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第六章 奇襲 2

「どっちにしたってこの連中が動けるのは夜だけだ」と、レオンが老御者を元気づけるように言う。「夜明けまで持ちこたえりゃいい。頑張れよお姫さま?」

「アマーリエですわ」

 反射的に言い返しながら、アマーリエは心の中にもやもやとしたわだかまりを感じていた。



 ――隊長殿(シェフィン)の推測では、この《生ける死者》はウーゼル城を預かる守備隊長が操っているのよね? 

 ということは、その隊長はわたくしたちがこちらへ逃げていることに気付いたってことになる。それなのに自分で追わないで骸骨に追わせる理由って何? 朝まで方陣聖域を組まれたら逃げ切れると分かっているだろうに――



 そこまで考えたところでアマーリエは気づいた。


隊長殿(シェフィン)、これきっと足止めですわ」


「鋭いなアマーリエ」と、対角線上からフレデリカが答える。「私もそう思うよ。おそらく敵さんは現場を確かめてすぐ偽装に気付いて、追跡隊を連れてくるために城に戻ったんだろう。朝までにはきっと本隊が来る。《(ジルバー)死神(トート)》どのご自身が御出馬なさるかもしれない――ちょっと見てみたくはあるな」


「隊長殿、冗談を言っている場合じゃありませんわ」と、アマーリエは遠慮と気後れをかなぐり捨てて諭した。「このままじゃ袋の鼠です。すぐに逃げなければ」

「逃げるって、この亡者のなかをか?」と、レオンが呆れ声で応じる。


 焚火の周りはすでに十数体の骸骨の群れに取り巻かれているのだった。

 皆白々と月光を浴び、カシャリ、カシャリと音を立てながら、少しずつ包囲の環を狭めている。



「完全に囲まれちまいましたね――」と、アルベリッヒが嘆息する。「レオン、骸骨ってどうやったら死ぬんだ?」

「死なねえよ、もう死んでいるんだから」と、レオンが鼻を鳴らす。「嫌うのは塩だって聞くな」

「俺たち持ってたっけ?」

「あるわけねえだろ馬鹿」

 内陸国であるセルケンバインでは塩は結構高価なのだ。

「ど、ど、ど、どうなさるんですか隊長殿(シェフィン)?」と、老ヨハンががくがくブルブルしながら訊ねる。

「そうだな――」

 フレデリカが落ち着いた声で応じ、おもむろに言い出した。


「ベーコンだな」


「は?」

 アマーリエは相手が何を言いだしたのか全く分からなかった。

「隊長殿、失礼ながら――」

 ご正気ですか?

 と、内心でだけ続ける。


 カシャ、カシャっと耳障りな音を立てて骸骨が近づき続けている。

 三方から迫るその数は三十体は越えていそうだった。

 しかも、意外と動きが速い。


 フレデリカは長槍(パイク)を構えた姿勢でまっすぐに前を向いたまま、相変わらず落ち着いた声で命じた。

「ヨハンどの、ご苦労だけど薬缶(ケトル)を拾って、中の湯でありったけのベーコンを煮だしてほしい。私の背嚢に竜の腸の水袋があるから、煮だしたらその中に入れて。水袋一杯に出来るだけ濃いスープを作ってほしいんだ」


「ええと、その」と、老御者ヨハンがびくびくと訊ねる。「亡者はベーコンのスープも好みますので?」

「いや」と、フレデリカが声だけで薄く笑う。「たぶん嫌がると思う」


「あ!」

 アマーリエは思わず声をあげた。「塩ですね?」


「ご名答」

 フレデリカが頷く。


「塩っ気の多いスープで骸骨を撃退しようってんですか?」と、レオンが呆れと感嘆の入り混じった声で訊ねる。「すげえ思い付きではありますが、いくら沢山スープを拵えたって、この数全部追い払うのはさすがに無理なんじゃ」

「うん。私もそれは無理だと思う。目的は撃退じゃなく、北の方角に数秒だけ活路を開くことだよ。骸骨どもが塩に怯んだすきに逃げる者たちが逃げる。アマーリエとヨハンどの、それにアルベリッヒだ」


「えええ!」と、最年少の傭兵が不服げな声をあげる。「そりゃないですよ隊長殿(シェフィン)! 俺は残って防戦のほうでしょ?」


「馬鹿、お前まで残ったらお姫さまと爺さんの二人っきりになっちまうじゃないか!」

「命令だ。従えアルベリッヒ」

 フレデリカが隊長らしい声音で命じる。

 そこに至って、アマーリエはようやくにフレデリカの言っている計画の全容を理解した。

「隊長殿、つまり、わたくしたちだけ先に逃げろと?」


「そういうことだ。――はっきりいってアマーリエ、戦いの場ではあんたたちは足手まといなんだ。だから先に逃げていなさい。大丈夫! 私とレオンも必ず後を追うから」

「そうそうお姫さま、心配すんなって。ゼントファーレンで会おうぜ」

 年長の傭兵二人が全く日常的な口調で告げてくる。

 そのあいだにも塩っ気の濃いベーコンのスープの煮だされる匂いがそこいら中に漂っていた。

 カシャ、カシャと音を立てて骸骨の群れが近づいてくる。

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