3-5、これぞ、お騒がせ夫婦です
「今回の被害における問題ですが、まずひとつが伊邪那岐命が常世管理局の管理下における人間達を無断で異世界の神へと貸し出した事。
そして、その人間達はまだ常世の住人ではなく、まだ現世で生を謳歌するべき者達だった事。……どちらも、黄泉津大神としての裁量権を明らかに逸脱している」
伊邪那美命の別名は黄泉津大神──つまり、簡単に言えば、死者の国を支配する神という事だ。
でもだからといって、彼女が死者の魂を好き勝手に扱って良い訳ではない。
昔ならいざ知らず、行政関係が整備された現在では、一柱の神々が好き勝手に出来る時代は終わったのだ。
そもそも、今回は異世界転生ではなく召喚だ。
常世にすら渡って来ていない生者であるクリカラさん達の行く末をどうこうする権利は、彼女には欠片も無い。
──すると、どうなるか。
「このまま彼らが異世界で死亡した場合、もしくは異世界から帰って来れないような状況に追い込まれた場合、……幾ら伊邪那美命とは言えど、査問会にかける必要があります」
「うっ……」
「良いんですか、査問会ですよ、査問会! 絶対面白がって、ご家族ご親戚一同勢揃いしちゃいますよ! 最早新年会か、神在月の出雲かな?って感じになりますよ!!」
何か問題行動を起こした神に事情を聞いて裁く……というよりは、総出でこっ酷く叱るのが目的の集まりである査問会であるが、その参加者はそこまで多くはない。
被害を受けた部署の代表と常世管理局の上層部が数名ずつ、問題行動を起こした神の関係者も数名、そして叱る代表として日本古来の神々が一柱か二柱居れば良い方──少ない時には五名ほどで収まってしまうこじんまりとした会となることもあった。
しかし、そのやらかした神が有名であればある程、偉ければ偉い程、日本古来の神々であればある程、その参加者は多くなるのは必然である。
そもそもが国産みをし、神産みをもしたご夫婦であり、日本古来の神々のトップ中のトップだ。
そんなご夫婦がやらかしたとあれば、その御子達も「うちの親が何かしでかしたって?」と面白半分であちこちから集まってくるし、交流のあるご友人方も「あいつなんかやらかしたらしいぞ」と冷やかしにやって来る。
皆長い時を生きている所為か、娯楽に飢えているのだ。
「私としては出来るならば、彼の方をそのような晒しものにはしたくないのです」
確かに悪い事はしたとはいえ、黄泉津大神とまで呼ばれるお方を、そんな公開処刑のような目には遭わせるのは心が痛む。
「神田……」
「それに、多分私もその場に居合わせなければならない羽目になると思うので、出来れば阻止したいです」
「どちらかというと、そちらが本音だろう」
そうは言っても、お二方は日本で一二を争う程の有名夫婦であり、その御子方も揃って日本古来の神々だ。しかも複数で、数も多い。
そんな偉い神々に囲まれるなんて胃が痛くなりそうな現場に居なければならないなんて、どんな罰ゲームだ。
どちらが査問を受けているか判らないような圧のある査問会には参加したくない。避けられるのなら避けたいと思うのは、当然だろう。
色々と台無しだ、と苦々しげにしながら、伊邪那岐命はため息を吐いた。
「でも……そうだな。出来るならば、私も妻をそのような目には遭わせたくない……」
結果的に喧嘩にはなってしまったが、死者の国まで追い掛けて行く程までに奥方様を愛していらっしゃる方だ。
心の底から伊邪那美命を案じている様子に、私は続けた。
「奥方様はちゃんと理由を述べた上、誠心誠意謝ればご理解は下さる方でしょう。査問会を開くような事態に至る前に、どうにか説得して頂けるとこちらも助かるのですが」
確かに伊邪那美命は怒ったら恐ろしい方ではあるが、誠意をもって接すればそれに応えてくれる方であり、愛情深い方でもある。
そうでなければ、絶賛別居中の夫と毎日念写のやり取りをしようとは考えないだろう。
伊邪那岐命が誠実に対応すれば、矛を収めてくれる可能性は充分ある。
「そうだな……。元はと言えば、私が原因だ。どうにか、言葉を尽くしてみよう」
「助かります」
「彼奴に渡さなければならない物もあるしな」
おっと……? 今何か嫌な予感がする単語が出てきたような気がするぞ……?
「……ちょっと待って下さい」
「ん?」
「さっきは詳しくは尋ねませんでしたが、あなたは何に夢中になっていて、約束を忘れたんですか?」
恐る恐る尋ねると、伊邪那岐命は「ああ」と何でもないように答えた。
「もうすぐ夫婦の契りを交わした記念日になるから、彼奴に贈り物をしようと思ってな。今の時代、夫婦の誓いに指輪を渡すものなのだろう? だから似合いのものを作っていたんだ」
「その理由を言って指輪を渡せば、今すぐにでも説得は済むと思いますけどね!??」
何だよ! やっぱりただのお騒がせ夫婦じゃないか!!!