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第三章 傭兵の決 3

「アマーリエ・フォン・ヴェルン。どうだ、われわれと契約する気は?」

 アマーリエが泣き止むのを待って、フレデリカが真剣な口調で訊ねてくる。

 アマーリエは一瞬躊躇ってから頷いた。

「あります」

 途端、女傭兵は白い歯を見せて笑った。



「それならすぐに発とう。その前に服だね。アマーリエ、すまないけどその服は脱いで、私が持っている予備のシャツとズボンに着替えて欲しい。それから髪を少し切ってもらえるかな?」

「かまいませんけれど」と、アマーリエは無意識に艶やかな黒髪を撫でながら首を傾げた。「わたくし、変装しても男性には見えないと思います」

「うん。それは私も無理だと思う。着替えが必要なのは変装のためじゃないんだ」


「だからさ、あんたは地性触手(テラ・テンタケル)に喰われて消化されちまいましたって演出するためだよ!」と、灰色前髪のエーミールが苛立たしそうに口を挟んでくる。


「俺たちはこれから半々に分かれる予定なんだ」と、誰かが言い添える。


「半々?」

「ああ」と、フレデリカが頷く。「我々は装備の一部をミッテンヴェルンの城下町に残したままだからね。このままあんたを連れて懐かしきゼントファーレンまで逃亡ってわけにはいかない。誰かが戻らないと」


「だから、思いがけず地性触手(テラ・テンタケル)に襲われて方陣聖域(カトル・サンクテ)を敷こうとしたら、大事な預かり物のお姫さまを含めて加護持ち全員が死んじまったーーって報告をウーゼル城にしてだな」と、痩せ男ハインツが肩を竦める。

「面目を失った《赤翼隊(ローテ・フリューゲル)》の生き残りは莫大な違約金の支払い契約を結ばされて、尾羽打ち枯らしてしおしおとミッテルヴェルンを出立するって寸法だよ。全く危ない橋だ!」と、エーミールが忌々しそうに舌打ちをする。

「そのあいだに、お姫さまはわれら加護持ち三人と一緒に森のなかの間道を捜してゼント渓谷に向かって、ゼント川沿いを南下してついにはゼントファーレンに至るってわけさ」と、黒髭のレオンが笑顔で結ぶ。「悪くない計画だろ?」


「計画通りに進みさえすればな!」と、短躯ながら筋骨たくましい短い鉄さび色の髪の男が鼻を鳴らす。「そもそも、ここにもうひとつ厄介ごとの種がある」



「なんだフリッツ?」と、フレデリカが眉をあげる。


 筋骨隆々のフリッツが剣呑な目つきで隊長の傍らを見やる。

 そこにいるのは、その場で一人だけ灰色の毛織のマントを羽織った小柄な初老の男だった。傭兵全員の視線を浴びて可哀そうなほどピルピル震えている。

 アマーリエはしばらく見つめてから、ようやくに相手の正体に気付いた。


 御者だ。


 彼はもちろん《赤翼隊》の一員ではないのだろう。



「なあ隊長殿(シェフィン)、この爺さんどうするつもりだよ?」と、筋肉男のフリッツが忌々しそうに訊ねる。「こいつはフォン・ヴェルン男爵家の郎党なんだろう? ミッテルヴェルンに帰してやったらすぐ口を割るに決まっている」


「そ、そんなことはいたしませんっ!」と、老御者がぷるぷる震えながら叫ぶ。「死んでも絶対口を割りませんから、どうか、どうか、命ばかりはお助けを! わたくしめには老いた妻と、老いた驢馬と老いた山羊と老いた牝鶏三匹がいるのです……!」

「あ、いや、落ち着けご老体!」と、フレデリカが慌てて宥める。「われわれは森の無法者じゃないんだ。罪もないあんたを殺したりはしないよ」


「しかしね隊長殿(シェフィン)」と、今度はエーミールが口を挟む。「その爺さんを連れてミッテルヴェルンに戻るのは、僕は絶対反対です」

「そうそう。生かしておくんだったら、ことが済むまでゼントファーレンのほうに同行させるべきです。御者も一緒に喰われちまったって報告しておきますから」と、痩せ男ハインツが主張する。

「俺もそれがいいと思う。――いいだろ爺さん?」と、フリッツが両手剣の柄に岩の塊みたいな手をさりげなく当てながらすごむ。

 老御者はものすごい勢いで繰り返し頷いた。


「いいです、いいです、何でもいいです! 殺されなきゃなんでもいいです!」

「しかしなあ」と、フレデリカはまだ迷っていた。「森の間道だぞ? あの道は怪物(モンストルム)の宝庫なのに、加護無しの年寄を連れていくのは、どうにも気が進まないんだが」

「そういうこと言っている場合じゃないでしょ」と、ハインツが肩を竦める。「あんたはちょっとばかり人を信じすぎなんですよ」

「お前は人を疑いすぎなんだよ」


 傭兵たちはそのあともしばらく揉めていたが、結局また――本人も含めた――多数決によって、老御者はフレデリカ、レオン、アルベリッヒ、アマーリエからなるゼントファーレン行きの隊に同行することになった。

「なあ爺さん、名前なんて言うんだ? 俺はアルベリッヒだよ」と、最年少の傭兵が人懐っこく答える。

「ヨハンでございますう」と、老御者はこの世の終わりみたいな表情で答えていた。

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