3-6、面談室、再びです
「もー!! さっさとその指輪を渡して、仲直りしてきて下さい!!」
伊邪那岐命をそう叱り飛ばして、面談室の方へと戻る。
「神田課長、おかえりなさい」
「課長、おかえりなさーい」
小部屋に戻ると、見守くんと白矢凪さんが出迎えてくれた。
白矢凪さんは香山達のやり取りを見学しながら、見守くんに交渉や説得に関する手順やコツなどを教わっていたらしい。
「見守くん、どんな様子だい?」
「見ての通りのこう着状態です。話題が堂々巡りしています。そちらの方はどうでしたか?」
「こっちはいつもの痴話喧嘩。すぐに仲直り出来そうだったから……もうすぐじゃないかな?」
その時、ピコンと音が鳴った。
それに一番に反応したのは、ルクシオ神だ。
「あっ、伊邪那美ちゃんから念写だ。……えー、『ごめん、こないだの話は無かった事にして』だって』
約束したのに酷いなぁ、とルクシオ神はぼやいた。
ルクシオ神のように、幾らこちらの現状を伝えても聞かない相手には、許可を出した本人から直接お断りしていただくのが一番手っ取り早い。
これでもう「伊邪那美ちゃんが言ったから」では済ませられない。
今がチャンスだとばかりに、香山が攻めに転じた。
「先程から何度も言っているでしょう。その念写からも分かるように、残念ながら元来伊邪那美命は、我が国民の行く末を勝手に左右出来るような権限はありません。誤解を与えてしまったのはこちらの不手際ではありますが、どうかご理解頂きたい」
「えー、僕は良いよって言われたから、そうしただけなのに」
何食わぬ顔をして言うルクシオ神だが、それは苦しい言い訳だ。
思わず口を挟む。
『香山、カスタマーサポートNo.239308』
『分かってる』
香山はすぐに察したらしく、「新堂、プロジェクター」と短く指示を出して、ルクシオ神に向き直る。
「おかしいですね。そもそも、そういった取引をするには、常世管理局を通す必要がある事は勿論知っていたでしょ?」
新堂くんがパソコンをいじると、部屋の壁に画像が映し出された。
それは、常世管理局へと寄せられた問い合わせを記録したものである。
No.239308──そこには、我が国の人間に対する異世界召喚要請についての交渉の記録だ。
問い合わせをしたのは、異世界の神……今目の前にいるルクシオ神の名が書いてある。
これは公言されている訳ではないのだが、どうしても事情があって力を借りたいという神には、こちらの世界へ及ぼす影響が少ない異世界転生に限ってではあるが、条件付きで派遣を許可する事が稀にあったりする。
その条件とは、まず異世界転生について転生する事になる本人に説明する事。
いわゆる、冒頭で神様からの事情説明が入るようなアレである。神様的には二重丸の対応なので、褒めてあげたい。
貸出期間を厳守し、魂を傷付ける事なく現状のまま返還する事。
例えば、途中神やら精霊に転じてしまったり、墜ち神に堕としたならばアウトだ。
また、本人が移住を希望するようであれば、異世界側の魂をこちらに交換移住させるというパターンも過去にはあった。
……色々手続きが面倒なので、出来ればやって欲しくはないけれど。
他にも、異対課の協力要請には可能な限り応える事や、異世界転生をした事を他言しない事。
最低でもこれらの約束をきちんと守るのであれば、こちらも検討する余地は生まれなくもない。
しかし、資料には大きく『不許可』の赤い印が押されている。
ルクシオ神が異世界転生ではなく召喚を希望し、勇者の血をルクシオに残し、また死後は眷属として召し上げたい為、こちらの世界に戻すつもりはないというのが大きな理由だ。
既に弾かれている証拠を突き付ければ、ルクシオ神は今まで飄々とした様子から一変して、いかにも不愉快そうに顔を顰めた。
「だっておかしいじゃない。何で異世界転生は大丈夫で、異世界召喚は問答無用で駄目なの?」
「その理由も散々お話ししたと思いますけどね」
「それに、僕の世界で子々孫々まで勇者として敬われるんだよ? それに人間なんていっぱい居るでしょ? 四人ぐらい良いじゃん。何の問題があるっていうの?」
「……あぁ?」
香山の声が一段低くなる。