第一章 護送馬車 3
――領内の司法権を有する領主貴族として、お父様はできるかぎり公正な捜査をなさったわ。
寒く暗い箱馬車のなかでアマーリエは自分にそう言い聞かせる。
アマーリエが妊娠中の継母カロリーネに贈った三本の滋養強壮飲料は、告訴の時点でまだ一本しか開封されていなかった。
実の娘を訴えられたエーベルト・フォン・ヴェルン男爵は、残り二本の瓶を秘密裏に独立都市ゼントファーレンの別々の医師のもとに送って中身を検めさせた。
結果、双方とも「鳥兜が含まれている」という答えを返したのだった。
毒草は配合によっては薬効があるため、アマーリエは修練院から持ち帰った有資格者だけ扱える幾種類かの毒草の鉢を自室の窓辺で育てていた。そのなかにはもちろん鳥兜もあった。夏に可憐な青い花を房状に咲かせる美しい植物だが全体に猛毒がある。
治癒者たちを統括するエフライムの聖ニーファ神殿が有毒植物の栽培を厳しく規制しているため、毒草は有資格者が鍵をかけられる部屋以外にはまずもって存在しない。
家内使用人たちはこぞって証言した。
「窓辺の青いお花にはけっして手を触れるなと姫君の御申しつけでした」
「お部屋の鍵は、姫君がおいでにならないときは常に閉まっておりました」
加えて、アマーリエが封蝋に押した《聖ニーファ認証薬師》の印章が最後の証拠となった。
二本の瓶の封蝋は全く壊れていなかった。
すなわち、鳥兜は調合から瓶詰の段階で混入されたのだ。
製造のすべてをアマーリエが誰にも手伝わせずに自ら行ったことも、侍女頭をはじめとする家内使用人の全員が証言した。
「男爵閣下、仮にこの悍ましい犯罪を見過ごすのであれば、奥方様の御身内たる帝都のエーデン宮中伯のご一族は、必ずやランサウの地方法院へと上告いたしましょうぞ? そうなればお家は終わりです」
長年フォン・ヴェルン家に仕えている侍医ハイデリッヒはエーベルト・フォン・ヴェルンにそう忠告した。
ここに至ってアマーリエの運命は決まった。
「アマーリエ・フォン・ヴェルン。継母カロリーネ・エーデン・フォン・ヴェルン男爵夫人毒殺未遂の咎で、生涯幽閉の刑に処する」
エーベルトは仮面のように凍り付いた無表情のまま告げた。
傍で聴いている継母カロリーネのスカートの影に、これも蒼褪めた貌をした異母妹のミアがいた。ミアはすみれ色の眸一杯に涙を湛え、憎しみに充ちた目つきでアマーリエを睨みつけていた。
「ミア――」
どうか信じて。
姉妹のあなただけは。
アマーリエがそう口にしようとしたとき、少女が怒りに顔を紅潮させ、甲高い声で叫んだ。
「人殺し! あんたなんか死んじゃえ――!」
★
――アマーリエの心を今もずたずたにしているのは、最後に聞いた幼いミアの叫びだ。
あの娘はわたくしを人殺しだと思っている。
お父様も侍女頭も執事も侍医も、近しい者がみな、わたくしがお義母さまを毒殺しようとしたと信じている。
そう思うと、もう何もかもが虚しかった。
――どうせ、わたくしは等級《三》だもの。
血のにじむような努力を重ねたって、それ以上の何かにはついになれなかったんだもの。
死ぬまでずっと閉じ込められているのも悪くはないかもしれない。
人生でやりたいことなんて、もう何もないんだから――……