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7-1

 コロとの再会は、あっけないほど早く訪れた。


「あ」

「ほ」


 火ノ都の南側。新聞社をめざして街なかを歩いていた僕の視線と、ひときわ目立つ派手なアバターの視線がバッチリ合う。


「……なにやってるの?」

「トンカツ食べてる」

「それは見れば分かるよ。火ノ都の洋食屋の、しかもテラス席で、のんきにトンカツなんか食べててだいじょうぶなのか、ってこと。《はぐれ者》は警察に見つかったら追いかけられるんでしょ?」

「ああ、……むぐ。知ってんのか」


 はぐれ者。それはコロから猫又の卵を託された日にログアウトして調べた結果、新しく知ることになったヒノモト用語だ。

 鬼の面のような呪われたアイテムの装備者は、はぐれ者――正しい道を外れた者――とみなされて、NPCである警察などに追われることになってしまう。あの橋の上で遭遇した現場が、まさにそれだったのだ。


「見つからなければだいじょうぶだし、見つかっても街の外に出れば追ってこないからヘーキだって。ってか、そんなとこに突っ立ってないでココ座れば? あ、これから用事でもあんの?」

「いや、特にないけど……」


 きょうもメイくんはログインしていない。つまり、僕は全力で暇を持て余している。

 だからコロと会えたのは幸運だったし、正直とてもうれしかった。相手が鬼の面なんか着けてなくて、警察の影にビクビクする必要がなかったら、もっと素直に喜べたんだけど。


「……ホントに、だいじょうぶ?」

「ハルキは心配しすぎだって」

「君が堂々としすぎなんだと思う」


 周りを見回しながらコロの正面の席に座った僕のところに、NPCのウェイトレスさんが水を持って注文を取りにきてくれた。慌ててテーブルの上の御品書(おしなが)きを開き「ミルクセーキをお願いします」と伝えると、目の前に自動的に精算が完了したことが書かれたウインドウが現れる。それを確認して笑顔で立ち去るウェイトレスさんの背中を見送ってから、僕はコロに向き直った。


「そのお面って、自分で外せないんだっけ」

「そういう呪いだからな」


 これも調べてわかったことだけど、コロのつけている鬼の面のような呪われたアイテムは《呪具(じゅぐ)》と呼ばれる。とある特殊な状況下で、極めて低い確率で入手できる超希少アイテムだ。それを装備すると飛躍的に身体能力がアップするらしい。橋から川に飛び込んだときに水の上を走っていたのも、鬼の面による特殊能力だったわけだ。


 それだけ聞くと、とても便利なアイテムに思える。みんなが欲しがって大変なことになっているかと思いきや、意外にそんなこともないらしい。

 呪われたアイテムと呼ばれる理由――デメリットが、ちゃんとあるからだ。


「結構、不便じゃない? 警察に追われてたらイベントにも参加できないし、街歩きもゆっくり楽しめないでしょ?」

「だな。だから本来は、使い切り型のアイテムなんだよ。装備している少しの間だけ、高く跳ぶことや水面を走れることを楽しんだら、すぐに警察に自首して解除してもらう。俺みたいに、ずっと着け続けてる奴のほうがおかしい」


 特コスにも着替えられないしな、と。笑ってトンカツにかぶりつくコロを見ながら、僕も運ばれてきたミルクセーキを飲んだ。じわっと広がる優しい甘さで、舌が溶けるように柔らかくなっていく。だからだろうか。いつもなら言わないような突っ込んだ質問が、口から飛び出してしまった。


「そんなにたくさんのデメリットを抱えてまで、鬼の面を被っていたい理由があるの?」


 ぴたり。トンカツに伸びた箸と一緒に、コロの時間が止まる。

 しばらく何かを迷うように波打っていた唇が、僕がコロの表情を判断できる数少ない部位が、やがてゆっくりと笑みの形を描いた。


「あるよ」


 ああ、そうなのか。

 パズルのピースが正しくはまるように、僕は理解した。

 コロも――いや、コロの向こうにいる現実世界のコロも――きっとなにかを抱えている。誰かに言いたくても言えない、自分ではどうしようもないようななにかを。

 ミルクセーキの力を借りていても、さすがにその内容まで聞き出そうという勇気は、まだ僕の中から湧いてこなかった。


「いたぞ、あそこだ! 洋食屋のテラス席で対象発見! 至急、応援を頼む!」

「あ、やべ。見つかった」

「ほらああ」


 どこからともなく街角に現れた警察が、コロを指差しながらほかの警察の出動を要請している。またあの橋の上で見たような大所帯を呼ばれでもしたら大変だ。


「さっさと逃げよ。もう川に飛び込むのは嫌だよ、僕」

「えー? よく考えたら、ああやって川沿いに街を出るのが一番早いんだよな。あいつら、さすがに川の上までは追って来れねぇし」

「あ、まだ残ってる。はい、残さないで食べて」

「もがっ、もご」


 コロの口の中に無理やりトンカツをねじ込んでから、二人そろってテラス席から飛び出した。警察のいるほうとは真逆の方向に走るとなると、目的地は自動的に街の北側になる。


「このまま橋わたって駅の裏側からフィールドに出て、そこから軽く狩りに行こ」

「いいけど――あ、ちょっと待って。巫女服だと走りにくいから着替える」

「いいって。こっちのがラク」

「わー! わー! お姫様抱っこ禁止!」


 このあと、しばらく「火ノ都の麗春祭会場に巫女を俵抱(たわらだ)きにした鬼面が現れて、建物から建物へと飛び移りながら逃げていった」とかいう目撃情報が、一部のプレイヤーの間で話題になったらしい。後日、新聞社の壁新聞で、その記事を見つけた僕は「ぎゃー!」と悲鳴を上げることになる。

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