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5-2

 全体的にセピアカラーで統一された広いロビーは、落ち着いた照明とインクの匂いから図書館を連想させる。かすかに聞こえてくる印刷機の音と、ほかのアバターたちの抑え目な声が耳に心地いい。そう、ここは基本的に静かな場所なのだ。あの受付のお姉さんが、とびきり元気なだけで。


 壁一面に貼られた新聞記事や写真からは、ヒノモトのいろいろな情報が入手できる。世界観の設定資料のような、いわゆるメタ的なもののほかに、実在するアバターたちが起こした実際の事件なんかが日替わりで掲載されているのが楽しくて、僕は新聞社を訪れるたびにチェックしている。


「お待たせ。達成報酬ちゃんと入ってるか確認して」

「あ、うん。ありがとう。……お、経験値が結構もらえるんだね。またレベルが上がりそう」


 お姉さんとの会話を終わらせたメイくんにうながされて、僕は自分のメニューウインドウを開く。うん、たしかに。ステータス画面に表示された経験値ゲージが、報告前より明らかに増えている。

 あまり自分が強くなることに興味がない僕でさえうれしくなるんだから、メイくんはきっともっと楽しいだろうな。ちらりと横目で様子をうかがうと、もうそこにメイくんはいなかった。


「あれ?」


 この短すぎる時間で、いったいどこに消えてしまったのか。ざっと首をめぐらせると、少し離れた壁際の辺りで長身の後ろ姿を発見する。等間隔に並べられたタイプライター型のパソコンを使って、もう次の依頼を物色しはじめているようだ。


「あいかわらず、無駄の少ない動きをするなあ……」


 こういうのを効率的と言うんだろうか。明確な目標を持って一分一秒をマイペースに突き進む姿勢は、僕も見習うところなのかもしれない。

 次はどんな物怪をターゲットにするつもりなんだろう。当たり前のように付き合うことになる僕の意見も、多少は聞いてもらわなければ。そう決意して、メイくんの後ろに張りつくことにする。


「そんで、次どうするよ?」


 ふと、新しく四人組のパーティが入ってきた。おそらく四人とも戦闘が得意な職業だろう。装備もずいぶんといかめしい。きっと物怪退治の依頼を専門にこなして、レベルをガンガンを上げているタイプに違いない。


「塗り壁の派生は倒しつくしただろ? 今やれることってあんまりないんだよな。次のアプデまで待たないと」

「そういえば六冥館のイベント限定ボスが、そろそろ実装されるんだって?」

「うっそ、もう情報きてた? おれ、まだ見てない!」

「なんて奴だったっけ……ああ、火車(かしゃ)だ。火車。なんか、車みたいな物怪」


 びくっと、僕の肩が小さく跳ね上がる。


「車っつーか、燃えてる車輪? まあ普通に考えたら火系の攻撃をしてくると思うんだけど」

「だなあ。なら、それ対策のアイテムでも集めておく?」

「じゃあ依頼報告が終わったら、(みずのえ)まで行こうぜ」

「あ! SL使うなら、おやつ買っていい?」

「三百円までな」


 どうやら方針は決まったらしい。意気揚々(いきようよう)とカウンターに向かった四人組を見て、僕はいつの間にかずっと詰めっぱなしだった息をはき出した。

 六冥館のイベント限定ボス。前にメイくんが戦いたいと言っていた。それが、火を使う物怪。――車の、物怪。


「!」


 慌ててメイくんを振り返ると、彼の視線も四人組の背中に向けられていた。僕と同じようにイベント限定ボスの話を聞いていたことは間違いない。と、いうことは。


「メ、メイくんも、やっぱり、その、か、火車と、戦いたい……?」


 答えはわかりきっていたけど、なんとか震えを抑えた声で尋ねる。けれど驚いたことに、メイくんはそんな僕を一度ちらっと見やってから「別に」と呟いた。


「え、ほ、ホントに? ホントにいいの?」

「うん。ほら、次。これ行こ」


 戦闘狂のメイくんらしからぬ言葉が信じられなくて「ホントニ? ホントニ?」と何度も念を押す。オウムみたいになっていた僕のメニュー画面に、軽い着信音を立てながら新たな任務が追加された。


「プ、プリン妖怪……レベル二十五推奨ボス……」

「それやっつけたら、プリン食べて終わろ」


 あいかわらずあくびでもしていそうな口調でプランを説明すると、メイくんは新聞社をさっさと出ていってしまう。いつもどおりの友人の姿に心の底からほっとした僕は、火車のことなどすっかり忘れて後を追った。

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