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第一話:憂い焦がれて夏始め

夕凪(ゆうなぎ)商店(しょうてん)(もの)()異譚(いたん)


■登場人物


朝賀(あさか) 凪人(なぎひと)/ナギ】

26歳、男性。街の骨董店の店主。

穏やかでのんびり屋。

つい最近美鈴達が住む街にやってきた。

想いが残る物達を収集している。


櫻木(さくらぎ) 美鈴(みすず)

16歳、女性。高校2年生。

素直で真っ直ぐだがおっちょこちょい。

高校に上がると同時に一人暮らし。

佳奈は大事な親友。

(幼少期描写有り:表記 みすず)

☆兼役/母親


【オリ】

麻生地で紺色のワンピースを着た

10歳程の少女の姿をした物ノ怪。

小さな鈴が着いた青い折り鶴飾りの(かんざし)

世話焼きたがりなおませさん。凪人が好き。

凪人と1番付き合いの長い物ノ怪の1つ。

☆兼役/佳奈母


【キョウ】

スパンコールやビーズ

色硝子飾りをあしらった着物を来た

20代後半程の青年の姿をした物ノ怪。

誰かが丁寧に作った手作りの万華鏡。

面倒くさがりで横暴だが気前はいい。

凪人と1番付き合いが長い物ノ怪の1つ。

☆兼役/店員



高木(たかぎ) 佳奈(かな)

17歳、女性。高校2年生。

姉御肌で面倒見がいい。

高校進学と同時に近くに越してきた美鈴と知り合い親友となる。

亮介とは幼なじみで、好意を寄せている。

★兼役/怪異(かいい):美鈴の夢に出てくる物ノ怪。

☆兼役/少女



(たちばな) 亮介(りょうすけ)

17歳、男性。高校3年生。

明るくノリが良いでもヘタレ。

佳奈とは幼い頃からの幼なじみ。

美鈴のことが気になっている。



男3:女3


ナギ:

美鈴☆:

オリ☆:

キョウ☆:

佳奈★☆:

亮介:



※兼役要確認※



===================



ミーンミンミンミンミーン…

蝉も本格的に鳴き始める7月、日曜日。

騒がしい街中を抜けて、閑静(かんせい)な住宅地を歩く青年。



キョウ:なぁよぅ、ナギ。まぁだ着かねぇのかい。


ナギ:まぁだですよー、ついさっき休憩したばかりじゃないですか。


オリ:ナギを困らせんよ。足動かさん奴は大人しく我慢しんしゃい。


キョウ:へえぇ…ずっと揺られてんのも疲れるんだぜぇ?


ナギ:着いたら美味い菓子でも買いますけん、いい子にしとってください。



チリン

小さな鈴の音が鳴る。



少女:ねぇママー?


母親:見ちゃダメよー、ハルちゃん。


少女:あのひと、いっぱいおんぶしてたねぇ。


母親:…え?



ジワジワジワジワ ジジジジジジ

夏の静けさに蝉の鳴き声がやけに大きく響く。




【夕凪商店物ノ怪異譚】




左右上下何も見えない暗い空間。

美鈴はその空間に立ち尽くしている。



美鈴:…また…この夢……。


怪異:……イ。


美鈴:…え?……誰。誰なの?ねぇ、いるんでしょ?見てるの知ってるよ…!


怪異:………。


美鈴:ねぇ…、ねぇってば…っ!



悪寒に振り返る。

誰もいない。



美鈴:…何なの…。…ひっ…!?


怪異:ユルサナイ。



黒い瞳が美鈴を見つめていた。




========




ピピピピッ ピピピピッ

ピロンッ♪

遠くで目覚ましの音。それに混ざる通知音。

跳ね起きる美鈴。



美鈴:っ…はぁ…はぁっ…何、あれ…

今…何時…。10時………10時…!?




========




カランカランカラン

カフェの扉が勢いよく開き

来店ベルが揺れて鳴る。



店員:いらっしゃいませー


美鈴:はぁっ、はぁっ…はぁっ!ごめーん!お待たせー!


佳奈:もう、美鈴!遅ーい!30分遅刻ー!


美鈴:マジでごめん佳奈…!このとーりっ!


佳奈:はぁ…まったく…。…一応聞いておくけど、なんで遅刻したのかなー?


美鈴:ええと…ね、寝坊です…。


佳奈:はぁぁ……な、ん、ど、め、かなぁ~?


美鈴:あででででごめんらはい!いひゃいいひゃい!!


佳奈:…新作奢りね?


美鈴:……ふぁい。


佳奈:よし。んじゃ、さっさと頼んじゃいますか。


美鈴:うぅ…私のお小遣いが…。あの…せめてSサイズでお願いします……。あれ?佳奈、そのピアス。


佳奈:ん?あぁ、フリマアプリで見つけたストラップがさ、ビーズとチャーム可愛かったからアレンジしたんだ。どう?


美鈴:へぇ、めちゃくちゃ可愛い!いいなぁ…私もそういうのできるようになりたい。


佳奈:これぐらいなら簡単簡単、今度一緒に作るか。


美鈴:ほんと?やった…!


店員:ご来店ありがとうございます。ご注文はお決まりですかー?


佳奈:えっとー、オレンジマスカットティーのLサイズお願いします。あ、クラッシュアイスフルーツ追加で。


美鈴:あぁぁ…佳奈ぁ…、私のお小遣いぃぃー…!




========




カフェのボックス席。

佳奈はグラスに入った氷をストローで弄んでいる。



佳奈:…変な夢を見る?


美鈴:うん…。


佳奈:どんな?


美鈴:どんなって……怖いやつ…。最近、ずっと…その夢ばかり見ててさ。


佳奈:ふーん。寝坊の原因ってそれ?


美鈴:そう…。内容全部思い出せる訳じゃないんだけど、怖い目が睨んでくるの。


佳奈:うっわ、怖。


美鈴:でしょ?だからあんまり眠れてなくて…。それに…何だか近づいてきてるみたいで、今日も


亮介:何の話してんだー?


美鈴:わぁ!?


佳奈:わっ、亮介!


亮介:ははっ、悪ぃ。入ってきたら2人が話してんの見つけてさ。


美鈴:び、びっくりしましたよ先輩…。


亮介:ごーめんって美鈴。んで、何の話してたんだ?


佳奈:なんか怖い夢見るんだってさ、最近毎日。


亮介:マジで?……確かに(くま)、すげぇもんな?


美鈴:え!?嘘!?


亮介:見てりゃ分かるって。佳奈もそうだよな?


佳奈:…そうだね。軽くメイク直してきたら?ほい、私のコンシーラー使ってみ。


美鈴:ありがとう佳奈ー!ちょっと直してくる!すみません先輩、佳奈と話しててくださいー!


亮介:おーう、いてらー。…はは、相変わらず美鈴は元気だねぇ。


佳奈:そうだね。


亮介:…?…何か機嫌悪い?


佳奈:別にぃ。…女の子の顔じっと見て隈酷(くまひど)いとか言っちゃダメだって。デリカシーなさすぎ。


亮介:え、マジ?…印象悪くした?俺。


佳奈:知らない。そうだとしても自業自得ですー。


亮介:えぇ…。佳奈、フォロー頼む。


佳奈:はぁぁ…めんどくさー。


亮介:頼むよー!頼れるのお前くらいしかいないんだってー!


佳奈:あぁもう…分かったよ!仕方ないな!


亮介:へへ、サンキュ。佳奈。


佳奈:はぁ…まったく…。


亮介:そういやさっき、怖い夢って言ってたな。どんなの?


佳奈:あー…なんか、怖い目が睨んでくるんだって。


亮介:毎日?


佳奈:毎日。


亮介:そりゃキツいな。


佳奈:なんかホラー動画でも見たんじゃない?美鈴、怖いもの見たさでそういうの見ちゃうタイプじゃん。


亮介:あぁ、確かに。…でも、それで毎日同じ夢って見るもんか?…なんか悩みでもあんのかな?


佳奈:そういう風には見えないけどなぁ…何か悩みあったら私に言いそうだし。


亮介:…ちょっと心配だな。


佳奈:……あのさ


美鈴:ただいまー。佳奈コレ凄いね!どこの奴ー?


亮介:お、おかえり。おぉー本当だ、隈消えてんじゃん。すげぇ笑…いでぇっ!


佳奈:いいでしょーそれ。駅前のコスメショップにあったから、後で一緒に買いに行こっか。


美鈴:うん!せ、先輩…?


亮介:スネが…っ…お、ま…佳奈っ!


佳奈:デリカシー。


亮介:は、ははは!なんでもない!それ、俺もついて行っていい?友達にドタキャンされて暇でさぁ。


美鈴:え、私はいいけど…


佳奈:私もいいよー。亮介の事可愛くしてやろ。


亮介:え。


美鈴:あはは、それ楽しそう(笑)


亮介:えぇっ、美鈴まで!


美鈴:写真撮って送りますね!(笑)


亮介:絶対やめろ!


佳奈:はは。……はぁ…きっつ…。


美鈴:え?佳奈、何か言った?


佳奈:ううん、写真拡散してやろうってさ(笑)


亮介:悪魔かお前は!


佳奈:いーえ、優しい…優しーい天使ちゃんですぅ。ったく、感謝しなさいよねー?



カラン

グラスの中の氷が溶けて、音を立てた。




========




駅前。

カラオケ店から出てくる3人。



美鈴:はぁ…歌った歌ったぁ!


亮介:美鈴歌上手かったなー?意外。


美鈴:意外ってなんですか!結構佳奈と2人でカラオケで練習してるんですよ。


亮介:あぁ、佳奈は昔から歌上手いもんな。

アイドルのダンス踊りながら歌えるのやべぇって。


美鈴:ね!完コピだもん!


佳奈:練習すりゃあれぐらい誰でも出来るって。

…亮介、いいこと教えたげよっか?美鈴、前は凄い音痴(おんち)だったんだよ。


亮介:え、マジ?


美鈴:わぁぁ!佳奈言わないでそれー!!


佳奈:マジマジ。音外しまくってて、でも練習して凄く上手くなってさぁ。

でも…あれはあれで可愛かったなぁ…(笑)


美鈴:やーめーてー!!


亮介:へぇ、聞いてみたかった(笑)


美鈴:うぅ、佳奈…それもう忘れて…


佳奈:やーだぷー(笑)


美鈴:もう…。…はぁ、でも…今日は凄い楽しかった。佳奈オススメのコンシーラーとリップも買えたし、満足♪


佳奈:ん、良かった。私も楽しかったぁ、亮介のネタ写真も撮れたしね。


亮介:お前!消してなかったのか!?


佳奈:当たり前でしょ。こんな面白いの(笑)


美鈴:ふふふ、実は…私も消してないです(笑)


亮介:おい!


美鈴:あはは、あ、私こっちなんで、先輩お疲れ様でーす!佳奈、今日はありがとね!2人ともまた明日学校でー!


亮介:こら美鈴逃げんなぁ!


佳奈:ここは私が食い止める!早くいけぇっ!


美鈴:あははは、じゃあねー!


佳奈:はは、またね美鈴。


亮介:…はぁ、ったく。…誰にも見せんなよ?それ。


佳奈:さぁ、どうだかねー?


亮介:コノヤロウ…。…まぁいいか、今日はあんがとな。


佳奈:何?急に。


亮介:いや、俺もすげぇ楽しかったからさ。


佳奈:そっか。まぁ亮介に好きな子デートに誘うとか、ハードル高いもんねぇ?


亮介:う…。


佳奈:ま、私に手伝えることあったら手伝うからさ。頑張りたまえよ少年。


亮介:あぁ、…ありがとな。


佳奈:おーおー、どういたしまして。そんじゃ、また明日ね。


亮介:おう、またな。




佳奈宅。

バタン

玄関の扉が閉まる。



佳奈母:あら、おかえり佳奈。ご飯できてるけど……佳奈?


佳奈:…あ…ごめんママ、連絡するの忘れてた。ご飯食べてきちゃったんだ。


佳奈母:あらー、そうなの?じゃあ明日のお弁当にしちゃうか。あ、お風呂もう少しで()くから後で入りなさいね。


佳奈:わかった。…部屋に荷物、置いてくるね。



佳奈の自室。

力無く扉が閉まり、その場にしゃがみ込む佳奈。



佳奈:………バカ…。




========




大通りを抜け

人も(まば)らな帰り道歩いていく美鈴。



美鈴:はー…楽しかったなぁ…ふふ、明日このリップつけてこーっと。


オリ:あの、誰か…!誰か…くそっ…!1人くらいウチの声聞こえんと!?


美鈴:え?


オリ:…!…あ、アンタ!ウチが見えるんか!?声、聞こえとる!?


美鈴:え?えっと…うん、聞こえるけど…


オリ:こっち!こっちに来て!!


美鈴:え!?あの、ちょっと…!?



少女は美鈴の手を掴み

街灯(がいとう)の少ない路地裏(ろじうら)へと連れてくる。



オリ:ナギ、ナギ!人を連れてきた!しっかりせんね!


美鈴:人…!?だ、大丈夫ですか!?…ええと、きゅ、救急車…!


ナギ:…み、ず………みず……を…


美鈴:水…?え、えっと…す、すみません、私が1度口をつけたものですが…!


オリ:貸して!ほら、ナギ!口開けぇ!


ナギ:ぶっ、おぼぼぼぼ…っ!


美鈴:待って待って待って!?







ナギ:いやぁー助かりました。財布をどこかに落としてしまって…


美鈴:そ、そうなんですか。大丈夫ですか?熱中症とかじゃ…


ナギ:あぁ、大丈夫です。腹減りと喉の乾きでぐったりしとっただけで。お嬢さんのおかげで助かりました。


オリ:まったく、世話かけさせて…人連れてきたウチに感謝しんしゃい。


ナギ:そうですね。ありがとうございます、オリ。


オリ:ふふん♪


美鈴:あの…じゃあ、私はこれで…。


キョウ:おーうい!財布(さいふ)!見つけたぜぇー!


美鈴:わあぁっ!?…え、え…!?


ナギ:お、キョウさん本当ですか!


キョウ:あぁ、ここからそう遠くねぇ広い公園だ。誰にも拾われてなきゃな。


ナギ:そういえばそこで1度休憩しましたねぇ。その時に落としたとでしょうね。


美鈴:あ、あぁあの…っ…今、その人…カバンから…!?


ナギ:え?…あ。


オリ:キョウ、馬鹿(ばか)


キョウ:なんだいなんだい馬鹿とは!こちとら腹減ってる中よう、ちいこい財布頑張って探してたんだぜぇ!?


ナギ:あ、あのお嬢さん…!


美鈴:ひ、っ…あ、あの、失礼しますー!!


ナギ:あ…。あちゃー…怖がらせてしまったか…。


キョウ:けっ、そんなに怖がる事ねぇじゃねぇかよう。


オリ:そりゃカバンからぬるっと全身ギンギラギンの男が出てきちゃぁ怖かろ。


キョウ:仕方ねぇだろう?それどころじゃなかったんだからよう。


ナギ:次会う時に、きちんと謝らんといかんですね。キョウさん。


キョウ:へぇへぇ。その前に店ぇ整えねぇとな。


オリ:…ナギ、やっぱりあの子。


ナギ:はい、オリ。絡まっとります。




========




美鈴宅。

玄関扉が勢いよく開き、閉じる。



美鈴:はぁっ、はぁっ…!…何、何だったのあれ…!…か、佳奈…っ…



着信音。

プルルルルルッ

プルルルルルッ…



佳奈:はーい、美鈴さっきぶりー。どしたー?


美鈴:か、佳奈!あ、あああの…っ!カバンから!ギラギラの着物着た男の人が!ひ、人が倒れてて!


佳奈:は?美鈴?大丈夫?……ほら、1回深呼吸ー。吸ってー…吐いてー…


美鈴:…っすぅー…はぁー…。

すぅー…はぁ…


佳奈:…落ち着いた?


美鈴:う、うん…ありがと…。


佳奈:よし、で?何があったの?


美鈴:えっ…と…、どう説明したら…。

女の子が困ってて、ついて行ったら人が壁に(もた)れてぐったりしてて。水あげたらその人元気になったんだけど…その後、その人のカバンの中からギラギラの着物…?着た男の人が出てきて…


佳奈:最初分かるけど、後半はなんじゃそれ(笑)


美鈴:わ、笑い事じゃないよ!ホントなんだから!


佳奈:ごめんごめん(笑)…今は?大丈夫なの?


美鈴:だ、大丈夫…家…。


佳奈:そっか。今からそっち行こうか?


美鈴:…いや、ううん。大丈夫…あー…でも、その…寝るまで繋いでてもいい…?


佳奈:ふふ、いいよ。お風呂の間ビデオ通話でもいいんだよー?


美鈴:ダメだよ…!と、言いたいところだけど...それでもいいくらいには怖いんだよぉ...


佳奈:美鈴ちゃんのセクシータイムですかー?(笑)


美鈴:もう、佳奈ぁ…からかわないでよぉ…。


佳奈:あははごめん、美鈴可愛くて…(笑)

ほら、今日歌ったアイドルの曲一緒に歌いながらさ。ちゃちゃっとお風呂済ましちゃお?


美鈴:うん…ありがとう、佳奈。


佳奈:いーえ、どういたしまして。




========




左右上下何も見えない暗い空間。

美鈴はその空間に立ち尽くしている。



美鈴:……暗い。何も見えない…また、この夢。


怪異:……ナ、…イ……


美鈴:……え?


怪異:…ル、…サ、ナイ…


美鈴:え、だ、誰…!?…ひっ…!


怪異:ユルサナイ


美鈴:い、や…いや…!!


怪異:…オ前ヲ…絶対二…


美鈴:何なの…何なのよ…!!やめて…っ、来ないで!!


怪異:アノ人ハ、私ノ…私ノナノ二、オ前ガ…!


美鈴:っぁ…か、はっ…、やめて…離して…!


怪異:…ユルサナイ…ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイ!!


美鈴:ぐっ…ぅ、っ…く…るし…っ……たすけ



暗転



美鈴:…っ…!!…はっ…はっ、はぁ…っ…はぁっ…。

げほっ…うぅ、もう嫌だぁ…っ…


佳奈:…ん……みすず……?


美鈴:…ふ、…ぅぅ…っ…かな…。…佳奈ぁ…っ


佳奈:…泣いてんの……?…大丈夫…?また怖い夢見た…?


美鈴:うん、っ…ごめん…寝てたのに…。


佳奈:んーん…平気。いつの間にか寝落ちてた、今何時だ…?4時半…か。ん、しょっと…目ぇ覚めたし、このまま準備して美鈴ん家行くよ。


美鈴:え?で、でも…


佳奈:いいの。心配だし、ね?…うっわ、やっば…充電器抜けてた(笑)

すぐ準備していくから、そっちでスマホ充電させて?


美鈴:ぐすっ…、へへ…うん、わかった。佳奈…?


佳奈:うん?


美鈴:本当にありがとう…。


佳奈:ふふ、まかせとけ。




========




ジジジジジジ キーンコーンカーンコーン

蝉が鳴く7月、月曜日。

学校。終業チャイムの音。



佳奈:美鈴、本当に1人で大丈夫?


美鈴:うん、平気平気!佳奈、委員会の仕事あるでしょ?大丈夫だから。


佳奈:朝ボロボロだったじゃん。

心配なんですけどー


美鈴:いや、ほんと…朝は助かりました。でもお陰で元気だし…あー、また通話かけるかもしんないけど。


佳奈:いいよ、それぐらい。うーん、何かあったら連絡してね?マナー外しとくからさ。


美鈴:ふふ、佳奈ってばお母さんみたい(笑)

うん、わかった。ありがとね。


佳奈:あは、可愛い可愛い娘のためなら大したことじゃないよ。じゃあ、気をつけてね?


美鈴:はーいお母さんっ(笑)

またね。委員会がんばって!




========




ジワジワジワジワ

蝉の声が響く帰り道。

夏の日が差している。



美鈴:……はぁ…暑…。

…何なんだろう、あの夢…。女の人…だったよね…


オリ:女か。


美鈴:え?



チリン

小さな鈴の音が鳴る。

振り向くと昨日美鈴が出会った少女がいた。



オリ:や、昨日ぶり。


美鈴:わぁあっ!?


オリ:そんなに驚かんでも良かろ。

まったく…ナギやキョウだと逃げるやろうから、ウチが迎えに来てやったんよ。


美鈴:え、えっと…貴女は…昨日の…。


オリ:オリ。


美鈴:え?


オリ:ウチの名前。オリ。


美鈴:オリ…さん。


オリ:アンタは?


美鈴:み、みすず……櫻木(さくらぎ)美鈴(みすず)です。


オリ:美鈴。アンタ、変な夢見とるやろ?


美鈴:え…


オリ:怖い夢。見とるんやろ?


美鈴:はい…、え。なんで分かるんですか…?


オリ:ウチも、昨日の男二人も、そういうのよく知っとるんよ。…どうにかしたい?


美鈴:どうにか…できるんですか…?


オリ:うん、できるよ。ウチらならな。


美鈴:た、助けてください!


オリ:おわっ!?


美鈴:お願いします…!眠れなくて、本当に困ってて…!


オリ:あーわかった、わーかった!わかったから、離れんしゃい!はぁ…こっち、ついといで。


美鈴:は、はい!




========




ガラガラガラ…

家も(まば)らな田舎町にある骨董店(こっとうてん)

少し立て付けの悪い引き戸が開く。



ナギ:すいません、まだ開店準備中で…って、おや。オリ、おかえりなさい。


オリ:ただいまナギ。昨日の子、連れてきたばい。


美鈴:こ、こんにちは…。


ナギ:こんにちは、お嬢さん。昨日は助けてくださって本当にありがとうございました。


美鈴:いえっ、昨日はその…急に逃げたりなんかしてすみません。


ナギ:いやいや、こちらが驚かせてしまったけんね、申し訳ない…。ほら、キョウさん。アンタも謝らんね。


キョウ:へぇへぇ…嬢ちゃん、昨日は驚かせたようですまなかったな。財布探すのに夢中でよぉ。


美鈴:あ…えっと、大丈夫です…。

あの、昨日のは一体…。


ナギ:うーん…


キョウ:ナギ、この嬢ちゃんの事助けるんだろ?

俺らの事見えるみてぇだし話しとこうや。


オリ:ウチもその方がいいと思う。

昨日の説明もそれで片付くやろ。


ナギ:そう…ですね。…お嬢さん、僕の名前は朝賀(あさか) 凪人(なぎひと)。この子達からはナギと呼ばれとります。

お嬢さんの名前、聞いてもよかですか?


美鈴:…櫻木…美鈴と言います…。


ナギ:櫻木さん、昨日貴女が見たこちらにおるキョウさん。それと…貴女の夢に出てきとるもの。

どちらもね、物ノ怪というものです。


美鈴:え…?も、もののけ…?


ナギ:はい。幽霊ともまた違う、だけどそこにある不思議(ふしぎ)な物達。付喪神(つくもがみ)とも言いますが、あれは長い事存在した物に魂が宿ったもの。

ここにおる子達は想いがこびりついて変化したというか、想いそのものというか…そこにおるオリもそうです。


美鈴:えっと…?


ナギ:うーん、言葉やと伝わりにくか…。オリ。


オリ:はいよ。…美鈴、ウチの手握って。


美鈴:は、はい。…え?



チリン

手に取った瞬間、鈴の音が鳴る。

美鈴の手に青い折り鶴飾りの(かんざし)が握られている。



美鈴:あれ、オリさん…?何…これ、(かんざし)


ナギ:オリですよ。


美鈴:え?


ナギ:その(かんざし)、オリなんです。


美鈴:あ、はは…何言って…


オリ:そのまんまやって。


美鈴:うわぁっ!?


オリ:美鈴よう驚くなぁ。

だんだんウチ面白くなってきたわ。


美鈴:え?えっ!?


オリ:ウチらは妖怪みたいなもんなんよ。

アンタの夢に出てきて悪さしてるんもそれ。信じられんやろうけど…まぁそういうもんなんよ。


キョウ:俺もそうだぜ。後で見せてやらぁ。


ナギ:と、いうか…この店にある物はほとんどがそうなんです。持ち主に大切にされて、でも置き去りにされた想い達…それが物ノ怪というものです。

その想いがね…貴女に絡まってたもんですけん、オリに連れてきてもらったとです。


美鈴:そうなんですね…まだ上手く状況が飲み込めてませんが、わかりました。


ナギ:すみません、信じれんのも無理は無いです。でも、怖がらせたい訳では無いとです。

その絡まっとるもん取り除かんと、苦しかろうけん。


美鈴:助けて…くれるんですか?


ナギ:はい、きっと力になれると思います。

まぁ、俺自身にそんな力は無いですが...キョウさん。


キョウ:ほいきた!俺の出番だなぁ。

嬢ちゃん、まずはその怖いもんの正体を知らにゃ対処のしようがねぇ。嬢ちゃん自身がそれと向き合わなきゃならんが……できそうかい?


美鈴:…怖いものの…正体…


キョウ:あぁそうだ。…頑張れるか?


美鈴:…が、頑張ります…。今の状況を何とかできるなら…!


キョウ:よし。なら、俺の手を握れ。


美鈴:へ?


オリ:うわキョウ、セクハラ。


キョウ:うるせぇオリ!お前もさっきやってたろ!


美鈴:あぁ、さっきのオリさんと同じ…。わかりました。



ジャラッ…

手を取った瞬間、音が響く。

美鈴の手に万華鏡(まんげきょう)が握られていた。



美鈴:あ……これは…


ナギ:万華鏡(まんげきょう)です。

キョウさんは万華鏡(まんげきょう)なんですよ。あんな見た目して割と可愛(かわい)かでしょう?


美鈴:あはは…確かに。

えっと…これをどうしたらいいんでしょう?


ナギ:覗いてみてください。そうですね…まずは、貴女の友達とかを思い浮かべて。


美鈴:……わわ…凄い、佳奈が…!友人が見えます!(かたむ)ける度に場面が変わって…


ナギ:ふふ、面白いでしょう。キョウさんは櫻木さん、貴女自身の記憶を映してるんです。

それを使って、まずは貴女の夢の記憶をしっかり見てみましょう。


美鈴:え…夢の記憶って…


ナギ:…キョウさんが言っとったのはそれです。

怖い思い…すると思います。


美鈴:………。


オリ:美鈴。


美鈴:え?お、オリさん…?


オリ:ウチが、手ぇ握っとっちゃる。こうしたらちょっとは怖くなかろ?大丈夫、見るだけたい。

キョウも一緒に見てくれとるから。


美鈴:……ありがとうございます。頑張ってみます。


ナギ:ありがとう、オリ。

…じゃあ、深く深呼吸して、夢の内容に意識を集中させて。万華鏡(まんげきょう)を覗いてください。


美鈴:…ふぅ……。……ひっ!



カシャン

その場に万華鏡(まんげきょう)が落ちる。



キョウ:いっでぇっ!


美鈴:あ…!キョウさん…!ごめんなさい!


キョウ:あーあー…気にすんな、大丈夫だ。

ありゃ怖くて仕方ねぇよ。


ナギ:キョウさん、どうでした?


キョウ:…ありゃぁ…般若(はんにゃ)だなぁ…。


オリ:はんにゃ…?


キョウ:おめぇもなりうるもんだよ。


オリ:は?


美鈴:般若……。


ナギ:嫉妬(しっと)(たぐい)かな…?櫻木さん、何か…妬まれるような事の心当たりはありますか?


美鈴:え?妬まれるようなこと…いえ…何も…


キョウ:多分、嬢ちゃんと同じ学校の奴だぜ。


美鈴:え?


キョウ:同じ制服、着てたじゃねえか。


美鈴:……あ、あの。もう一度…お願いできますか?


キョウ:大丈夫かぁ?


美鈴:はい、…今度は、大丈夫です。

しっかり見ます。


キョウ:…あいよ。



ジャラリ

音を立てて美鈴の手に万華鏡(まんげきょう)が転がる。



ナギ:…では、もう一度。


オリ:頑張って、美鈴。


美鈴:はい。…ふぅ………っ…。




吸い込まれそうな程の闇の中。

夢に出てきた女が見える。



怪異:“ユルサナイ”


美鈴:…同じ、制服……。


怪異:“ユルサナイ…”


美鈴:……髪型……知ってる…


怪異:“ユルサナイ…!”


美鈴:……ピアス…。




美鈴:……佳奈…?



チリン

鈴の音が鳴る。



オリ:当たり。


キョウ:佳奈…さっき見えた可愛い子か。

女っちゅーのは怖ぇなぁ。


美鈴:ちょ、ちょっと待ってください!!


ナギ:櫻木さん…?


美鈴:そんな訳ない…佳奈が、…佳奈がそんな…!


ナギ:落ち着いてください。

大丈夫、その…それが佳奈さんの姿しとるのは、佳奈さん自身のせいやないとです。


美鈴:え…?


ナギ:さっきも言ったでしょう?想いが絡まっとるんです。櫻木さんに…物ノ怪の。

佳奈さんはそれと想いの波長が合ってしまった。


美鈴:どういう事です…?


ナギ:まず少なくとも佳奈さんは貴女に嫉妬しとる。これは想い人がおるんやと思います。

心当たり、ない?


美鈴:……心当たり…


オリ:まぁ、いいっちゃない?持ち主は分かった訳やし、あとはその子の持っとるもん回収せんと。


キョウ:そう簡単に離れるとも思えんがねぇ。

…それは俺らもわかるだろ。


オリ:…まぁ、そうな。


美鈴:…?


ナギ:そうですね、だから…夢の中からどうにかしてみましょうか。


美鈴:夢の中から…?


ナギ:はい。さぁ、誰が力になりたいと思う?


美鈴:え?



ぱん。

凪人が手を叩くと同時に

美鈴の目の前に物が5つ現れる。



キョウ:おぉ、5つかぁ。人気者だなぁ嬢ちゃん。


オリ:この中から美鈴が選ぶんよ。


ナギ:皆優しくていい子やけん、誰を選んでも貴女を守ってくれますよ。…どうぞ。


美鈴:……えっと……あ…これ、三毛猫(みけねこ)…?


オリ:猫、好きなん?


美鈴:はい、家で飼っていた事があって…。これ、シャーペンですね。……うん、これ…この子にします。


ナギ:はい、わかりました。


美鈴:あのぅ、おいくらでしょうか?


ナギ:あぁ、お代はよかですよ!今日は初回サービスってことで。


美鈴:え!?で、でも…!


キョウ:いいっつーんだ、貰っとけ。

嬢ちゃんはうちの客第一号様だしなぁ?


美鈴:第一号…そ、そう言われても…うーん…


オリ:その代わり大事にしたげて。

ウチらみたいに名前をつけて、…大事に。


美鈴:…わかりました。


ナギ:はは、櫻木さんみたいな方に使われるんは嬉しかと思います。他の子達も羨ましがっとるもん。


美鈴:そうなんですか?

あ…この子もオリさん達みたいに人になるんでしょうか?


オリ:うーん、どうやろ?


キョウ:嬢ちゃん次第っつーかなぁ。


美鈴:…?


ナギ:想いの強さ次第でどんな形にもなります。

オリやキョウさんは、俺にとって特に思い入れが深いけん。こんな姿しとるんです。


美鈴:想い…


ナギ:その状態でも、貴女の事をちゃんと守ってくれますよ。魔除(まよ)けのお守りみたいなもんです。

なるべく肌身離さず、近くに置いとってあげてください。


美鈴:…はい、わかりました。


キョウ:よぉし、とりあえずはこんなとこだぁな?後は任せたぜ、お前さん。嬢ちゃんの事守ったれよ。


オリ:美鈴の事気に入っとるみたいやし、大丈夫やろ。ちゃんと仕事してくれるわ。


美鈴:……。


ナギ:…心配ですか?


美鈴:…はい、少し…。


ナギ:…大丈夫、この子を信じてやってください。

もうすぐ陽も落ちてくるけん、暗くなる前に早うお帰り。


美鈴:…はい、ありがとうございました。


オリ:……。


キョウ:機嫌悪そうだな?


オリ:知らん、あんなスケコマシ。



夏の西日が差し込む中。

リン…

風鈴(ふうりん)が微かに音を立てた。




========




美鈴宅。

美鈴はベッドに(もた)れてシャーペンを見つめている。

ノックボタンには猫の耳がついて、軸の部分は白に淡い茶と黒の三毛柄。

至って普通の女児用の文房具だ。



美鈴:…普通のシャーペン、だよねぇ…。…あ、佳奈から連絡来てる…。


佳奈:『そっち大丈夫?こっちは今帰ってきたぞ(*^▽^*)/』


美鈴:だいじょうぶ…だよ…おつかれさま、っと。

…物ノ怪…。佳奈と想いの波長が合ったって…。佳奈に好きな人…思い当たるのはやっぱり(たちばな)先輩…。


怪異:『ユルサナイ』


美鈴:うー…わかんないよー!橘先輩だとして、私に嫉妬する要素って何ー!?はぁ……頭の中ぐちゃぐちゃ…佳奈が私に嫉妬って、想像できない…。



参ったように目を瞑る美鈴。

ニャァ。

近くで猫の鳴き声。



美鈴:えっ?…あ、違うか。あなた、なんだよね?

……うん…『ツキ』。あなたはツキ…。

……そういえば、今日も…月曜日だったなぁ…。



猫が喉を鳴らす音が微かに聞こえる。

夏の暑さに疲れた身体は重く、だるくなってくる。

やがて美鈴は穏やかな寝息を立てて眠りに落ちた。




========




朱色の夕焼けが眩しい、見覚えのある公園。

ベンチに座り、微睡む美鈴の目の前を少女が走って横切っていった。

少女はしゃがんで、ダンボールの中を覗き込んでいる。



みすず:おかーさーん!きてきて!ねこちゃん!



みすず:やだー!飼うー!ぜったい飼うのー!!



みすず:ちゃんとおせわするもん!大丈夫だもん!ね、ね?いいでしょ?



夕焼けが眩しく輝いて、辺りが白に覆われる。

目の前に猫の影が見えた。



みすず:うーん…なまえ、なまえ…

…あっ!今日はお月さまの日…!

じゃあじゃあ、ねこちゃんはツキだ!

よろしくね、ツキ!



美鈴:……月曜日の…ツキ。



ニャァ。



白が泡のように溶けて

暗闇に沈んでいく。







左右上下何も見えない暗い空間。

美鈴はその空間に立ち尽くしている。



怪異:……ユルサナイ。


美鈴:……え?


怪異:…ユルサナイ。


美鈴:っ…また、この夢……!


怪異:ユルサナイ、アノ人ハ私ノ…オ前ガイナケレバ私ハ…


美鈴:佳奈…、佳奈っ…!私だよ、美鈴!やめて…お願い…!!


怪異:ユルサナイ、ユルサナイ…!!


美鈴:いや…っ、いやぁああっ…!!


怪異:アアア!!ガッ…!?


美鈴:…っ…!…え…何…?


怪異:ガァアアッ…ダレダ…!!邪魔ヲスルナァァア!!


美鈴:…何が起きてるの?…え、あ、あれ?


怪異:…!?…オ前ハ…!…ヤメロ、ヤメロ!!



怪異と美鈴の間に人影が揺らいでいる。

紙の上をペンが走る音。

ペンが美鈴の手を借りて、1人でに文字を書いて

目の前に文字を書いている。



怪異:ァアアアア!!私ハ!私…ハ…!!オ前ガキライ…アノ人ヲ奪ッテ…!!私ハ、ヒトリ二…!!


美鈴:…!…これって…


怪異:イヤダイヤだ嫌だ…!!ヤメて!!…行カないで…!!…捨てないデ…私を1人にしないで…



雨が降る音。猫が寂しそうに鳴く声。

蹲る怪異の目の前に人影がしゃがみ込む。

書かれた文字に沿って美鈴の口が動く。



美鈴:『ごめんね。遅くなって…謝れなくて。』


怪異:ぐすっ…うぅっ…、うっ…うぅっ…


美鈴:『私は、想ってる。ずっと友達。』


怪異:う、うぅっ…ぅ、ぁ…うわぁあん…!ああぁあっ


美鈴:わっ…!?



パキンッ

何かが壊れる音がして

怪異がいたその場に佳奈が倒れ込んだ。



佳奈:………


美鈴:…佳奈?…佳奈!!佳奈、しっかりして!


佳奈:…ん…あれ……美鈴…?


美鈴:佳奈…よかったぁ…。私の事、わかる?


佳奈:はは…何言ってんの…。…私の親友……ドジで、慌てんぼうで…ほっとけない…。大切…な……


美鈴:…うん…、大切な…私の親友。



佳奈の穏やかな寝息が聞こえる。

雨が止み、美鈴の意識が途切れた。




========




ピピピピッ ピピピピッ

目覚まし時計のアラームが鳴り続き、徐々に大きくなっていく。

重たい睡魔(すいま)に抗いながら起き上がる美鈴。



美鈴:…朝…。………今何時!?




========




ジワジワジワジワ

ガラガラガラッ!

蝉が鳴く7月、火曜日。

学校。教室の扉が勢いよく開く。



美鈴:はぁっ、はぁっ…はぁっ!間に合ったぁ!!


佳奈:お、おはよー美鈴。危なかったねー(笑)


美鈴:はぁっ、はっ…佳奈ー!なんで起こしてくれなかったのー!


佳奈:起こしたよぉ。家まで行ったし、インターホン押しても出ないからさ。

先に行ったのかなとか思ってた。ほら、通知見てみ?


美鈴:…ホントだ。


佳奈:大爆睡(だいばくすい)だったんだねぇ?寝癖、残ってるよ。


美鈴:嘘!?


佳奈:うっそー


美鈴:もー!!


佳奈:あははは(笑)


美鈴:意地悪しないでよぉ…。

はぁ…走ったから余計に暑っつー……ん?…あれ。…佳奈、今日あのピアス付けてないの?


佳奈:あぁ、あれね。気に入ってたんだけど知らないうちに無くなっちゃってさー。朝から探してんだけど…まぁ、また何かで作ればいいかなーって。


美鈴:そっか…、ねぇそれ私も作りたい。


佳奈:あ、そういやそういう話してたわ。

じゃ、今度の休み空いてる?材料買いに行こーよ。


美鈴:空いてる!おそろの作ろ!


佳奈:いいねー、可愛いの作るか。


美鈴:うん!…ねぇ、佳奈?


佳奈:なーに?


美鈴:あのさ…ずっと友達でいてね。


佳奈:え、何、突然…怖っ(笑)


美鈴:あーあー、なんでもないですぅー!


佳奈:えー?なになに何なの?

当たり前でしょー?もー可愛いなぁ美鈴はー(笑)

よしよしよしよし♪


美鈴:うあぁ…!あはは、やーめーてぇー(笑)

髪がぐしゃぐしゃになるってー!


佳奈:ふふ…ありがとね。


美鈴:えー?


佳奈:なんでもない(笑)



キーンコーンカーンコーン

生徒達のざわつきに混じり佳奈と美鈴の笑い声。

始業チャイムの音。




========




チャームが割れたピアスを見つめるオリ。



オリ:…寂しかったんやろね。


ナギ:寂しいに、恋やら悲しいやら色んなもんがくっついて…おらん事なった人らが憎くて仕方なかったとでしょうね。


キョウ:そいつ、どうすんだい?


ナギ:しばらく桐箱(きりばこ)に。

他の子達と一緒に休ませとこうかと思っとりますよ。…ここに居れば、寂しくなかろ。


オリ:…そうやね。


ナギ:さて、来週には店の看板が届くけん、玄関掃除して…あ、あと備品も買い足さんと。

もうひと踏ん張りですよ、2人とも。


キョウ:はぁぁ…。なぁナギよぉ…バイトはまだ募集しねえのかよぉ。


ナギ:今から募集しても来る人おらんでしょー。

今いる人で動かんと店開(みせひら)けんって。ほらキョウさん、動いてくださーい。


キョウ:あー…嫌だ。動きたくねぇ。


ナギ:後で美味い菓子でも買いに行きましょ。

調べたら近くに駄菓子(だがし)屋あるみたいですけん。


オリ:あ、そこ。昨日閉店の張り紙しとったばい。


ナギ:…あちゃー…。


キョウ:へえぇ…。



チリーン

風鈴の音。




========




美鈴:えっと…確かこっちだったよね。


亮介:おー美鈴!今帰りか?


美鈴:あ、橘先輩。はい、そうですけど...


亮介:だったら途中まで一緒に帰ろうぜ!ゲーセンでも寄ってくか?


美鈴:あー…すみません先輩…!

私、今日は予定あって、また今度佳奈も誘って行きましょ!じゃ、お先ですっ!


亮介:え?あ、おい!…マジかよ…。


佳奈:振られてやんの。


亮介:おわっ!?佳奈!お前いつから…!


佳奈:最初から。


亮介:くっ…。


佳奈:ふふふ、仕方ないなぁ。振られてかわいそーな幼なじみに佳奈ちゃんが付き合ってあげましょー?


亮介:お前、絶対ネタにするだろ。


佳奈:そんな…私をなんだと思ってるんだっ!


亮介:人をオモチャにする天才?


佳奈:はー…人がせっかく奢ってあげようと思ったのに。


亮介:さぁ!どこに行きますか姉御(あねご)!どこまでもお供しやすぜ!


佳奈:調子いいなぁ?…まったく。

ま、いいでしょう。はい亮介、荷物パス。


亮介:は?おっ…!?いや待て、なんでそうなる!


佳奈:亮介が言ったんじゃん?私姉御、つまり亮介子分。な?


亮介:な?じゃねぇよ!おい、こら待て佳奈!


佳奈:あははは!ほら早くー!



ジワジワジワジワ

蝉が鳴く夏の空の下。

佳奈の楽しそうな笑い声が響いた。




========




ガラガラガラ…

家も(まば)らな田舎町にある骨董店(こっとうてん)

少し立て付けの悪い引き戸が開く。



美鈴:こ、こんにちはー


ナギ:すいません、まだ開店準備中で…って、おや。


オリ:美鈴や。


キョウ:お、嬢ちゃん。昨日ぶりだな。


美鈴:…夢じゃなかった……。


オリ:何言っとるんよ。ツキもおるのに夢な訳なかろ。


美鈴:え、ツキの名前…。


オリ:あの子届けるついでに教えてくれたと。

綺麗(きれい)な名前もらったーっち、嬉しそうに美鈴んとこ帰ってったばい。今も美鈴のポケットん中おるやんか。


美鈴:え?ホントだ、いつの間に…。

えっと…あの子って…?


ナギ:この子の事ですよ。


美鈴:…?あ、佳奈のピアス!


ナギ:はい、これが物ノ怪の正体です。

飾りの方がそうですね、元々はお揃いの何かの片割れだったみたいですが…。

今は泣き疲れて、寝てしまっとるみたいや。


美鈴:そう、なんですか…。

…あの、分からない事があって…。


ナギ:はい、なんでしょう?


美鈴:夢の中に誰かの影が…


ナギ:あぁ。


キョウ:そいつだよ。あー…。


オリ:さっき言ったやん、ツキやって。


キョウ:そう、ツキだ。ツキ。


美鈴:あれが…ツキ?


ナギ:キョウさん端折(はしょ)り過ぎや。

正確には、その子の…ツキの力です。

相手のトラウマを描いて、それを動かす。

本物と変わらんぐらいそっくりに。


美鈴:…トラウマを、そっくりに…


ナギ:それは相手を苦しめる事もできれば、逆に救う事もできるとですよ。たとえ偽物であったとしても。


オリ:ツキも放っとけんかったんやろ。…一人ぼっちが嫌なのは人も物ノ怪も変わらん。

みーんなそうたい。やけん美鈴、ツキの事...大事にしちゃってね。


美鈴:…はい。


キョウ:あ。俺いいこと思いついた。


ナギ:どうしました?キョウさん。


キョウ:嬢ちゃんにバイトに来てもらったらいいんじゃねえ?


ナギ:は?


美鈴:え?


オリ:はぁあ?



リーン リリーン

3人の()頓狂(とんきょう)な声が可笑しかったのか

笑うように風鈴が揺れた。




夕凪商店物ノ怪異譚

第一話『(うれ)()がれて夏始め』



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― 新着の感想 ―
[良い点] 台本として読みやすく、また日本語としても美しいためストレスなく読むことが出来ました。 物語としても完成度が高く、続きが非常に気になります。 [気になる点] 作品の頭に「声劇台本」であるこ…
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