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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
49/51

宇宙海賊やろう! よんじゅうきゅう

 溺者救助の結果は?



 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>の格納庫に、念仏が流れていた。

 無粋な立体ホログラムとかではなく、海賊の一人が袈裟を着て、実際に木魚を叩いての読経であった。

「お坊さんまでいるんですね」

 順番待ちで<オクタビウス・ワン>のエアロックに並んでいたフレッドは、一緒に並んだダンゾーへ感心した声を漏らした。

「…」

 いつもの戦闘服とは違い、まるでレディ・ユミルと揃えたように、女性用のスーツを着たダンゾーは、相変わらず仏頂面であった。

「まあ宇宙海賊になる前に坊さんだったり、ガッコの先生だったり、色々とウチには居るからな」

 狭いため縦に並んだ後ろにはリーブスが居て、やっぱりフレッドの疑問に答えてくれた。

「ただ、あいつにゃ普段は近づかない方がいいぜ」

「なぜです?」

「変な制約の腕輪とかいうアイテムを売りつけられそうになる」

 そう教えられてフレッドは思わず手を打った。

「あ~、あの方…」そして気が付いた。

「仏教なら数珠では?」

 参列者は左舷のハッチが接地してできたタラップを上がり、<オクタビウス・ワン>の背中にあたる甲板に設けられた祭壇で焼香をして、そして右舷のハッチから格納庫へと降りていく流れになっていた。なかなか進まない列に、リーブスも飽きが来ていたのだろう、お喋りにつきあってくれた。

「仏教って言えば、地球はインドの発祥だろ?」

「はあ」

 さすがにそれぐらいの事は、学校で習うというより、常識の範囲でフレッドは知っていた。

「それが中国に伝わり、中国の仏教になった。まあ中国じゃ廃れたようだけどな。そこからさらに日本に伝わって、日本の仏教になったわけだ」

「はあまあ」

 ここまでは学校の授業を不真面目に訊いていても知っている範囲であった。

「惑星上を半周もせずに伝わっただけで元の形とは似ても似つかぬものになったと思わねえか?」

「そうなんですか?」

 元のインドでの仏教を知らないフレッドが訊き返した。

「高卒の俺が詳しいわけねぇだろ」

 リーブスが言い返した。

「たしかに元の仏教とは変わっているかもね」

 思わぬ方向から会話に入って来た者がいた。

 十字路になっているエアロックの左側、つまり操縦席から飛行長アリウムが首を出していた。

 いつものオレンジ色をしたパイロットスーツではなく、まるで国際線の豪華客船で舵を握っている船員のような正装であった。

 顔の上半分を銀色の髪で隠したアリウムは、いかにも浅い笑みを口元へ浮かべると、説明を引き受けた。

「ナムアミダブツとかナムミョウホウレンゲキョウとか、宗派によって唱える物が違うでしょ? 日本の宗派なんて、伝わって来た物のドレを重視するかで分派したんだから、元のインドにゃ関係ないと思うぜ」

「ああ~」

 なるほどと、またフレッドは手を打った。

「言われてみればそうかも…」

「それが宇宙に伝わったら、もう原型なんて留めていない方が正しい…、だそうだ」

 十字路になった<オクタビウス・ワン>のエアロックでは、すれ違うのがやっとである。いつも背負っている船室を外した<オクタビウス・ワン>の甲板は、トラックの荷台よりも広く見えた。

「それは本当に正しいんですか?」

 眉唾な話しに思えたフレッドは、眉を顰めてアリウムとリーブスに訊き返した。もちろん祭壇の脇で読経している彼には聞こえない程度の声に抑えていた。

「さあてな」

 リーブスは素直に肩を竦めた。アリウムは楽しそうに言葉を付け加えた。

「ちなみにオーストラリアやアメリカにだって仏教は伝わったはずだよ。そしてヨーロッパに伝わった結果が…」


「アングロ釈尊(しゃくそん)


 まさか前に並んでいたダンゾーまで振り返って異口同音に発言するとは思わなかった。

「あはははは」

 フレッドの口から渇いた笑いしか漏れなかった。

「まったく、口を開けば下らないことばっかし」

 コツンと、青いパンプスに包まれたダンゾーの爪先が、アリウムの脛をつついた。

 甲板で焼香していた第四分隊の面々がエアロックの所まで戻って来た。レディ・ユミルとオハナの目は真っ赤だ。

 これでやっと陸戦隊の番である。

 順番にダンゾーから入って、三人で一旦アリウムが列を区切った。あまり多人数を<オクタビウス・ワン>の甲板に出しても、混雑するからだ。

 艦載水雷艇である<オクタビウス・ワン>は、普段は甲板に船室を乗せているが、内惑星系で戦力が足りない時などの場合、必要に応じて武装を施す事がある。その時は、船室を取り外して、直接甲板の架台に対艦ミサイルを積むことになっていた。

 他にも翼の上下には、中型から小型のミサイル等を装備するためのハードポイントが設けられているが、今日もそこには何もぶら下げられていなかった。

 左右二つあるうちの右舷の大型ミサイル用架台には、いま二メートルほどのカプセルが乗せられていた。

 これが宇宙葬用の棺である。作りはとってもシンプルで、不活性ガスを注入して膨らませて使用するので、箱というより風船に近い物だ。

 これが第一分隊で左舷三〇ミリ機関砲の射手を担当していたホーサムの棺であった。

 事故後、彼が行方不明と分かると、すぐに捜索態勢が取られた。

 強い電波では遭難者を灼き殺してしまう恐れがあるため、出力を抑えたレーダーでの捜索となった。

 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>を中心に、演習に参加していたほとんど全ての艦艇が同心円状に隊型を組み、搭載しているレーダーをデータリンクで同調させての捜索だった。

 しかし彼の姿はどこにも見つからなかった。対宇宙戦艦ミサイルが爆発した時の<メアリー・テラコッタ>との位置関係から、飛ばされたと思われる方向を重点的に探したが、あるのはスペースデブリばかりだった。

 捜索は七十二時間連続で行われた後に、グンマ宇宙軍が参加した大規模な物は終了した。それ以上は見つかっても生存の可能性が低いからである。コクーンはそれでも捜索の続行をと粘ったが、最初の契約書にある条項にも時間が指定されていたので、手伝ってはもらえなかった。

 コクーン自身がサインした書類だから納得するしか無かった。

 そして<メアリー・テラコッタ>だけは、一週間の間、名残惜しそうに現場で捜索を続けた。

 それはホーサムが着ていた装甲宇宙服の酸素が切れる時間であった。

 衛生長のサドなどは、両腕が三〇ミリ機関砲の取手に残っていた事から、もし発見できたとしても、即に死亡しているはずだから無駄になると進言までしていたが、コクーンは聞き入れなかった。

 仲間は決して見殺しにしない。他の星や襲った船の人間が、生きてようが死んでいようが構わない宇宙海賊にだって仁義はある。いったん仲間になった者を見捨てたりはしないのだ。

 だが一週間は無情にも過ぎ去ってしまった。

 これ以上は捜索しても無意味である。おそらくホーサムは、爆発の瞬間に砲座から噴き飛ばされ、不均一に飛び散ったプラズマのひとつに呑み込まれてガス化してしまったのであろう。

 同じことは陸戦隊が担当の第四近接防御でも言えた。

 対宇宙戦艦ミサイルの爆発の衝撃で砲座は大破し、砲手のナーブラも宇宙空間へ投げ出されるところだった。

 ふたりの運命を分けたのは、安全帯をしていたかどうかである。

 ナーブラは狭い砲座に入った後に、真面目にシートベルトをしていた。砲座が破壊された後にフレッドたちが引っ張り上げる時に邪魔をしたが、シートベルトは彼が<メアリー・テラコッタ>から投げ出される事を防いだ。

 対してホーサムは、最上甲板に働いている慣性制御装置の人工重力と、装甲宇宙服の足裏にある粘着機能だけで配置についていた。

 こういう時のために用意されている(口の悪い海賊の中には「ペット用のリード」と呼ぶ)砲座と装甲宇宙服とを繋ぐハーネスを使用していなかった。

 そのせいで<メアリー・テラコッタ>から投げ出されたと言って過言ではない。まあ両腕を切断する程の被害であるから、吹き飛ばされた瞬間に即死した可能性が高く、ハーネスの有無と生死の因果関係は薄かったのだが。

 もちろん三〇ミリ機関砲へ配置に就く海賊たちにも言い分はあった。そんな物をつけていては操作がやりにくくて、効率的な射撃なんかできないのである。

 同じように左舷の三〇ミリ機関砲の装填員として配置に就いていたフィッツロイが助かったのは、たまたまマガジンを納める大箱に向かってしゃがんでいたからである。

 彼だってエアロックの端と装甲宇宙服を繋ぐハーネスをしていなかった。

 もちろんフィッツロイも、そんな物をしていたらマガジンの交換がやりにくくて邪魔になるから外していたのである。運が悪ければ彼だって死亡していた可能性が高かった。

 再発防止のためにコクーン名義で安全帯使用の通達が出た以上の対策は取れなかった。


 艦載水雷艇<オクタビウス・ワン>のエアロックから甲板に出るために、二段のステップが備え付けてあった。

 扉の所でついフレッドは立ち止まってしまった。

 葬儀場となっているのは<メアリー・テラコッタ>の格納庫に納められた<オクタビウス・ワン>の甲板である。いつもは装甲ハッチへ逆さに係留されている<オクタビウス・ツー>は邪魔だからと宇宙空間に係留されているので、体育館のような天井が視界に入った。

 歩いて参列できるようにと、今日は格納庫に人工重力が効かせてあった。

 ステップを下りると<オクタビウス・ワン>の甲板である。

 ステップの脇にはテーブルが用意されており、そこには白い花が山盛りになっていた。

 ダンゾー、フレッド、そしてリーブスはそこから一摘まみの花を取ると、右舷のミサイル架台前に設けられた祭壇へと向いた。

 祭壇と言ったって立派な物ではない。折り畳み式のテーブルの上に、日系植民星では法事の時にお馴染みの焼香セットから煙が一筋上がっているだけだ。

 横には生前の立体映像が飾られているだけである。静止画なのは、動画だと一層悲しみが深くなるからだ。

 袈裟を来た僧侶役の海賊は、さらに奥に椅子を置いて読経を続けていた。

 まず三人は、祭壇脇に置かれた踏み台へ代わり番こに上がり、棺の中へ白い花を供えた。

 本来ならば遺体が収められるが、今回はミイラのように干からびた両腕だけが入っている。それもたくさんの花に埋もれてフレッドは見る事はできなかった。

「まあ腕だけでも残ったのは、ヤッコさんには幸いだったな」

 花を置いて棺の中へ両手を合わせたリーブスが感慨深げに言った。

「さいわい?」

 同じように手を合わせていたフレッドが訊き返した。

「宇宙では何にも残らない事の方が多いからな」

「多いんですか…」

 不思議そうに訊き返してくるフレッドを、身長差で見おろしながらリーブスは教えてくれた。

「俺たちみたいにブッ込(カチコ)んだ先で撃たれて死ぬんなら、まだ残るがな。戦艦のブラスターなんか直撃したら、何十人単位で蒸発しちまう」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

 反対側で手を合わせていたダンゾーがボソリと言った。

 三人横に並んで焼香を済ませた。

 第四分隊の女たちは涙を浮かべていたが、フレッドには特に感情の変化は現れなかった。これはまだ<メアリー・テラコッタ>に乗り込んでから日が浅いという事もあるだろう。本人と会ったのだって、振り返ってみれば乗り込んだ当日にポンポン砲の液体金属ボンベの取り扱い説明を受けた時だけだった。

 悲しいと感じるには無理があった。

 ダンゾーは陸戦隊隊長としての矜持があるのか、平静を装っていた。ただ焼香する時に指が震えていたのがフレッドにも見て取れた。

 彼女はこの後も法務士官としてグンマ宇宙軍の調査委員会へ参加しなければならない。今日は葬儀という事で一時的に抜けて来た身なのだ。

「ホーサムよう」

 パラパラと抹香を香炉に落としながらリーブスは口を開いた。

「おめえさんのおかげでみんな無事に生き残ることができたぜ。ありがとな」

 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>に命中直前だった対宇宙戦艦ミサイルを迎撃したのは、ポンポン砲によるものだと分かっていた。それでも三〇ミリ機関砲の射撃は無駄ではなかったと信じたかった。それに装甲宇宙服を着るとはいえ、身ひとつで宇宙空間に出て機関砲を操るという、なにより度胸が必要な部署での「戦死」である。生き残った者は、彼の為したことを褒めなければならなかった。

 なんか鼻声だなとフレッドがリーブスを振り返ると、彼は涙こそ流していなかったが、瞳を潤ませて鼻水を盛大に垂らしていた。

「ほら」

 眉を顰めたダンゾーが、スーツのポケットから大き目の布を取り出した。柄からしてバンダナであろう。

「いえ」

 上司から借りるのは悪いと思ったのか、リーブスも戦闘服のポケットからバンダナを取り出すと、それで顔を拭った。

「そいじゃあな」

 名残惜しそうなリーブスの一言で、次に待っている参列者と交代した。




 解説の続き


念仏:宇宙海賊船に念仏ってのもアンバランスですね。でも、いくら未来だからって人の営みで変わらない物があってもいいかと

女性用のスーツを着たダンゾー:もしかしてレディ・ユミルからの借り物?でも身長が違いすぎるから無理か

船員のような正装:飛行長アリウムが正装をしているのは、もちろん葬儀のため

荷台よりも…:食料を積んだ国際コンテナが乗せられるぐらいだから、甲板は最低でも大型トレーラーぐらいの広さをしているはず

異口同音のセリフ:Ⓒあさりよしとお

焼香:儀式として必要だが宇宙船の船内で火を使うのは本来ならば厳禁のはず。それと煙だって空気の循環系に負担をかけるから控えなければならないはず。だがそういった諸々も人を失った悲しみのために許可が出たのだろう

宇宙葬用の棺:宇宙戦艦ヤマトで七色星団海戦が終わった後に宇宙葬を執り行うシーンがあるけど、あれだけの棺をドコに積んでいたのかという疑問が湧いた。風船みたいな物なら畳んでしまっておけると思ったので、ここではそうしてみた

灼き殺す:現在のイージス艦のレーダーですら使用中は甲板への立ち入りは禁止になるほどだ

同心円:前の方で説明した通り、複数のレーダーを一括処理すると、それは同じ直径を持つレーダーに匹敵するってやつ

捜索は七十二時間:実際の遭難でもそこが生きるか死ぬかの分かれ目の時間である

ハーネスをしていなかった:配置の説明の時に書いたと思うけど、射撃の腕前よりも度胸が必要な部署なのである

二段のステップ:普段搭載している船室との高低差が無いおかしいから。もちろんステップは折り畳み式となっているはずだ

干からびた両腕:断面から宇宙空間の真空へ水分が蒸発したのだ

法務士官:ダンゾーが大学の法学部卒業というのは前の方に書いた

バンダナ:本文には書かなかったけど陸戦隊は全員所持していると設定した。白兵戦などで怪我をした時に応急処置に使用できるからだ


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