1-5、悲しい事に、再犯率は五十パーセントもあるんです
「課長、お疲れ様です」
「ああ、ありがとう。見守くんもご苦労様」
鬼小折さんとの話し合いを終えた後、見守くんがお茶を淹れてくれた。
彼女が差し出した愛用のマグカップを受け取り、一息つく。
「それにしても、今回は素直な方で良かったですね」
鬼小折さんとの話し合いを終えた後、見守くんはそう言った。
「こちらの要求もすんなり飲んでくれましたし。……何ですか、あの方、女神ですか?」
「まごう事なき女神でしょ……。何なら君も女神だし、此処に来る女性の大半は女神だよ」
「大半が女神なんて、絶対に嘘ですよ……。モンスターペアレントとか、悪質クレーマーみたいなのばっかりじゃないですか……」
「そんな神だけじゃないよ……多分……」
「室長だって、ちょっと自信無くしてるじゃないですか……」
ため息を吐いたのは、見守くんとほぼ同時だった。
この仕事をしていると、鬼小折さんのように素直に反省して、謝罪してくれる相手は本当に珍しいのだ。
神としての立場を強く主張するもの。
何が悪いのかを一向に理解しようとしないもの。
別の何かに責任を押し付けるもの。
神としての自尊心があるだけに、己の過ちを認めようとしないものが本当に多いのだ。
だからこそ、時折現れる鬼小折さんのような素直なタイプに癒されるのも無理はない。
今回、我々が鬼小折さんにした要求は二つ。
まず一つは、今回の被害者であるハヤマリオンちゃんの魂を、異世界での死後にこちらに確実に返還する事。
今直ぐではなくて良いのか、と鬼小折さんは不思議そうにしていたが、むしろ絶対に今直ぐにどうこうしては駄目なのだ。
というのも、ちゃんと理由がある。
我ら異世界対策課にある標語の一つに、こんな言葉があった。
──車は急には止まれない。異世界転生もまた、急には終われない。
ハヤマリオンちゃんの魂は、今現在主人公であるリンの肉体に受肉している状態であるが、無理にその肉体から引き剥がそうとすれば、魂に傷が付いてしまう恐れがある。
だからこそ、自然と魂が抜け出る状態──つまり死後になるまで待った方が確実なのだ。
『死後、間違っても異世界で神とか精霊とか人外の存在にさせないでくださいね。絶対に! 確実に! 人の魂のまま返還をお願いします……!』
『わ、分かった。絶対にそうする!』
ややこしい事態に陥る前に強く念を押せば、鬼小折さんは戸惑いながらも力強く頷いてくれた。
そして、もう一つ。
こちらは実質的な鬼小折さんへの罰のようなものだ。
ハヤマリオンの魂を返還するまでの期間、こちらの要請に応じて『別次元に異世界を創造する』という権能を行使する事。
──つまり、異世界対策課の協力者になる事だった。
異世界転生・召喚云々の概念が生まれたのが近年の事である為、異世界に対処出来る能力を持った神はそう多い訳ではない。
何度も言うが、神々も万能ではない。
神々の力は、自分が司るものや起源としているものに関係するもの、得意としているものに特化している場合が多く、新たに生まれた概念に早々対応出来る訳ではないからだ。
日本の神々は『山の神であり、武神』など、一柱で何役かの役目を担っている神も多いのだが、それは人の信仰があってこそである。
『あの困り事が解決したのは、この神様に祈ったおかげだ。感謝しなければ』
そう人々の間で広まる事によって、神の力の幅が広がっていくのだ。
……だがしかし、異世界転生や召喚に関しては人々の間に広く知られて良い事ではない以上、そうして神々に感謝され、認知されるような事態に至る事はまず無いだろう。
だからこそ、鬼小折さんのような異世界に関してのプロともいうべき神の力は、貴重かつ重要なのだ。
彼女のように我々に対して反感を持ってないなら尚の事だ。出来るなら、これを機に末永い付き合いをして頂きたい所存。
『何も知らなくてごめんなさい。……リオンちゃんにもちゃんと謝らなくちゃ』
お茶を啜りながら、泣きべそをかいて謝ってきた鬼小折さんを思い出す。
彼女は目を真っ赤に腫らしながら、「もう二度とこんな真似はしない」と誓ってくれた。
……でも、何故だろうか。
彼女の真摯な謝罪に心が温まるような気持ちになりながらも、一抹の不安を抱いてしまうのは職業病の所為か。
悲しい事に、異世界転生・召喚の再犯率は約五十パーセントと高めだ。
あれだけしつこく言い聞かせ、「もうやりません」と言ったのにも関わらず、二人に一人は再犯するという驚きの再犯率である。
異世界転生させた人間が原因で世界に歪みが出て、それを正す為にもう一度違う人間を転生させたかった、というのが一番多い理由だが、自業自得なんだから自分の手でどうにかして欲しい、本当に。
──ともあれ、だ。
「……もし、鬼小折さんが再犯したら、私泣いちゃうかもなぁ……」
あの時のあの綺麗な涙はどこに行ったんだよ……!!
そう臆面もなく泣き叫んでしまいそうだ。
遠い目をしてそう呟いた私に、見守くんは黙って自分のデスクから取り出したいちご大福を差し出してきた。
どうやら、労ってくれるらしい。
その優しさに、何だか泣きそうになった。
「明日も、仕事頑張ろう……」
「頑張りましょう……」
そう励まし合って、いちご大福に齧り付く。
いちご大福は頬が落ちてしまいそうな程、美味しかった。
後でどこの店で買ったか、教えてもらお……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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