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(2)青天の霹靂

2 青天の霹靂

 石の上にも三年。

 北潟マリアの身に起こった青天の霹靂。

 2019年一月九日午前九時。新潟駅から徒歩十分のワンルームマンションで、スマートフォンのアラーム機能とは違うメロディーによって、北潟は目を覚ました。マンションは幹線道路沿いに建てられていたが、東京に比べれば交通量は少ない。騒音は気にならない。北潟は幹線道路を時たま走行する車や、バイクの走行音を主旋律に、着信を伝えるメロディー音を副旋律に従え、交感神経のスイッチを入れてスマートフォンを手に取った。

「もしもし」

 北潟のかすれた声が、発信者へ送られた。

「北潟か、俺だ。おまえ、今日は何時入りだ?」

 電話の声は劇場支配人の飯村イチローだ。北潟は新潟のアイドルグループLGTのメンバーだ。

「あっ、支配人。今日は、明日の公演のリハーサルだから、十一時入りですけれど」

 北潟は右手にスマートフォンを持ち、左手ではベッド横に設置されたサイドテーブルの上に置かれた腕時計を拾い上げて時間を確認した。時計の短針は数字の8と9の間を長針は6の方向を指している。八時半だ。予定の時間より三十分早く起きてしまった。

「そうか。話があるから、一時間はやく、劇場入りできるか?」

 支配人イチローは、冷静さを装いながらであるが、言葉の端々にいら立ちが現れている。

「ええ、大丈夫です」

 北潟は左手に握った腕時計を確認しながら答えた。

「それから、テレビつけてみろ。あと、ツイッターも確認してみろ」

 支配人イチローは、吐き捨てるように言葉を出した。

「テレビですか?ツイッターですか?どっちが先で、あっ電話しているのでテレビでいいですか?」

「ああ、テレビでいい!」

 支配人イチローの許可を取り、北潟はテレビ用リモコンの上部に配置された赤い電源ボタンを押した。テレビとしては小ぶりな十九インチ液晶画面の縁取りに仕込まれた、赤色の小さな長方形のランプが緑色に変わった。三秒後に液晶画面は黒からダークグレーに変わった。そして、一秒もしないうちに、テレビ画面には朝の情報番組司会者のバストアップ画面が映し出された。

「女性アイドルグループメンバーが、男性ファンに襲われた件についてお伝えしました」

 男性司会者は眉間にしわを寄せて、軽く腰を曲げて礼をした。画面右上のコーナータイトルテロップが次のコーナーに差し代わる。

「えっ!」

 北潟はワンルームの一人の部屋で小さくつぶやく。

「どうした観れたか?なんチャンだ?」

 スマートフォンの受話口から、支配人イチローが状況を確認する声を飛ばす。

「いえ、あの、いま、画面右上にLGT山田真央って、見えたんですけれど、内容はよくわからなかったです。チャンネルは8です」

「チャンネルを4に変えろ」

 支配人イチローの指令に北潟は「はい」と短く答えて、長方形のテレビ用リモコン表面に並べられた数字の中から4のボタンを押し込んだ。液晶画面は二秒間の黒味ブリッジを挟んで、放送局の変更が行われた。

「山田真央さんが昨夜、ライブ配信サイトショータイムで告発した、ファン二人に襲われたということは本当なのでしょうか?」

 ガタイのいい男性司会者が、口をとがらせながら、画面右下に映る芸能リポーターへ尋ねる。

「ええ、これは、どうやら本当らしくて、我々の中でも、去年の暮れから、あのグループ何かあるかもと、注意して見てはいたんですが、会社からの正式な発表がありませんでしたので、番組では扱いませんでした。このことだったのかというのが、正直な感想ですね」

 眼鏡が特徴の芸能レポーターが、奥歯にものが挟まったような言い方をする。

「なにかあったのかというと?」

 男性司会者が前のめりで芸能レポーターに尋ねる。

「いや、あのグループが有料で配信しているモダンメールというのがありまして、今回動画配信した山田さんはこのモダンメールで、今回のことを臭わせていたんですよ」

 芸能レポーターの声が液晶画面下のスピーカーから流れ終わる前に、北潟は悲鳴に似た声をあげた。

「支配人、なんですかこれは?」

「俺もわからん。ともかく十時に、劇場の支配人部屋へ来てくれ」

 支配人イチローは困惑した声で時間と場所を告げると電話を切った。北潟は頭の中が酸素不足でモヤがかかったようだ。テレビの中で何が起こったのか、北潟はモヤの中にうっすらと答えを見つけ出していた。しかし、その答えが正解であるのか、確証はない。

「そうだ、ツイッター」

 北潟は支配人イチローからのもう一つの指示、ツイッターを見ることにした。切ったばかりのスマートフォンからツイッターのアプリを開いた。液晶画面には昨夜投稿したツイートが映し出された。北潟は返信欄をタップしてスクロールしながら返信コメントを黙読した。

「なーに、これは?」

 北潟は絶句した。ツイッターの返信覧に、自分をディスるコメントがあふれているのだ。

“山田を襲わせたのはおまえか!”

“おまえ、山田に嫌われているな、フォロー外されているぞ”

“5ちゃんで大人気のマリア様を見にきました。ぶさいくで草”

“死ね!犯罪者!”

 北潟は返信のすべてに目を通すことはしなかった。これまでにもアンチからの返信は何度も経験しているので、返信のすべてに目を通すことは自分の精神面に悪い影響があることは理解していた。

北潟はツイッターのアプリを閉じて、劇場へ向かう準備をした。約束の時間までは一時間半もあるので、時間に余裕はある。急ぐ必要はない。しかし、こんな状況を一人で受け止めるには、つらすぎる。早く劇場で誰かに自分の気持ちをきいてほしい。北潟は身支度を急いだ。

 北潟は髪をとかし、パジャマから外出着に着替え、メイクをした。所要時間は三十分。二十三歳の北潟の血液型はO型だ。メイクに多くの時間を必要としなかった。

 劇場へ向かう準備ができた北潟は部屋を出た。内廊下式のマンションの五階が北潟の部屋だ。七階建てのマンションにはLGTのメンバーが六人住んでいる。北潟と同じ五階のフロアには北潟以外に二人が住んでいる。

「あっ、マリアさん」

 自室の玄関に鍵を掛けようとする北潟の背後から若い女性の声が聞こえた。振り返る北潟の視界には、高校生メンバーの倉田萌香が入る。倉田は向かい側の部屋から出てきたところだ。

「あっ、萌香ちゃん、おはよう」

 北潟は鍵穴に挿入した鍵を時計回りに回しながら、朝の挨拶をした。

「大丈夫ですか?」

 倉田萌香が蚊の鳴くような小さな声で尋ねる。

「えっ、なにが?」

 北潟がドアノブを回しながら手前に引いてみる。ドアが開かれることを拒む音がガチャガチャとする。鍵はかかっている。

「テレビ、観ました。山田さんの件」

 倉田萌香は声を詰まらせる。

「ああ、大丈夫。心配しないで。これから支配人のところに行ってくるから」

 呼吸数を少なくしながら心配する倉田萌香に、北潟は笑顔で答える。

 北潟は現在のメンバーの中で最年長だ。自分よりも年下のメンバーに心配はかけられない。いや、心配されても、五歳の年の差がジェネレーションギャップになって、本質からはずれた方向へ導かれてしまう可能性がある。いまは、気持ちだけ受け取っておこう。


 普段であれば劇場へは送迎用のバスで移動するのだが、北潟だけ集合が一時間早まったためバスで移動することはできない。今日はタクシーで移動することにした。所要時間十分。混乱する頭の中を整理するために、タクシー内でツイッターを開いて、自分のアカウントの返信コメントを再度確認した。コメントを一つ一つ読んでいくうちに状況が見えてきた。

 そして、理解した。一ヶ月前の暴行事件を山田真央がライブ配信サイトショータイムと、ツイッターで告発したのだ。

 そして、その事件を裏で教唆した。操っていたのが北潟と数名のメンバーだという情報が、ネットの中で拡散されていたのだ。

「なんで、どうして、そうなるの!」

 北潟はタクシーの天井を見上げて小さくつぶやいた。


つづく


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