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第十二章 身代わりの姫君 2

ヴェールで顔を隠した「フォン・ヴェルンの姫君」がウーゼル城に護送されてから二日目の午後――


 本物のフォン・ヴェルンの姫君であるアマーリエは、谷の神殿の二重の生垣の奥、植物神セヴの祭司長の館の右翼の突き当りの宿坊で着替えに勤しんでいた。

ここ八日間ずっと身に着けていた借り物の白麻のローブを脱いで、防寒用のウールの下着と靴下のうえに、白地に青いパイピングを施したローブを羽織る。 

 上等の薄手の羅紗のローブはアマーリエにはほんの少しだけ大きかった。


 ローブの本来の持ち主はレナーテ・シュタインベルガー。

 一昨日、ウーゼル城に連行されていった「フォン・ヴェルンの姫君」の正体だ。


 

 ――本当に愕いたわ。博士(ドクトル)があんなことを申し出てくださるなんて。



 寝台の上から細い黒い革のベルトを取り、衣装櫃の上に置かれた鍵束の環と革製の巾着の紐、使い込まれた風情のこげ茶の革の鞘に収まった短刀の赤い紐の環を、それぞれ通してゆく。そのベルトを腰に締めてから、金刺繍入りの青いサッシュを上に重ねる。


 着替えの仕上げは、細い金鎖を通した《匙と五弁花》を象った黄金色のメダルだ。

 エルンハイムの聖ニーファ女子修練院きっての天才と謡われたレナーテが史上最年少の十五歳で取得した帝国上級治癒医師の証のメダルである。

 冷たく重いそのメダルを胸にかけながら、アマーリエは全身の膚が微かに粟立つのを感じた。

 預かってしまったものがあまりにも重すぎる。



 ――わたくしは本当に独りでランサウへたどり着けるのかしら? もしもたどり着けたとして、本当に冤罪を晴らすことができるのかしら……?



 遍歴修行中の本物のレナーテだったら、ここからランサウへ独りで旅をすることなど簡単なのかもしれない。

 そう思うと自分が情けなくなった。


 せめても不安を打ち消そうとメダルの上に掌を重ねて聖ニーファに祈りを捧げていたとき、外から扉が叩かれて、深緑のローブの美しい中年女性が入ってきた。この館の主人のエルマ・クルム祭司長だ。


 エルマは熟れた小麦色の三つ編みを巻きつけた形良い頭をかしげて、着替えを終えたアマーリエを上から下までつくづくと眺めたあとで、肩を落として、この世の終わりみたいに暗く長いため息をついた。


「全然似ていませんね」


「……わたくしもそう思います」


 アマーリエも項垂れながら認めた。


 アマーリエは十八歳でレナーテは十九歳。

 アマーリエのほうがやや小柄だが、どちらも中背の部類で、体格は痩せがたの部類だ。

 髪は黒く、目は青系統。

 等級は違うが、どちらも癒しの女神ニーファの加護持ちだ。


 特徴だけを並べ立てれば、二名の少女はけっこうよく似ていた。

 が、全体としてはなぜか全く似て見えなかった。


「仕方がないからあなたもヴェールを被りましょう。聖ニーファの修練過程では、改悛のための無言の行は?」

「ございます」

「じゃ、それの最中ということにしましょう。――何か適当な口実が思いつきます?」

「ええと――」

 アマーリエはちょっと考えてから、なんとも複雑な気分で告げた。

「同門から毒殺未遂犯が出てしまったことへの改悛というのは?」

「いいですわね。待っていて。今ヴェールを捜してきますから」

 エルマはすぐに繊細なレースの縁取りのある黒いヴェールを捜し出してきてくれた。訊けば彼女の私物だという。ありがたく拝借して顔を隠したところで、灰色のローブの若い修練士が二人、荷運びのためにやってきた。



「いいですか二人とも」と、エルマが若者たちを諭す。「見ての通り、ドクトル・シュタインベルガーは、同門のフォン・ヴェルンの姫君が犯した罪を分かち合って悔いるべく改悛の行を務めております。くれぐれもお邪魔をしないようにね」

「もちろんですとも祭司長さま」

 若者たちは恭しく答え、黒いヴェールの「博士」に好意と同情の入り混じった視線を向けた。

 アマーリエの心臓は緊張のために今にも破裂しそうだった。

 不審に思われている様子は――今のところ、ない。


 

 レナーテのふりをしたアマーリエの荷物は、薬箱のほかには小型の衣装櫃がひとつだけだ。修練士二人が櫃と箱を重ねて外へと運び出してくれる。

 三方を館に囲まれた石畳の広場に粗い灰色の毛の驢馬が待機していた。

 荷運び用の木枠の鞍をかけた驢馬の手綱を引いているのは、灰色の短マント姿の小柄な老人だった。

 そのいかにもどこにでもいそうな、白髪交じりの茶色っぽい毛をしょぼしょぼ生やした老人の姿を目にするなり、アマーリエはあまりの安堵と嬉しさに思わず声をあげそうになった。



 ――ヨハン!



 アマーリエにとっては愕くべきことに、驢馬引きの老人は御者のヨハンだった。

 逃亡に完全に巻き込まれただけのミッテンヴェルンの老御者は、アマーリエを見とめると、口の端だけをわずかに動かしてニヤッと笑ってみせた。


「淋しいこと、レナーテの可愛いピーフケともこれでお別れですねえ」と、エルマが驢馬を撫でながらさりげなく名前を教えてくれる。「気をつけてお行きなさいね。御身の守護たる(ハイリヒ)ニーファの恵みが行く道を助けますように」

 エルマは深い感慨のにじむ声音で言い、象牙色の美しい手でアマーリエの両手を包み込むように握ってきた。

 優しく暖かい掌だった。

 アマーリエは泣きたくなるのを必死で堪えて頷いた。

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