撃を一度だけ無効化するアイテムなんだけど、コレがどうしても欲しくて」と説明してくれた。「ハルキもいる?」と聞かれたけど、僕にはまるで使い道が思いつかないので首を振る。こういうのは本当に必要な人が持っていたほうが絶対にいい。