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第十一章 翼持つ使者 3

「隊長殿!」

 アマーリエはまるで身内に再会したみたいな安堵感を覚えた。「鳥を拾いにいっていらしたの?」


「ああ」と、フレデリカが頷く。「誰が射たものか羽矢を確かめたくてね。祭司長どのの具合は?」

「上々だよ。なにしろ治癒者が二人もおいでだ」と、レナーテに上体を抱え起こされた姿勢でマンフレート自身が答える。その顔はまだ蒼褪めていた。

「レナーテ、彼は休ませたほうがいいの?」と、エルマ・クルム祭司長が案じ顔で訊ねる。

 天才少女博士は首を横に振った。

「喋れるならもう大丈夫ですよ。同調していた鳥の死に引きずられただけですから。でも一応安静にね?」

「では皆さま」と、アマーリエは患者たちに指示を出す治癒者の気持ちで堂々と提案した。「とりあえず室内に入りません? このまま戸外にいては、健康な人間だって骨まで凍えてしまいますわ」

「同感だね」と、レナーテが頷き、マンフレートに肩を貸して暖炉の広場へと入ってゆく。その背の後ろに続きながら、エルマがため息交じりに言った。


「それにしても、愕きましたよレナーテ。あなたが薬箱の鍵を他人に投げ渡すなんて」

「誰にだって投げ渡すわけじゃない」と、レナーテが不服そうに答える。「姫君はエルンハイムの治癒薬師ですよ。とても優秀な」

 レナーテは、今は夜ですよーーとでも云うような、ごく当たり前のことを告げる口調で言った。

 後ろで聞いていたアマーリエは胸の奥からふわりと暖かな何かがこみあげてくるのを感じた。



 広間へ戻ると、突き当りの大きな暖炉のなかで、相変わらず林檎の薪が燃えていた。傍に小さな鉄鍋と杓子と、薬種を包んできた油引きの麻布が置いたままになっている。

 慌てて片付けに向かおうとしたアマーリエの肩を、エルマが後ろから叩いた。

「姫君、そちらは後で。――ちょっと待っていなさい。あなたたちの椅子を持ってまいりますから」

 エルマが右手の柱の陰の目立たないドアを開けて隣室へ向かい、二往復して背もたれのない三脚椅子を二つ運んできた。



 数分後、一同は、もはや方陣聖域(カトル・サンクテ)は形作らず、暖炉を背にした肘掛椅子にかけるエッツェル祭司長の前に小さな半円になって椅子を並べていた。

 心停止から回復したばかりのマンフレートは治癒者二人の手によって、灰色に緑の格子縞の厚手の毛織毛布でぐるぐる巻きになっている。


 一同の真ん中におかれているのは三羽の鳥の躯だ。


 最も大きいのは、火明かりのなかでは金色がかった光沢を帯びてみえる褐色の羽の猛禽で、足輪はつけていない。

 二番目は艶やかな黒い羽の大ガラスで、足に金の環を嵌めている。

 大ガラスより一回り小さい隼――まだ腹毛が綿のように白い若い鳥だった――にも、同じ足輪が嵌まっている。

 鳥たちの躯からはまだ生々しい血の臭いが立ち昇っている。


「さて、我々の元に飛び込んでいたこの翼ある使者だが――」と、エッツェル祭司長が所在なさげに肘掛の彫刻の竜の頭を撫でながら口を切る。「足輪を嵌めた二羽は、エルンハイムの聖ニーファ女子修練院からの使いということで、間違いないのかの?」

「ええ。間違いありません」と、レナーテが答え、さっと表情を曇らせる。「伝言はこのわたくしあてで、『院長先生が捕縛されました。叛乱容疑です。博士、早くそこから逃げて』とのことでした」

「――姫君も聞いていたな? それで間違いないか?」

「……はい」

 アマーリエは頷いた。

 途端、今まで忘れていた――否、患者を目の前にした治癒者として敢えて考えないようにしていた驚愕と恐怖が蘇ってくる。



 ――院長先生が捕縛? 叛乱の容疑で? エルンハイムで何が起こっているの? わたくしのこの現状と何か関わりがあることなの……?



「--その『院長先生』というのは、エルンハイム聖ニーファ女子修練院長にして先々帝マクシミリアン陛下の御息女たるアデレード・エルフェンバイン殿下で、間違いありませんのね?」

 エルマ・クルムが震える声で訊ねる。

「ええ」

「間違いありませんわ」

 レナーテとアマーリエが同時に応えた。

 途端に沈黙が落ちる。


 暖炉で薪の爆ぜる音が異様に大きく聞こえる。


 ややあって、レナーテが短いため息をついた。



「ねえ姫君、あなた、どうやら単なる先手の捨て駒だったみたいだね」

「……どうやらそのようですわね」


 アマーリエとレナーテが顔を見合わせてため息をつく。



「ええと、賢き治癒者がた?」と、フレデリカが口を挟む。「二人で納得していないで、敏からぬわたくしめのために、もう少し詳しく説明してくださいませんかね?」

「私も同感です」と、毛織毛布でミノムシ状態のマンフレートも口添えする。


「詳しくって、ええと――」と、レナーテが困惑する。

 彼女はどうやら、他人が何を分かっていないかが、咄嗟にはよく分からないらしい。

 天才にはよくいるタイプだ。


 それよりは多少凡人よりのアマーリエは、少し考えてから口を切った。

「つまり、今回わたくしにいわれのない冤罪を着せた何者かの目的は、院長先生に――アデレード・エルフェンバイン殿下に叛乱の容疑をかけることだった、ということですわ」

「その二つがどうつながるのです?」と、エルマが首をかしげる。

「だーかーらー!」と、レナーテが苛立たしそうに応じる。「アデレード殿下はこちらのフォン・ヴェルンの姫君を実の娘か姪みたいに大層可愛がっていらしたんだよ。それは周知の事実だった。その姫君が継母毒殺未遂の咎で生涯幽閉されるとなったら、殿下は必ず何らかの行動を起こす――今こうして、私が内密に調査しているみたいにね。そして、たぶん殿下は、私の調査以外にも、秘かにもう一つ手を打っていたんだ」

 そこまで聞いたところで、フレデリカがさっと顔色を変える。

「まさか、アマーリエを逃すために、本当に沿海諸都市連合の傭兵と契約してウーゼル城を襲撃させたと?」


「いえ隊長殿(シェフィン)、それはありませんわ!」と、アマーリエは深く敬慕する院長先生の名誉のために反論した。

「私もそれはないと思う」と、レナーテも頷く。「殿下は私情で仮想敵国からの国境侵犯を誘発するほど考えなしじゃない。――たぶん、ウーゼル城の守備隊に手をまわして、姫君が快適に暮らせるよう取り図るとか、内々に大金を渡して密かにエルンハイムに引き取るとか、そういうことを考えていたんだと思う」

「ああ、それはありそうだ」と、フレデリカ。「ウーゼル城の守備契約は冬至ごとの一年交代なんだ。今の《(ジルバー)死神(トート)》シグムンドは、フォン・ヴェルン男爵家からの推挙だから、次の守備隊はゼントファーレン市参事会が選んだ傭兵隊になる。そっちと密かに契約するのはいかにもありそうだ」

「しかし、もしそうだとしたら、ウーゼル城はどうして襲撃されたんだ?」と、マンフレートが口を挟む。


「たぶん、アデレード殿下に叛乱の罪を着せたい誰かが、いかにも殿下が雇ったように見せかけて、沿海諸都市連合の傭兵と契約を交わしたんだと思う」と、レナーテが憎々しげに舌打ちをする。「ウーゼル城襲撃の報告がランサウを経由して帝都ハルトシュタットに届くのとちょうど前後して、エルンハイムから、アデレード殿下が、愛する毒薬使いを救うためにどこかの傭兵隊と密かな契約を交わして大金を払っていたって報告が届くように画策したんだ、きっと」


「そんな、なんと卑劣な」

 エルマが象牙色の掌で口元を抑える。

 彫刻みたいに肘掛椅子にかけているエッツェル祭司長も蒼褪めている。



「――マンフレート」

 エッツェル祭司長が縋りつくように呼ぶ。

「レナーテの推測が当たっていたとして、そのエルンハイムからの使いの鳥を射たのは何者なのだ?」

「矢からしてゼント渓谷の狩人たちではないかと思います。水辺でそちらの隊長殿(シェフィン)を射た矢と同型の鏃が使われておりますから」、マンフレートが答え、好意と尊敬の入り混じった視線をフレデリカに向ける。「隊長殿、あなたのご意見は?」

「わたくしも同感です。その鳥はイヌワシです。ペラギウ山脈の南に生息する鳥ですから、使役しているのはこの谷の狩人と考えて間違いないと思います」


「――そうなると、この神殿は、叛乱容疑のかかった皇族と関わりの深い毒殺未遂犯を匿っているという理由で、武装した無数の狩人たちに包囲されている状態なのだな?」と、エッツェル祭司長が怯えた声で呟き、きっと口を引き結んでから、アマーリエを見やってきっぱりと告げた。

「フォン・ヴェルンの姫君よ、すまないが、あなたをここに匿い続けることはできない。出来る限りの便宜は図るゆえ、一刻も早くランサウへ出立してくれ。レナーテ、あなたもだ」

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― 新着の感想 ―
主人公が冤罪をかけられた理由について、伯爵家の相続争いに纏わる陰謀か何かなのかと予想していたのですが、遥かに大規模な陰謀が裏にあるのですね。一体誰が高貴な院長を陥れようとしているのでしょうか。毎日、ハ…
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