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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
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宇宙海賊やろう! ろく

 食糧庫に閉じ込められた彼女の運命は如何に?



 宇宙には昼も夜もない。なにせ基準となる日の出も日の入りも無いのだから当たり前である。

 例外として、こうして軌道上に漂泊している時は、惑星上と同じように定期的に母星が視界に入ったりもするが、大気が無いから光の散乱が起きないので「大きい星が見えるなあ」程度にしか感じられない。

 よって宇宙船の船内は、銀河標準時間で昼夜を決める事になる。

 まあ<カゴハラ>の中継ステーションは銀河標準時とは時差が無い場所に建設されたので、宇宙船から見ても朝に<ニイボリ・スリー>が昇って、夕に沈むのだが。

 そして、これも重要な事だが宇宙船は夜が来たって基本眠らないのだ。民間船といえども運行中は二四時間交代で乗組員が配置につき、異常がないかの確認を怠らない。ましてや宇宙海賊船を自称している<メアリー・テラコッタ>の場合は、もうちょっと複雑だ。

 銀河を渡って様々な仕事をこなしてきた彼女を恨んでいる輩が少なからずいるのだ。その連中がいつ襲ってくるか分からない状況が、三六五日二四時間続いていると言って過言ではない。

 ただし相手が銀河連合事務総長だろうが銀河帝国皇帝だろうが、ぶん殴る連中が揃っている海賊どもだって、知的生命体(にんげん)だ。眠くもなるし腹も減る。よって船内ではいつでも反撃できるように、代わり番こに当直する体制が出来ていた。

 そうなると食事の時間も特別になる。惑星上(ちじょう)で送る普通の暮らしと同じように朝昼夕の三食に加え、真夜中の夜食が加わる。そうすることで夜に当直に就いていない者が食事を摂ることができるようになっていた。

 食糧庫が一杯になったお祝いとして、今晩の夕食には豪華にサシミの盛り合わせが、一人一皿ついた。その分忙しかった<メアリー・テラコッタ>の厨房では、やっと一息つける余裕が生まれていた。

 カウンターで仕切られた食堂に残っているのは、種族が食道楽として有名なマウシェンが二人だけである。男女一組の彼らだって、もうほとんど食べ終わって、呑み放題に置いてあるアルマイトのヤカンに入れた麦茶を飲んでいるだけだ。どうやらお喋りが佳境に入っているようだ。

 食器洗浄機を担当していた若い日系宇宙人の男が、覗き込むようにして食堂を見回した。残っている二人分の洗い物は次に回しても問題は無いだろう。

「ふー、おつかれさん」

「おつかれさまでした」

 数十人前を一回で炊ける大きな炊飯器を洗っていた、姉さん被りをした女が返事をかえした。こちらの女も若い。二人ともレディ・ユミルよりは確実に年下のはずだ。

「もう畳んでもいいな」

 板前法被に和帽子、それに合わせた大きな前掛けといった姿の男は、仲居のような茶衣着(ちゃいぎ)に和エプロン姿の女に確認するように言った。

「私もコレでお終い」

 洗い終わった炊飯器を定位置へと戻した。

 海賊どもが食堂に押し寄せ、あれだけ大騒ぎだった時間と比べると、寂しいぐらいの空気がそこに残っていた。

「じゃあ上がるか。マサさん、そっちは?」

 もちろん夜食に向けて仕込みなどで電磁調理器(コンロ)にかけられた鍋とかがある中、厨房の端にある作業台の所で、相変わらず着流し姿に衛生帽子だけ被ったマサが、手にした物を真剣に眺めているところだった。二人に比べてマサのほうがちょっと歳上に見える。それにかけられた声には相手を配慮する響きが混ざっていた。

「うむ」

 頷きもせずに不愛想な返事だけである。しかし二人とも慣れているのか、そんなマサに挨拶をして厨房から出て行った。

「そんじゃ、おつかれ~」

「おつかれさま~」

「うむ」

 もう一度、不愛想な返事だけをしたマサは、手にした物を照明にかざした。

 立派な刺身包丁である。だが、元はそれが出刃包丁であったことを知る者は少ない。毎日の手入れを欠かさないマサが研いでいるうちに、ここまで細身の包丁になってしまったのだ。

 いまも砥石の前にして、精神修練のごとく包丁を眺めている。刃こぼれどころか汚れすら一切無い、金属そのままの光を反射していた。

 研ぐ作業は納得いったのか、包丁用にわざわざ用意しているサラシで刀身を拭うと、まだ汚れが残って無いかを再確認する。

「?」

 一心に包丁を眺めていたマサだが、何かの気配を感じて包丁を握ったまま振り返った。

「!」

 誰か盗み食いにでも来たのかと警戒するが、そうではなかったようだ。

「…」

 厨房の入り口のところに一人の女が立っていた。顔立ちは日系宇宙人といった容姿ではあるが、髪の色はまるでグラスファイバーのような銀色で、瞳の色は血液を連想させる赤い色である。まあ髪は染めれば不可能な色ではないし、瞳だってカラーコンタクトなどのお洒落アイテムで変更が可能だ。

 着ている物は<メアリー・テラコッタ>の艦内では珍しい軍服であった。紺色をしたダブル六つボタンのブレザータイプは、少々古臭いタイプの物であり、肩と袖、それとブラウスの襟にある階級章は少尉の物であった。

 下は同色のタイトスカートであり、頭には正帽、足元は支給品のパンプスである。

「なんだ、キミか」

 相手の正体を知って緊張を解くマサ。愛用の包丁をいつもの場所であるホルダーへと差し込むと、何か用があるのだろうと、近くに吊ったタオルで手を拭った。

 無防備にマサは背中を見せるが、それもそのはず勇ましい衣装の割には彼女が武装をしているようには見受けられない。どうやら宇宙海賊船に乗っているにしては珍しく丸腰の様である。

「…」

 彼女は一切声を出さずに、とても申し訳なさそうに厨房の外を指差した。

「?」

 そのまま恐る恐るといった感じで背を向けて、マサを振り返った。どうやらついて来て欲しいと言いたい様だ。

「ふむ」

 周囲を見回しこのまま厨房を離れても問題が無い事を確認したマサは、女の所まで移動した。ある程度の距離になると、マサを恐れているように彼女は通路へと歩き出した。

 夜食のための仕込みで鍋をコンロにかけているが、電磁調理器であるからよほどのことがなければ火事にならないはずだ。もう一度室内を確認したマサは、壁のパネルを操作して照明の明度を落としてから、扉を閉めた。

 白鞘の長ドスと源蔵徳利は、いつも出入口の棚へ置いてある。それを回収するとマサは、彼女の背中を追った。

 何を恐れているのか、軍服を着た女のビクビクとした態度は変わらない。とても不安な様子のままマサの前を歩いていく。ただマサの事が気になるのか、通路の角では立ち止まって、ある程度まで彼が近づくのを待ったりもした。

 夕食の時間も終わり艦内にはゆったりとした雰囲気が満ちていた。乗組員は当直についていたり、そうでない者は自室で休んでいたりするはずだ。

 よって人気が無くなった通路を彼女に誘われるように進むのは、どこか現実感を失わせるものがあった。

 いくつかの気密扉をくぐり、タラップを一つ上った。どこまでも誘われて進んでいき、最後には別の世界へと連れ込まれる。そんな男の願望のような想像すら浮かんで来た。

 が、そんな二人の時間もそう長く続かなかった。彼女が一つの扉の前で立ち止まったのだ。

「?」

 扉を泣きそうな顔で見てから、そのうるんだ瞳をマサに向けて来た。

「もしかして、ここに用事があるのか?」

 周囲を確認すれば、何の事は無い、マサの管轄である食糧庫の前ではないか。こちらの食糧庫はみんなで荷物を運び入れた後は閉めたままだったはずだ。夕食の材料は魚が入れてある方の食糧庫から出したからだ。

「…」

 泣きそうな顔で何かを訴えて来る女。揉み手をした挙句、まるで祈るようにしてマサを見ていた。まあ自分も口数が少ない方なので、声に出して言えばいいじゃないかとは指摘できないマサなのであった。

「ここに用事があるのか?」

 マサの確認に、泣きそうなままでコクコクと頷いてみせる女。扉には特に施錠はしていないが、開けた時間と人物は記録に残るようになっている。もちろん盗難を防ぐためだが施錠しないのは、もし<メアリー・テラコッタ>が戦闘で大ダメージを受けた時、鍵を管理している者が戦死またはそれに近い状態になったら、誰も開けられなくなるという事態を避けるためだ。

 忘れてはいけない<メアリー・テラコッタ>は重力波(なみ)がおだやかな宙域(うみ)を観光遊覧する豪華客船でなく、宇宙海賊船なのだ。

「ふむ?」

(積み込んだ荷物でも崩れて酷いことになったのを知らせに来てくれたのかな)などと普通の予想をしながら扉に近づくと、今度は意外な事に女は逃げずにその手元を見守っていた。

 不思議な感覚を感じたままに、マサは食糧庫の扉を開けた。

「うをっ!」

 マサは自分がクールな男だと自覚し、そしてそう見えるようにふるまってきたつもりだった。だが不覚にも悲鳴のような声を上げてしまったのは、扉のすぐそこに人が倒れていたからだ。




中継ステーションは…時差が無い:もちろん貿易などで標準時と時差が無い方が便利だからである

宇宙船は基本眠らない:貨物船なんかは停泊中はロボット操縦かもしれない

三六五日二十四時間:銀河標準時は、現在の世界標準時と同じ物と設定した。よってうるう年もある

アルマイトのヤカン:大量に麦茶を作る時に便利。宇宙時代に残っているかは不明だが、令和の世に残っているんだから、未来にも残っているだろう

コンロにかけられた鍋:もちろん突然の無重力にそなえて圧力釜みたいな蓋がしてある

「ここに用事があるのか?」:<彼女>は物を動かせないと設定。ただ扉をすり抜ける事はできるので、閉じ込められた娘の発見はできた

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