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7 誰がフェイク?

7 誰がフェイク?


 ネット内の誹謗中傷の書き込みは、とどまることを知らなかった。ツイッターには、

“北潟は犯人グループの丙と付き合っている”

“北潟の借りているマンションは犯人グループが契約していて、北潟の部屋はヤリ部屋”“北潟のツイッターの写真と犯人グループ乙のツイッターの写真、同じ日に同じラーメン屋で撮られてて 草”

“犯人グループの丙が、他の厄介たちと新潟駅で暴れている動画あり”

と書かれている。これは、ほんの一例だ。もちろん、これ以外にも多くの審議不明の情報が拡散されている。経路不明の情報はネット内でクラスター化されて、封じ込めることが困難となっていた。

「なーに、これ!」

 北潟は新潟駅で暴れている動画が気になり、画面中央部に表示された二等辺三角形を左手人差し指でタップした。静止画だった画面は虹色をした円形が二回転した後に、動画へ変化した。

 ロケーションは駅の自由通路。背景に見える地酒販売店の看板が特徴的なので、新潟駅であることは間違いない。五人の男たちが財布を水球のボールのようにパスしながら、自由通路を走り回っている。聞き取れる会話は、

〈マリアちゃん、マリアちゃん。丙がマリアちゃんからプレゼントされた財布。マリアちゃんが万引きして、丙にプレゼントした財布〉

〈おい、返せよ〉

 だけだ。

 この映像と会話を観て聴いた人は、北潟が万引きした財布だと信じてしまうかもしれない。もちろん、北潟はそのようなことはしてはいない。

「なーにこれ?わたし万引きなんてしてないし、あいつらこんなこと言うからわたしが疑われるんじゃない。ほんと、気分は卍」

 時間ができると、人はエゴサーチをする生き物なのかもしれない。自分が、他人からどのように見られているのかを確認したくなるのだ。

 北潟も同様だ。隔離生活が続いたせいで時間ができた。エゴサーチに関しては熟練の域に達してきた。ツイッターのエゴサーチに満足した北潟は、情報収集の場をユーチューブにシフトしていった。

 ユーチューブも、ツイッターや5チャンネル以上に審議不明の情報が拡散されていた。自称役者のユーチューバー[自転車ヤロー]は、北潟が山田真央を襲わせたとハッキリと言い切っている。役者ならではの演出も入っていることは、正常な判断力を持って視聴していれば認知できるのだが、ネットの世界にはまり込む人は正常ではない精神状態の人がほとんどだ。視聴した多くの人がGOODボタンを押している。

「何も知らないくせに、よくここまで言い切れるわね!」と、北潟はあきれる。

 マスク、サングラス、ヨットパーカーのフードを頭からかぶり、身元不明、審議不明を売り文句に動画配信をするユーチューバー[パーカーマスク]は、北潟の表の顔と、裏の顔をテレビのバラエティー番組の様におもしろおかしく脚色して配信している。北潟は山田のことをグループに入った時から嫌っていた。だから今回の件は女の怨念が引き起こしたものだ。と、結論付けた。

「グループに入った時から、仲が悪かったって、どこからの情報だよ。最初は同じ年だから仲は良かったよ。三年も一緒に活動していれば、女どおしいろいろあるんだよ!」と、北潟は女性心理を理解できない配信者を小ばかにした。

 バーチャルユーチューバーの[コロコロ]は、北潟、多尾、萩野と名前を呼び捨てにして、犯罪集団を裏で操る三人衆とした。

 犯罪集団のラスボスが北潟マリアだと、言い放った後に「逝っておしまい!」と大声で告げて動画をクロージングさせる演出が好評だ。この動画にもコメントは百以上書き込みされている。コメント数の多さは、関心の高さの表れだ。

「ラスボスって、私が責任者ってこと?いい加減なことばかり、言いやがって!」と、北潟に怒りがこみ上げる。

 警察の取り調べを受けたことのある人が『長時間尋問されていると、尋問者の誘導に導かれて、真実と逆の方向へ進んでしまうことがある』と口にする人が多い。

人の記憶は時にすり替えられる。

 今の北潟は、記憶をすり替えられだした時なのかもしれない。多くのネットの中の情報が北潟の記憶を書き換えだそうとしている。

「あれ?わたし、あの事件、やったのかな?」

 北潟は、グループ最年長者だ。相談できる、相手は自分よりも年下ばかり。仲のいい萩野との年齢差は四歳。若いころの四歳の年齢差は大きい。例えば、二十三歳と十九歳の年の差は四歳。この年代の四歳差は大きく違う。五十歳と五十四歳の四歳差とは比べものにならない、価値観や判断基準が違う。今の北潟の心境を仲のいい萩野に相談しても理解してもらえないだろう。

 北潟の気持ちは透明な防弾ガラスの中に入れられたようだ。中からも、外からも見えるが自分の発する声は、ぶ厚い防弾ガラスに遮断されて外へは届かない。

「やっていない。という声は届かないけど、やったという声は届くのかな」

 北潟のメンタルは平均値よりも五十パーセントダウンしている。よからぬことも、時々思考の表面をなめるように行き来する。

 自分で、『やった』と心境を塗り替えたほうが楽になるのかな?

 そんな気持ちが行き来する昨今の北潟であった。

 トゥルルル、トゥルルル。

 北潟のスマートフォンが着信を知らせる。6インチの液晶画面に発信者【萩野ゆめ】が表示される。

「あれ、ゆめちゃんから電話。どうしたんだろう?いつもはラインなのに?」

 北潟は萩野が電話をかけてくるということは急用なんだろうと思い、電話に出た。

「もしもし、ゆめちゃん?」

「そう、マリア様、いま大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「ガルちゃんみた?」

 ガルちゃんとはガールズチャンネルの略で、女性たちの集う掲示板だ。建前として女性だけが書き込みができる女性オンリーの5ちゃんねるのようなものだ。

「ん~ん、観てない」

「見てみて、私たちの温泉旅行の計画、誰かが書き込んでいるの!」

「えっ!」

 萩野の言葉に息を止めた北潟。温泉旅行の計画は、北潟、萩野、多尾、山中以外は知らないはずだ。誰が、ガルちゃんに書き込んだんだ?

「まさか、マリア様じゃないよね?」

 萩野が疑いを北潟にかけた。

「わたし?わたしがするわけないじゃない」と、北潟は弁明する。

「ほんとう?あやたんも山中も知らないって言っているし、あとはマリア様しかいないんだけど」と、萩野が追及の手をゆるめない。

「知らないわよ。私が書き込んで何の得をするの?」と、北潟が反論する。

「そう言われれば、そうだ。マリア様のおっしゃる通り」と、萩野は納得する。

「温泉のこと、誰かに話した?」と、萩野が違った切り口で攻める。

「えっ、誰かに?話してないよ」と、北潟が記憶をたぐりよせながら答える。

「そう、解った。壁に耳あり、障子に目ありだから気をつけようね」

 落語好きな萩野らしく、古めかしいことわざで北潟へアドバイスを送る。

「うん、わかった。ゆめちゃんも気をつけてね」

 北潟は萩野のアドバイスに気持ちが少しほぐれた。緊張の後に緩和を配置すると、人は笑顔になれる。有名なお笑いタレントの言葉だ。

 電話を切って、静まり返った室内に北潟は注意を払った。盗撮や、盗聴をされているのではないかと疑りだした。ファンからプレゼントされたぬいぐるみやバック、時計やアクセサリー。一つ一つ点検しながら、ガルちゃんに書き込んだ犯人を推測した。

「えっ、もしかして、わたし?」

 北潟が低く声をあげた。思考回路がフリーズを起こしている。気の置けない友人の萩野から疑われたことで、思考がロックダウンされた。自分の過去の記憶が書き換えられだした。

 北潟は大きく頭を左右に振った。

 そして、あごを十度上にあげて声を振り絞った。

「それでもわたしはやってない!」

 さて、北潟はこのあと、どのような行動にでるでしょうか?

(1)ガルちゃんに自分は犯人ではないと匿名で書き込む

(2)部屋の中で、膝を抱えて涙する

(3)気分転換に部屋の掃除をする



つづく


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