1-4、神隠しと人攫いに違いはあるのかと言われたら、ぐうの音も出ませんでした
「そういえば、少し前……とは言っても、二百年以上は昔の事なんですけどね。神隠しで神嫁となった方がちょっとした事件……いや、夫婦喧嘩を起こしまして」
「え? う、うん……」
突然の話題の変化に、鬼小折さんが戸惑ったような顔をしたが、それでも続ける。
「その方はとある神に見初められ、強引に神嫁として神の領域に引き込まれた方です。それでもご夫婦として過ごされていたのですが……鬱憤が溜まっていたんでしょうね。ある日我慢の限界に達して、ご自分の領域に閉じ籠ってしまったのです」
これぞ、『近代の天の岩戸』と呼ばれる事件である。
ちなみに、元祖『天の岩戸』は弟である須佐之男命の悪戯にキレた天照大御神が天の岩戸と呼ばれる洞窟に閉じ籠ってしまい、太陽神が隠れた事で世界は暗闇に包まれた。
困った神々が天照大御神を洞窟から出て来てもらうために、洞窟の前で試行錯誤した……といったような事件だ。
流石に私もこの頃は影も形も無かったので実際に体験した訳ではないけれど、神々の酒宴などでは鉄板の話なので、耳がタコになる程聞かされている。
……まあ、そうだよね……。
神殿に脱糞されたり、皮を剥いだ馬の死体を投げ入れられたりしたら、そりゃあ我慢の限界にも達するよね……。
須佐之男命の悪戯はロックがすぎる……。納得を通り越して、ちょっと怖い……。
「閉じ籠ってしまった奥方の怒りを何とか鎮めようと、元祖の時のように領域の前で歌ったり踊ったりしてみたんですけど、それが逆効果で。『馬鹿にしてるのか!』と大激怒され、更に頑なになってしまいましてね。……いやあ、あの時は『天の岩戸作戦が通じない!』と、あの世中が大騒ぎに……」
「……神田課長」
見守くんに呼ばれ、私はハッとした。
違う違う、私が言い聞かせたいのはこの事ではない。
「その際に奥方が言った言葉が、神々の間で物議を醸し出したというか、神隠しを見直すきっかけとなったのですよ」
「……どういう言葉だったの?」
鬼小折さんは、恐る恐る聞いてくる。
だから、私はそれに答えた。
「──そもそも、人を有無を言わさずに無理矢理拉致する行為を、一般的には『人攫い』と呼ぶのだ、と」
『あんた、私の希望を聞いてくれた事なんてあった!? 最初っから無かったでしょう! 私だって、こうなってしまったのは仕方ないからって、頑張って色々と飲み込もうとしたわよ! けど、本当は家族や友達と離れたくなかったに決まってるじゃない!』
それを聞いた夫君は、迷わず土下座をした。
『その気持ち分かるわー』と同意をしたのが、同じ境遇である神嫁仲間達。そして気まずげに視線を逸らしたり、小さくなる旦那衆。
この話も今や酒宴などで鉄板の『妻を本気で怒らせたらこうなる』という戒めのような話になっていたりする。
また、その他の神々はそれを聞き、ある種の納得をした。
──神隠しは、人攫いと同等の行為である。
今まで特に疑問に思ってはいなかったけど、言われてみれば確かにそうだ。ぐうの音も出ない。
これは流石に律した方が良いのではないかという声が多く上がり、神々の緊急会議が行われ、神隠しは全面的に禁止される事になった。
もしも気に入った人間がいたのならば、まずはお迎え課と人事課へ通告する。
そして、死後を待って、ちゃんと自分で口説いた上で了承を得て、こちら側に引き込む事。
悠久の時を過ごす神からすれば、今も数十年後も大した誤差ではない。むしろ、神嫁にしたい程ならば、それくらいの時間は耐えてみせろ。
そういう結論へと至ったのだ。
「……マジ?」
全てを聞き終えた鬼小折さんは、途方に暮れたような表情をしていた。
「大マジです」
「マジか……」
それが現在の神々達の共通認識である。
重々しく頷くと、クシャリとその表情が崩れた。
「リオンちゃん、ごめーん!!」
どうやら、彼女は自分がしでかした事をちゃんと分かってくれる神だったようだ。
大粒の涙をポロポロと流しながら謝る鬼小折さんを宥めながら、私は安堵の息を漏らした。