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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
8/51

宇宙海賊やろう! はち

 女の子の視点に戻ります。さて、宇宙海賊船に乗り込んでしまった彼女の運命はいかに?



 水泳の授業でプールの底に沈んで、あとは浮力だけで水面へ上がっていく。そんな感覚で意識が戻って来た。

「ほらベータ波が出始めた。目が覚めたようだよ」

 聞いた事のない女の声で意識がはっきりとした。

「気分はどう?」

 寝かされている顔を覗き込むように観察された。やはり知らない女だったが、医療関係者であるようだ。白衣を着ているので単純にそう思った。

 見回すと、自分は銀色の箱の中に寝かされていた。体はポカポカと温かかった。

「私は…」

 現状が把握できなくて体を起こそうとすると、押しとどめられた。

「ああ、まってまって。いまタオルかけてあげるから」

 金属製の箱にかけるように体へ大きなタオルがかけられた。それで自分が裸になっていたことに気が付いた。

「きゃ」

 小さな悲鳴を上げてタオルを体に巻き付けた。

「お、かわいい悲鳴。ダンゾーくん。このままシャワー室に連れていってあげて。きっとヌルヌルして気持ち悪いだろうから」

「…」

 ダンゾーと声をかけられたのは<カゴハラ>では見たことも無い美人であった。たしかに茶色の瞳に黒い髪をしていて、日系の者には間違いない。が、まずとても身長が高く、そしてプロポーションが羨ましくなる程良かった。そして豊かな量の黒髪。同性の自分でも虜になりそうな、かぐわしい香りがその黒髪から漂っていた。

「はえ~」

 つい見とれていると不愛想に黙ったまま近づいて来た。より視界に入って来たことで、彼女が迷彩柄の服を着ている事が分かり、せっかくの美人が台無しだなと思った。

「…」

 黙って彼女は銀色の箱から立ち上がるのに、手を貸してくれた。女ながらまるで紳士のようにエスコートすることに慣れた様子だった。小さな踏み台を介して金属製らしい床へと足を降ろすと、冷たさに背筋が震えた。

 同じ高さで立つことで、彼女の背の高さを知った。普通の身長をしている彼女から見て、見上げるようにしないと顔を見ることができない。まっすぐ見ると豊満な胸部が飛び込んで来るし、ちょっと目線を下げると腰に巻いたガンベルトと佩緒で提げた太刀という、いかにも物騒な物が目に入る。どこを見ていいのか分からない相手であった。

「向かいがシャワールームだから、さっぱりしてくるといい」

 女なのに男物の背広に白衣という不思議な服装をした方が、扉でなし壁越しにシャワールームの方向を指差した。

「は、はい」

「足元に気を付けろ」

 ぶっきらぼうにダンゾーこと戦闘服の女が注意した。たしかに開けっ放しの楕円形をした扉は、床からちょっと高い位置に設置されており、知らずに通ろうとしたら躓いてしまうかもしれなかった。

 素肌にタオル一枚で足を広げるには抵抗があったが、全身を覆うぬめついた感触の気持ち悪さの方が勝った。

 隣の部屋は見た事のある設備が揃っており、これで自分がどこかの医療施設に居る事が察せられた。そこまで行って、自分が冷凍室で意識を失った事を思い出して来た。

 隣の部屋の扉をダンゾーは開き、まず外の左右を確認した。しばらく待たされたが、納得いったらしくて、部屋の向かいにあるシャワールームへと案内された。

 シャワールームは学校によくあるような物だった。真ん中には長いベンチが置かれ、左右に三つずつブースがある。つまり同時に六人まで使用可能という事だ。学校とは違うのは、壁も床も金属剥き出しで出来ている事だ。

 赤色と青色のコックで温度が自由に調整でき、シャワーヘッドから十分な量のお湯が降り注いだ。

 シャワーを浴びている間、あんな美人なのにダンゾーなんて厳つい名前で呼ばれていた女が、長ベンチのところで腕組みをして待っていてくれた。

 腰に提げた武器が物々しかった。なにせピストルに太刀である。しかも両方とも湿気が大敵であるはず。そんな事は気にならない様子で立っているのは、見張りだからだろうか。

 備え付けで石鹸が一つ置いてあった。有難く使わせてもらい、温水で十分に皮膚に貼りついたヌルヌルな感触を落として行った。

(ここはドコなんだろう?)

 おそらく訊ねてもダンゾーは答えてくれないような気がした。なにせ不機嫌そうに黙ったまま腕組みをして立っているのだ。主に経済的理由で短くしていた髪も温水で流し、整髪剤のように髪の間まで入り込んでいたヌルヌルする物を流した。

 いちおう髪からつま先まで流し終えたが、身に纏う物は最初に渡されたバスタオルしかない。本当は交換して欲しかったが、ここは我慢するしかないようだ。

 湿気で重くなったバスタオルを再び体に巻く。渇いている時よりも重くなっているのでズリ落ちないように手を添えながらブースから出ると、相変わらず不機嫌そうにダンゾーは待っていてくれた。

 髪の毛からポタポタと滴が垂れるが、拭きたくても他にタオルが無い。ダンゾーは何か言いたそうに髪を見ていたが、結局無言のまま開けっ放しの扉から通路の左右を確認した。

「どうも隊長」

 誰かがダンゾーに声をかけながら通路を通りかかった。明らかに男の声である。ダンゾーの大きな背中の後ろで、知らない声に体を丸くして自然と防御態勢になってしまう。

 彼女の左手がさりげなく太刀にかかったことに気が付いた。

「どうかしたんですか? いつもと同じ恐い顔で」

「いいから行け」

 とても不機嫌な声で追い払おうとしてくれる。相手の男がシャワールームを覗くような気配があったあと、ちょっとトーンを変えた声を出した。

「あ、こりゃ失礼」

 その男が行ってしまうと、もう大丈夫という事なのだろう、ダンゾーが手招きをした。ノックもそこそこに医務室へと連れ込まれた。

「なに慌ててるの?」

 自分の母親よりちょっとだけ年上に見える白衣の女が、驚いて目を丸くして出迎えてくれた。

「遠慮のないバカがいただけだ」

 ダンゾーが機嫌の悪そうな声を出した。

「まあ、ウチの乗組員だからねえ。デリカシーのデの字ぐらいは学んでほしいものさね。はい、キミには服」

 診察室の椅子に座って待っていた白衣の女が、綺麗に畳んだ服を机の上から取り上げて差し出して来た。彼女が食糧庫で気を失う前に着ていた服であった。

 ジーンズにトレーナー、それに下着までシミひとつ無いぐらいにクリーニングされて乾燥まで終わっていた。

 その四角く畳まれた布地の中央に、肌身離さず持ち歩いていたマスコットを発見し、まず服を着る前に抱きしめてしまった。

 靴は机の下から出てきた。驚いたことにこちらも綺麗に洗われていた。

「くちゅん」

「あら、風邪をひいて仕事を増やさないでおくれよ」

 言いながら髪を拭くために新しいタオルを出してくれた。

「そっちで服を着ちゃいなさい」

 カーテンが引ける向こう側には安物のベッドが置いてあった。病院や個人開業医よりも、学校の保健室に雰囲気は近いと思った。

 清潔になった服を身に着け、マスコットをいつものポケットへ収めると元気が出てきた。タオルに髪の水気を吸わせるために、頭に乗せたままカーテンから出ると、白衣の女が自分の椅子から手招きをしていた。

 濡れたバスタオルと一緒に行き、彼女が示す椅子へと腰かける。まるで診察室で診断してもらうような位置関係となった。

 ダンゾーが音もなく背後に立った。

 持っていたバスタオルを受け取りつつ、診察するように白衣の女が語り掛けて来た。

「よし、気分は?」

「大丈夫です」

 シャワーを浴びて気分は爽快になっていた。

「それは結構。じゃあ、まず自己紹介しておこう。私はサド・ミサ。この船で船医…、医者をやっているもんだ」

「お医者さん…」

 納得する表情を浮かべている相手に、サドはちょっと胸を張った。

「いちおう、みんなからサド先生なんて呼ばれてる。が、まあそんなに立派な人間じゃないけどね」

「は、はあ」

 人生経験の差から、なんと反応していいか困った顔にしかならなかった。

「船というと…」

 周囲を見回す相手にサドは告げた。

「ここは宇宙船<メアリー・テラコッタ>の中さ。<メアリー・テラコッタ>の名前を聞いた事はあるかい?」

「いいえ」

 首を横に振る相手に、むしろ楽しそうな表情を浮かべるサド。

「まあいいか。さてキミの体の話しをしようか」

 白衣の女は医療用端末を手に取ると、相手が理解しているかどうか観察しながら話し始めた。

「まず、自分がドコで気を失ったかは覚えてる?」

「はい」

 明瞭な返事に満足そうに頷き返した。

「キミはあんなところに居たから、低体温症に凍傷を数か所といった感じで運び込まれてきた。もう数時間遅かったら私でも手が付けられずに、死んでしまうところだったよ」

 つい責めるような声になったサドが相手を見ると、肩を竦めて縮こまってしまった。

「死んじまったら元も子もない。お袋さんに申し訳ないと思いなさいよ。まあ、見つけてくれた<彼女>に、後で礼を言っておくんだね」

「彼女?」

 背後に立つダンゾーのことかと思い振り返ると、私じゃないと言わんばかりに彼女はソッポを向いてしまった。

「あと治療するために必要だったから、勝手に色々と調べさせてもらったよ。良くなかったかな?」

「いいえ。必要だったんですよね?」

「ああ。だから血液型から遺伝子マップまで個人情報はこの中にある」

 ペンと一回だけサドは医療用端末を弾いた。

「いちおう部外秘だから私しか知らないデータだ。法律で半年間は診察した患者のデータは残すことになっているから、もし不服があるのなら裁判所に…」

「いえ」

 慌ててサドの言葉を遮った。

「助けてもらって文句を言うつもりはありません」

「うん、キミは道理が分かるようだ。たまに居るんだよ、自分のせいで死ぬような目に遭っておきながら無関係の人間に八つ当たりする奴がさ」

 医療用端末を机に置くと、今度は興味深そうに身を乗り出した。

「それで、キミの体を調べている時に、キミがハーフエルフじゃないかと思ったんだが…」

「ハーフエルフ? そう言うんですか?」

 脳裏に母と、それと映像でしか知らない父を思い浮かべた。

「そういう事は、船長を始め、この船のお偉いさんに告げてある。きっと後で訊かれると思うから、覚悟しておいて」

「覚悟ですか?」

 なにか拷問のような事が行われるのではないかと唾を呑み込んだ。その固い表情を見たサドは、愉快そうに続けた。

「いちおうキミは許可なしに乗り込んで来た者…、つまり密航者という扱いになっている」

「密航者ですか…」

 地上では聞き慣れない単語に、さらに顔が強張った。

「宇宙船で密航者を見つけた時はどうするか知っているかい?」

「どうなるんですか?」

「どんな船にも『エアロック・ナンバーフォー』ってのがあるんだ」

 四番目のエアロックの何が怖いのだろうと、強張ったままの顔で眉が顰められた。

「そこは悪者を閉じ込める専用のエアロックなのさ。もちろん悪者を閉じ込めるんだから、内側から船内へは戻れないようになっている」

 ああ独房のような物かと少し表情が緩んだことをサドは見逃さなかった。

「でもね。地上のそういった設備と大きく違う点がある」

「大きく違う?」

「ああ、そうさ。そんな奴に大切な酸素を送ってやるなんて、もったいないことはしないんだよ。電気も空気もあらゆる循環系が止められた小部屋なのさ」

 自分が密航者だと告げられた相手の顔が青ざめていく。おそらく脳裏に「窒息」の文字が浮かんでいるのだろう。

「でも、ひとつだけ使える物がある」

「ひとつだけ使える?」

 縋るような声に、笑い出したいのをこらえるようにしながらサドは言った。

「外へ繋がる方のパネルは生かしてあるのさ。素敵だろ」

「…ひっ」

 その言いたい意味を三秒間だけ考えてから、短く悲鳴を上げた。その悲鳴を待っていたかのようにサドは話しのオチを喋った。

「エアロックの外はもちろん宇宙さ。つまり閉じ込められた悪者は、自分の好きなタイミングで宇宙遊泳に出発する事が出来るんだ。永遠に終わらない宇宙服無しの宇宙遊泳にさ」

「サド先生」

 完全に固まってしまった密航者(仮)の後ろからダンゾーが非難する声を出した。

 確かに密航は重罪である。

 宇宙船が航行するのには、必要な量の燃料と食料そして酸素などが必要だ。だがそれらは一人増えたからと言って、途中でおいそれと補給できるものではないのだ。

 これが惑星の海洋を行く船ならば、燃料はまあ無理かもしれないが、食料は釣りなどで手に入る可能性がまだある。水は海水を濾過すれば手に入る。呼吸用の酸素など言わず物がな。だが航行中の宇宙船の周りには何もない真空の空間しか無いのだ。

 たったひとりの密航者のせいで宇宙船が目的地にたどり着けなくなる可能性は十分あった。

 ケラケラ笑うサドを前に固まる密航者(仮)。だがその肩にダンゾーは安心させるように手を置いた。

 ビクッと背中を反らせて泣きそうな顔で振り向くと、ダンゾーは困ったような顔をして頬を掻いた。

「まあ、事情聴取の時に、嘘なんてつかないで正直に答える事だね。幸い、この船はまだ港にいるから、警察に引き渡すぐらいで勘弁してくれるかもね」

 君の強張った顔は十分に堪能したという表情で、サドはもとの柔らかい表情に戻った。

 その時、ゴンゴンと医務室の扉がノックされた。

「お? ちょうど迎えが来たようだよ。どうぞ、開いてるよ」




 解説の続き


綺麗に洗われていた:後で出て来るドラム式の洗濯機でまとめて洗った物とする

「風邪をひいて…」:ベーシックなファーマシスト・ナノマシンしか接種していない事を知っているから出て来るセリフ

ケラケラ笑うサド:サドだけにサディスティックという設定。いちおう宇宙戦艦ヤマトの佐渡先生も意識してのネーミングなんだけどね


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