第三章 傭兵の決 2
フレデリカとアルベリッヒは、アマーリエを残して番小屋を出ていった。外から扉が閉まって、鍵の掛けられた音がする。
やはりまだ囚人は囚人のようだ。
アマーリエは所在なく肉汁を飲みながら待った。
すると、さほど時間が経たないうちに、外からまた扉が開いて、薄茶の髪に薄青の目の冷淡そうな顔をした痩せ男が入ってくるなり怒鳴った。
「おいお姫さま、さっさと服を脱げ!」
「え、ええ!?」
アマーリエがぎょっとして背を引いたとき、痩せ男の後頭部を誰かがパカリと殴った。
「おい馬鹿ハインツ、言い方気をつけろって!」
「そうだそうだ、相手は本物のお姫さまなんだぞ?」
わいわいガヤガヤ騒ぎながら、深緑の短マントの傭兵たちがぞろぞろ室内に入ってくる。
その数しめて九名。
今のところ、アマーリエに見分けられるのはレオンとアルベリッヒだけだ。
フレデリカは最後に入ってきた。
一人だけ灰色のマントの小柄な初老の男も一緒だ。何やらオズオズびくびくと、猫の集会に紛れ込んでしまったドブネズミみたいに怯えている。
「悪いなアマーリエ。ハインツの馬鹿が紛らわしい言い方をして」と、フレデリカが自分よりは背の高い痩せ男の頭を拳で軽く小突く。
痩せ男ハインツは嫌そうに顔をしかめた。
「隊長殿、冗談じゃありません。俺は子供は趣味じゃないんだ」
「……フォン・ヴェルンの姫君はたしか十八だって聞いたぞ?」と、黒髭のレオンが口を挟む。
途端、傭兵どもが口をそろえて、
「ええええええ!?」
と、叫んだ。
アマーリエはちょっと傷ついた。
フレデリカが声を立てて笑う。
「若く見られて傷つくうちは本当に若いってわけだ! 喜べアマーリエ。我々はあんたをウーゼル城には連れていかないことにした」
「え?」と、アマーリエは戸惑った。「でも、わたくしの護送が皆さんのご契約なのでしょう? 途中で投げ出したら今後のお仕事に差し支えません?」
「へえ」と、灰色の髪を眉毛の上で切りそろえたやや小柄な傭兵が意外そうに眉をあげる。「お姫さまにしちゃ意外と賢いじゃないか。冬も間近のこの時期にこんな危ない橋を渡すの僕は今でも反対なんだが、多数決だから仕方がない」
「そうだぞエーミール。《傭兵の決》には従え。当たれば大きい山じゃねえか」と、黒髭のレオンが得々と言い、背をかがめてアマーリエの顔を覗き込んできた。
「フォン・ヴェルンの姫君、俺は《蔓草》のレオンという。癒しの技に感謝する。御身の守護たる聖ニーファの恵みが末永く注がれますように」
レオンが正式な礼法にのっとって恭しく礼を告げると、そのほかの傭兵たちも一斉に頭を低めた。
「われら一同感謝している」と、フレデリカが言う。「その代価に、われわれはあなたに提案したい。このまま《赤翼》隊を雇って、帝国直轄都市ランサウへ向かうのはどうだ? 料金はもちろん後払いでいい。嫌疑が晴れたあとには、間違って告訴した側から慰謝料がとれるだろう。相場はその三割だな」
「慰謝料ーーですか?」
咄嗟に何を言われているのか分からずにアマーリエが繰り返すと、灰色前髪のエーミールが焦れたように言い添える。
「ああもう、だから、ランサウの地方法院にあんたのほうから上訴しろってことだよ! 継母の毒殺未遂は濡れ衣なんだろう?」
「は、はい。そうですけれど」
答えながらアマーリエは呆然としていた。
父も妹も城内の使用人たちも、最も近しい者たちの誰もが、どれだけ言葉を尽くしても信じてくれなかったというのに、なぜこの知り合ったばかりの傭兵たちが、こんなにも当然のように無実を信じてくれるのだろう?
「なぜ濡れ衣だと思われますの?」
ぽつりと訊ねるなり、傭兵たちは顔を見合わせた。
「なぜって言われてもなあ」
「ああ。どう見てもそうは見えないというか――」
「等級《三》っていうからさ、才能に任せて治癒なんぞさらっとできるけどろくに修行はしてこなかった貴族の放蕩娘だと思っていたんだが」
「あんた逆だもんな。火傷の治癒一回で倒れちまうわりに怪物の名前はよく知っているし、術もきちんと学んでいるみたいだし」
「要するに、あんたはとってもまともな治癒者に見えるってことだよ」と、フレデリカが結論付ける。「毎日きちんと修行をしてきたまともな治癒者にね。そういう人間がおいそれと毒殺なんかするもんか」
その瞬間、アマーリエは堪えきれずに声を立てて泣いた。
――ああ、わたくしの十年間は無駄ではなかったんだ……