3−2、面倒な事態に頭が痛いです
各面談室の隣には、小部屋がある。
不測の事態の際に面会室の様子を覗く事が出来る部屋だ。
刑事ドラマで良く見るようなマジックミラーが設置してあって、こちらからは見えるけど向こうから見たらただの鏡に見えるようなものを想像して欲しい。大体合っている。
ともかく応援要請に応じ、とりあえず状況を把握しようと第一面談室の隣の小部屋へと入った。
「……ですから、何度も言いましたように、彼らにもこちらの世界での生活というものがありまして」
「えー、だって四人とも強いし。彼らも『勇者』になれて、名誉な事だと思うけど?」
第一面談室では、二人の男神が話し合いをしていた。
手前側のソファに座っている気怠げな男が新堂のバディである香山で、奥側に座っている少し髪が長めの軽薄そうな髪が、ルクシオと呼ばれる異世界の神だ。
そして、新堂くんはといえば、事務方の定位置へと戻っている。
中に入って早々、見守くんが何とも言えない顔をする。
その理由は、私にもすぐに分かった。
「……香山さん、相当頭にきてますね」
「確実に『こいつ面倒くせぇー』って思ってるだろうねぇ」
そう言って、神通力で念話を送ってみる。
『来たよ。お疲れ』
『しんどい』
返って来た率直な感想に、思わず笑ってしまう。
何が悪いのかとでも言わんばかりにヘラヘラと笑うルクシオ神に、香山は余程参っているようだ。
傍から見ても、ピクピクとその表情が引き攣っているのが見える。
今回の被害状況は異世界召喚の『窃盗』だ。
窃盗は被害者が最大四人までを指す呼称であり、「そろそろキレるぞ」と異対課一同がアップをし始めるような状態だ。
そして被害者は、魔王を倒す為に勇者として召喚された『クリカラ タツヤ』くんを始めとした高校生の男女四名。
所謂、勇者パーティー御一行様召喚である。
……正直な話、身近な所……今回で言うならばクラスメイトを纏めて四人といったような召喚が一番困ったりする。
事故か、事件か、痴情のもつれか、駆け落ちか。
どう足掻いても、あまりにセンセーショナルなニュース過ぎて、世間様の注目と関心を集めてしまうのだ。
国のあちこちでそんな集団失踪が起こったなら、尚の事である。
そんな大きな陰謀を感じてしまうような事件性のある流行はいらない。
人間の記憶を置換するのも大変なのだ。どうにか誤魔化さなきゃいけないこっちの身にもなって欲しい。
「あー、もうしつこいなぁ」
そんな事を考えていると、ルクシオ神がうんざりしたように顔を顰めた。
「さっきも言ったけど、こっちは伊邪那美ちゃんの許可を貰ってるんだよ。それ以外何か必要な訳?」
……伊邪那美命の許可、ねぇ……。
すかさず、香山に念話で指示を飛ばす。
『もう少し詳しく聞き出せるか?』
「……失礼ですが、伊邪那美命とはどのようなご関係で?」
「え? 飲み仲間っていうのかな。……ああ、別にそういう関係って訳じゃないから。流石に既婚者に手を出す趣味は無いしね。当然だろう?」
「当たり前だ。うちで一二を争う有名夫婦神をドロドロの不倫劇に巻き込まないで欲しい」
「もし本当にそうなっていたとしたら、伊邪那岐命に報告上げるの凄い嫌ですね……。普通に言い難いし、気まずい……」
「うわー……。上司のそういう話って、一番巻き込まれたくないです……」
疑惑の視線に肩を竦めてみせるルクシオ神に対し、小部屋にいるメンバー──私と見守くん、そして白矢凪さんで総ツッコミする。
何が恐ろしいかって、他国のちょっと性的に奔放な神々だったらごく普通にあり得る事態だという事だ。
関係が無いからこそ「おや、大変ですね」とちょっとしたゴシップ感覚でいられるのに、身近でそんなドロドロの神関係は望んでいない。流石に勘弁だ。
そんな私達の気持ちなんて露知らず、ルクシオ神は上機嫌で続ける。
「つい最近、偶然飲み屋で知り合って仲良くなったんだ。それで、丁度魔王を倒す事が出来る勇者を探しててね。力も強いっていうし、異世界の子が良いなぁって言ったら、『うちの子持って行っても良いよ』って」
チラリと香山がこちらに視線を寄越し、私は静かに頭を押さえた。
あ〜……、やっぱりいつものかぁ〜〜……。
眉間の皺を揉みほぐしながら、香山に伝える。
『……状況は把握した。急いで戻るから、説得を続けておいて』
『一時間以内に戻れ。それ以上は無理だ』
切実すぎる香山の訴えに、私は『努力はするよ』と苦笑して、部屋を後にした。