第五章 銀の死神 1
フレデリカ隊が沼地の北で間道を探し当てたころ――
二頭の馬も連れて古街道をまっすぐ西へ進んでいたハインツ隊七名はウーゼル城の東門の前へと至っていた。
城は樹海のただなかの小島のような小さな丘の上に建っていた。
丘裾をぐるりと水濠が取り巻き、その向こうを逆茂木が取り巻いている。
逆茂木の真ん中には木製の歩廊がめぐらされて、跳ね橋をあげた門の左右を、同じ長さの長槍を掲げた黒いマントの兵士が二人ずつ、合計四人で護っているようだ。
逆茂木の壁の内側、丘の中腹のあたりをもう一重、こちらは石壁が囲んでいる。
城館と望楼はその後ろだ。
それらが皆、背後から射す赤い入日を浴びて黒々と浮き上がってみえる。
「こんな森の中にあるにしちゃ、なかなか立派な城ですねえ!」と、エーミールが意外そうに呟く。
彼のまとう深緑のマントは所々が酸性粘液で爛れて、髭のない艶っとした頬っぺたにも数か所の爛れがある。
「おう、守備陣の装備もなかなかだ」と、小柄な筋肉男のフリッツが忌々しそうに応じる。彼のマントと顔と首にも何か所か爛れがある。
所々に爛れがあるのは他の五人も同様だ。
彼らは――口には決してできないが、時々ちょっと母親みたいに――心配性の隊長殿が北へと発っていったあとで、竜の内臓性の革袋に残っていた酸性粘液をみんなで少しずつ振りかけ合って、「道中で地性触手にやられた」という報告に信憑性を持たせる演出をしたのだった。
「さて皆、ここからは悄然とうなだれていくぞ? 俺たちは任務に失敗したうえに隊長殿を失った憐れな敗残者の群れなんだからな?」
「おうハインツ。ショーゼンとだな」
「ランドルフ、お前意味わかってんのかよ?」
「そういうフリッツ、お前はどうなんだ」
「しょんぼりして元気なくってことだよ、要するに!」
「うるせえエーミール、それくらい分かってらあ」
あまり悄然とはならずに一行が水濠に向かっていくと、門衛の兵士の一人がすぐさま声をあげた。
「おーいお前ら、もしかしてミッテンヴェルンからの使いか――?」
戦場で大声を出し馴れている傭兵らしい声だ。
ハインツが同じ大声で答える。
「ああ、そうだ――! 我々はフォン・ヴェルン男爵閣下から囚人の護送の依頼を受けたゼントファーレンの傭兵隊だ――! この城の責任者に用がある! すぐに取り次いでくれ――!」
「合言葉は――!」
「《不死なるすべての神々よ、われらが幼帝エーリヒおよび摂政母后マルガレーテ陛下に永遠のご加護あれ!》」
フレデリカから引き継いだウーゼル城開門のやたらと長い合言葉をハインツが諳んじると、すぐさま跳ね橋がおろされた。
一行は幅5丈〈*約15m〉ばかりの青黒く濁った水濠を渡って、逆茂木を四角く切っただけの門をくぐった。
その先は土のままの狭い平地が丘裾を取り巻く形の飾り気のない外郭だった。
右手に厩があり、左手に木造の平屋の長い小屋が三列並んでいる。
そちらの向きから煙があがっていた。
肉と豆のスープの煮える芳ばしい匂いもする。
「ご苦労さん。あんたら先発隊か?――」
訊ねながら逆茂木にかかった梯子を下りてきた黒いマントの門衛は、全身斑に爛れを散らしたハインツたちを見るなり絶句した。
「……どうしたんだ、その形は。まさか街道上で怪物が出たのか?」
「ああ」と、ハインツがいかにも沈鬱そうに頷く。「《生ける死者の沼地》のすぐ南の番小屋の傍で地性触手にやられた。うちの隊長も含めて加護持ち全員がやられちまったよ。お預かりしてきた囚人殿もな。違約金は払う。どうやっても払う。だから頼む。今はまず配下を休ませてくれ……!」
ハインツはかなりの演技派だった。
俯いて拳を震わせる痩せ男を門衛はいかにも気の毒そうに眺め、後ろで同じく項垂れている六名にざっと視線を這わせてから、同情に充ちた面持ちで頷いた。
「そいつは災難だったな。とにかく俺は隊長に報せてくるよ。あんたらは何か食って休むといい。おーいクルト、この人たちの馬を預かって、門衛小屋で水と飯を振る舞ってやってくれ――」
呼び声と前後して厩から十三、四に見える金髪おかっぱの少年が現れる。
「はーい今すぐ――って、どうしたんですかこの人たち? こんな安全そうな街道上で何にやられちゃったの?」
「坊主、地性触手だよ!」と、フリッツが本気で忌々しそうに答える。
門衛小屋に通されたハインツ隊が豆と肉のスープにがっついていたとき、外から扉が叩かれて、またあの金髪の少年が入ってきた。
「みなさんどうぞ内郭にいらしてください」
丘の斜面を斜めに上る長い石段をあがって、これも四人の兵士に護られた馬蹄型の門を抜けると、その先は石畳の円形の広場のような空間だった。
向かい側に木造二階建ての城館があり、右手に石造りの円い望楼がある。それぞれの入り口を、揃いの長槍を掲げた黒い短マントの兵士が二人ずつで防備している。
「どうぞ、こちらです」
少年に導かれるまま城館のほうへと向かっていたとき、館の扉が内側から開いて、黒い長いマントを羽織った人影が現れた。
「――隊長殿!」
少年が愕きの声をあげる。
黒い長マントの人物は、カツカツと規則的な足音を立てて大股に近づいてきた。
所々酸性粘液で爛れたままのハインツ隊七名は一様に口をポカンと開いた。
そのとき彼らの心はひとつだった。
――うわあ、中央地方の傭兵隊長ってこんなに豪勢なのか……?