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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
42/51

宇宙海賊やろう! よんじゅうに

 事故とは?緊迫する情勢!



 第一六駆逐戦隊の嚮導駆逐艦は、岡田大佐が艦長を務める<ユキカゼ>であった。他の駆逐戦隊と違って比較的反撃が少ない真上から、まるで急降下爆撃をする勢いで<ユキカゼ>は標的に向かって突撃を始めた。

 その背後にピタリと追随するのは、戦隊二番艦の<ハマカゼ>であった。

 指揮を執るのは曽根崎少佐であった。

 もちろんこの方面の主力である重巡洋艦の艦長ですら新人であるから、彼も駆逐艦の艦長になりたての新米であった。

 襲撃運動は最終段階に入っており<ハマカゼ>のセントラル・コントロールに映し出されたオプチカルセンサーの映像では、急激に大きくなってくる宇宙戦艦(を模した標的)が存在感を増していた。

 対宇宙戦艦ミサイルを撃ち込むには数種類のやり方がある。一番敵が回避しにくいのは、襲撃する全ての艦が同時に、少しずつ射線をずらして発射する「異方向同時射撃法」である。最終的には誘導されて命中するとはいえ、途中でミサイルが迎撃されてしまったら、目標に損害を与えられないので、わざとずれた軌道へと撃ち出し、目標の対応能力に負担をかけるやり方だ。

 だが艦隊運動すらおぼつかない臨時水雷戦隊の練度を鑑みた高橋大佐は、各艦が一番発射に適した座標へ達したところで発射する「自由射撃法」を、今回は採用していた。

 よって先行する嚮導駆逐艦である<ユキカゼ>を無視して、好きなタイミングでミサイルを発射しても、別に問題は無いはずだ。

 すでに発射態勢に入った<ユキカゼ>は、確実な命中を期しているのか、なかなかミサイルを発射しなかった。そのため後ろに続く二番艦の<ハマカゼ>も十分にミサイルを命中させられる座標へと到達していた。

(ミサイルを発射した後は、ブラスターを撃ちつつ避退運動。護衛艦役の<メアリー・テラコッタ>にもブラスターを発射…)

 次から次へと判断しなければならない項目がある。避退運動は目標に対していくら角度を取るのが理想なのか、ミサイルを発射すると駆逐艦の機関にかかる質量が変化するから加速率の調整をどうするのか、ブラスターの照準はどのタイミングで行うのか…。

 そういった諸々の事へ思考を走らせていたのがいけなかったのだろうか。

「対宇宙戦艦ミサイル発射!」

 曽根崎少佐は発射を下令した。

「対宇宙戦艦ミサイル発射します」

 砲雷長が復唱した段階で、発射を終了したと勘違いした曽根崎少佐は、艦橋に続く内線へ大声を上げた。

「アップトリム一杯! 出力一〇パーセント落とせ!」

 艦首に固定された六〇センチブラスターを新たな目標へ向ける針路を指示した後に、砲雷長の報告が上がった。

「対宇宙戦艦ミサイル発射完了しました」

 対宇宙戦艦ミサイルを発射した時の振動がセントラル・コントロールに届いたのは、変針した後であった。



 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>の中央指揮所(セントラル・コントロール)には、不協和音を三段階重ねた警報が鳴り響いていた。

 なにせ一個水雷戦隊との演習中である。遠慮なく浴びせられる戦闘用レーダーの電波(なみ)を捉える度に警報が鳴りだすのだ。もちろんブラスターだったり、ミサイルだったりの照準用の電波である。使用する兵器によって、一隻の艦からも周波数の違う複数の電波が何回も放射されているので、相手が一七隻いるから一七回鳴っただけで終了というわけでは無いのだ。

 演習が開始されてから戦闘配置に就く海賊どものストレスがマックスである。なにせ狙われているという事は、実戦を重ねてきた海賊どもには気分のいいものではない。警報の後に、自分たちを亡き者としようと本物のブラスターのプラズマや、ミサイルが飛んできた実戦経験が何度もあるのだ。当たり前である。

 そんな警報が鳴り響く中、船務長ロウリーのコンソールから「ピー」と別の警報が発せられた。

「あ…」

 船務長ロウリーが反応する前に、船長席で対勢指示としてレーダーホログラムを見ていたキャプテン・コクーンは、座席の肘掛けに仕込まれた内線電話を取り上げて、同時に二つのボタンを押し込んでいた。

「ダウントリム一杯! 機関一杯!」

 この内、ダウントリム一杯とは、船の針路を現在の物から九〇度下へ向ける命令で、相手は操舵の責任者である航海長ダンカンがいる船橋(ブリッジ)であった。

 機関一杯とは、現在の出せる最大出力で出せるだけの最大加速を、安全係数を無視してでも出せと言う緊急時にしか出さない命令であった。機関を管理しているのは防御指揮所(ディフェンス・コントロール)にいる機関長パリザーである。

 もちろん内線の二つのボタンは、それぞれに繋げる短縮ダイヤルである。

「くえ~」

 コクーンが突然怒鳴り声を上げたので、セントラル・コントロールの後方にある止まり木に止まっていたカラアゲが、仰け反るようにして驚いた。

 通常ならば針路変更をこうした手順で指示はしない。船長は戦略を考え、その作戦術に沿った針路を船務長ロウリーがブリッジに下令、航海長ダンカンが命令を最短で行う操舵を操舵員に指示してはじめて針路が変更される。速力の変更も途中までは同じで、ブリッジに詰めている航海長ダンカンが状況に合わせた機関出力をブリッジから機関運転室も兼ねているディフェンス・コントロールへと指示し、それを受けた機関長パリザーが機関にもっとも負担をかけない方法で出力を調整する。

 しかし、いまは状況が状況だった。

 ブリッジの天井に設置されたスピーカからコクーンの声がした途端に、航海長ダンカンの号令を待たずに、二人並んで座る操舵員が、手にしていた操舵輪を同時に前へ押し込んだ。

 こうした緊急事態の場合には許されている対応である。また操舵輪を握る海賊がベテランである証拠でもあった。

「<イワシ>んウチに向けて発射された」

 いちいち対宇宙戦艦ミサイルなんて言っていられなくて、船務長ロウリーは大型ミサイルという意味の符牒である<イワシ>と言った。さきほどの「ピー」という音は、ミサイルに狙われた時に発するようにセットされたミサイル警報の音だったのだ。

「全部で四発。探索(ヘリカル)軌道にはいっと!」

「花火でしょ?」

 実弾頭でないミサイルの事を花火と呼ぶ。<メアリー・テラコッタ>のミサイル管制を担当する水雷士のリウイが大げさに避けなくてもいいじゃないかと言外に意味を持たせて隣に座る砲雷長レタリックに言った。

「くけけけけ」

 水雷士リウイの言った意味が分かったのか、カラアゲが侮るような鳴き声を上げた。

「バッカ。花火でもぶつかりゃ色々と壊れるんだぜ。そしたら、お袋さんが頭に(ツノ)生やしてオーガになっちまうぞ」

 アフリカ系宇宙人である砲雷長レタリックが、小さな声で言ったつもりの返事は、セントラル・コントロール室内の全員が耳にした。何人かは「お袋さん」こと補給長レディ・ユミルを振り返りすらした。

 食事を始めとする、みんなの世話係のような仕事をする第四分隊の分隊長であり、さらに女であることからレディ・ユミルをお袋さんと呼ぶ海賊は少なからずいた。

 補給長であるレディ・ユミルがセントラル・コントロールに詰める理由は主に二つ。ひとつは消耗品の管理。ミサイルの残弾やら推進剤の残量などに注意を払い、必要なら船長に報告する。もうひとつは海賊どもの健康管理だ。長く戦闘配置を続けていると、寝不足や味気ない戦闘配食などで士気も落ちるが、なにより健康的ではない。海賊どもの集中力が切れる前に、頃合いを見計らって警戒配置などにレベルを下げるように進言するのも仕事の内だ。

 針路を急激に変えたことにより<メアリー・テラコッタ>に曳航される標的も進む方向を変えたはずだ。まっすぐ進んでいたが沈むように「下へ」動き始めたはずである。

(宇宙には上下がないので、この場合の「下」は、それまで保持していた針路に対しての物である)

 よって駆逐戦隊の発射した対宇宙戦艦ミサイルの軌道と標的が交わる時間が、最初の予定と比べて若干の違いが生じていた。下から発射された一六発とは早まり、逆に上から発射された一六発とは遅くなった。左右から発射された三二発も、斜めに進むことになった分だけ遅くなった。レーダーホログラムによれば<メアリー・テラコッタ>に向けられたのは、上方から発射された一六発の内、四発である。

「弾着予定時間ですが、あと数秒遅れます」

 コンソールに置いたストップウォッチを見ていた砲雷長レタリックが盤面を覗き込むようにして言った。広い範囲をレーダーホログラムに表示しているため、弾着がいつなのかを予想した時間で計っているのだ。

「おそらく、そろそろ…」

 言った途端にコーンという遠い音が<メアリー・テラコッタ>のセントラル・コントロールに聞こえて来た。

「え?」

 狐につままれたような顔になった砲雷長レタリックが、隣に座る砲術士と顔を見合わせた。

「くわ?」

 後ろにある止まり木のカラアゲまで虚をつかれたような声を立てた。

 今回の演習で発射される対宇宙戦艦ミサイルの弾頭は、威力の弱い閃光弾に交換されているはずだ。標的にぶつかる前に近接信管が作動し、閃光弾を打ち上げて、命中と認定するはずである。その後はエンジンが自動で切られ、回収船がミサイルを拾い上げるはずであった。よって標的が破壊される事はないはずだ。

 だが音が聞こえてきたということは…。

「<イワシ>んより標的ん壊された!」

 コンソールのレーダーホログラムを見つめる船務長ロウリーが上ずった声を出した。

「実弾頭です」

「実弾頭です!」

 セントラル・コントロールで唯一立っているナナカの冷静な声と、砲雷長レタリックが悲鳴のような声が重なった。宇宙戦艦の舷側装甲すら食い破るミサイルである。巨大な風船でしかない標的などは、本物の弾頭の爆発に巻き込まれれば、あっという間に破壊されたはずだ。

 先ほどの「コーン」という音は、標的を破壊した爆発の衝撃が曳航索を振動させた結果だ。振動は曳航索の巻き上げ機、巻き上げ機が固定されている後部甲板、そして<メアリー・テラコッタ>の背骨たる竜骨まで伝わり、船内の空気を振るわせて海賊どもの耳に音として認識されたのだ。



「どういうことだ!」

 最初の爆発が観測された時点で、重巡洋艦<オブチユウコ>の艦橋に陣取っていた荒木提督は荒げた声を上げた。

 複数の爆発で用意された標的は間違いなく破壊され、さらに残った数発が標的を曳航していた<メアリー・テラコッタ>を追いかけ始めたのだ。段取りとは全く違う結末に声が出るのも当たり前である。

「え、その…」

 先任幕僚が困った顔をして情報幕僚と顔を見合わせた。どうやら彼らが意図して起こした事件ではなく、本当の事故のようである。

「<メアリー・テラコッタ>はロボット船では無いんだぞ! もしミサイルが当たれば百人以上の死傷者が出るんだ。誰か説明できる者はおらんのか!」

 実際の実力は横に置いておくとして<メアリー・テラコッタ>は民間船としてグンマ宇宙軍と契約した船だ。しかも正式な乗組員が動かしていると分かっている状態で撃沈したとなれば、荒木提督が腹を切って済む問題ではなくなるはずだ。



「こちらに向けて発射されたミサイルんヘリカル軌道ば止むっと! 探知されとぉと!」

 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>のセントラル・コントロールで、船務長ロウリーが叫びながらコクーンを振り返った。変針加速以降なにも命令を出さないコクーンの様子を確認するためだった。

 通常の場合、ミサイルはその大小を問わずに、三段階を置いて目標へ誘導される。

 まず前段階として目標の捕捉だ。これに対して攻撃されたくない目標側は、ECMなど対レーダー欺瞞行動を取って探知されないように行動する。

 その努力も虚しく探知されると、始めてミサイルの発射となるが、全行程をずっと攻撃側が誘導するのではない。光速を超えて誘導電波が届かないので距離が離れるにつれて時差が生じ、そのわずかな隙でかわされてしまうからだ。

 誘導の第一段階として、ミサイルに相手の座標を入力しておき、そのプログラムによってミサイルは相手までの最短距離を最大速度で突進する。迎撃しようにもブラスターやポンポン砲では距離があって、まず無理なので防御側はバルーンなどの囮で欺瞞しようとする段階だ。

 第二段階として、ミサイル自身に装備されているセンサー類、レーダーからオプチカルセンサーによる画像解析まで使用しての、ミサイル自身による探知段階だ。ミサイルは速度を落とし、少しでもセンサーの探知範囲を増やそうとして、円錐形の頂点から底面に至る斜面を斜めに下ってくるような螺旋(ヘリカル)軌道を描くことになる。

 いま<メアリー・テラコッタ>に接近している対宇宙戦艦ミサイルも、軌道を変更したのでこの段階を超えた事が分かったのだ。

 そして第三段階は簡単だ。ミサイル自身のセンサーが捉えた目標に向かって、全力にて突進する。たとえ外れたとしても弾頭の被害半径に入ったと判断すれば近接信管を作動させて、爆発によるプラズマで相手を灼くだけだ。

 コクーンは船長席に座ったまま、凍り付いたように右手で受話器を持って脂汗を流していた。表情は強張り、己の時間を停止させてしまったように見えた。

 コンソールに表示されているレーダーホログラムすら目に入っていないかのように、虚空を睨みつけていた。

「ミサイルに自爆命令ば送信すっと!」

 こういった誤射などの事故に備えて、あらゆるミサイルには自爆させる信号(コード)が設定されていた。船務長ロウリーは、それを作動させようとしたのだ。

「信号はミサイル側に拒否されました。敵の欺瞞信号と捉えられたようです」

 ナナカが冷静に答えた。

「データリンク経由ではどがんな?」

「ネガティブ。同じように信号は拒絶されました」

 すでに迫っているミサイルに対し、防御側もあらゆる手段を取ろうとする。相手ミサイルへ自爆コードを注ぎ込むなんていうのも、その一手である。それを防ぐために攻撃側も色々な手段を講じる。今回、ヘリカル軌道に入ったところで、自爆コードは拒否するようにセットしてあったに違いない。

「船長!」

 固まったままの船長に、もしかして四発ものミサイルを前に現実逃避してしまったかと船務長ロウリーがさらに声を上げると、聞こえているという意味かコクーンは左手を振った。

 セントラル・コントロールに詰めている海賊どもの視線がコクーンへと集中する。止まり木に止まっているカラアゲですら神妙な面持ちで黙っていた。固まったように見えるコクーンの頭蓋骨の中では、最新コンピュータに負けない程の計算が行われている事を、カラアゲですら分かっている様だった。

 ミサイルは刻一刻と接近して来る。命令を出さないコクーンに、セントラル・コントロールへ詰めている海賊どもの神経がジリジリと焼かれていった。レーダー担当の船務士が彼我の距離を確認して、そろそろ命中までのカウントダウンをしようかと、渇いた唇を嘗めた。

「三番の発射用意は出来ているか?」

 相変わらず虚空を睨んで脂汗を流しているコクーンが、声だけで砲雷長レタリックに訊ねた。

「三番はいつでも発射準備できてます」

 何を当たり前のことをといった態で砲雷長レタリックが答えた。コクーンはそれに満足したかのように一回頷いた。

 なにかを待っていたのか、いきなりそれが解放されたようにコクーンが大声で号令をかけた。

煙幕弾(ボルト)全弾発射! 機関停止! 三番発射! 取り舵一杯!」

「ボルト発射します!」

 待望の命令を受けて船務士がコンソールにあった赤いボタンを同時に二つ押し込んだ。この操作で、戦闘配置で格納されているブリッジ付近と、船腹の下部前方見張り所付近にあるランチャーが起き上がった。

 ランチャーといっても難しい構造ではない。蓋のない茶筒のような、ただの金属製の底がある筒である。中に発射用の火薬が仕込まれ、後から上に差し込まれた弾を放り出すだけの物だ。陸戦で使用する迫撃砲より照準装置が無いだけ簡単な構造と言える。

 メーカーの正規品では筒に差し込まれるのはドラム缶のような形をした弾頭である。中には作動用の火薬と、煙幕剤、それと火薬の爆発エネルギーでプラズマ化してあらゆる電子機器の探知を妨害する粒子がたっぷりと詰め込まれている。<メアリー・テラコッタ>では、それだけでは足らないと判断して、第三社から発売されている非正規品である筒の先端からはみ出して太くなる弾頭を装填していた。パッと見るとネジに見えなくも無いことから「ボルト」と呼ばれていた。もちろんナットと組み合わせて色々ととめるネジと比べ物にならないほど大きいが<メアリー・テラコッタ>では普通に使われている呼称だ。

 全部で八基あるランチャーの内、四基は筒先が船内に格納されて再装填が簡単にできるが、残りの四基はそうなっていなかった。そちらの再装填はわざわざ宇宙服を着て外に出て、手で行わなければならない。普段は再装填が間に合わない時などに使用されるが、今回は展開する煙幕の濃さを重要視したのだ。

 発射された八発の煙幕弾は、所定の時間が経過したのちに弾頭内の信管を作動させ、接近する対宇宙戦艦ミサイルから<メアリー・テラコッタ>の姿を覆い隠した。

 同時に出せるだけの出力で推進プラズマを吐き出していたメインノズルを停止させた。対宇宙戦艦ミサイルに追われているのに気でも狂ったのかと思われるがそうではない、ちゃんと次の手のための処置だ。

 船首に三つあるミサイル発射管の内、三番発射管…、つまり真ん中の発射管門扉が開くと、一発のミサイルを前方へと発射したのだ。

 ミサイルは<メアリー・テラコッタ>が、それまでの加速を続けていたら進む軌道を、その代わりのように飛び始めた。

 発射が確認されると同時に<メアリー・テラコッタ>は船首右側にあるスラスターを全開し、針路を左へ捻じ曲げた。

 宇宙船の操舵の基本は上昇である。普通、今までの針路から左へ転針したければ、反時計回りに船体の傾きを変えてから、船首を持ち上げるようにして針路を変更する。これは余分な加速度を船内に発生させると慣性制御装置の負担となるからだ。こういう変針の仕方をすれば、甲板に対して下へ加速度が加わるだけなので慣性制御装置の負担となりにくい。だが今コクーンが行った変針は常識的な物ではなく、強引に船の舳先を左へ向ける物だった。

 もちろん船長として経験が長いコクーンである。今は通常ならば二段階を経て変針するよりも、一回の噴射で変針することによる時間の節約を重視したのだ。もちろん慣性制御装置への負担も許容範囲内と計算の上だ。

 原針路の延長線を飛ぶ<メアリー・テラコッタ>の発射したミサイルが、派手に電波を放射し始めた。そのパターンは戦闘用レーダーで照らされた時に<メアリー・テラコッタ>自身が反射する電波のパターンに限りなく似せていた。

 これをレーダーだけで探知しようとする相手が見たら、発射された方のミサイルを<メアリー・テラコッタ>だと勘違いするだろう。船首真ん中に装備された三番ミサイル発射管には、この役目を持った(デコイ)ミサイルを必ず装填しているのだ。いつ敵に襲撃されるか分からない宇宙海賊船ならではの準備だと言えた。

 もちろん発射した現在、ミサイル発射管室では次のデコイ・ミサイルを準備して装填を始めていた。

 この一連の動作により、ミサイルからは煙幕を抜けた後も<メアリー・テラコッタ>は直進しているように見えたに違いない。エンジンを切ったのも、ミサイルから隠れるためであった。



「<メアリー・テラコッタ>煙幕を展開。ミサイルが煙幕に突っ込みます」

 重巡洋艦<オブチユウコ>のブリッジで、演習宙域を見渡すことになるレーダーホログラムを担当している航海科の士官が報告した。

 ミサイルを示す光点と、<メアリー・テラコッタ>を示す赤い点の間に雲のような物が生まれていた。

「いい機会だ。本物のプロが見せるミサイル回避術を記録しておきたまえ」

 ブリッジに立つ荒木提督は、そのレーダー士官を指差して命令した。もちろん本音は後に裁判沙汰になった場合に、記録が一切残っていませんでしたなんていう事が無いようにするためである。

「セントラル・コントロールにも伝えておきたまえ」

 観戦役の<オブチユウコ>は戦闘態勢を取っていなかった。しかし狭い艦橋に司令部のお歴々が立ち並んでいるので手狭になり、艦長以下艦の主要スタッフは、こちらではなくセントラル・コントロールで艦の運用を行っていた。

「<メアリー・テラコッタ>が、ふたつに分裂。片方が直進。片方が左に舵を切ります」

「直進した方はデコイだな」

 続いて上がってくる報告に荒木提督は的確な判断を見せた。

 艦隊のほとんどが新米艦長であるように、司令部のスタッフも半分は学校上がりのような者ばかりである。スタッフに経験を積ませるいい機会だと、荒木提督自ら教師役とならなければならなかった。



 横に並んで煙幕に突っ込んだ対宇宙戦艦ミサイルは、煙幕に含まれる撹乱粒子の効果によって、目標としてロックしていた<メアリー・テラコッタ>を見失っていた。

 だが自身が出せる最高速で突進していたミサイルである。あっという間に煙幕を突き抜けた。

「どうだ?」

 やはりセントラル・コントロールで虚空を睨んでいるコクーンが、レーダーを担当する船務長ロウリーに声だけで訊ねた。

「ヘリカル軌道に戻っと。おそらく<イワシ>は、こちらば失探(ロスト)

「う~ん、しつこい!」

 つい水雷士リウイが声を上げた。どんなミサイルでも燃料の尽きるまで目標を追うようにセットされている物だ。それは水雷士として、リウイ自身がミサイルの専門家であるはずだから、十分に理解していた。だが、いざ自分が標的とされると知識があるだけに文句が出るのであろう。

「くわくわ」

 全くその通りだと言わんばかりにセントラル・コントロール後方にいるカラアゲが声を上げていた。

「後部甲板に誰かいるのか?」

 セントラル・コントロール内部に訊ねながらコクーンは受話器を耳へと当てた。

「先任伍長が作業長として詰めています」

 船長席の斜め後ろに立つナナカが答えた。それを聞いて満足そうに頷いたコクーンは、相変わらず虚空を見つめながら手探りで番号を打ち込み、後部甲板へと回線を繋げた。

「はいよ」

 気楽な調子で相手が出た。誰何しなくても相手が分かった。<メアリー・テラコッタ>の事ならばネジ一本から知っていると噂される先任伍長ジャックだ。本来ならば応急長ラッセルと一緒になって、もしもの時に被害を最小限にするために応急甲板で待機していなければならないが、今回は標的の曳航という事で、曳航索を管理しやすい後部甲板に詰めていたのだろう。

「曳航索切断!」

「ようそろ」

 カッターが作動し、五〇〇〇メートルも繰り出されていた曳航索が切断された。半壊した宇宙戦艦という姿になった標的が、煙幕を抜けたミサイルの前にフヨフヨと泳ぎ出した。

 もちろん偶然ではなく、そこまでコクーンの計算の内であった。



「<メアリー・テラコッタ>が曳航索を切断。標的が泳ぎ出します」

 重巡洋艦<オブチユウコ>のレーダー士官の報告が終わる前にレーダーホログラムの中で、標的の残骸が一発のミサイルの前へ、その針路を遮るように漂い始めた。

「おお?」

 生煮えな歓声に、教師役の荒木提督はこたえた。

「偶然じゃないぞ。キャプテン・コクーンは<メアリー・テラコッタ>の盾となる位置まで曳航索を切らなかったのだ」

「おお!」

 そこまで計算していたのかと司令部スタッフと、仕事に余裕がある乗組員の一部が感嘆の声を漏らした。

「<メアリー・テラコッタ>が慣性航行を維持します」

「諦めたのでしょうか?」

 まだ若い通信幕僚が質問した。

「いや。腰を据えて銃を構えたというところだ。撃ち落とすつもりだよ」



「ミサイルば再点火! 突っ込んでくっと!」

 船務長ロウリーが再び声を上げた。

「何発向かってくる?」

「二発ばい! 残り一発ばデコイに食いついた。もう一発ば標的へ!」

「船務長。防御指揮を執れ」

 コクーンが握りっぱなしだった受話器を置きながら言った。

 もう<メアリー・テラコッタ>に残されている手段は少ない。一番簡単なのは運を天に任せることだ。天というか宇宙そのものに居るのだから、願いは叶いやすいかもしれなかったが、そんな人生を諦めるような対応を取る海賊どもはひとりも居なかった。

 一番生き残る可能性があるのはハード・キル…、つまり<メアリー・テラコッタ>に搭載された武器によって接近してくるミサイルを撃ち落とす事だった。

 いつまでも船長が全部命令を出しているのでは、各科長の存在意義が無い。煙幕で少しの時間が稼げたので、本来こうした場合に指揮を執るはずの船務長ロウリーに権限を委譲したのだ。

「ようそろ、船長」

 ふたつ返事で頷いた船務長ロウリーは、自らの座席にある受話器を取り上げて、ブリッジと繋げるボタンを押し込んだ。

「航海長。慣性航行んまま変針。S舵〇・四・五」

「慣性航行のまま、S舵〇・四・五。ようそろ」

 命令を受けた航海長ダンカンは、自席から操舵席へ号令をかけた。

「慣性航行のまま、S舵」

「慣性航行、ようそろ」

 操舵員の後ろの席にあたる速力通信器員が四本あるレバーを指差し確認した。どれも中立を意味する真ん中で止まっていた。

 ミサイルに追われているのだから全力で逃げればいいのだろうが、これでメインノズルは沈黙したままとなる。これは防御射撃でミサイルを撃ち落とすための処置だ。ただでさえ三次元的に自由な運動ができる宇宙船から、同じように三次元的に複雑に運動できるミサイルへ、防御兵器であるポンポン砲を当てるのは、コンピュータで弾道を計算するとしても難しい物となる。せめて自船だけでも動力をカットして真っすぐ飛ばないと、当たる物も当たらないのだ。

 じゃあミサイルだって当たらないじゃないかと思うかもしれないが、ミサイルの方は直撃しなくてもいいのだ。弾頭の被害半径に近づいて自爆すれば相手に損害を与えられるのだから、確実にミサイルの方が有利だ。

「Sかーじ」

 復唱しつつ操舵員が操舵輪を右へと傾けた。その操作を受けて<メアリー・テラコッタ>の外舷に並んだスラスターの内、右舷の物が上へ左舷の物が下へ向けて噴射を開始した。

 噴射により<メアリー・テラコッタ>は時計回りに船体を傾け始めた。

 ブリッジの天井には小さく横長のモニターがぶら下げられていた。表示しているのは、PYRという三項目だ。これは原針路との変化を意味する。いまはRと表示された物だけが〇・〇・〇からどんどんと数字を大きくしていった。

「当て舵Zのところ」

「あてーかじー」

 数字が〇・三・〇を超えたところで航海長が号令を発すると、操舵員は操舵輪を戻すだけでなく、少し左へ行きすぎるまで回した。<メアリー・テラコッタ>のスラスターは、今度は逆に右舷の物が下へ、左舷の物が上へと噴射して、ピタリと姿勢を安定させた。

 操舵員が操舵輪を戻すと、天井から下がる針路モニターの内、Rを示す数字もピタリと〇・四・五で止まっていた。

 これで後方上空から迫るミサイルに対して、<メアリー・テラコッタ>は船体を傾けた事になる。これにより上部二基のポンポン砲だけでなく、左舷下部の第四近接防御のポンポン砲も向けられるようになった。両舷の喫水線に装備された三〇ミリ機関砲の内、右舷の物は船体が回転したことによりミサイルを狙えなくなったが、左舷の物はより射角が取れるようになった。

 ブリッジと同じ表示は、セントラル・コントロールの天井にもあった。その変化を見つめていた船務長ロウリーが、砲雷長レタリックへと顔を向けた。

「砲雷長、防御射撃準備」

 同じように数字の変化を見上げていた砲雷長レタリックが、船務長ロウリーを見つめ返し復唱した。

「防御射撃準備」

「準備よし」

 砲雷長レタリックの復唱と同時に、砲術士が即答した。ミサイルが実弾頭だと分かった時点で命令されなくても準備を始めていたのだ。

 砲術士の返答を聞いた途端、船務長ロウリーと、砲雷長レタリックは、ふたり揃って船長席に座るコクーンの顔色を窺うように振り返った。

「撃ち方はじめ」

 静かに彼が告げると同時に、二人は自分のコンソールへと振り返った。

「防御射撃、うちーかた、はじめっ!」

 命令の誤達が無いように、謡うように抑揚をつけた言葉で砲雷長レタリックは命令した。

「防御射撃、うちーかた、はじめっ!」

 砲術士がコンソールのボタンを押し込んだ。と言っても<メアリー・テラコッタ>の船体に装備された四基のポンポン砲を操るのは彼の仕事ではない。それは格納庫の後ろ、上部見張り所に設置された防御射撃指揮所が行うのだ。

 船務科から回されてきたレーダーのデータを元に、照準装置が回転し、現在の<メアリー・テラコッタ>から見て左舷上方から接近する対宇宙戦艦ミサイルへと狙いを定めた。

 照準装置が目標であるミサイルを捉えると、目標までの距離や、目標の速度、運動の方向を観測し、射撃コンピュータへデータとして流し込む。データを受け取った射撃コンピュータは目標にポンポン砲を当てるための射撃諸元を計算して、自動的に近接防御の砲座を回転させて、砲口を目標の未来位置へ向ける。あとは防御射撃指揮所で配置に就いている射手がトリガーボタンを押し込めばポンポン砲が連射されるという仕組みだ。

 各砲座の配置に就いている海賊どもは、連射が長く続けられるように、ポンポン砲が吐き出すプラズマの素である液体金属のボンベを交換し続ければよい。

 最初の爆発は、少し距離のある座標で起きた。煙幕を展開した後に、曳航索を切り離した標的へ向かった一発が着弾して発生した物だ。

 離れているので自分の命がかかっていなければ見事な花火と眺めていられるほどきれいな爆発であった。弾頭にこめられた重核子が全てプラズマに変換され、瞬間的に恒星表面よりも高くなった温度で薄い高分子の膜である標的本体を灼き尽くした。

 だが<メアリー・テラコッタ>の海賊どもはのんびりと眺めていられなかった。次は自分たちの番なのだ。宇宙戦艦の物とは比べることすら話しにならない<メアリー・テラコッタ>の舷側装甲では、あれと同じ結果となることは重々承知していた。もちろん、あの爆発に巻き込まれれば、どんな生命体だって宇宙を漂う星間ガスに還元されてしまうのだ。

 砲術士の命令を受けた防御射撃員たちは、自らの職務を全うした。照準手は的確に対宇宙戦艦ミサイルをレティクルに捉え、照尺手は距離を正確に測ろうとレーザーを目標に照射した。

 そして射撃コンピュータから必要な射撃諸元を受け取った各砲座は旋回俯仰し、長い砲身をまず向かってくる中で近い方である左側のミサイルへと向けた。

 射手のコンソールにある四つの円い表示の内、三つが緑色になった。彼はコンソールにある大き目の丸いボタンを押し込んだ。

 ポンポン砲が連射されるドドドという振動が船体に伝わり、船体の振動が船内に満たされた空気を振るわせることにより、海賊どもには音となって聞こえてきた。

 船内の海賊たちの耳にはポンポン砲の名前の由来になった軽快な音として認知される。

 軽快な音は、加圧されて糸のようになったプラズマが、断続的にミサイルへ向けて発射された証拠である。連続して照射する方がより命中率が高くなるがそうしないのは、ポンポン砲のプラズマ発生器が灼き切れないように冷却する時間が必要なためである。

 同じ射撃諸元は、両舷の喫水線に装備された三〇ミリ機関砲へも送られていた。こちらは防御射撃指揮所とは連動しておらず、装甲宇宙服を着た海賊が、直接目標を狙ってトリガーを絞っていた。

 こちらは数発ごとに混ぜられた曳光弾が照準の助けになるように小さな光を発しながら飛んでいく。ポンポン砲の物よりは小さいが同じように断続的な光が目標に対して射撃をしているということを知らしていた。

 三つのポンポン砲と、ひとつの機関砲の射撃は、対宇宙戦艦ミサイルの表面で弾けた。本物の宇宙戦艦だって防御射撃は行うので、その盾を強引に突破するために、ある程度ミサイル自体に防御力が備わっているのだ。

「これでも喰らいやがれ!」

 左舷三〇ミリ機関砲の射手は、第一分隊のホーサムであった。敵の攻撃を受けている時に身ひとつで宇宙空間に出なければならない部署なので、この場所は第一分隊の中で持ち回りとなっていた。今回は運悪く彼の番だったという事になる。

 機関砲本体の上部に取り付けられた小さなモニターに、目標の方向と、射撃すべき方向だけが表示されている。それに従ってホーサムは一本の支持架に支えられた機関砲本体を振り回し、二つのグリップの間にある押し金式のトリガーを押し込んだ。

 装甲宇宙服越しでも骨まで揺さぶられそうな振動が全身を包み、わずかなヘルメットの空間を満たす空気を振るわせて騒音として彼に射撃を認識させた。

 砲口から吐き出された砲弾は真っすぐと向かってくるミサイルへと飛んでいく。距離にして五〇〇〇メートルほど離れているので、実際に命中しているのかどうかは、照準装置の表示でしか分からない。

「うおおおお」

 威勢よく射撃をするが、あっという間に弾切れとなる。なにせ彼が操る三〇ミリ機関砲は毎分一〇〇発か、毎分二〇〇発の発射速度を選択できるが、マガジンはたったの一〇発しか入っていないのだ。遅い方の発射速度でもたった六秒で空になる。しかもホーサムは早い方の発射速度にセレクターを合わせていた。

 次から次へとマガジンを交換しないと撃ち続けることができないが、その役目は彼ではない。隣に立つ装填手であるフィッツロイが、機関砲の後ろ上部にある装填口に刺さっているマガジンを、手に持っていた装填済みのマガジンと交換した。

 すぐに次のマガジンも空になってしまうので、フィッツロイは足元にある大きな箱の中へ、空のマガジンを放り込むと、装填済みの物を取り上げた。

 箱の中には五本ほどのマガジンしか用意が無い。つまり弾の関係で三〇秒から一五秒も連続射撃をすると、撃てなくなってしまうのだ。

 三〇ミリ機関砲はボルト締めで気軽に増設できる装備だ。船体の好きなところにアチコチと据え付けられる簡便さの代わりに、こうした不便が伴うのは、当たり前と言える。ただ<メアリー・テラコッタ>の三〇ミリ機関砲は両舷のエアロック外に据え付けてあるので、予備のマガジンを取りに行くのは簡単ではあった。扉を開ければ船内である。その向こうに装填済みのマガジンを納めた大箱が四つも用意されていた。

 砲口から飛び出した曳光弾が真っすぐにミサイルへと飛び、そして小さな光点に見える弾頭に弾かれて横に軌道を変えているのが見て取れた。

 当たってはいるのだ。あとはセンサーや軌道変更用のスラスターなどの弱い部分からミサイル内部に食い込んで、内部を破壊してくれれば危険は去るはずだ。

「ちくしょおお!」

 ホーサムが叫び声を変えた瞬間に、世界が白黒に変化した。

 対宇宙戦艦ミサイルが爆発し、プラズマと成り果てたのだ。あまりの明るさにホーサムが見えている世界が白一色に染まり、光の届かないわずかな影の部分が黒と認識されたのだ。



 キャプテン・コクーンが中央に座るセントラル・コントロールが揺さぶられ、ドドーンという音が響いて来た。

「くあああ」

 セントラル・コントロールの後方にあるスタンドの上に止まるカラアゲが、翼を開いてバランスを取った。

 五〇〇〇メートル以下という至近距離で爆発した一発目の影響だ。宇宙は真空で音は伝えないが、爆発で発生したプラズマが津波のように<メアリー・テラコッタ>に押し寄せ、多量の粒子が衝突する事で爆発音を伝えたのだ。

 元は軽巡洋艦の<メアリー・テラコッタ>の装甲はプラズマによって灼かれたが、辛うじて耐えられることができる熱量であったようだ。あと被害と言えば針路が揺れた程度のはずだ。

「一発目は右に逸れたと」

 レーダーホログラムを複眼で見つめ続ける船務長ロウリーが報告した。後ろ上方から接近してきた一発目のミサイルは、その針路がわずかに右舷にずれていたために<メアリー・テラコッタ>へ深刻なダメージを与える事は無かったのである。

「ばってんレーダーダウン。爆発ん影響ん収まるまで全てんレーダーん酔う払うっとぉ」

 弾頭の爆発によって発生したプラズマは、あらゆる波長の電波も放射する。近距離でそんな物を浴びてしまった<メアリー・テラコッタ>のレーダーは、敏感な戦闘用の物から、普段使いするために耐久性能重視の航法用の物まで、回路が焼き切れるのを防ぐために内蔵されている遮断器(ブレーカー)が作動したのだ。

 いま船務長ロウリーが見ているレーダーホログラムも、爆発の瞬間までの情報で止まっていた。

「まずいぞ! 砲側射撃!」

 すぐに砲雷長レタリックが反応した。まだ一発ミサイルが接近中のはずだ。その形状からコーヒーポットと綽名されている射撃用レーダーが使えないとなると、あとは光学照準器…、つまり肉眼で見てぶっぱなさなければならない。もちろん命中率は大きく下がる。



「指揮装置破損!」

 命令回線に怒鳴り声が飛び込んで来た。

「各近接防御は砲側照準となせ」

「砲側照準、ようそろ」

 命令を復唱したダンゾーは、モニターの画面を切り替えた。今まで簡易的な十字しか映像に重ねられていなかったのに、今度は本格的なレティクルが画像に重ねられた。

 動く光にレティクルを合わせるとボタンを押し込んで、標的としてロックした。あとは特にジョイスティックを操作せずとも、画像解析でコンピュータが自動追尾をして、射撃に必要な諸元を計算し、逐一砲座を目標に向けるはずだ。

(まるで初めて乗り込んだ日みたいだ)

 簡易宇宙服に身を固めたフレッドは、横からダンゾーの扱うコンソールを覗き込みながら思った。

 彼女が宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>に乗組んだ初日にも指揮装置が破損して、砲側射撃に切り替わった。ただし、その時は訓練であったが、いまは実戦だ。

 ダンゾーのコンソールにあるセレクターも、ちゃんと「MUNUAL」に切り替えられていた。

 画面の中央下から断続的に赤い光の筋が、レティクルに囲まれた光点へと飛んでいくのが見える。他の砲座も射撃しているのだろうが、見えるのはフレッドが配置に就いている第四近接防御と呼ばれるポンポン砲の光線だけだ。

 当たっているとは思うが光点は揺らぎもしない。そして確実に大きくなっていた。

「まずいな」

 ダンゾーがポツリと呟いた。簡易宇宙服のヘルメットに取り付けられたマイクは、特に遮断しない限りどんな声でも拾って共通回線へと流してしまう。同じように砲座を挟んで立っているポンポン砲の機関部を操作するコンソールに就いているリーブスからは、定期的に「はい、はい」と液体金属が詰まったボンベを交換する掛け声がかけられているのが聞こえていた。

「なにがまずいんです?」

 戦闘中だから無駄口を叩くと怒られると思ったが、あんなに無口のダンゾーが呟くなんて珍しくて、ついフレッドは質問してしまった。

「ミサイルが円く見えるままだろ」

 もうコンソールは操作しなくていいのか、ダンゾーは画面中央でレティクルに囲まれた光点を指差した。

「ええ、はい」

「円いってことは、真っすぐコッチに向かっているということだ」

「へ?」

「外れる時はなあ」

 掛け声の合間にリーブスが口を挟んで来た。

「楕円に見えるのさ」

 彼に言われて頭の中で整理してみた。円筒形のミサイルが飛んでいる時、横から見ると、とても長い長方形に見えるはずだ。では断面の円で見えるとしたら?

「つまり、アレは当たるってことだ」

 ダンゾーが淡々と言った。まるで命中しても他人事のような口調であった。

「ひえっ」

 フレッドは短い悲鳴を上げはしたが、そこから逃げ出すことも無く、ダンゾーのコンソール脇にある手摺に掴まったままだった。

 なにせ逃げ出しても結局<メアリー・テラコッタ>の船内だ。一発目のミサイルの爆発を見て分かっていた。あんな巨大な爆発を喰らったら、どこにいても結果は同じであることは、宇宙海賊の見習いを始めたばかりのフレッドにすら理解できた。

「どうするんです?」

 かえって肝が据わって、フレッドはダンゾーに訊ねた。

「撃ち落とす」

 答えは明瞭であった。

「当たらなかったら?」

 フレッドが訊き返すと、ダンゾーは右肩だけを竦めてみせた。



 すでに足元にある大箱へ入っているマガジンは、すべて撃ちきってしまった。

「はやくしろ」

 三〇ミリ機関砲から手を離したホーサムが船内に続く扉を開き、外扉と内扉の間の小部屋に置いた別の大箱に手をかけた。

「はやくしてるって」

 装填手役のフィッツロイは、空になったマガジンが入った大箱を扉の向こうへ放り込み、自分も装填済みのマガジンが入った大箱を手にかけた。

 ふたりでひとつずつ。計ふたつの大箱をエアロックの外に置くと、ホーサムは自分で開けた大箱からマガジンを取り出して、装填した。

 もう射撃指揮所からのデータが届いていない照準器を無視して左上方を見上げると、ぞっとするぐらいの大きさにミサイルは近づいていた。

「このやろお!」

 砲口を振り上げて経験と勘だけで照準をつけ、トリガーを絞った。



 もう確実にモニターの中の光点は、物体と指摘できるほどの大きさまでになっていた。

 だが持ち場を離れる海賊は誰もいなかった。リーブスの掛け声で次々に液体金属ボンベを交換し、球形の砲座は砲手のナーブラが操作するままにプラズマを吐き続けていた。

 もちろん、その役割から外の様子をモニターで見ているダンゾーも逃げ出す気配もなかった。それどころか他のミサイルはどうなのか、レティクルがはみ出さない程度に画面を動かして、周囲の様子を確認しているほどだった。

(ここで死んでも)

 不思議と恐怖すら感じず冷静な自分でいることにフレッドは驚いていた。

(その時は、その時というわけね)

 各々ができる仕事を一所懸命に取り組んでいる。ここまでできることをやりつくしていたら、あとは運を天に任せるだけしかない。

(ええと、なんて言うんだっけ? 人事を尽くして天命を待つだっけ?)

 一種の精神的逃避かもしれないが、フレッドはそんなことを思いながら、手すりを掴んでいる右手の握力を強めた。



 二度目の爆発は、最初の物とは比べ物にならないほど<メアリー・テラコッタ>を揺さぶった。

 立って配置に就いていた海賊の内数名が、その衝撃で床に転がるほどであった。

 座って仕事をしていた者でも、真面目にシートベルトを締めていなかった海賊は、床へ放り投げられるようにして転がる者がいたほどだ。

 コクーンが直接指揮を執るセントラル・コントロールでも、砲雷科の幾人かが座席からふっとんで床を舐めるはめになった。室内後方のスタンドに止まっていたカラアゲも、あまりの振動に放り出されたが、そのまま羽ばたいて飛び立つことで落ちる事を免れた。

 爆発の振動は三〇秒も続かなかった。

 すかさずコクーンは一度置いていた受話器を取り上げて怒鳴った。

「被害状況は!」



 爆発の瞬間、第四分隊のオハナは簡易宇宙服を着て応急甲板の通路にいた。遊んでいたわけでは無い。第四分隊は戦闘配置がかかった場合に、第一分隊の補助に回る事と定められているのだ。

 もっと具体的に言うと、近接防御で消耗される液体金属や弾丸の補充だ。

 陸戦隊が担当の第四近接防御のポンポン砲は、液体金属の補充まで陸戦隊がやってしまうが、他の砲座はそこまで人員が足りていないのだ。

 よって第四分隊の男たちは、ポンポン砲用に液体金属をボンベに詰め、各砲座の制御盤まで運ぶ仕事を担当することになる。

 女たちも(と言ってもセントラル・コントロールにレディ・ユミルが詰めている今はオハナひとりだけしかいないが)暇ではない。もう一種類ある近接防御用の兵器、三〇ミリ機関砲用マガジンの補充という仕事がある。

 応急甲板の前部にある倉庫区画で、他よりも厚みがある扉が一枚ある。弾薬庫の扉だ。

 中には三〇ミリ機関砲の砲弾が収められている。

 戦闘中の今は、適当に弾薬庫から運び出したパッケージを破き、通路に座り込んでマガジンへ装填する仕事に取り掛かっていた。

 まるで井戸の手押し式ポンプに見える道具に、一定の割合で通常弾、徹甲弾、曳光弾を重ねて行き、下部に空のマガジンをセットし、一気にレバーを押し込むと装填が完了する。

 威勢よく砲座で撃つ裏側では、地味な力仕事で支える者たちがいるのだ。

 マガジン一〇本に装填が完了すると、大箱二つへ揃えて入れる。大箱自体はいつも船長公室まで食事を運ぶ台車へ乗せて、エアロックの内側まで運ぶのだ。近接戦闘の頻度に寄るが、そこで今運んできた大箱と空になった大箱とを交換することになる。

 ミサイルの衝撃は凄まじく、ひとりで作業をしていたオハナは、見えない巨人に放り投げられたかのように宙に浮いた。

 まだ壁や床に衝突する前に、オハナは体を丸めて衝撃に備えた。

 彼女の体は天井に一回、そして床で二回跳ねて止まった。

 カテゴリーⅠでの戦闘配置なので、オハナは白地に黄色の簡易宇宙服を着ていた。簡易とはいえ宇宙服であるから、ある程度の対ショック性能があった。それにエアロック内側に入る時はカテゴリーⅡの扱いなので、先だってヘルメットまで被っていたのは幸いであった。

 特に骨折などの大きな怪我もせずに、彼女の体は色々な物が散らかった通路に転がって静止した。

「あいたたた」

 さすがに衝撃をまったく殺すことはできず、殴られたぐらいの感覚はあった。誰も聞いていないと知ってはいても、つい声が出た。

「大丈夫か!」

 通路の向こう側から同じ白地に黄色の簡易宇宙服を着た者が走って来た。

 声の質から厨房を取り仕切っているマサだと分かる。あまりの衝撃にオハナが怪我をしていないかと確認しに来てくれたのだろう。

 彼は床に倒れているように見えるオハナに駆け寄ると、助け起こした。

「きこえる…」

「?」

 彼女が何を言っているのか分からずに、マサが首を捻った。彼の腕の中から通路の先を確認するようにオハナは振り返った。

「聞こえる…」

「え?」

 彼も耳を澄ましてみた。

 どこか遠くで、女の子が泣いているような声がしていた。




 解説の続き(段落ごとのまとめてみました)


※※※(最初の段落には特になし)


ダウントリム一杯:本文中にあるように針路を九〇度下に向ける号令。同じようにして針路を一八〇度変えることを「ダウントリム最大」と呼ぶことと設定した。またキャプテン・コクーンがすぐ反応できたのは、絶対どれかの駆逐艦がやらかすと信用していなかったからだ

<イワシ>:大型ミサイルがイワシだと、駆逐艦はスズキぐらいか?巡洋艦がカジキで戦艦がクジラとか


荒木提督が腹を切って…:まさか本当に切腹するというわけではない。責任を取って辞職するという意味だ


ECM:簡単に言うと電波妨害で相手のレーダーを使えなくする事


※※※


※※※


S舵:時計回りに捩じるのをS舵。反時計回りに捩じることをZ舵と呼ぶと設定した

自席から操舵席へ:通常直の時は立って号令をかけるが、戦闘配置だと席に座って号令をかける物とした。そうじゃないとアクロバットしたときにかかる加速度に耐えられないはずだから

PYR:ピッチング、ヨーイング、ローリングを表す。ピッチングは上下方向、ヨーイングは左右方向、そしてローリングは左右の傾斜具合を示す

数字もピタリと:もちろん操舵員の熟練した腕の結果である

三つが緑色に…:射撃可能なポンポン砲の準備が整ったという事を示す

マガジンはたったの一〇発:現行の戦闘艦船に備えられる機関砲はベルト給弾といって一〇〇〇発ぐらいの弾丸が連なっている。マガジン式なのは本文に記したとおり。一〇発なのは無重力下で扱いやすい大きさだからと設定した。まあ、そんなに長い間連射する時間的余裕は無いはずだから、これで十分なはずだ


※※※


赤い光の筋:発射したプラズマは光速に近い速度で離れていくのでフレッドから見るとドップラー効果で赤く見える


※※※


※※※


※※※


聞こえる:オハナちゃんはヘルメットをしているから普通の音声は聞こえないはずである。それなのに聞こえたという事は、この泣き声は普通じゃないからだ。泣いているのはきっと<彼女>である

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