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第一章 護送馬車 2

 皇女殿下からのじきじきのお手紙が功を奏したのか、アマーリエの父エーベルト・フォン・ヴェルン男爵は、十七歳で戻ってきたアマーリエにと、エルデ河を挟んで南に隣接するロージオン王国の貴族、シャルル・ド・ベルナールと婚約するよう勧めてきた。


「シャルルどのご自身は騎士(シュヴァリエ)に過ぎないが、祖父君は首府の侯爵で、血筋は決して悪くない。年頃も二十一歳でアマーリエにはちょうどいいだろう」

 見せられた肖像の細密画(ミニアチュール)には、暖かみのある枯れ草色の髪を肩まで垂らした温厚そうな青い目の青年の顔が描かれていた。

「とても良いお話のようですわね」と、アマーリエは一抹の諦めとともに答えた。


 十年の修行を重ねてきたのは、どういう職種であれ治癒者として世の中に出たいためだったが、その道が許されないのならば、あとは良縁を得て結婚し、邸や城を取り仕切る奥方として、せめても家内の者たちの面倒を見るのがいいだろう。




「お前が受け入れたならばあちらが断るとも思えないが、念のため、出来る限り豪華に着飾った肖像画を描かせよう。お前はきれいな黒髪だからきっと薔薇色が似合うだろう」

 父エーベルトは、大人しく素直でわりと見栄えのよい娘に育っていた長女を気に入ったのか、ささやかな城下町ではなく、近隣で最も栄えている帝国自由自治都市ゼントファーレンから仕立て屋を呼び寄せ、淡い薔薇色の絹地に蜘蛛の巣みたいな白いレースをあしらった美しいドレスを拵えさせた。


 ドレスが仕上がると今度は画家が呼ばれた。

 アーデルハイト・ベルガーという四十前後に見える女性画家で、焔の神カレルの加護を持っていた。といっても、等級は《(ツヴァイ)》で、焔を操る力を職業にできるほどではない。


「わたくしも若いころはこの力を活かして傭兵隊に入りたい、冒険者になって世界中を巡りたいと夢見たものですがね」と、母親ほども年長の画家は感じの良い声で笑いながら話してくれた。「残念ながら、そちらの力では大成できませんでした。でも、旅をしながら地図を作るためによく画を描いていたのが幸いしましてね。こうして細密画(ミニアチュール)の肖像画描きとして何とか暮らしているのです。人生そんなものですよ」


 アーデルハイトの親しみと思いやりに充ちた声音は、すっかりと自信を無くしてしまっていたアマーリエの心を少しずつ癒していった。



 そんなとき、いつものように中庭で薬草の鉢植えの世話をしていたアマーリエに、七歳年下の異母妹のミアが思いがけない頼みごとをしてきた。

「あのね、お義姉さま、お母さまのためにお薬を作ってくださる?」

 十歳のミアは、母親のカロリーネとよく似た、ふわふわとした淡い金色の巻き毛と大きなすみれ色の眸をした美少女だ。

 その異母妹から小首を傾げてオズオズと頼まれたアマーリエは、根が育ち過ぎたローズゼラニウムを新しい鉢へと移す手を止め、年下の子を安心させるための笑顔を浮かべながら訊ね返した。


「お義母さまはどこかお悪いの?」

「ううん。御病気ではないの」

「御病気ではないとお母さまが仰ったの?」

「ウン」と、ミアが頷き、幼い姿に似合わない疲れ果てたようなため息をつくと、両手を頬に当てて石のベンチに座り込んだ。

 アマーリエは心配になった。


「どうしたのミア。何が心配なの?」

「……御病気ではないってお母さまは言うんだけど、ご飯をちっとも召し上がらないの。それにこないだは食べたものを吐いちゃってた。お母さま、本当はとっても重い御病気なんじゃないかしら?」

 話しながらすみれ色の眸が潤んでくる。


 アマーリエは慌てて両手の土を払うと、ベンチの前に両膝をついて、異母妹の顔を下からのぞき込んだ。

「大丈夫よミア、心配ない。それは確かに御病気じゃないわ」

 十七歳の未婚の娘とはいえ、治癒医師を目指して十年の修行を積んできた身である。

 アマーリエには、継母カロリーネの身に起こっている異変が何なのかは容易く察せられた。

「でもお母さまはドンドン痩せちゃう。手もごつごつしている」と、ミアが涙目で訴えてくる。アマーリエは胸がぎゅっと締め付けられるような愛しさを覚えた。

「それでわたくしにお薬を作って欲しいのね?」

「ウン」と、ミアは素直に頷いた。「みんなが話しているもの。お義姉さまは聖堂で十年も修行なさったご立派な魔女だって。ご結婚なさるから隠していらっしゃるけど、本当はとてもすごいことができるはずだって」

「そんなことないわ。わたくしに出来るのは薬草を育てることと、お体の調子がちょっと良くない方のために特製の滋養強壮飲料(コーディアル)を作ってあげることくらい」

「その特製の、お母さまにも作ってくれる?」と、ミアが縋りつくように訊いてくる。

 まるで院長先生に縋りつく自分自身を見るようだった。

 アマーリエは笑って異母妹の金鳳花みたいな頭を撫でてやった。

「勿論よ。すぐに作ってあげる」



 異母妹に頼まれたアマーリエは、森で集めた生薬と中庭で育てた薬草に、これだけは侍女頭のブリギッタに頼んで城下の商人経由で取り寄せてもらった蜂蜜を材料にして、おそらくは厳しい悪阻に苦しんでいるのだろう継母カロリーネのために、エルンハイム聖ニーファ修練院で暗記した門外秘外のレシピに従って滋養強壮飲料(コーディアル)を調合した。


 アマーリエは張り切っていた。

 修練院の外に出てから、生まれて初めて本当の仕事をしている気がしていたのだ。


 そのため、完成した飲料を、執事のアルノーに頼んで取り寄せた三本の青いガラス瓶に詰めて、口には蝋で封をし、《聖ニーファ認証薬師》の印を押したうえで、中庭で育てた白薔薇とカードを添えて継母カロリーネへの贈り物にしたのだった。




 その一か月後、城の侍医アルベルト・ハイデリッヒから、フォン・ヴェルン男爵にじきじきの訴えがあった。

「畏れながら男爵閣下、奥方様が日々お飲みの滋養強壮飲料(コーディアル)に猛毒の鳥兜(アコニタム)が含まれておりました――

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