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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
7/51

宇宙海賊やろう! なな

 勝手に乗り込んでいた者を発見した宇宙海賊どもの反応は?



「密航者だって?」

 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>の船長であるキャプテン・コクーンがその知らせを聞いたのは、船長公室であった。

 中央から下げられた豪華なシャンデリアに、フカフカで真っ赤な絨毯、そして執務机の後ろにあたる壁にはデカデカと海賊旗(ジョリーロジャー)が飾ってあるところは、さすが宇宙海賊船の船長室といったところだ。

 部屋の中央に鎮座する大きなテーブルは「大幹部」たちが食事の度に顔を突き合わせて連絡事項を確認しながら会食する場所だ。

 他に室内にある物と言えば、どこの高級家具店から強奪してきたのか分からない古い縦型の武器陳列棚と、頂部が丁字をしたスタンドと、その足元に置かれた「ネコちぐら」に似た籠みたいな物、それぐらいである。

 いまスタンドには、黒い鳥が翼を休めていた。地球産のカラスに外見は近いが、惑星<キシナウ>で発見された鳥系の宇宙生物である。発見者が北欧神話に出て来るワタリガラスからフギンと種族名をつけた鳥だ。

「クアアア?」

 止まり木の上からそのフギンが質問するような声を上げた。もしかしたら、今のコクーンを真似したのかもしれない。

「はい。現在、医務室でサド先生が治療中です」

 室内にいるのはコクーンの他に、荒木提督の執務室まで彼の背後を守っていた戦闘服の女と、このフギン、そしてもう一人いた。

 年の頃は高校生ぐらいの非常に若い女だ。銀色にも見えるネイビーブルーをしたミニのワンピースに、同じ色をしたタイトなロングパンツを合わせている。頭は浅葱色の長い髪をツインテールにして黒いヘッドセットをかけていた。足元は黒いショートブーツだ。

 二十年ほど前に銀河通信社が配信している株式専用チャンネルに採用された「終値(おわりね)久美(くみ)」というマスコットキャラクターがいた。

 透明な板のような情報掲示板を抱えて立つ姿は、永遠の一七歳という設定の、まさしくそのキャラクターのままの姿であった。よって情報掲示板の他に携帯している物は見当たらなかった。

「密航者…」

 報告者の前でキャプテン・コクーンは戦闘服の女と顔を見合わせた。

「密航者なんて、何日ぶりだ?」

 彼の問いに直立不動の体勢で立っていた女は、ちょっとだけ肩を竦めた。

「前回の密航者は…」

「いや、データが欲しいわけじゃないんだ。ナナカ」

 ナナカと呼ばれた、袖なしのワンピースを着た彼女が、手元の情報掲示板で検索して話し出すのを止めて、コクーンは席から立ち上がった。

「わかった、いま行こう」

「お願いします」

 頭を下げると、手の中の情報掲示板を消して、ナナカは部屋から出て行こうとした。船長公室にある二つの扉の内、通路に通じる方の扉へと歩み寄ると、レバーを握って開けるフリだけをした。

 実際は扉どころかレバーすらも動かずに、ナナカの体は扉にぶつかるように前進した。だが、宇宙合金製の扉に体を打ち付けるような音はせずに、そのまま彼女の体は扉をすり抜けて行ったかのように消えてしまった。

 二人はそれが当たり前のように見送った。

「さて、今度の密航者はどんな顔なのか拝んでやるか」

 席を立ち、腰に提げた武器の触り心地を確認するようにホルスターの位置を調整したコクーンは、スタンドの方へ振り返った。

「カラアゲ。おまえも行くか?」

「クアアア」

 コクーンの呼びかけに、カラアゲと呼ばれたフギンはスタンドから舞い上がり、彼との間の短い空間を飛行した。

 鋭い爪をしているフギンであるが、キャプテンコートの下に簡易宇宙服を着ているコクーンには関係ない話だ。いざとなったらスペースデブリの衝突に耐えるようになっている簡易宇宙服を貫通するほどまでの鋭さに至っていないからだ。

 見事に右肩へ降りたカラアゲと、黙ったまま彼の背後についた戦闘服の女を従えて、コクーンは自分の手で扉を開けて通路へと出た。

 医務室までそう遠くはない、船長公室を含めた居住スペースの中心にあるからだ。

 さすがに銀河標準時で「夜」の時間になっていたため、通路の照明は暗く抑えられていた。足元には不自由しないぐらいの薄暗い中を移動し、廊下に赤い菱形のマークを掲げている部屋が医務室である。

 と、通路の反対側から男女二人組がやってきた。廊下の真ん中に鏡があるはずもない。こんな時間でもきっちりビジネススーツで身を固めたレディ・ユミルと、着流し姿のマサであった。

 ナナカの報告によると、マサが第一発見者ということだった。

「おはよう船長」

「おはよう事務長」

 夜なのに宇宙船乗りの慣習的に「おはよう」と素っ気ない挨拶を二人が交わしている横で、彼の肩に乗ったカラアゲと、彼女の後ろに立つマサが火花を散らすような睨みあいをしていた。

「どうした? 料理長?」

 不穏な空気を感じたコクーンがマサに視線を移した。

「そのヤキトリヤローにしっかりと言いつけておいてくれ」

 マサの目は敵を見る目になっていた。

「夜中に忍び込んで盗み食いするなって」

「…善処しよう」

 いちおう夜の間は、カラアゲは船長公室で眠る事になっていた。扉も人の力でないと開かない作りになっている。だいたいカラアゲには手指は無く翼があるだけだ。レバーを掴んで捻るなんていうことが出来るはずが無いのだ。

 だが、どうやって抜け出すのか分からないが、カラアゲは厨房に忍び込んで、朝食のために用意されているオカズを盗み食いする事があるのだ。

 マサの態度から、またその悪い癖が出たことが察せられた。

「クレアアア」

 ちょっとだけ声色を変えてカラアゲが鳴いた。どうやら盗み食いなんてしていないと訴えているようだ。

 再び睨みあう一人と一羽を無視し、コクーンが夜なのを配慮して、静か目のノックをした。

「どうぞ、開いてるよ」

 船内とはいえ、いざとなったら気密を部屋ごとに保てるようになっている扉だ。直接表面を叩くノックならば振動が伝わって室内に通じるが、返事は通るはずがない。よって室内にいる人物が反応した場合、天井のマイクが声を拾い上げ、入り口脇に設置されたパネルから返事が通るようになっていた。

 許可を確認したコクーンは、他の部屋と同じ規格で作られている扉を開いた。中には戦闘艦の物として十分な設備が整っていた。

 入ってすぐに置いてある丸椅子は待合室代わりである。薄い色のカーテンで仕切られた向こう側には、この部屋の主であるサドが診察を行うスペースがある。カルテを入力する机に、薬を調合する薬物調整器(ミグリ・レギュレーター)が鎮座していた。

「こっちゃ、こっちゃ」

 そこには今誰もおらず、脇にある開けっ放しの扉から声がした。

 扉をくぐると一目で合金製とわかる銀色をした浴槽のような設備がドーンと置いてある。サドはその脇に立っていた。

 壁際には見上げるようなシリンダーが何本も立っており、とても未来的な装置に囲まれた空間である。ただ、その片隅に二枚だけ畳が敷かれ、上に卓袱台が置いてあった。

 部屋の中央に鎮座する浴槽には、緑色に淡く光るリンゲル液がたたえられている。その淡く光る海に漬けられるように、見知らぬ人物が寝かされていた。

 おそらく密航者とはこの人物であろう。

 顔だけは液面よりも上に出してあるが、呼吸を助ける医療用マスクをつけているため、目の周囲しか表情は分からない。いま瞼は閉じられているので眠っているのだということが分かった。

 これはメディカル・バスといって、ある一定以上の病気や怪我などをした場合にここへ収容し、ナノマシンを含むリンゲル液で治療を行う設備なのだ。

 海賊稼業という仕事柄、怪我人が、しかも重傷者が出やすい<メアリー・テラコッタ>である。メディカル・バスの大きさは、乗組員にいるオーガも入れる特大のサイズとなっていた。

 もちろんオーガ以外の海賊には、広さもそうだが、深さも必要以上にあることになる。そのままでは顔が沈んでしまうが、本来ならばリンゲル液から直接肺へ酸素が送られるので、窒息の恐れは無い。だが意識不明のまま収容して液中に沈めると、意識を回復した途端にパニック状態となり「溺れる」時がある。よって必要が無い場合は、こうしてマスクにより呼吸が保たれるようにするのだ。

 今回の場合も、体に対して浴槽が深すぎるので、専用のクッションを先に沈めて、その上に寝かせてあった。

 ちなみに浴槽のフタそのままの覆いは、治療効果を高める設備などではなく、ただ単純に患者のプライベート保護のためだ。

 かろうじて蓋が隠せていないので、細い肩が液面から顔を覗かせていた。

「サド先生、どんな具合だ?」

「このコの事かい?」

 荒木提督の執務室へ行った時と同じ草臥れた背広に白衣という服装のサドは、ポリポリと首筋を掻いていた。浴槽の中の患者の表情と、手にした医療用端末を見比べてから顔を上げ、ニヤリと笑った。

「それとも私の事かい? いやあ、最近めっきり腰が痛くなって…」

 遠慮がちな咳払いに、トントンと腰を叩くサドのセリフは遮られた。

 ちょっとつまらなそうにレディ・ユミルを見たサドは、仕切り直しとばかりに拳を口元に当てて、真似するように咳払いをしてみせた。

「御多分に漏れず厄介事だよ」

「まあそうだろうな」

 なにせ宇宙海賊船に密航を企てようとする者がまともであるはずがない。まだ民間の旅客船に密航する方が、可能性が高いだろう。厄介事である事は百も承知という態度だ。

「料理長が見つけたと言ったな」

 コクーンが確認を取るように訊いた。

「食糧庫で凍っていた」

 答えるのが面倒なようにマサが答えた。

「<メアリー・テラコッタ>に、なにか損害は?」

「来週予定していたチキンカレーは、野菜増し増しのベジタブルカレーへ変更だな」

 その程度なら大きな問題では無いはずだ。

「で?」

 口先だけでメディカル・バスを指し示したコクーンは、サドへ視線を戻した。

「症状だけを言えば低体温症に軽い凍傷といったところだね。そっちはもうだいぶ治療が終わっている。体力の消耗もあったので、いまは薬で眠らせてあるよ」

 一通りの説明の後、サドはコクーンの顔を下から覗き込むようにして、またニヤリと笑った。

「このコ、純粋な人間じゃないね。半分エルフの血が混じっている。つまりハーフエルフって奴だよ」

「まさか」

 一同に動揺が走った。

 レディ・ユミルはマサと顔を見合わせ、目を見開いたコクーンの肩の上でカラアゲが悲鳴のような声を上げた。彼の後ろに立つ戦闘服の女も、それまでの仏頂面を捨てて驚きの表情になっていた。

「ナナカ」

「はーい」

 コクーンが空中に声をかけると、扉の方から返事があった。

 まるでそこに異次元からの入り口があるように、隣の部屋との間を仕切る扉の表面からナナカが室内へと現れた。

 船長公室から消えた時と同じ容姿のままだ。ただ先ほどのコスチュームの上から白衣を羽織っているのは、医務室だからだろうか。

「ハーフエルフについての情報を教えてくれ」

「はーい」

 呑気な返事と共にナナカは手元に透明な情報掲示板を出現させ、そこに現れた情報を読み上げる形で説明を開始した。少々長い説明は以下のような物だった。


 子供を望んでいる夫婦でも、病気や加齢による不妊、同性婚などで望みが叶わない場合がある。しかし、その問題はジーン・ミキサーと呼ばれる医学装置の発明で解決した。

 この装置のお陰で、髪の毛や口腔内粘膜などから遺伝子を採取して、人工子宮により子供を作ることが可能となったのだ。

 そして同じシステムで、異種族間でも子供を作る試みは為された。

 結果として人道に反する生体実験が重ねられただけであった。地球系宇宙人と、他星系の知的生命体との間では、基本的に子供ができることは無かったのである。

 一説によると地球系宇宙人の遺伝子が強すぎて、他種族の遺伝子情報を塗り潰してしまうからとか。それを証明する前にジーン・ミキサーを使用しての他種族との混血実験が禁止されてしまったので、真相は分からない。

 ただエルフとの間でだけなら数えるほどの成功例が報告されていた。しかしそれだって赤ん坊は生まれたが、成人するどころか小学校に上がる前に死亡してしまうと言われていた。

 現在ではこのようなジーン・ミキサーを使用して他種族との混血は忌むべき人体実験と定義され、銀河保健機関によって厳しく禁止されていた。


 ナナカの説明の間もコクーンは密航者の顔を観察していた。たしかに年齢の割には整った顔立ちは、半分エルフの血が入っていると言われて納得の物であった。

 ナナカの情報はいつも正確だ。だが、いまメディカル・バスに沈められているこのハーフエルフは、どう見ても赤ん坊に見えない。中学生ぐらいか、いって高校生かもしれなかった。

「じゃあ、このコは、数少ない成功例の生き残りってことですか?」

 レディ・ユミルの質問に、歪んだ笑みを浮かべたままのサドは視線を移した。

「治療に必要だから遺伝子組成を確認したけど、純粋な地球系宇宙人では無い事は確実さ。間違いなくエルフの物と推定される別物が混じっている。ただ…」

 言い淀んだサドは、ジーッと細めた目で、手にした医療用端末に浮かんでいる情報を睨みつけた。

「なにか問題でも?」

 コクーンの質問に、自信が無さそうな声でサドは答えた。

「これはおそらくジーン・ミキサー製じゃないね。あれはいちおう二つの遺伝子を混ぜて新しい生命を作るって言ったって、所詮機械さ。馬鹿正直にお互いの遺伝子の半分半分を繋ぎ合わせるようにできている。だけど、このコは…。このパターンはあまりにもフラクタルに見えて揺らぎの中にカタヨリのあるランダムがある…」

「?」

 どうやら自分の世界に入り込んでしまったようなサドの前で、取り残された一同が顔を見合わせた。

「サド先生。つまり、どういう事だ? 分かりやすく教えてくれ」

 難しい話をされても困るといった顔でコクーンは先を急かした。

「うむ、すまなかった」

 一人で思考を進めてしまった事を詫びてから、サドは手に持った医療用端末の表面を弾いた。

「つまり簡単に言うとだね。このコは天然物ってやつさ。人工の物には出せない自然な混じり合い方をしている」

「ええっ」

 レディ・ユミルが目を丸くした。

「じゃあ…」

「遺伝子マップからして、おそらくこのコの父親がエルフで、母親は私たちと同じ日系人じゃないかな」

「ナナカ!」

 すかさずコクーンが鋭い声を上げた。

「なんでしょうか船長」

「現在<カゴハラ>に滞在しているエルフのリストは出るか?」

「中継ステーション入港管理局のデータベースに接続します。答えが出ました」

 ナナカは手元の情報掲示板の表示を変えた。

「現在<カゴハラ>に滞在しているエルフの人数は二名。二人とも、この船の乗員です」

「とすると」

 今まで黙っていたマサが口を出した。

「アリウムの落とし種か?」

 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>には様々な人種の者が乗組んでいるが「エルフ」で「男」となると一人しかいなかった。

「まだ<カゴハラ>に入港してから十月十日(とつきとおか)は経ってないけど」

 レディ・ユミルは、その手の冗談は嫌いだという固い声を出した。同じように船長の後ろに立っている戦闘服の女も眉を少し動かした。

「うっ、あ、はい」

「クケケケ」

 意気消沈するマサを見て、コクーンの肩に止まったカラアゲが小馬鹿にするような鳴き声を上げた。

「このヤキトリヤローが」

「クワー」

 再び睨みあう一人と一羽を放っておいて、コクーンはナナカへの質問を変えた。

「過去十年間で<カゴハラ>を訪れたエルフの数は?」

「入港管理局のデータベースによると累計で軽く五桁になりますが、分かっているだけでも名前を上げましょうか?」

「いや…」

 ちょっとだけ顎に手を当てて考えたコクーンは質問を変えた。

「ここ星間国家グンマに籍を置くエルフの中で<カゴハラ>にやって来た回数の一番多い者は?」

「データベースを検索。出ました。首都惑星<マエバシ>在住のコルポサント卿、ムナ・アイカ・ビタ・デ・メリ。勲一等旭日大綬章。この方が最多です」

「長いな…」

 エルフの名前が長いのは経験的に知っていても、その情報に触れる度にコクーンは呆れてしまうのである。

「一般に流布している範囲での名称を使用しました。和名として十六藤(じゅうろくとう)道孝(みちたか)という名も使用しているようですが、フルネームが必要でしたか?」

 いちおう確認するといった感じのナナカの問いにコクーンは首を竦めてみせた。

「年齢は非公開ですが、星間国家グンマが入植を開始した当時からの功労者です。毎年、冬の<カゴハラ>を訪れてはスキーなどのバカンスを楽しんでいたようです。近年は立ち寄った形跡すらありません。<カゴハラ>に別荘を一軒所有している事を確認。別荘の名称は『草想荘(そうそうそう)』。本人の映像が必要ですか?」

「出してくれ」

「ようそろ」

 ナナカは手にしていた情報掲示板を両手で水平になるように持ち直した。その平らな透明な板の上に、まるでミニチュアのように一人の男の全身像が現れた。燕尾服に斜めにかけられた襷のような物は勲章の大綬である。どうやら、どこかで行われた公式の席での映像のようだ。

「う~ん」

 日系宇宙人ならばまだ中年になりかけといった歳に見える男だ。礼装に包まれた体は真っすぐ伸びており、これから働き盛りを迎えるようにも見えた。

 もちろんエルフであるから見栄えは最高だ。優しそうな微笑みを浮かべた口元に、切れ長の目。もちろんエルフ最大の特徴である複眼なので、眼腔に瞳は無い。髪は紳士らしく短く刈り込んでいるが、黄金で作ったような金髪である。

 言われてみれば、このハーフエルフに面差しが似ているような気がする。エルフの髪の色は金色であるが、日系人と混血すれば、このような明るい茶色になるのではないだろうか。

「家族は?」

「既婚者でありますが、子供はいません」

 ナナカの言葉と同時に映像が変わった。先ほどまで男性一人きりの物だったが、素朴な椅子に腰かけた女と二人で撮った映像となった。

 夫人もエルフらしくローブ・デコルテで着飾っており、長い金髪は<メアリー・テラコッタ>の船務長よりは短くしているようだ。

「まだ、このダンナが、このコの父親だと決まったわけじゃなかろ」

 サドが先走りそうなコクーンの思考へブレーキをかけた。

「それに、もちろん治療に必要だからこれも調べさせてもらったんだが、体内のファーマシスト・ナノマシンは、ベーシックタイプしか入っていなかったよ」

 地球を飛び出した人類を、宇宙では厳しい自然環境が待っていた。そこにあったのは遊星やブラックホールなどの厄介な天体から、未知の微生物による新しい病気まで、幾重にも重なった困難を克服して銀河を開拓してきたのだ。

 厄介な天体の方は航路が整備されていくにつれて被害が減少していったが、未知の病の方はそうはいかなかった。最悪な伝染病だと入植した惑星全土が、たった一週間で死の星になった例もあった。

 これに対して地球系宇宙人側も無防備では無かった。数々の特効薬や予防薬が開発され、また治療法も確立されていった。

 そこに現れたのが医療改革とも呼ばれた切り札、ファーマシスト・ナノマシンと呼ばれる機械だ。機械と言っても目に見える大きさではない。赤血球の半分ほどしかない大きさで、自己繁殖、自己進化を体内で、ある程度許可されたロボットである。

 このナノマシンは、病原体が体内に侵入した時に、体内にある物質で特効薬を生成して、排除に当たるようにプログラムされている。これにより地球系宇宙人だけでなくエルフなどを含んだ知的生命体全体が、タダの軽い風邪から、風土病とも言える悪質な疫病までを克服する手段を手に入れる事ができた。

 しかも相手が寄生虫から始まって、細菌はもちろんウィルスまで対応してくれる。医療機関で定期的に調整すれば病気とは一生無縁な生活を送ることも可能だ。

 もちろんファーマシスト・ナノマシンも万能ではない。まだまだ普通に医師による診察も必要だし、投薬も必要になる時がある。隣の部屋に置いてあるミグリ・レギュレーターにも、十分出番はあるのだ。

 ファーマシスト・ナノマシンを今では銀河保健機関が主導して、各星系政府による国民への接種を推進し、ほとんどの星では接種義務となっていた。

 そして重要な事だが、どんな物にもランクという物がある。各星系政府が接種義務にしたとはいえ、国家予算には限りがある。大抵の星では要注意な疫病に対応するベーシックなファーマシスト・ナノマシンを乳飲み子の時に接種してくれる。が、それ以上の物は、ほとんどの星で自費による追加接種となっていた。

 追加接種さえ受けられれば、風邪のような軽い病気から、各種アレルギー症状。さらには悪性新生物(ガンさいぼう)すらも直してくれる。

 さらにグレードの高いファーマシスト・ナノマシンの中には、毒物や酩酊成分の分解まで行ってくれる物もあった。

 もちろん<メアリー・テラコッタ>に乗り込んでいる海賊どもにもファーマシスト・ナノマシンは接種済みである。主要なメンバーには、もっともグレードの高いファーマシスト・ナノマシンが接種済みであるし、他の者も追加接種より少し性能が良い物の接種を済ませていた。

 そして惑星上でも普通の家庭ならば、小学校に上がる時に追加接種を受けさせるのが常識になっていた。

 それなのにこのハーフエルフにはベーシックなファーマシスト・ナノマシンしか接種されていないという。これがどういう事かと言うと、暮らしていた環境が貧しくて、追加接種を受けさせるだけの金を保護者が用意できなかったことを意味した。

 開拓途中の辺境ならいざ知らず<カゴハラ>のような貿易が発達した星では珍しい部類に入るはずだ。

「エルフと言えば金持ちのお貴族さまだろ? そんな家の子がファーマシスト・ナノマシンの追加接種を受けていないなんて、おかしいじゃないか」

「いえ、貴族だからといって、みんながみんなお金持ちというわけでは…」

 サドの疑問に、レディ・ユミルが腸のちぎれそうな顔をして答えた。普段の彼女が心がけている節約を知っている一同が、とても微妙な顔になった。

「だけどエルフ関係の者なのは間違いないだろ?」

隔世遺伝(チェンジリング)などの可能性は?」

「それは無いねえ。だから混血はみんな子供の頃に死ぬはずなんだから、隔世も何もないのさ」

 コクーンの質問に、サドは呆れたように答えた。

「まあ彼女から身の上話を聞けば、そこのところは全部わかるだろうよ」

「かのじょ?」

 とても不思議そうにコクーンが訊き返すと、サドは再び悪戯めいた表情を取り戻した。

「このコの性別はメス…、と言ったら失礼か? 女の子だよ。ウソだと思うなら見てみるかい?」

 本気かどうか分からない勢いでサドがメディカル・バスを覆っているフタに手をかけた。治療の邪魔にならないように、リンゲル液には一糸纏わぬ姿で沈んでいるはずである。

「いや、それには及ばない」

 コクーンはサドを制した。また悪戯気な顔になっていたサドが、浴槽越しにちょっとだけ彼の方へと乗り出した。

「そんなこと言って。本当は見たいんじゃないのかい?」

「女に不自由しているつもりはない」

 コクーンが言い返すと、サドが目と口を丸くして驚いてみせた。

「言うようになったね、このチビッコは」

 そのまま標的を狙う目を横にずらした。

「じゃあマサくん、見て行くかい?」

「殺されたくないんで」

 チラリと横に立つ人物の表情を確認するような素振りをしてみせて、マサは言った。

「おやおや」

 心外だとサドは首を横に振った。

「死にたてなら何度でも蘇生してやるのに」

「どんな地獄ですか、それ」

 宇宙海賊なんていう商売の船に乗っていると、生死の境目なんていう患者や怪我人は、毎日摂る食事の回数より当たり前の物になる。結果、医師として実践的に鍛えられた彼女の腕前は、銀河連合と銀河赤十字社が共同で運営して、銀河でも屈指の病院と言われている銀河赤十字病院の医師団と同じレベルにまで昇華していた。

 もちろん海賊どもの生死に関わる医務室の設備に、金をケチるコクーンではない。また実際に予算を管理している補給長のレディ・ユミルも、湯水のようにとはいかないが、医療関係の予算はなるべく多く確保していた。

 よってサドの目の前で縊り殺されたとしても、すぐに治療に入れば蘇生は可能なはずである。ただ比喩でなく死ぬ思いをした直後に、また縊り殺されるという苦行を重ねる事になるかもしれないが。

「じゃあ、このコから直接聞き出せばいいんだな」

 話しが変な方向に行きそうだったので、コクーンが軌道修正した。

「そうだね。精神的な物で失語症などになっていない限り、大丈夫だろうよ」

 いいかげん若者をからかう事に飽きたのか、サドが真面目な顔を取り戻した。そこには精神的な病だって自分ならば治してしまうという自信が垣間見えた。

「どれくらいで目が覚める?」

「ええと」

 持っている医療用端末ではなく、壁にかかった二十四時間式時計に目をやったサドは、うんと一つ頷いた。

「ちょうど明日の朝には目が覚めるんじゃないかな。起きたら連絡すればいいかい?」

「ねえさん」

 そこで初めて自分の影のように付き従っている戦闘服の女へ、コクーンは視線をやった。

「いちおう密航者という扱いで、陸戦隊の監視下に置く。あとは、ねえさんに任せた」

「ようそろ」

 腕組みをして戦闘服の女は頷いた。そこで初めて気が付いたかのようにコクーンへ聞き返した。

陸戦隊(ウチ)には、むさい(ヤロー)どもしかいないが?」

 今まで密航者と言えば大抵男であった。男の方がロマンチストで、女の方が現実主義なだけかもしれない。「宇宙海賊」という単語にロマンを感じる前に、大抵の女は保身を考えるものだ。

 ということで密航者など船内の治安を乱す者を取り締まることも仕事の内である陸戦隊で預かるとしても、今までは問題は発生しなかった。だが今回は女、しかもこんな少女ともなると勝手が違った。

「ねえさんは立派なレディだろ」

 彼に自分の事を忘れるなと釘を刺されると、ちょっと情け無さそうに彼女は自分の事を指差した。

「私がレディ?」

 どう思うとばかりにマサへと視線を移した。

「船長の『レディ』の基準ってのが、なあ…」

 チラリとまた隣を見たマサは、それでも黙らなかった。いや、口が勝手に動いたのかもしれない。

「暴力的かどうかで決めてやしないか?」

 …。

 一分間だけ訪れた静寂の後に、医務室から夜の通路にまで、抜けるはずのない気密扉を越えて、魂からの叫びとも言える悲鳴が轟いた。

 サドがその腕を存分に振るうことになったのか否か、定かではない。




解説の続き

「ネコちぐら」:赤ちゃんを農作業の間に入れておく「ちぐら」の猫用の物。ここでは宇宙カラスのカラアゲの寝床…、ではなくて、トイレと設定した

<キシナウ>:現モルドバの首都

終値久美:まあ容姿の形容を読めば、アノ方なんですが、そのままというのも気が引けまして。なので反対に引っ繰り返してみました

ナナカは…消えてしまった:彼女の秘密は後ほど

赤い菱形:中立地帯を示す国際記号。全然浸透していないけどネ

ミグリ・レギュレーター:もちろん材料は循環システムから供給される

畳に卓袱台:宇宙戦艦ヤマトのせいで宇宙船の医務室にはコレがないとしっくりこない昭和育ちの和美なのであった

リンゲル液:ちょっと古いSFには必ず登場した物質。まあ生理食塩水のちょっといい奴なんですがね

メディカル・バス:いかにも未来的な治療装置でしょ?映画フィフス・エレメントあたりのイメージかな

蓋:無重力になってもリンゲル液の表面張力で患者は包まれたままとする。なので蓋は飾りでも大丈夫とした

カレー:やはり金曜日はカレーなのだろうか?

天然物:自然妊娠した理由は「愛」かしら?

コルポサント:「聖エルモの火」のこと。爵位に使用しそうな名前を探してみました

ファーマシスト・ナノマシン:宇宙時代にはこのぐらいの医療技術が発達していてほしい。モーレツ宇宙海賊にも似たような設定がありました(言い訳させてください。完成してから気が付いたのよ)

「ねえさんに任せた」:きっと彼女は隅の畳で一晩過ごしたのではないだろうか


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