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第一話

 デイジーの可憐な花々が、固いつぼみを解き始めた。

 ピンク、白、黄色。色とりどりの小さなつぼみがひとつ、ふたつ、みっつと次々に花開いていく。それはすなわち、本格的な春の訪れを意味していた。


 ここはとある世界にある広大な花畑。ここには、多数の種類の虫が住んでいる。そして、住んでいるのは虫だけではない。たった一人だけだが、妖精も住んでいるのだ。


 その妖精は日の光を反射してキラキラと輝く金色の長い髪と、ぱっちりとしたブドウ色の瞳を持っている少女の姿をした妖精だ。背中に生えているはねは日光に当たると虹色に輝いて、とても美しい。

 いつもふたつ結びにしてある頭髪には、瞳の色と同様のブドウ色の大きなリボンが左右の両方とも結び付けてあり、とても目立っている。もはや彼女の身体の一部と言っても過言ではないだろう。

 さらには愛らしい外見とは裏腹に、快活で活動的で、思い立ったら即行動に移してしまう衝動性も持っている。


 周囲の虫たちは、自分たちとは姿形があまりにも違う彼女のことを忌み嫌ったりはしていなかった。むしろどうしてか、うやうやしい態度で彼女に接しているのだった。



 今は朝だ。木の実や果実、草といった野性味あふれる食事を食べ終わった彼女は、枯れ枝で作った粗末な家から出てくると、地上に這い上がってきた虫たちやサナギから孵化した虫たちに向かっていっぺんに声をかけた。


「みんな、おはよう」


 冬眠状態から覚醒したばかりの虫たちは眠そうな顔をして目をしょぼしょぼとさせながら、「おはよう、プリンセス」と返した。


『プリンセス』。妖精の少女は、虫たちからそう呼ばれている。

 その理由を彼女自身は知らない。知るよしがないのだ。この世に生を受けてからすでに約十三年になるが、誰に訊ねても、「だってプリンセスはプリンセスだもの」としか答えてもらえなかったのだ。

 どうやら虫たちは、本能的に彼女を「プリンセス」と呼んでいるらしい。


 プリンセスは幼い頃、どうして自分が『プリンセス』と呼ばれているのかがハッキリとしないことに気分が悪くなることも少なくなかった。だが、約十三年もそれが続いたのだ。

 今はもう、慣れてしまった。けれど、心の奥には溶けない氷のような不快感が残ったままだった。



 春になってから一ヵ月がたったある日。

 花畑に一頭のオスの蝶々が迷い込んでくるという事件が起こった。彼は真っ青な羽を持つ、とても珍しい種だった。

 花畑の住人たちは物珍しさから、青い蝶々を取り囲んだ。


「見て、なんて珍しい色の翅!」

「本当だ。初めて見るよ、こんな綺麗な翅は」

「どれどれ。わあっ! ホント綺麗な色!」


 たくさんの虫に囲まれた蝶々はといえば、この状況がおそろしくなってしまい、身を固くして縮こまってしまっていた。取って食われるかもしれない。そんな恐怖に苛まれていた。

 そこへ、鶴の一声が飛んできた。


「みんな、ダメじゃない。そんな風に取り囲んだら、蝶々さんが怖くて動けないでしょう?」


 その凛とした声はプリンセスのものだった。一瞬で虫たちが蝶々から離れ、静かになる。

 蝶々は振り返って声の主を視界に収めた。その瞬間、蝶々が「わあっ!」と大きな声を上げた。


 その声に驚いた周囲の虫たちも、せっかく静かになったところだったのに、「わー!」「きゃー!」と次々に声をあげてしまう事態となってしまった。

 そして、声を上げてしまったのは虫たちだけではなかった。鶴本人もだ。


「きゃあっ! 一体どうしたのよ!?」


 プリンセスがそう訊ねると、青い蝶々は、「すみません。こんな所で妖精のプリンセスにお会いできるなんて思ってもみなかったものですから、心底驚いてしてしまいまして……」と深くこうべを垂らしてみせた。


「『妖精のプリンセス』……?」

「はい。あなたは妖精たちをまとめている女王様の一人娘。すなわち、この世で唯一の妖精のプリンセスなのです」


 青い蝶々が言っていることがよく分からず、プリンセスは首をかしげた。


「何を言っているの? 妖精という生き物はこの世にわたし一人だけしかいないはずよ?」


 蝶々はプリンセスの言葉を否定するように、必死になって青い翅を忙しなく動かした。


「いいえ、いいえ。妖精はあなただけではありません。他にもいます。私が住んでいた故郷には、それはそれはたくさんの妖精がいるのですから」


 プリンセスはその言葉を聞いても、少しもピンと来なかった。思わず腕を組んで、首を傾げてしまう。


「たくさんていうのは具体的にはどのくらい? 何人?」

「そうですね。ざっと数えて百人はいたでしょうか」

「ええっ!?」


 驚愕きょうがくしたプリンセスの口から、思わず大きな声が漏れた。

 けれど無理もない。プリンセスは今まで自分と同じような姿かたちをした存在に、一度たりとも出会ったことがなかったのだから。


「あなたの故郷には妖精がそんなにいるの?」

「はい。そしてあなたは、その妖精たちの頂点に立つ女王様のご息女なのです」

「えっ? わたしのお母さんは生きているの? わたし、てっきり……死んだのだとばかり……」

「いえいえ、お母上は亡くなってなどいません。ご健在ですよ」

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