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6 閉塞感と息抜き

6 閉塞感と息抜き


 山田の謝罪は逆効果だった。

 ビジネス目線で観れば、山田の謝罪は『感情的になって裏どりもされていないことを全国に配信させてしまい、申し訳ありませんでした。』と解釈できるのだが、世間ではビジネス目線で状況判断できる人間は三割程度しかいないといわれている。山田の謝罪を《被害者がなぜ、謝罪する?》と解釈した。いっけん弱者目線で見て、思いやりがあるように思えるが、逆手にとって裏側から見たほうが面白い効果が得られることを知っているアフリエィターが、自分に有益な目線で観た情報をネットの中に拡散している。印象操作された情報を俯瞰でみることのできない層が信用してしまう。

 労働者と管理者。日本国内だけではないだろうが、労働者のほうが圧倒的に多く存在する。労働者は自身を弱者と理解している。犯罪にあった山田は弱者で自分たちと同じ境遇であるという親和性のもとに、守りたいという心境が芽生える。

 味方ができれば敵を作る必要がある。

 敵として適任なのは、当初から名前のあがっていた北潟と多尾。そして、北潟と仲のいい萩野。多尾と仲のいい山中、この四名が正義の使者山田真央の敵ということになる。

 戦い開始の狼煙はどこから上がったのか?

 本人たちからでも、テレビでもラジオでも、週刊誌でも新聞紙でもなかった。ネットの中から上がった。それが、現代というものだ。

 匿名掲示板五チャンネルの住人が先頭を切って、北潟、多尾、萩野、山中たたきを始めた。続いてツイッターが後に続く。標的は四人から増幅され、他のメンバーにも広がっていった。佐藤、仲田、清野。北潟や多尾と仲の良いメンバーに感染は広がっていった。

正義の連合は増幅されて、それぞれの持ち味を活かしたジャスティス活動へ拡張されていった。漫画が得意なものは、ツイッターに事件をストーリー化させた四コマ漫画を投稿し、多くの指示を集めた。内容は北潟や多尾が仕組んで、山田を襲わせた内容で、犯人の甲と乙は極悪人と描写されていた。

「マリア、これ読んだ?」

 多尾が北潟にスマートフォンの画面を差し出す。北潟は、差し出された画面に映されたツイッターの漫画を読んだ。

「なに、これ。おかしい、笑える」

 北潟は大きな声で笑った。

「ねー、私たちが、真央を襲わせたって。うけるー」

「ほーんと。それに、甲と乙もこんな半グレじゃないし。どこからの情報だっつーの」

 北潟と多尾は大きな声で笑った。

「ねー、劇場三周年公演が終わってから、もう今日で一週間。わたしたちが隔離されてから五日。この先どうなるんだろうね」

 北潟が多尾にこの先の展望を予想させる。

「さー、このまま、おばーちゃんになるまで隔離されるんちゃう。知らんけど」

「あーまた、知らんけどって言った。ほーんと、それ辞めて。東京人からしたら、気分悪くなるから」

「えっ、そーなん?知らんけど」

「ほら、またいったー」

 二人は体調不良という理由で活動を自粛していた。本当は体調は良好なのだが、管理者からはそのような理由にしておくので配慮するようにと言われている。体調不良なのだから、外出していてはおかしい。新潟市内に借りているマンションの一室で二人で時間をつぶしていた。

 ピンポーン。

 インターホンの呼び出し音が来客を告げる。来客は誰?

(1)宅配便のドライバー

(2)マンションの管理人

(3)甲乙の仲間の丙

「あっ誰か来た。マリアちゃん出て」

 多尾が北潟に対応を依頼する。

「えっ、また私?もー!」

 北潟は文句を言いながら、インターホンの受話器を取った。

「はい!」

「あっ、おれ。丙。差し入れ持ってきた。外出できないかと思って」

 インターホンの受話器から男性の声がする。甲乙と同じグループの丙だ。

「あっ、丙。ありがとー助かる。いま、開けるね」

 北潟は礼を言いながら、壁に埋め込まれたパネルのボタンから【解除】と書かれた突起物を押し込んだ。カチャと、音を立てて、一階集合玄関の鍵が開けられた。

「えっ、丙」と、多尾が喜びの声をあげる。

「そう、差し入れだって。優しーね」と、北潟が歓喜の声をあげる。

 ということで、正解は(3)甲乙の仲間の丙でした。

 北潟、多尾は、現実的にも事実としても、犯行に加担はしていない。丙は犯行に加担したことになるが、逮捕されていない。北潟と多尾が丙から差し入れを受け取ることは問題はない。と、考えるのが一般的だが、ネットの世界ではその定義は通用しなかった。

 翌日には、ツイッターに“北潟と多尾、厄介グループの丙からプレゼントをもらう。中身はリンゴにチョコレートに、ビールとポテトチップス”と、書き込みがされた。書き込んだのはいったい誰なのか?

(1)丙、本人

(2)差し入れを購入したコンビニエンスストアの店員

(3)丙の友人のイナダー

「誰だ、こんなこと書きこんだの?」

 いつもより心拍数を増した、丙がスマートフォンの液相画面をにらみつけながら吠える。

「そんなこと書き込むのイナダーしかいないだろう」

 甲があきれ顔で答えを導く。イナダーとは同じ厄介グループのメンバーだ。お調子者で、弱った者のふところにヌメリと入り込むことが得意だ。

「あのやろー」と、丙が吠える。

「あいつの卑怯者根性は、ハンパないからね」と、乙があきらめの声をあげる。

 ということで、正解は(3)丙の友人の稲田でした。


 東京秋葉原の(株)イーケーエスでは会議が開かれていた。イーケーエスはLGTの管理会社だ。今日は、山田真央の配信事件をどのように鎮静化するかの話し合いが行われている。

「このまま、ダンマリを決め込んでいくということで、いいですね」

 支配人イチローが今後の対応に関して確認を取る。

「ええ、そう。ネットでいろいろ言われているけれど、しかたないわ。それにここまで、拡散されてしまっては、封じ込めようがないし。あっ、知ってる?ウイルスを封じ込める方法。感染爆発を起こして抗体を持った人を増やす。その代わり死者も増えるやり方と、感染者を隔離してウイルスの拡散を阻止するやり方があるのよ。今回は前者ね」

 社長の成田が淡々と答える。女性らしい話しぶりだ。

「えつ、死者を増やすやり方を取るんですか?」

 支配人イチローが驚きのあまり大きな声で尋ねる。

「死者を増やすというよりは抗体をつけるという考えね。だってしょうがないじゃない。ここまでネットの中で拡散されてしまったら、感染源の特定もできないし、封じ込めも無理よ。それくらい、解るわよね」

 成田は腕組みをしながら、支配人イチローの目を凝視する。上下関係からいったら成田のほうが上だ。支配人イチローは蛇ににらまれたカエルのように肩をすぼめた。

「とりあえず、北潟と多尾の隔離は続けて。あの二人はかわいそうだけど、人身御供ひとみごくうになってもらうわ」

 成田の冷酷な目が、支配人イチローの心中に突き刺さった。

「人身御供と言いますと?」

 支配人イチローが言葉の意味を尋ねる。

「あら、そんなことも知らないの?人身御供は、そうね、人柱のことかしら」

 成田が小ばかにするように人身御供の意味を自己流で説明した。支配人イチローは「はーっ」と息を吐いて足元を見つめた。


 ネット界の階級に変化が表れたのは一月下旬からだった。それまでは、①五チャンネル②ツイッター③まとめサイト④ガールズチャンネル⑤ユーチューブの順番であったが、まとめサイト、ツイッター、ユーチューブが群を抜いてきた。階級的には①ユーチューブ②ツイッター③まとめサイト④ガールズチャンネル⑤五チャンネルと変化を遂げた。

 ユーチューブやツイッターが支持を集めたのは、コメント欄で議論することが人気であったためだ。犯人捜しや事件の背景を考察して、自分の意見を述べる。そして、意見の合わないものと議論する。そして、つぶす。そして、優越感に浸る。この連鎖が繰り返された。

 議題としてあげられるメンバーのランキングは①多尾綾香②北潟マリア③山田真央④萩野ゆめ⑤山中のえの順番だ。北潟と多尾は事件告発当初からネットで関与が疑われていたせいか、扱われ方が他の三名に比べて群を抜いている。

 そして、日を追うごとに北潟と多尾、萩野、山田のバッシングは増していった。

「支配人、ネットの中、見ましたか?私やゆめちゃん、あやたん、の書き込み。あんな嘘を野放しにしておくんですか?」

 我慢しきれずに、北潟が支配人イチローにかみつく。

「本部と話し合って、解決策を考えているから、もう少し我慢しろ」

 我慢しきれずに、支配人イチローが北潟にかみつく。

「もう少し、もう少しって、いつまで待てばいいんですか。もうあれから一ヶ月ですよ」

「第三者委員会が調査中だ。三月中旬まで待て」

「三月中旬ですね。あと、一か月半もかかるんですか?」

「そうだ。なるべく、真実に近く、そして、おまえらにとって悪くない結論を導き出さなくてはならないから、時間がかかる」

 北潟は『お前らにとって、悪くない結論を導き出させる』という支配人イチローの言葉によって、高ぶった感情にリミッターをかけた。長年芸能関連の仕事についている支配人イチローに、ここは任せたほうがいい。これまでにグループ内で起こったトラブルも、うまく鎮めた実績もある。北潟は重たく口を開いた。

「解りました。それまで、我慢します」

 北潟は「ふーっ」と鼻から息を吐いて、支配人部屋から出ていった。廊下には萩野ゆめが立っていた。

「マリア、鼻息が荒いね。また、ゴリラって呼ばれちゃうよ」

 萩野は北潟の裏あだ名のゴリラというワードを持ち出して、にこやかに話しかけた。にこやかにといっても、落ち込んだ北潟を励ますための作り笑顔だ。

「はー、ゆめちゃん、今日は笑えない」

 北潟は肩を落としてエレベーターホールへ向かう。萩野は北潟の斜め後ろを歩きながら後を追う。

「ねー、今度温泉いかない?兵庫県のほうに城崎温泉っていうところがあって、結構人気なんだって。新潟から結構離れているから、私たちの身バレしないと思うよ」

 萩野が落ち込んだ、北潟を元気づける提案をした。

「温泉ね。気分転換にいいかもね」

「よし、あやたんと山中も誘って、行こう!予約はマリア様お願いします」

「えっ、わたしが?」

「そう。だって、わたし予約のしかた知らないもの」

 十九歳の萩野が旅行の予約方法を知らないことは不思議なことではない。

「もー、しょうがないなー。旅行日は先のほうが安くなるから一ヶ月後くらいで、予約しておくよ」

「ありがとう。ゴリラ様。今日もお美しい」

 マリア様をゴリラ様に言い換えて、北潟をイジルことがメンバー内でのプチブームだ。萩野もブームに乗る形でゴリラ様と言い換えてみた。これも、萩野流の気の使い方だ。

「もー、ゆめちゃん。今度言ったら絶交だからね!」

「あっ、元気になった!ゴリラ様のパワフルタイム、スタート」

 萩野の号令で北潟は「うっほ、うっほ」と、言いながら両手の拳で自分の胸をたたいた。この行動は劇場公演中のアトラクションの一つだ。

 薄暗い裏導線の廊下に、十九歳と二十三歳の笑い声が響いた。


つづく

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