2-2、墜ち神の浄化作業を手伝いに行きます
「本当にごめんね、新堂くん。巻き込んじゃって」
浄化作業のヘルプに向かう道すがら、私はそう謝る。
同行してくれたのは、新人の新堂くんだ。
長身で逞しい体格の好青年である彼は、ニカっと人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「いえ、いーんですって。お役に立てるなら何よりですし、香山さんも別件で出張中で暇ですし」
香山とは、新堂くんがバディを組んでいるベテランの名前だ。
「でも、君にとってはあまり気分が良い案件じゃないだろう?」
「俺が適任だっていうのも分かりますし、こういう時の為に異対課に入ったんですから。気にしないで下さいよ!」
「そう言ってくれると、本当に助かるよ」
爽やか〜! そして良い子〜!!
輝かんばかりの笑顔に、心がほんわかとする。
圧倒的光属性に、なんだか私の心まで浄化されそうだ。
こんな良い子を巻き込んでしまって、本当に申し訳ない気持ちで一杯である。
「そういえば、俺達は何を手伝えば良いんでしょうか? 流石に正式な加持祈祷は自信無いんですけど」
おっと、そうだった。
説明を忘れていたんだった。
「墜ち神の鎮め作業は大きく分けて、二工程あるんだよ」
第一工程は鎮魂作業、浄化や鎮魂のスペシャリストである神々達による、本気の加持祈祷だ。
主だってやってくださるのは、鎮魂課のスペシャルアドバイザーであり、日本古来の神々でもある呪術祭祀を司る邇芸速日命や、その御子であり、邪霊を祓う神でもある宇摩志麻遅命を始めとした加持祈祷のプロとも言える方々である。
「私達が手伝うのは、その後の第二工程。墜ち神の瘴気が落ち着いて、話の受け答えが出来る状態になってからの浄化作業だよ。本来はそれも鎮魂課がやるんだけど……まぁ、今回は異世界召喚絡みだから」
「何でですか?」
新堂くんが不思議そうに小首を傾げた。
正直言い難いけれど、言わなきゃ仕方がないだろう。
私は少しだけ声を顰めた。
「鎮魂課って、比較的古い時代に生まれた神が多くてね。まあ、近年生まれた中で鎮魂作業を任せられる程強い力を持った神がいないから仕方ないんだけど」
初期段階の墜ち神は、耐性を持っていないと神でさえその穢れに当てられて、弱い神だと狂ってしまう程までに危険な存在だ。
だからこそ、日本古来の神である邇芸速日命達が今だに第一線で活躍しなければならないという現状がある。
中級ぐらいまでの墜ち神なら物部さん達でも何とか出来るけど、上級はもう本当にどうにもならないからなぁ……。
「前にも言っただろう? 古い神々程、異世界関係に疎いって」
「……ああ、あれですよね!『生まれた時代に無かった概念だから』」
「そう、その通り。これから行う工程では、それが命取りになる事がある。だから、私達がヘルプで呼ばれたって訳」
墜ち神を鎮めるためには、まずは相手の気持ちを理解して寄り添い、心を開いてあげなければならないからだ。
そう説明すると、新堂くんがキョトンとして何事かを考え込んだ。
……? どうしたんだろう。
「どうしたの、新堂くん」
「いや……鎮魂課の人達が異世界関係について勉強すれば、色々と解決するんじゃないかなぁーって思ったんですけど」
そうだよねぇ、そういう疑問が出るのも当然だよねぇ……。
私は思わず苦笑いしながら答えた。
「例えば、古墳時代とか飛鳥時代の人に、パソコンとかスマートフォンの使い方を教えて、すんなり理解出来ると思う?」
「……えー、難しいんじゃないですか? うちのバァちゃんでさえ、いくら教えても電話とメールが限界でしたし……」
「でしょ? それと同じ事なんだよ」
そう言えば、新堂くんは目を瞬いた。
「確かに、神々はこれまでの人の暮らしや歩みを見守ってきた。けれど、その全てを完全に理解出来ているとは言い難いんだ」
新堂くんのお祖母さんのように、同じ時代を実際に生きていた人間だって、その時代にあった全ての物事を理解しているとは到底言えないだろう。
世代の差があればある程、それが顕著となる。残念ながら、それは神も同じなのだ。
「そもそも、あの方々に異世界関係の事を教えるには、まずは概念的な事から教えないといけないんだよね。異世界召喚とは、異世界転生とは、勇者とは、聖女とは、ざまあとは……ってね……。その作業がまた果てしないんだよ……」
何せ、彼らにとって馴染みの無い単語ばかりである。
あれは何、これは何、と子供のなになに期ばりの質問攻撃を受け、話が横道に逸れに逸れまくった結果、「あれ、今何の話をしていたんだっけ?」と本筋が分からなくなる始末。
もう良いです……と匙を投げたくなる気持ちも理解出来るだろう。
「常世パソコンの使い方を教える時も大変だったんだぁ……。唯一使い方をマスター出来たのは物部さんだけだったし……」
「うわあ……」
「その所為で、物部さんが否応なしに課長にさせられたんだよ……」
「マジですか!? いや、確かに邇芸速日命様達がいるのに何でかなーとは思ってましたけど!!」
現代のパソコンを元に、開発部の総力を結集して作られた常世パソコンは、今や常世管理局では無くてはならない存在となっていた。
報告書の作成や魂の詳細な情報が載ったデータベースの検索、必要物資の申請や陳情、他課とのやり取りまで、全て常世パソコンを使えなくては話にならない。
職務上使う事を避けられない以上、課のトップである課長が常世パソコンを使えない状態であると様々なものが滞ってしまうのだ。
「鎮魂課では今だに報告書を紙で書いて、それを物部さんが常世パソコンに打ち込んでいるらしいよ」
「うへぇ……、二度手間……」
物部さんも苦労してるんですね……、と新堂くんは憐れむような目だ。
私もきっと、同じような目をしていると思う。
彼がいつも苦労しているのを知っているから、こういう頼みを断る気になれないんだよなぁ。
……物部さんは「その憐れみの目、止めてくれない!?」って嫌がるけどね。