3−7、創世神は打たれ弱かったりします
……あ、これキレたな。
隣の見守くんが少し不安げにこちらを見上げたが、肩を竦めて苦笑で応える。
香山はこれでも私と同じ異世界対策課の初期メンバーの一人だ。
流石にキレて相手を殴るような事はしないだろう。様子を見守ろう。
「あんた、唯一神か? それとも眷属やら何やらがいる?」
……あれ、これ大丈夫だよな?
ルクシオ神を『あんた』呼ばわりしだした香山に、一抹の不安を覚える。
流石に殴りかからないよな? 大丈夫だよな?? 信じてるからな、香山!!!
そんな私の祈りなど知る由もなく、ルクシオ神は「えー、いきなりフレンドリーじゃん、友達になる?」と気にした様子もない。
鈍くて良かった。
……いや、本当に良かったんだろうか、これ。
「奥さんがいるし、子供もいるけど」
「例えば奥さんが、子供を有無も言わせずに異世界へと送ったらどうする?」
「……僕の奥さん、そんな事しないよ?」
「もし、したとしたら? しかもそちらで結婚もさせ、二度とルクシオに帰る事は許さない。二度と会えないが、そうすれば子供はその世界で皆から慕われ崇められる。そうすれば、その子が幸せになれるから、と言ったとしたら?」
ルクシオ神は、そこで漸く香山の様子が先程とは変わっている事に気付いたらしい。
鋭い視線で答えを促され、渋々といった様子で答えた。
「そりゃあ……止めるかな。子供と二度と会えなくなるのは嫌だし、何より子供の幸せをこっちで決めつけるのはどうかなぁって思うし」
「同じ事だ」
ルクシオ神がキョトンと目を瞬いた。
「あんたが召喚した勇者達に強いようとしているのは、そういう事だ。彼らにも、こちらの世界に家族も友人がいた。そして、有無を言わさずに引き離された。その上に結婚して、その地に骨を埋めろと? ……冗談じゃない」
吐き捨てるように言った香山に睨み付けられ、ルクシオ神はビクリと肩を振るわせた。
「大体何だ、『いっぱい居るから良いでしょ』って。あんた、うちの子達を家畜か何かのように思ってないか?」
「い、いや、そんな事思ってな……」
「でないとそんな言葉が出て来る筈がないだろ。……いや、家畜より酷いか。家畜を『いっぱい居るからくれ』とは言わないもんな?」
お前は召喚した勇者達を、ただの消耗品程度にしか思っていないのだ。
自分の言動を客観的な目線で突き付けられたルクシオ神は顔色が悪い。
どうにか反論しようにも、それをする為の材料が無いのだろう。
物言いたげに口を開け閉めするものの、言葉にはならない。
そんな彼に、香山は追い討ちをかけた。
「あんたにとっちゃただの便利道具かもしれないがな、俺達にとっちゃ可愛い子供達だ。大事なんだよ。そんな子達の一番楽しい時間を奪おうとしやがって。何考えてやがんだ、ふざけんなよ!」
香山の怒りが止まらない。
ノンストップで吐き出されていく。
それを直に受けているルクシオ神はあまりの勢いに押されている様子だったが、困惑しているのは彼だけでは無かった。
「あの……課長、見守さん……?」
「何だい?」
「ええと、その……」
戸惑う理由は分かる。
あのいつも面倒そうにしている香山の口から『可愛い』だの『大事』だの、ハッキリ言ってあまり似つかわしくない単語がポンポン飛び出してくる事に違和感があるのだろう。
でも、彼の権能を考えると、それはごく当然なのだ。
「あの人あんな顔して、鬼子母神の系列の神様なんだよ」
「きしぼ……?」
「いわゆる、安産だったり子育の神様の事」
鬼子母神の系列は女神が圧倒的に多いが、ジェンダーレスの今の時代、男神も少しずつ増え始めている。
子供を大切にする鬼子母神に倣ってか、香山もこちらが驚いてしまう程子供を大事にしているし、それを粗雑に扱われた時の怒りは凄まじい。
実を言うと、異世界転生・召喚で未成年の子供が攫われる事に、一番怒り心頭なのは鬼子母神系列の神々なのだ。
飲み会などで集まった時に「腹立つから、異世界の人間を食いに行ってやろうかな」と冗談半分、本気半分で言い合ってるらしいと聞いた時にはちょっと恐れ慄いた。
鬼子母神ジョークが怖すぎる。
決して彼らを怒らせてはいけない。しみじみとそう思った。
「高校・大学なんて一番好き勝手出来る時期なんだぞ、何考えてやがんだふざけんなよ!」
中高生の青春の一ページの貴重さとそれを奪おうとした罪深さについて叱責する香山に、ルクシオ神は先程までとは打って変わった様子で聞いている。
「そんなつもりは……。……いえ、何でもないです。ご尤もです……」
──最早敬語だ。
創世神あるあるなのだが、世界を創った創世神には自分の世界に同格以上の神が存在しない為、誰かに怒鳴りつけられる機会がない。
だから、こういう風に強い口調で説教される事に慣れておらず、先生に怒られた小学生のような有様になってしまう神が多い。
香山の怒りの勢いのままに、ルクシオ神はクリカラさんを始めとした勇者御一行を魔王討伐後即座にこちらの世界に返還する事、そして素早い討伐の為に何かしらの助力をする事を約束させられていた。
「もうやらないな? 何が悪いか分かったよな? 次やったら、本気でお前の世界に食いに行ってやるからな!」
「す、すみません、本当に来ないでください……」
香山にこっ酷く叱られたルクシオ神は、すっかり小さくなっていた。
人に崇め尊ばれ慣れている創世神は、精神的に打たれ弱い。ガラスのハートなのだ。
これもまた、創世神あるあるである。
ここで3章は終わりです!
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。
次が最終章になりますが、少し章ごとの相手神目線での話みたいなものを書いた方がいいかなと思ったので、しばらくはそちらの更新が主となると思います。
また、体調も中々回復出来ておらず、ストックがまるで無い状態です。
なので、誠に勝手ながら次回更新は10/9を予定しています。
頑張ってストックを書いてくるので、よろしくお願いします!




