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2−5、いくら羨ましくても、人を傷付けて良い理由にはなりません



「違う!!」



 白矢凪(しろやなぎ)さんの叫びと共に、彼女に纏わり付いていた黒いモヤが大きくなった。

 強い穢れは身体中にジリジリとした痛みを齎し、部屋の空気が比喩表現ではなく重く苦しいものへと変わる。



「マーたんも私の事好きって言ってたもん! 愛してるって言ってくれたもん!」

「それは、君の魅了の力の所為だ。マーチェスはミルリアを愛していた」

「違う、違う!!!」



 更に強くなった穢れに、思わずグッと息を詰まらせながら、酒を煽る。


 ……長引かせては、こちらも危うい。

 それでも、何とか根性で表情を変えずに彼女と向き合った。

 


「君は知ってたんだよ。……思い出して、君はどうしてマーチェスに惹かれたの?」

「どう……して……?」

「君の周りには、他にも格好良い男の子が居ただろう。その中には、まだ相手が居ない人だって居た筈だ。なのに、君は他の誰でもなくマーチェスを選んだ。それはどうして?」



 恐らく、その国の王太子だったからという理由ではない。 

 そう確信を持って、問い掛けた。 


 白矢凪さんの闇に染まった瞳がゆらりと揺れる。

 遠い過去を眺めるように、記憶を手繰り寄せるようにして、彼女は溢した。



「……召喚、された日に、初めて、会ったの……」

「マーチェスとミルリアに?」

「……マーたん……ミルちーにすっごい優しくて……大好きだって目、してて……ミルちー、幸せそうだった……」

「羨ましいって思った?」

「…………うん」



 まるで萎むように、黒いモヤが徐々に収まっていった。


 部屋の空気が一気に軽くなった事に、ホッとする。

 ヒリヒリと痛む身体を労わるように酒を飲んで、白矢凪さんの言葉を待った。



「……私も欲しかった。愛してほしかった……。誰よりも特別だよって、言ってほしかった。……それだけだったのに……」

「ご両親の代わりに?」

「…………ッ」


 

 私の言葉に、白矢凪さんの目に涙が滲んでいく。

 やはり、彼女がそれ程までに愛情を欲したのには、理由があったのだ。



 この案件に臨む前に確認した白矢凪さんのデータによれば、両親が離婚しているという。

 理由は、性格の不一致という珍しくもない話だ。


 しかし、彼らはどちらも白矢凪さんを引き取ろうとはしなかった。

 どちらも自分が何よりも大切で、その邪魔をする子供を疎ましく思っていたのだろう。



『いらないわよ、あんたなんか』

『俺に面倒をかけないでくれ』



 そうして母方の祖父母の元に引き取られたものの、彼らが彼女に残した傷は根深い。

 

 自分は血の繋がった実の両親にすら、愛されなかった。

 きっと、自分は誰の『特別』にもなれはしない。


 そう自分で思い込んでいた彼女が、異世界で誰よりも『特別』な聖女となった。



『あなたは特別な方です』

『聖女様、その尊い御力で我らをお救い下さい』



 そうやって特別視されたのは、初めてだったのだ。

 それが嬉しくて、舞い上がって、段々とそのタガが外れていってしまったのだろう。

 



「──でも、だからといって、何をしても良い訳じゃないんだよ」




 涙を浮かべる彼女に、そう諭す。




「君がした選択で、確かに傷付いた人がいる。それは紛れもない事実なんだ」




 愛する人に裏切られ、殺されかけたミルリア。

 魅了の力に惑わされたとはいえ、事実愛する人を裏切り、殺しかけたマーチェス。

 その他の白矢凪さんの取り巻きをしていた人間だって、その所為で婚約者に愛想を尽かされたり、公爵令嬢の冤罪に加担して輝かしい未来が閉ざされた者も多く居る筈だ。


 あの女さえ、居なければ。

 全てを乱した原因となった白矢凪さんをそれ程恨み、憎んだ。



 ────だから、処刑された。

 


 そう事実を突き付けると、白矢凪さんの目から涙が零れ落ちた。

 次々と流れ落ちる涙をまるで子供のように拳で拭いながら、それでも頭を振るう。




「でも……だって……違う……私は……!!」



「───……気持ちは、分かります」



 そこで口を挟んだのは、今まで黙って様子を見守っていた新堂くんだ。



「あなたに何が分かるっていうの……」

「分かりますよ。だって……」



 頬を掻いた新堂くんが、苦笑いを浮かべた。




「俺も同じ立場──(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)(⚫︎)なんですから」




 白矢凪さんの非難がましかった視線が、大きく見開かれる。




 ──そう、それこそが今回新堂くんに付いて来てもらった理由の一つである。



 

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