第四章 生ける死者の沼地 1
「さてみな、そうと決まったら偽装工作を始めるぞ!」
「はい隊長殿!」
偽装工作の第一歩は頭蓋骨の確保だった。
「地性触手の毒腺から酸性粘液は絞り出してあるから、犠牲者の衣服と髪の毛と、それに何か小動物の骨でも熔かして《吐き戻し》の塊を作っておけば疑われないとは思うんだが」と、フレデリカが小首を傾げる。「どんなにいい加減な傭兵でも、頭蓋骨の個数くらいはさすがに確かめると思うんだ」
「ウーゼル城を守備しているのは傭兵なのですか?」
男性陣を全員追い出した番小屋の竈の傍で、罪人仕様の袖の細い灰色のドレスを脱ぎながらアマーリエが訊ねると、フレデリカが背嚢から衣類を取り出しながら頷いた。
「ああ。――知っているかもしれないが、ウーゼル城は法的には帝国の所有でね、あんたのフォン・ヴェルン一族と自治都市ゼントファーレンが共同で管理を委任されているって形なんだ。尤も、ゼントファーレン市参事会は割り振られた管理費を出しているだけだけれど。今のウーゼル城の守備隊はフォン・ヴェルンの奥方の――つまり、あんたの冤罪の原因になった継母どののご生家から推挙された中央地方の傭兵団でね、二つ名以外の詳細はよく知らないんだよ」
「二つ名は何というのですか?」
アマーリエが受け取ったシャツを被りながら訊ねると、フレデリカは眉をあげた。
「《銀の死神》シグムントだってさ! 十八歳の若者はこの名をどう思う?」
「それは――」
アマーリエは応えに窮した。
「ええと、わたくし弟がいるのですけれど」
「うん?」
「マクシミリアンといって、今年八歳なのです」
「おお、われらが幼帝エーリヒ陛下――御代健やかなれ――と同い年だね。で?」
「あの子が聞いたら、きっととても素敵だと思うんじゃないかしら?」
案の定シャツはぶかぶかだった。袖を捲りながらアマーリエが言うと、フレデリカが肩を竦めて笑った。
「なかなか辛辣だねアマーリエ。私も同感だよ!」
正直、《赤き翼》も同レベルじゃないかしら――と、アマーリエは内心思わないでもなかったが、芽生え始めた友情のために、正直な感想は胸に秘めておくことにした。
「それで隊長殿、四個の頭蓋骨はどうやって手に入れますの?」
アマーリエが長すぎる半ズボンを履きながら訊ねると、フレデリカは妙に真面目な顔で訊ね返してきた。
「博識なるフォン・ヴェルンの姫君ならどうやってだと予想なさいます?」
馬鹿丁寧な口調の裏で微かに面白がっている気配がある。
アマーリエはむらむらと挑戦心を刺激された。
――わたくしの知識を試しているのかしら? 考えてさしあげようじゃないの。
セルケンバイン帝国南西部を覆い尽くす広大な樹海、アルターヴァルト大森林は怪物と死者の宝庫だ。
一世紀前の《大反乱》時代――あるいは《大独立戦争》時代――樹海を隔てて西側の沿海諸都市連合が帝国からの独立をめざして長い戦いを仕掛けてきていた時期に、ありとあらゆる禁じられた呪術がこの森のなかで使われたらしい。
昨日の地性触手も、自然発生したものではなく、どちらかの陣営が仕掛けていた人為的な罠の取りこぼしであった可能性がある。
――ウーゼル城の近辺は大森林の南部……この辺りで複数の骸骨が簡単に手に入る場所といえば……
アマーリエはしばらく考えたあとで、思わず歓びの声をあげた。
「分かりました隊長殿! 《生ける死者の沼地》でしょ?」
「ご名答。あの《沼地》は此処から遠くない。陽が落ちると骸骨がガシャガシャ動き出す厄介な場所だが、明るいうちに気をつけて行けば、湿地に沈んだ頭蓋骨の四つや五つはすぐに掘り起こせる――」
ちょうどそのとき、番小屋のドアが外から叩かれ、年少者コンビのアルベリッヒとエーミールが意気揚々と報告に来た。
「隊長殿、お姫さま、頭蓋骨五つ掘り出してきましたよ――!」
「ほんと? 見せてくださいな!」
アマーリエが目を輝かせて飛びつく。
傭兵たちはあからさまに引いた。
「……お姫さま」と、灰色前髪のエーミールが洗い立ての頭蓋骨を胸に抱きしめたまま訊ねる。「あんた触手にはきちんと悲鳴をあげていたよね? こっちは怖くないの?」
「だって人間の骨ですもの!」と、治癒者は目をキラキラさせて答えた。「わたくし、本物の人間の頭蓋骨って見るのは初めてなんですの。修練院にいたときには、同室のお友達二人と石膏で模型を作っていたのですけれど」
「模型って、頭蓋骨の?」
「いいえ、全身像ですわ。わたくしが作った一体はステルティと名付けていました。わあ、これが本物! 本物はわりと小さいのですねえ。それに意外とザラザラしている……」
華奢な両手で頭蓋骨を掲げて興奮気味に眺め尽くすアマーリエの姿を、アルベリッヒが何となく哀しそうに眺めていた。
「なあエーミール、この世には普通の可愛いお姫さまって存在しないのかなあ?」
エーミールは無言だった。




