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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
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宇宙海賊やろう! よんじゅう

 それでは次の演習の準備をします



 宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>の周辺に、作業船が集まっていた。彼らの目的は<メアリー・テラコッタ>そのものには無くて、横に浮かぶ巨大な物体である。

 グンマ宇宙軍の制式塗粧に染められたそれは宇宙戦艦…、にそっくりな風船であった。

 風船とは言ってもお尻に標準型ミサイルの物と同じ推進器を持っているので、ごくゆっくりとした加速ではあるが、自ら動くことが可能となっていた。

 今回の演習では、相対速度をより実践的な物とするために、元はイサリオン級軽巡洋艦であった<メアリー・テラコッタ>が曳航する事になっている。そのために<メアリー・テラコッタ>からは先任伍長であるジャックを筆頭に、何人かの海賊たちも標的の準備に駆り出されていた。

 徐々に空気が入って膨らんできており、姿だけは銀河系のこちら側で一番見かけるアメリカ級宇宙戦艦のそれに似てはきているが、所詮は風船である。マストやら近接防御などの細い部分は似ても似つかないか、もしくは省略されていたりした。

 まあいちおう標的としてある程度は本物っぽくなりすますため、演習が始まったら表面には光学迷彩がかけられることになっている。そうなってから標的をミサイルのオプチカルセンサーから見れば、そういった細かいディテールは判別できないはずなのだ。

 大きさも実物と同じ五〇〇メートル級である。隣に居る<メアリー・テラコッタ>の三倍近い大きさだ。だが本体はナノ技術で織られた宇宙繊維の塊であるから、二〇トンほどと、とても軽い。そこへガスを充填して膨らませるわけだが、これも表面一メートル分の厚みが気嚢となっているだけで、中身は真空のままだ。

 なにせ多少の凸凹があるとはいえ、全長五〇〇メートル、太さ八〇メートルの巨大なラグビーボールである。この大きさに何も考えずに空気を詰めたら、体積から単純計算すれば一六七五トンを超える質量となってしまう。それにスペースデブリや演習弾の直撃などで、穴が開いて中身が抜けたら、せっかく詰めたガスを回収できずにもったいないということもある。よって表面だけが複数に分けられた気嚢によって膨らんで、たとえ破けてもその気嚢の分だけガスが失われ、残りは回収できるように配慮されていた。

 そして詰められるガスも、特殊な物ではなく生命体が呼吸で使用できる「空気」が選択されていた。もちろん水素ガスなどの軽いガスの方が、総質量が小さくなり動かす時に楽になるというメリットがあるが、分子が小さすぎるために風船を形作る繊維の隙間からガスが逃げ出してしまうのだ。また水素だと酸素と触れたら爆発の可能性だってあった。

 そこを空気にすれば、安全だし、たとえ穴が開いて失われても特殊ガスと比べてそんなに惜しくは無いし、またどんな宇宙船でも必ず持っているガスであるから調達しやすいというメリットもある。

 周囲が真空なのでそんなに気圧をかけて充填しなくても十分に膨らむ。だいたい〇、一気圧をかければ形を保つことができた。これで総質量は風船本体が二〇トンに(体積と気圧から計算して)空気が八トンで、合計二八トンとなる。他に推進器やら光学迷彩や電波欺瞞の電源などを合わせれば、合計三〇トンほどとなる。だいたい燃料も何も積まない空荷状態の艦載水雷艇と同じだ。

 これならば推進出力が軽巡洋艦の頃とそう大して変わっていない<メアリー・テラコッタ>でも、大加速をかけて曳航する事が可能だ。

 もちろん流れ弾などで被害を受けないように、曳航索は最大五〇〇〇メートルも繰り出すことになっているが、演習予定宙域までは<メアリー・テラコッタ>の推進器で焼かない程度の後方、およそ三〇〇メートルで引っ張ることになる。

 複数ある注入口から空気を入れられて、最初は子供が書いたラクガキの四つ足獣のような外見だった標的も、まともな見た目になりつつあった。

 集まっている作業船は充填する空気を提供し、宇宙服で各充填口を回っている作業員のほとんどがグンマ宇宙軍と契約している民間業者だ。<メアリー・テラコッタ>の海賊どもは、主に曳航索の取り付けの方へ行っているはずである。

 その「お荷物」を、コクーンはつまらなそうにブリッジの船長席から舷窓越しに眺めていた。すでに作業の邪魔になるバーベキュー航行は止めているため、背景の星空はピタリと動いていなかった。

「なにか問題が?」

 横に立つのは現在の当番長であるレディ・ユミルであった。彼女の声に反応したのか、船橋(ブリッジ)の後ろの方に立ててあるスタンドに止まっていたカラアゲが気怠そうに瞼を開いた。

「問題って?」

 取りつくおうとしたのか、声に若干の変化を加えてコクーンが訊き返した。スタンドに止まっているカラアゲが真似したように「くえ?」と鳴いた。

「とても不満そうに見えますよ」

 立ったまま事務作業の続きをやっていたレディ・ユミルは、自分の周囲に浮かべたホログラムを消しながらコクーンを睨みつけた。

 船長に決裁してもらう予定の電子書類は、すでにコクーンの前にあるコンソールへと転送済みであった。

 声の端々に宇宙(そと)を眺めている余裕があるなら、とっとと書類を片付けろという響きが混ざっていた。

「分かってる。仕事だって言うんだろ?」

 ちょっと子供のように拗ねた声を出したコクーンに、レディ・ユミルは怒るのではなく、反対にクスリと笑った。

 コクーンは、よほど標的役が気に入らないようだ。まあ、それもそのはずだ。なにせ本業は宇宙海賊である。豪華客船を襲撃して金品を強奪、追っ手の護衛艦数隻とやり合ってから振り切り、あとは獲物を裏マーケットで換金する。なんていう派手な仕事とは対極に位置する役目だからであろう。

 こんな裏方の仕事は、サラリーマン根性が染みついた宇宙軍の支援船艇にやらせればいいはずだ。しかも今回は曳航索へ余分な負担をかけないために、回避行動を取らないことになっていた。本当にただ真っすぐ飛ぶ「的」の役目である。

 これは静かな作業環境での事務作業(デスクワーク)が大好きな人種ならば大歓迎の仕事ではないだろうか。だが宇宙海賊に静かな作業環境なんて物を求めないで欲しかった。

 いちおう補足するが、レディ・ユミルだって宇宙海賊の一員である。こんな地味な仕事よりもブラスターをピコピコ撃ち合う派手な仕事の方が好みであった。

(そして戦闘後に修理や補給でかかる費用にヒステリーを起こすのまでが、お約束であった)

「しょうがない船長さんですね」

 クスクスと彼女に似合う方法で笑ったレディ・ユミルは、船長席のコクーンへ歩み寄ると、彼の顔を覗き込むように屈んだ。

「お・し・ご・と、ですからお願いしますよ」

 彼女の纏う(かぐわ)しい空気の中で、コクーンは遠慮なく溜息をついた。

「で? 作業の方はどうなっている?」

 コクーンの急かすような態度に、気を利かせたブリッジ要員の誰かが、通信を担当するセントラル・コントロールへ問い合わせてくれたようだ。

「あと一時間ほどで完成の予定」

 レディ・ユミルと同じR舷の航海士ダンダスが見積もりを答えてくれた。

 いちおう一か所から加圧すれば、隣の気嚢へは逆止弁を伝って次から次へと空気が充填されるような構造となってはいる。だが、なにせ全長が五〇〇メートルもある風船だ。一か所から空気を入れると、(かたよ)りができたりしてうまく膨らまない事がある。とりあえず充填して放置しておけばパスカルの原理でいつかはまともな形にはなるが、そこまでグンマ宇宙軍も暇では無かった。よって複数の注入口から気圧が一定になるように丁寧に充填しなければならなかった。

「片付けだって時間がかかるだろ? とすると出港は二時間後ぐらいか?」

「おそらく」

 簡易宇宙服に紺色のアポロキャップという姿のダンダスは、今度はどこにも問い合わせずに頷いた。航海士であるから、そういった時間の予想は得意なのだ。

「よし、ナナカ」

「はーい」

 レディ・ユミルとは反対側に立っていたナナカがいつもの間延びした調子で返事をした。

「総員へ発令。出港五分前とせよ」

「はーい。出港五分前、発令します」

 途端に、ここ三週間では一日一回の戦闘訓練の時しか鳴らなかった、不協和音を三段階積み重ねた警報が鳴らされた。

 船内にいた海賊どもは一斉に放送へと意識を向けたはずだ。

「総員へ通達、出港五分前。繰り返します。出港五分前」

 よく間違われているが、出港五分前というのは「五分後に出港しますよ」という意味ではなく、「五分後に出港する事になってもいいように準備せよ」という意味である。

 ナナカを通じて発令されたコクーンの命令で、船内が活気づき始めた。

 三週もの間ずっと港に居る事自体が宇宙海賊船として珍しい出来事であったので、外舷にある各種点検パネルなど開けっ放しで放置されている箇所も多かった。

 出港ともなれば船体に最大の負荷がかかるワープ航法やら戦闘やらに耐えられるように、ちゃんと片付けなければならない。甲板作業が担当の第一分隊の海賊どもは、宇宙服を着こんで担当の点検パネルが航行に耐えうるように固定されているかチェックしなければならなかった。

 仕事はそれだけではない。第五分隊が運用している二隻の艦載水雷艇も、使いやすいようにと係船桁に繋がれていたが、これも片付けなければならないのだ。

 左右に張り出したワーレントラス構造の係船桁自体も、現在の位置から分解して、航行中の格納場所とされている格納庫の装甲扉の裏へと固定し直さなければならない。

 そういった仕事の現場指揮は、ちょうど標的に曳航索を取り付けるために宇宙空間へ出ていた先任伍長ジャックが担当する事になった。

 装甲扉の中から伸びるロボットアームと一緒になって、まず<オクタビウス・ワン>が格納庫へと仕舞われる。その次に装甲扉の裏へ、宇宙服を着た海賊どもが手で作業して左右一本ずつ係船桁が固定された。さらに右の装甲扉には、係船桁に重ねて、上下逆さに<オクタビウス・ツー>が固定された。

 それぞれが定位置に固定されたのなら、丁寧に装甲扉が閉められていく。もちろんゆっくり閉めるのは物を挟まないためだ。

 ここまでが第一分隊と第五分隊の仕事だ。装甲扉が閉められた後の格納庫では、お互いの背中を向け合った<オクタビウス・ワン>と<オクタビウス・ツー>でギリギリ一杯になる。

 他の第二分隊から第四分隊だって暇ではない。特に機関を担当する第三分隊は大忙しだ。

 第三分隊の応急長や応急士も第一分隊とは別に外舷にある機関関係の点検パネルをチェックしなければならないが、もっと大変なのは四つある主缶と主機の出力を上げることだ。

 その正体は縮退炉である四つの主缶で発電した大電力を主機へと流し込み、推進剤をプラズマ化、それをノズルから噴射して初めて<メアリー・テラコッタ>は前へと進むことができる。だが町乗りのスクータじゃあるまいし、アクセル一本捻っただけで速度を上げられるわけではないのだ。

 主缶だって急に発電量を増やすことはできないし、主機だっていきなり大量のプラズマを発生させるわけにはいかないのだ。それには決められた安全基準に則った手順があり、それを無視して出力を上げると、機関に不具合が生じるのは当たり前の話しであった。

 とくに炉内にマイクロ・ブラックホールを持つ縮退炉は、急に発電量を増やすと、マイクロ・ブラックホールが「渇いて蒸発」してしまう危険すらある。そうなったらもう主缶として役立たずのただのお荷物に成り下がる。どこかのドックに入渠してマイクロ・ブラックホールの発生からやり直さなければならなくなるのだ。

 巨大なプラズマ発生器である主機だって同じだ。いきなり大量のプラズマを発生させようと推進剤を考えなしに送り込んだら、内部の温度が下がりすぎてプラズマが消えて、出てくるのは、ただのお湯になった推進剤なんてことになりかねないのだ。

 もちろんカタログに書かれている通りの手順でやっている分には、そういった事故が起きる可能性は低いが、ここへさらに長年<メアリー・テラコッタ>と付き合って来た海賊どもの経験が重なる。本来なら三分間待たなければならないところを、この条件ならば二分に短縮しても大丈夫など、過去からの経験で手順は最適化されていた。

 逆に長い間、宇宙海賊船として酷使されてきてガタがきて、通常のカタログデータよりも手間をかけなければならない箇所もあったりした。

 そこは副長アキテーヌを頂点とする機関のエキスパートたちが、勝手知ったる我が家といった感じで機関室を走り回って、あっちのバルブを開けたり、こっちのレバーを引いたりして、安全確実に出力を上げていくのであった。

 航海科を抱える第二分隊も大忙しだ。出港に向けて各種の航法データの収集や、準備がある。また第二分隊のもう一方の柱である電波関係だって暇ではない。中継ステーションの管理局に出港手続きをしなければならないし、また敵のレーダーから「よく見えないように」するため全船の消磁を重ねて行わなければならない。

 ブリッジに立つレディ・ユミルが率いる第四分隊なんかは、船内で海賊どもが生活している限り仕事が無くなるなんてことは無いのである。

 やる事が無いのは、呑気にアクビなんかしているカラアゲぐらいなものである。

 船長席の内線に呼び出しがあった。通話相手を灯って教えてくれるボタンを見れば、<メアリー・テラコッタ>の中枢であるセントラル・コントロールからであった。

「ブリッジ、船長だ」

 すかさず受話器を取り上げた。

「セントラル・コントロール、タイラーです」

 タイラーは通信士をやっている男だ。通信関係は停泊中でも戦闘中でもセントラル・コントロールの受け持ちである。

「グンマ宇宙軍の荒木提督から通信です。そちらへ回します」

「ようそろ」

 受話器を置くと同時に船長席のコンソールに一枚のホログラムが転送されてきた。

 コクーンが指先だけでコンソールを弾くと、定型文の要点だけ書き替えたような文面が、グンマ宇宙軍のマークとともに表示された。

「提督はなんて言って来たの?」

「う~ん…」

 ザーッと読んでいるとは思えないほどの速さでホログラムを下へとスクロールしたコクーンは、提督自身のサインで締められた通信文から視線を外した。

「まあ簡単に言うと『オレは準備が終わったから、先に行ってるぞ。ガッハッハ』ってな事だな」

「クケケケケ」

 コクーンが見せた荒木提督の物まねに合わせてカラアゲが笑い声のようなものを上げた。

「本当に『ガッハッハ』なんて書いてあるんですか?」

 探るように睨んでくるレディ・ユミルの態度に、コクーンはホログラムのスクロールを上に戻した。

「ほら、ここらへんなんかそうだろ? 『本艦は準備完了により、艦隊より先行し…』あたりなんか、あのジジイの顔がチラつくぜ」

「大切なスポンサーをジジイ呼ばわりしないでください」

「ふん。いつもチビッコギャングって呼ぶお返しだ」

 拗ねた小学生のような態度に、レディ・ユミルは溜息を鼻から逃がした。




 解説の続き


ミサイル…と同じ推進器…ごくゆっくり…自ら動くことが可能:ミサイルのエンジンがついていて、後述するように艦載水雷艇と同じ質量なら素早く動けそうな気もする。自転車のギヤを切り替えて、同じ人が漕いでいても短距離を早く進むのと、長距離をゆっくり進むのとできるように、長時間運転できるように出力を調整しているという設定

空気を詰めたら:昔は泣きながら紙に公式を書き出して楕円体の容積を計算したものだったけど、情報化の現代はネットで検索すると計算してくれるサイトがあったりして便利。宿題に泣いている頃にコレがあったらなあ

曳航索:五〇〇〇メートルなんて凄い長さと思うかもしれないが、現在の海軍だって標的の曳航はそれぐらいの長さでやったりする。宇宙空間だとむしろ短いぐらいだ

子供が書いたラクガキの四つ足獣:ガヴァドンって名前かな?

出港五分前:日本の会社で必ずある「五分前行動」ってやつですな。でも意味を履き違えて五分前に出社しろ、いや十分だ、十五分だとかエスカレートして、一時間前に出社しろとか極端な例もある。いや元の意味を知らないなら使うなよと言いたい

スクータじゃあるまいし:スイッチひとつでエンジンがかかるなんて自家用車とスクータぐらいなもの。ちょっと古いオートバイだって暖機運転を十分しないとギヤを繋いだ途端にエンストする。蒸気機関車なんか走る出すまでに一時間や二時間も平気でかかる。現在の大型船舶だって機関始動に十分時間をかける。宇宙船だってきっとそうだろう


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