4−2、流石に堪忍袋の緒が切れました
週一更新。
異世界対策課では、異世界転生・召喚の被害状況を表すランクが存在する。
被害が軽い方から『借りパク』、『窃盗』、『強盗』……そして、『山賊』。
『山賊』は被害者が十名を超えた場合に使われる呼称で、異世界対策課が扱う中でも特に重大かつ警戒すべき案件として、起こった際には緊急会議を開く事が決まりとなっている。
「すまない、遅くなった」
見守くんを伴い会議室へ向かうと、香山を始めとした異世界対策課の面々が勢揃いしていた。
「それで? 詳しい状況を聞こうか」
席に着きながら早速話を促せば、香山は今にもため息を吐きそうな顔で口を開いた。
「以前にも定例会議で議題に出た事があっただろう。また、マルクダーマだ」
「……あの最重要警戒対象か」
「……マルクダーマ?」
唸る面々の中、白矢凪さんが一人首を傾げている。
まだ状況を理解出来ていない様子の彼女に、見守くんが解説を入れる。
「過去何度も異世界召喚を行なっている最重要警戒の異世界の事よ。いくら抗議しても、一向に聞いてくれなくて……。被害者が今回で十名を超えたから、晴れて警戒レベル『山賊』ね」
平静を装っているが、見守くんの声色はいつもよりも硬い。
「特筆すべきは、召喚された人間を『人柱』として扱っている事」
「……『人柱』ですか?」
「そう、世界の厄災を防ぐ為のね」
これまで召喚された人間達は人柱──世界中の人々の痛みや苦しみを全て一身に受ける存在として扱われてるという。
たとえそのあまりの苦痛に気が狂おうとも、その身体と魂が朽ち果てるまで酷使されるのだ。
「そうする事によって、マルクダーマの人間達は何に憂う事もなく、ただ幸せに暮らす事が出来るの。……人柱の、犠牲によってね」
「……酷い」
つまり、今までに攫われた者の命は既に無い。
見守くんの言葉に、白矢凪さんの表情がクシャリと歪められる。彼女の過去を考えると、それも当然だろう。
「私は、まだ幸せだったんですね。……ただ聖女として働いているうちは、丁重に扱ってくれましたから」
『聖女として遇し、少しでも長く利用しよう』という考えだったアルバータとは違い、マルクダーマには『召喚された人間を大切にする』という考えは端っから存在しない。
まるで『壊れた部品は取り換えれば良い』とでもいうかの如く、最初から使い潰す気で召喚している。
想像以上に悲惨な状況に、目に涙を浮かべた白矢凪さんの気持ちを少しでも和ませる為か、殊更明るい声が部屋に響いた。
「ほんっとーに腹立ちますよねー。人を何だと思ってるんだか」
「新堂さん……」
「そもそも、犠牲になった人達の返還すら無いのが困りますよね。前回の最終通牒もまるで意味無かったって事ですし」
過去三度の話し合いを設け、「もう次は無いですよ」と最終通牒までしたのにも関わらず、この有様だ。
流石にお手上げといったような様子の新堂くんの後を、香山が続く。
「異対課としてはやるべき事はやったし、言葉も尽くした。──なあ、課長。もう良いんじゃないか?」
会議室に集まった課員の視線が、一斉に私に集まった。
彼らの目はそれぞれ程度の違いはあれど、異世界の神への憤りが滲んでいる。
その顔をぐるりと見回して頷き、こう宣言した。
「異世界マルクダーマ及びその創造神であるマルクダーマは我々の最終通牒を無視し、我らが国民達に対し、許し難い蛮行を繰り返している。よって本日この時を以て、彼らは我々の交渉相手ではなくなった」
私だって、皆と気持ちは同じだ。
仏の顔も三度まで。神だってそれは同様である。
対話による解決が出来ないのであれば、もうこちらもあちらに配慮する義理はない。
「見守くん、マルクダーマに水鏡通信を。日程の調整は任せるよ」
「はい、承知しました」
「香山と新堂くんは、それぞれ鎮魂課と輪廻転生課に連絡。現状の報告と受け入れ準備をお願いしておいて。白矢凪さんは返還作業の時のサポートをお願い。浄化の必要がある可能性があるからね。その後は新堂くんと鎮魂課の手伝いに行ってもらうかもしれないから、覚悟しておいて」
「了解」
「了解しました!」
「はい、任せてください!」
「──さあ、皆頑張ろう!」
「「「はい!!」」」
私の言葉を合図にして、それぞれ自分達の役割を果たす為に動き始める。
かく言う私も会議室を出て、今回の案件の為に必要不可欠である神と連絡を取った。
「……ああ、鬼小折さん? 先日はどうも。早速ですが、あなたの力が借りたいと思いまして」




