宇宙海賊やろう! きゅう
キャプテン・コクーンと、対峙する少女。その運命がいま決まる!
「つまり君は…」
大テーブルの上に両肘をついて指を組んだ船長のコクーンは、密航者(仮)として連れて来られた少女を睨みつけるように見た。
大テーブルを挟んで座る彼女は、周りを大人に囲まれて居心地が悪そうだ。
場所は医務室から変わって船長公室である。大テーブルに向かい合ってコクーンと少女が座り、お互いの後ろに二人ずつ乗組員を立たせていた。
少女の後ろにはダンゾーと、彼女とお揃いの戦闘服を着た大男が立っていた。
コクーンの後ろには、船務長ロウリーと簡易宇宙服を着た中年男性が立っていた。
少女は話の途中からチラチラとコクーンの後ろに立つロウリーへ視線をやっていた。惑星上で暮らしていたと言うし、エルフを実際に見るのが初めてなのかもしれなかった。
他に室内には、隅の止まり木にカラアゲが、出入り口脇の壁に寄りかかるようにして白衣姿のサドが立ち会っていた。
「この船に密航する意志は無く、半ば事故でウチの食糧庫に紛れてしまったと?」
「はい」
嘘偽りが無い事を示すために、真っすぐと視線を返した。
「ねえさん」
コクーンの視線が、少女の背後で直立不動の姿勢に立つ、ダンゾーに移った。
「宇宙港の憲兵隊から何か連絡は?」
「お答えします」
彼女と並んで立つ大男が声を張り上げた。
服は彼女と揃えたように戦闘服であり、綺麗に剃った頭には黒いベレー帽を乗せていた。御多分に漏れず彼も武装しており、右腰から右腿にかけて大きなホルスターをくくりつけていた。ホルスターには切り詰めたショットガンをぶち込んであった。それと背中には、その大きな体を隠すほどの巨大な剣を背負っていた。
この大男が少女を医務室から船長公室に案内してきたのだ。
右手に持った端末で必要な情報を検索したのだろう、それを顔の高さに上げて、大声のままで話し始めた。
「警官に対する傷害事件に関する情報は上がっておりません」
「え?」
驚きの余り振り返る少女に、安心させるためかニカッと歯を剥き出しにするような微笑みを向け、それから話しを続けた。
「ただし、以下の容姿の子供を保護するようにと、回覧が我が船にも回ってきております」
そういうと端末の表面に立体映像が表示された。見やすいようにと大男は端末を大テーブルに置いた。どうやら防犯カメラの映像のようだ。道を凄い形相で走っているのは、いま大人しく座っている少女と同じ服装に同じ髪の色をしていた。
「容疑は?」
コクーンの質問に、大男はまた大声を出した。
「何の容疑でもありません。保護要請のみとなっております」
「ふむ」
大テーブルの上で指を組むのを止め、コクーンは椅子の背もたれに体重をかけると、今度は腕組みをした。ゆったりと足も組んでみせる。
大テーブルを挟んでこちら側に立っている中から、右に立っていたロウリーに視線を送った。
「うむ」
船長の意を汲んだロウリーは一歩前に出た。
今の彼女は宇宙港で着ていた物とは別のドレスを身にまとっていた。
黒くて透けそうな薄い生地に、銀糸で地球は東洋でシンボルとなっている龍の刺繍が施されているロングドレスだ。裾が床に引きずるほどあるので足元まで確認できないが、おそらく靴だって履き替えているに違いなかった。
「まず、おんなじエルフとして、そなたには謝らんばいかんね」
両手を揃えて深々と頭を下げた。
「え…、なんでです?」
謝罪の意味が分からずに少女は目を丸くした。
「あん洟たれベリリアームん、そなたんお母さんに浮気心ば抱かんばよかった。または、しっかりとした金銭的な支援ばしとったら、こがん事にはならんやったはずばい」
「べりあむ?」
「おお、そうちゃ。今はコルポサント卿と名乗っとるんやったっけ。コルポサント卿、ムナ・アイカ・ビタ・デ・メリ。勲一等旭日大綬章…。やったっけ?」
さすがエルフだけあってロウリーは彼女の父親と思われる人物の名前を正確に答えた。とするとベリリアームというのはエルフ同士で通じる綽名のような物なのだろうか。
「知り合いか?」
コクーンの質問に、大きく瞬きをしたロウリーは、彼に顔を向けた。
「あれん廊下でウンコば漏らした時になおしたんな我ばい」
「ウンコって…。いつの話しだ?」
呆れた声を出したコクーンに、楽し気にロウリーは答えた。
「そうちゃね。あれん幼年部…。そなたたちは小学校て言うんやったね。そん二年目ん事ばい」
まさか過去の恥が、こんな場所で明かされているとは、当のエルフは夢にも思っていないだろう。
「具体的に言うと何年前だ?」
少なくとも星間国家グンマが建国された時のコルポサント卿は、すでに大人であったはずだ。エルフが成人の姿に育つまでの年月は、地球系宇宙人とほぼ変わらないとされていた。その時間に加え、星間国家グンマの建国から現在までの時間がプラスされたぐらい昔の事になるはずだ。
「はて?」
キョトンと首を捻って見せるロウリーに、大きな溜息をついて見せる。寿命が事実上無くなっているエルフの時間感覚は、他の種族とは大きくかけ離れているのだ。
まあロウリーの場合は韜晦している可能性の方が高いのであるが。
「よう分かった。ノノーランに言うて、あれにきつかお灸ば据えてもらう」
「また別の名前が出て来たな。そのノノーランってのは誰だ?」
コクーンの確認に、しれっとロウリーが答えた。
「現コルポサント卿夫人んことばい」
「そっちとも知り合いなのか」
呆れる彼の前で、ラッパに広がった右袖で口元を隠して小さく笑ったロウリーは答えた。
「あれは我が女学校ん教員ばしとった時ん教え子やった。まあ、ちかっと話したら事情は分かってもらえるじゃろ」
「教え子ね」
それ以上追及するのをコクーンは諦めた。夫婦揃って映っていた映像では、日系宇宙人の感覚で、二人とも同世代に見えたからだ。
「個人用通信ブースば使わせてもらう」
ゆるゆると歩き出しながらロウリーは船長に許可を求めた。
コクーンはちょっとだけ肩を竦めると、退室しようとゆっくり歩いている彼女の背中に声をかけた。
「遠距離通話なら、事務長の許可を得てからな」
「安心してくれん。コレクトコールばい」
そんなところまで誰も見ていないと思うが、部屋の扉を開ける時の動作すら、衆人環視のもとのように優雅に振る舞ってみせるロウリー。扉脇に寄りかかっているサドと短い挨拶を交わしてから退出していった。
宇宙海賊船とはいえ<メアリー・テラコッタ>は銀河電信電話公社の船舶電話回線を持っていた。惑星上に家族を持っている乗組員などが連絡を取る時や、公式の情報を集める時などに必要だからだ。
例えば今回の<カゴハラ>への招致だって、かかってきた一本の電話から始まった話だ。
一般乗組員、つまり「戦闘員」に分類される者が電話を利用するには、食堂近くに設置された電話ボックス形の通信ブースを使用する事になる。プライベートは守られるように、いちおう防音になっていた。ただし通話内容は<メアリー・テラコッタ>の中央コンピュータがチェックしており、重要な情報を漏らしていないかとか、船内反乱の計画やら相談していないかなどの検閲がされている。利用する者も検閲の事は知っているが、基本的に会話内容は秘密とされるので、特に不便に感じている者はいないようだ。
これが「幹部」クラスになると、上級居住区に設置された個人用通信ブースの使用が認められる。こちらは中央コンピュータによる検閲を設けていないというのが建前であった。
ただ船内反乱など、やはり問題を起こされても困るので、電波一般を扱う船務科の方で粗く検閲の設定が成されていた。
その船務科の責任者である船務長自身がブースを使用するのに、料金以外に邪魔をするハードルがあるはずがない。
エルフ同士でどんなやり取りをするか、興味が湧くところだが、君子危うきに近寄らずという言葉もある。盗み聞きなどして後でバレたら、どんな復讐がされるかを考えると、余計な事はしない方が身のためであろう。
「さてと。おそらく君の保護要請の方は船務長…、ロウリーに任せておいていいだろう」
不安げにエルフを見送った相手にコクーンは声をかけた。
「それで? 君はどうしたい?」
「どうするって言われても…」
なんと答えてよいのか途方に暮れた顔になった。
と、いまロウリーが出て行った扉がノックされた。
「開いてるぞ」
コクーンが返事をすると、惑星上では見慣れない格好をした男が入って来た。動画配信サイトの番組宣伝でチラッとやっていたヤクザ映画の登場人物のような着物姿の男であった。着流しにサラシ、短くした髪まで宇宙船の中に居る人とは思えなかった。
「どうした? 料理長」
「そのコ。腹が減っているだろうと思ってな」
確かに昨日の昼に閉じ込められてから碌に食事を摂っていなかった。言われて初めて腹の虫が「くー」と鳴るのだから不思議な物である。
船長公室に来たマサは白鞘の長ドスと源蔵徳利を持ってきていなかった。代わりに右手にアルミニウム製の岡持ち、左手に花柄の魔法瓶を提げていた。
「余り物だが」
手にしていた荷物をドンと大テーブルへと置き、岡持ちの蓋を上へスライドさせると、いい匂いが室内に流れ出て来た。
岡持ちから出てきたのは、深めの皿に注がれたお粥であった。ザーサイやらお新香など、味に飽きないようにするための薬味を乗せた小皿も出てきた。
「わあ、豪華」
レンゲに紙ナプキンまでついて、どこか本格的な店からの出前のような体裁となった。
「冷めないうちに食べろ」
ぶっきらぼうに言いながら、岡持ちの上の段から茶器を取り出す。座っているコクーンはもちろん、他の人の分まで湯呑が出てきた。
邪魔な岡持ちを絨毯の上へと下ろして、お茶の準備を始めた。
岡持ちの中から出した上手で大き目の急須へ、魔法瓶の上部にあるエアポンプを押してドバアっとお湯を注いだ。お茶葉はすでに入れてあったのか、きれいに並べた湯呑に傾けると、色のついた液体が流れ出た。
緑茶らしい香しい匂いがしてきた。
遠慮がちにお粥をまだ見ているだけのハーフエルフに許可を出すように、マサはコクリと頷いた。
「い、いただきます」
空腹に負けるようにレンゲを取って食べ始めた。
「感謝して食べろよ」
自分は、マサから受け取った湯呑の湯気を吹き飛ばしながら、コクーンは言った。
「はひはひ」
「食べながら喋るなよ」
後ろから黒ベレーを被った男が呆れた声を出した。マサから湯呑を手渡されて、彼もズーッとお茶を啜った。
「ありがと」
マサから直接湯呑を受け取ったサドは礼を言うと、お粥を掻きこんでいる背中へ声をかけた。
「そういえば、キミを医務室まで運んでくれたのは、このマサくんなんだ。礼を言っておき」
「むぐ」
頬張ったままの顔が振り返った。まるでモルモットかハムスターのような顔に、マサは手を横に振った。
「俺は運んだだけだ。礼はおまえを見つけた<彼女>に言ってくれ」
「その、彼女っていうのは、誰なんです?」
慌てて呑み込んで訊くと、サドとマサが顔を見合わせた。
「<彼女>は…」「…<彼女>だよねえ」
「???」
要領を得ない答えに首を傾げているとコクーンはコートの内側を探り、懐中時計タイプのクロノメーターで時刻を確認した。
「いまの時間だと食堂にいる頃だな。後で礼を言っておくんだ」
命令口調で指差され、カクカクと頷いて答えた。
先に退出していたロウリーの分だけ湯呑がテーブルの上に残された。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせると、マサがやってきて食器を片付けてくれた。先に淹れてあったために、少しぬるくなったお茶で喉を潤すと、やっと人心地が付いた。
「さて、話を戻そうか」
湯呑を脇へやりコクーンは改めて真面目な声を出した。
「それで? 君はどうしたい? これがグンマ宇宙軍と契約する前だったら、仕事のついでにチラッと首都惑星へ寄り道しても良かったんだが、生憎と契約したばかりだ。戦術的、戦略的に必然性が無ければ、当船は<カゴハラ>から離れるわけにはいかない。そうでないと契約違反で違約金を払わないといけなくなる」
コクーンは違約金の額よりも、もっと怖い物があるという態度だ。
「ええと…」
キョトンとした顔で少女は訊いた。
「この船は何なんです? 宇宙軍の船じゃなさそうだし、普通の客船や貨物船でも無さそうですし?」
「は?」
何をいまさらといった声を上げたコクーンは、チンマリと座っている後ろに立つ二人へ視線を移した。
「話してないのか?」
「…」
ダンゾーは黙って見かえし、それを受けて視線がやってきた黒ベレーの男は、大げさに肩を竦めてみせた。
「隊長の口が仕事をするって思っているんですかい?」
その一言で悟ったコクーンは席を立ち、わざわざ執務机の前に移動した。
「ケアアア」
隅にある止まり木からカラアゲが声を上げると、彼の肩へと飛び移った。
船長公室の一番奥の壁には、隣室へ続く扉の他に、壁一面を覆うかのように黒い旗が飾ってあった。白抜きで右を向いた頭蓋骨と交差したカトラスが描かれている。ちょっと物を知らない者でも、これが海賊旗であることが判断できない者はいないであろう。
執務机の手前で、バサリと着ているキャプテンコートの裾を払って、わざと赤色の裏地が見えるようにふるまった。
「この船は宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>。そして俺は宇宙海賊キャプテン・コクーンだ」
途端に悲鳴が船長室に響き渡った。
少女は椅子の上で体を丸めて恐怖の表情を浮かべていた。よほどのことに慌てたのか、大テーブルの上に置いた湯呑が倒れ、中身がぶちまけられた。
「うちゅうかいぞく…」
まあ自然な反応であろう。宇宙海賊と言えば惑星に暮らす者たちには恐怖の対象でしか無いはずだ。あまたの星を渡り、暴力に任せて好き勝手する無法な破落戸であるからだ。
星間国家の中には目の敵にして宇宙海賊船の寄港を取り締まっている星もあるぐらいだ。
ところが星間国家グンマではちょっと事情が違った。<メアリー・テラコッタ>に荒木提督が仕事の依頼をしたように、そこまで宇宙海賊を嫌ってはいない。もちろん星域内で犯罪行為が確認されれば取り締まりの対象となるが、逆に大人しくしていれば宇宙海賊というだけで逮捕される事はなかった。
これは長く戦争を続けているグンマ宇宙軍が、戦力の足りない時などに、紛争相手国に所属する宇宙船の襲撃などを認める私掠船などを抱えていた歴史がそうさせるのだろう。
だが惑星上で暮らしていた者にとっては、そんな事情があるとは知らない事であった。
ガタガタと震える少女を面白くなさそうに見つめるコクーン。まあ恐れられるのが半分仕事だとは言え、こんな子供にここまで怯えられると、それはそれで心が傷つくのであった。
「まあまあ」
船長の後ろに立っていた男が人好きする笑顔で間に入った。船長よりは確実に十歳は年上に見える中年男である。男は茶器と一緒にマサが出しておいたフキンで、大テーブルに零れたお茶を拭いた。
「俺たち宇宙海賊は、そりゃまあ、チビッとはヤンチャな事はするけどよ。まあ、なんだ。宇宙のスペシャリストと言えば良いかな? 俺たちほど宇宙で自由に暮らしている奴らなんていないんだぜ」
髪に白い物が混じっているゴツイ中年男だが、どこか憎めない雰囲気を持った男である。さらにフキンを手にしているから、宇宙海賊と言うより親戚のオジサンといった見た目であった。
いちおう彼も腰にガンベルトを巻いて武装はしていたが、そんな事を感じさせない、ごく家庭的な表情であった。
「宇宙のスペシャリスト…」
小声で確認するように繰り返す少女に、にこやかに頷く男。
「宇宙の専門家でもいいぞ」
「伍長…」
コクーンが呆れた声を出した。
「それ、言っている意味が同じじゃないか?」
「ん? そうかな?」
いま初めて気が付いたような惚けた顔をしてみせる。その軽い調子に引き攣っていた表情も柔らかくなった。
「まあ、俺たちはお前さんに危害を加えるつもりは無いし、むしろ同情しているぐらいだ。つらい事があったねえ」
そのまま、ちょっと非難するような目をコクーンに向けた。
「おいおい。俺が悪者か?」
「銀河をまたにかける宇宙海賊だろう? 悪者でいいじゃないか」
不必要に脅した船長が悪いと言わんばかりだ。
しばらく苦笑するかのように控えめに笑っていたコクーンであったが、気持ちを切り替えたのか、真面目な顔に戻って少女の顔へ視線を戻した。
「で、話しは戻るが。君はどうしたい?」
「どうって言っても…」
高校を卒業した後の自分は<カゴハラ>で細々と地味に低収入な仕事に就いて、ひとり寂しく生きていくものだと思っていた。
「おそらく船務長に頼めば、首都惑星に住むというエルフのお大尽に、君が実子だと認知させることもできるだろう。そうすれば最低でも、もっとマシな生活を送ることができるんじゃないかな。<メアリー・テラコッタ>を<カゴハラ>から動かすことは無理だが、首都惑星<マエバシ>まで誰かをつけて送ってやってもいい」
「じゃあ『エアロック・ナンバー・フォー』に入れられるというわけではないんですか?」
「は? エアロック?」
話しが分からないとばかりにコクーンは目を丸くした。しばらくしてからコクーンに伍長と呼ばれた男が吹き出した。
「誰にそんな話を聞いたんだい?」
「ええと、サド先生に」
彼女の言葉を聞いて、コクーンと伍長、それと黒ベレーの視線が、扉脇に寄りかかるサドへ集中した。
「そりゃからかわれたんだよ」
後ろに立つ黒ベレーの大男の一言がきっかけになって海賊どもが大爆笑した。
「えー」
プクーッと歳相応に頬を膨らませ、少女は顔を赤くした。
ダンゾー以外、程度の差はあれど室内の全員が笑っていた。
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか」
「悪かった」
忍び笑いていどに笑っていたコクーンが素直に謝った。
「サド先生。子供をからかうのもほどほどにして下さい」
いちおうコクーンはサドに声をかけたが、明らかにそれはピンポン玉が左右に撥ねているような感じであった。
しれっと、湯呑を持っていない方の手でVサインなんてしてみせるサドを見て、少女の機嫌が収まるはずもなかった。
ひとしきり笑いが収まるまで待って、少女が探るような声で訊ねた。
「宇宙海賊は宇宙の専門家、なんですよね?」
「まあ、そうだ」
チラリとそんなことを言い出した伍長の方へ視線をやってからコクーンは認めた。
「この宇宙海賊船だけでなく、宇宙艇から宇宙機まであらゆるメカニックを使いこなせないといけない。それに宇宙での船外作業から、荷役作業、サルベージだってやる。大きな仕事で言えば荷物運びから、どこかの宇宙軍と事を構える事だってする。この宇宙で自由に生きていくって事は、こういうことを言う」
格好つけて腰に手を当ててふんぞり返ってみせるコクーンは、背広を着て地面に立っていたら普通の青年に見えた。先ほどは笑われたが、首都惑星まで誰かをつけてもいいとまで言ってくれたほど、こちらに親身になってくれた。
お人好しとはちょっと言い過ぎかもしれないが、女と見れば犯して売り飛ばし、男は殺すか奴隷としてこき使うみたいな、宇宙海賊はただの破落戸という先入観は間違っていたようだ。
「じゃあ…」
彼女の脳裏に、昨日中継ステーションの公園から見た風景が蘇っていた。
「私に宇宙で生きる方法を教えてください」
両手を膝の上に揃えてまっすぐ座って彼女は言った。このまま地上で暮らすだけだと思っていたけれど、一度ぐらいは宇宙で生活してみるのもいいかもしれない。そう思った彼女は、清水の舞台から飛び降りるぐらい勇気を振り絞っていた。
しばらく黙って見ていたコクーンは、確認するように訊いた。
「それがどういう意味か分かって言っているのか?」
「はい。私を海賊船の仲間にして下さい」
彼女の真剣な声に、コクーンの肩に乗ったカラアゲが「クアアア」と声を上げた。
「ほう」
コクーンは執務机の前から、もとの大テーブルは向かいの席へ戻ってくると、座高の違いから上から覗き込むようにして彼女を見た。
「宇宙海賊船に乗り組み希望とはね」
「船長」
さきほどの柔らかい雰囲気の伍長が間に入った。
「どうです? 試しに、このコを乗せてみるってのは?」
「試し、か」
もったいぶって腕組みをするコクーン。
「どうせウチの船は、三ヶ月も<カゴハラ>にいなきゃならねえ。このコが船を下りたくなったら、すぐにでも惑星の地面へ送り届ける事ができますぜ」
伍長の言葉にそれもそうかという顔になった。
「よし、試用期間ということで一ヶ月乗せてみるか」
「ええ!」
驚いているのは黒ベレーを被った大男である。
「また、そんな勝手に決めて。レディ・ユミルが怒りますよ」
「リーブス」
咎めるように厳しい声を出したコクーンは、相手が立っているので、下から黒ベレーの男を睨みつけた。
「この船の船長は誰だ?」
「もちろん、あんただ」
両手を広げるようにして素直に答える大男。
「でも、この船の補給長はレディ・ユミルだ」
「一言余計だ」
黙ってろとばかりに言ってから、視線が少女に戻って来た。
「よし、取り敢えず君がウチで使えるかどうか、一ヶ月の間働かせてみる。ただ宇宙は危険と隣り合わせだ。死んだり、酷い怪我を負う事だってある。それは分かっているな?」
「はい」
ハチミツ色の瞳が向けられていた。
「それと、自分では素質があると思っても、周りの者が認めない限り、一ヶ月で船を下りてもらう。それでいいなら見習いの、そのまた見習いで乗り込みを認める」
「ありがとうございます」
素直にペコリと椅子の上で頭を下げた。
「それじゃあ、キミを<メアリー・テラコッタ>に乗せるにあたって、色々と手続きがあるが、まず名前を決めよう」
「なまえ? ですか?」
変な事を言われてキョトンとする少女。それに対してニヤリと笑って返したコクーンの肩でカラアゲが「ケケケケ」と鳴き声を上げた。
「この船に乗っている者で、本名を名乗っているヤツは…」
コクーンの右手の指が折られた。
「五人? そんなもんだ」
確かに船長すら「キャプテン・コクーン」なんて横文字の名前を名乗ったが、明らかに容姿は日系宇宙人である。しかも喋っているのは日本語だ。
「なんでです?」
当然の質問に、胸を反らせたコクーンが答えてくれた。
「そっちの方が色々と便利だからだ。この船じゃ、乗り込む前の事を根掘り葉掘り聞くのはご法度だ。君と同じでワケアリだからだ。本名じゃないって事は、そういうことだ」
彼女の顔が納得いった物になった。
「さて、今からなんて名乗る? 決まらなけりゃ俺が考える」
「アルフレッドで」
「アルフレッド? アルフレッダでなく?」
男性名詞を名乗った彼女に、女性名詞じゃないかと確認するコクーン。しかし彼女はしっかりと答えた。
「アルフレッドで」
それが、いまもポケットに入っているマスコットの名前だった。
「そうか。じゃあ君は今からアルフレッドだ…。ええとアルフレッドだからフレッドだな」
うんと頷いた船長は、彼女の後ろに立つ二人へ視線を移した。
「じゃあフレッドは陸戦隊は陸戦隊隊長預かりとする。しっかり教えてやれ」
「ようそろ、船長」
黒ベレーを被ったリーブスが、左胸に拳を当てる海賊式の敬礼をした。
「じゃあ早速始めようかフレッド」
ニカッと笑ったリーブスに誘われて、フレッドは席を立った。いまだ仏頂面のダンゾーと三人連れだって船長公室を出ていった。
三人を扉の脇で見送ったサドが「ヨッ」と勢いをつけて壁から背中を離すと、ニマニマと笑いながらコクーンへ近づいて来た。
「『宇宙で生きる方法を教えてください』だとさ。どこかで聞いたような言葉だねえ」
「そうか? きっと気のせいだろ」
言い返すコクーンの顔はどこか恥ずかしそうだ。
「気のせいねえ」
ニマニマ笑いのまま顔を覗き込まれて、コクーンはそっぽを向いた。そちらに立っていた伍長まで何か言いたそうな笑顔になっていた。ちなみに扉の所にいるマサまで何か言いたそうであった。
「ケエアア」
不穏な空気を感じ取ったのか、カラアゲがコクーンの肩から飛び上がり、室内を二周してから止まり木へと戻った。
「ま、気のせいってことにしとくよ。キシシシ」
最後に変な笑い声を残して、サドは船長公室から出て行った。
解説の続き
コレクトコール:受信側が支払う電話のかけ方。日本では廃止されてしまいましたね
船舶電話回線:情報化が進んだ現代では海の上でも簡単にネットと繋がれるとか。<メアリー・テラコッタ>の電話回線は正規な手続きで契約された物とは思えないので、最低でも他名義の回線を引いているとかであろう
岡持ち:これだけ科学が発達しても廃れないんだから、未来でも使われていると設定した
魔法瓶:さすがに真空層を挟んだ現代の魔法瓶とは構造が違っているだろうが、外見はほぼ同じ物として設定した
緑茶:食習慣がそこまで変化しないと設定しているので、お刺身も出て来るし、緑茶も飲む
「<彼女>は…」:名前の秘密は後ほど
もっと怖い物:もちろんレディ・ユミルの怒りである
無法な破落戸:クラッシャージョウのクラッシャーは破落戸と誤解される職業。なので破落戸そのものを主人公にしたらどうなるんだろう。というのがコレを書き始めたキッカケだったりする。けどこいつら破落戸じゃないよなあ
私掠船:こっちで話を書いちゃうとミニスカ宇宙海賊みたいになっちゃうので避けました
「そりゃからかわれたんだよ」:エアロックの話しの後にこういうセリフが出てくるという事は、案外有名な小話なのかもしれない
「宇宙で生きる方法を教えてください」:年上たちにキャプテン・コクーンがからかわれているところを見ると、同じような事を彼自身が過去に発言したのかもしれない