3-4、さて、今回の夫婦喧嘩の原因は?
水鏡通信は、古来より存在する神同士の通信手段だ。
声しか送る事が出来ない念話や、文字しか送る事が出来ない念写とは異なり、水面に相手の姿を映し出して対話する事が出来る。
神具技術の進歩によって、今や常世パソコンを用いても同じような通信を行えるようになり、国内では使う機会がめっきり減った水鏡通信ではあるが、古来より存在する神々などは馴染みがあるそちらの通信手段を愛用する神が多かったりする。
──そんなうんちくは置いておいて、だ。
「……お久し振りですね」
通信が繋がった早々、私はそう切り出した。
水面に映るのは、勿論今話題の伊邪那岐命だ。
身の置き場が無さそうな様子を見るに、流石にやらかしたという自覚はあるらしい。
「前回、こうして水鏡通信を行なったのはいつの事でしたかねぇ?」
「……ひと月」
「おや、そんなに前ではありませんね? 出来るなら、この件では暫くお会いしたくはなかったですよね〜、お互いに〜」
ニコニコと笑いながらも物言いが刺々しくなってしまったのは、やはり少し怒っていたからだ。
確かに私より遥か昔から存在する大先輩であり、日本中で色々な創作物に使われる程著名な神に対し、不遜にも程がある自覚はあるが、それでもこれだけ毎回毎回夫婦喧嘩に巻き込まれるのにもうんざりしているのだ。
伊邪那岐命も悪いとは思っているらしく、そんな態度を取っても何も文句は言わない。
「それで、今回は何をやらかしたんですか?」
確信を持って、尋ねる。
始まりからして、『決して覗くな』と言われた部屋を伊邪那岐命が覗いた事が発端なのだ。
定期的に起こる夫婦喧嘩の発端は、大体この伊邪那岐命が原因で引き起こされている。
今回もそうなのだろうとジトリと見つめると、彼の目がバシャバシャと激しく左右に泳いだ。
滅茶苦茶動揺している。本当に何したんだ、この方は。
「た、多分なんだが」
「はい」
「一日一件は必ず念写を送るようにという約束をしていたんだが……」
「ほう」
「その……他の事で夢中になってしまい」
「……はあ」
「ついうっかり……忘れてしまい……」
「…………はぁぁぁぁ」
私は地の底まで届くかのような深いため息が出た。
覚悟はしていたが、想像していたよりも内容がくだらない。
そんな普通の恋人同士でもやりかねない痴話喧嘩の延長のような諍いで、世界を跨ぐ問題を引き起こしたのか。逆に感心した。
「……以前もお伝えしたと思いますが、奥方様と何か約束をした際は、大きな紙に書いていつでも目に入る場所にでも貼っておいたら如何ですか? もしくは、アラームにするか、世話役の方に言って都度教えてもらうとか」
何かに夢中になると周りが目に入らなくなる性格である事は十二分に理解しているので、うっかり忘れてしまうのはもう仕方がない。諦めよう。
だが、たとえ忘れたとしても、思い出せばいいのだ。
何か便利グッズを使うなり、人を頼るなり、何でもいいから思い出せるような努力をして頂きたい。
しかし、そんなアドバイスをしても伊邪那岐命の表情は晴れなかった。
「……以前君にそう言われて、ちゃんと邸のあちこちに『伊邪那美、一日一度念写』って紙を貼っておいた」
「あ、本当にやったんですね」
提案したのは自分だが、想像するとちょっとシュールな絵面である。
まあ、誰も見ていない家の中なら良いのか? お客様が来る時は、流石に剥がすだろうし。
……ん? 待てよ……?
「……あれ? でも結局忘れたんですよね?」
「……『後でやろう』とは思ったんだ」
分かる〜〜!!
後でやろうと思って、そのまま別の事をしていたらうっかり忘れちゃう現象、あるよね〜〜!!
何故だろう。
天の上の存在のようだった伊邪那岐命に、妙な親近感を抱いてしまった。
日本古来の神々が一気に身近な存在に感じたものの、頭が痛い事には変わりはない。
原因はくだらなくとも、実際に被害が出ているのだ。残念ながら笑って済ませる事は出来ない。