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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
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宇宙海賊やろう! よん

 日常の風景の続き

 第四戦闘態勢とか適当に考えたけど、実際の艦船での食料品の補給って、こんな感じなのかしら?

 それとも出入りの業者が汗を掻き搔きすませるのかしら?



 冷蔵コンテナを乗せたトラックを運転して、マサは宇宙港へと戻ってきた。

 助手席には満足げなレディ・ユミルが座っている。あまりの上機嫌に小さく鼻歌を口ずさんですらいた。

 まあ上司の機嫌が良いことは良い事だ。

 さらに言えば、マサは彼女の歌声が好きであった。普段の喋り声は少々掠れたような声なのだが、レディ・ユミルの歌声は透明感を持って耳に染み入るのだ。

 宇宙桟橋の直前に検問が設けられていた。この先は軍港であるから、憲兵がチェックしているのは当たり前である。

 見慣れない車両に、見慣れない二人が乗っているのだから、憲兵たちが警戒するのがあからさまに分かった。

 他の車はゲートの前で一旦停止して、何事か言葉を交わした程度で通過を許されているのに、二人の乗ったトラックは脇の駐車スペースへと誘導された。

「面倒だわね」

 先ほどまでの上機嫌をどこにやったか、レディ・ユミルは目が据わった声を出した。声も透明感がある歌声から地のガラガラ声に戻っていた。

「まったく」

 マサも面倒事が嫌いである。だが、ここを無理に突破する理由が「面倒だから」では、いくら宇宙海賊でも無法すぎるというものだろう。

 誘導されるままにトラックを脇に寄せると、憲兵の一人が運転席に近寄って来た。窓を開くと、被っているヘルメットに手を当てながら見上げて来た。

「通行証を持って降りて来て」

 さらに面倒な事を言われた。憲兵には聞こえないように溜息をついたマサは、ギッとパーキングブレーキをかけると、言われた通りにトラックを下りた。

 すでに何人もの憲兵が、柄付きのミラーなどで車体の確認を始めていた。

 マサの異装に憲兵たちがギョッとするのが感じられた。ここで運転席からいつも携帯している長ドスを持ちだしたら、面倒事の上乗せになるだろうと感じたマサは、懐を探って端末を取り出した。

「通行証」

 画面に呼び出したゲートの通行証は、司令部で発行してもらった物である。もちろんそこには所属と(マサという名前自体偽名かもしれないが)氏名が写真入りで表示されていた。

「宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>?」

 憲兵たちが素っ頓狂な声を上げて、自分たちの端末で検索を開始する。すぐに望みのデータが現れたらしく、驚きの余りエアシールド越しに漂泊宙域を見上げる者もいた。

「積み荷は?」

 まあ入港した宇宙船の乗組員が冷蔵コンテナを積んだトラックに乗って帰ってきたら、中身は生鮮食料品というのは常識なのだが、それでも憲兵は訊ねて来た。

「肉に魚に、野菜。これが一覧」

 積み荷の一覧を端末に表示すると、憲兵はろくに見ないで言った。

「いちおう開けてくれる?」

 お願いという態度であるが、半ば命令である。まあ宇宙海賊を自称する宇宙船に乗り込んだ時点で疑われるのは慣れっこである。

 マサは抵抗することなく後部へ回り、コンテナの扉を解放した。

 余所者に厳しい土地だと、わざわざ一品ずつ保存ボックスを空けてチェックされることがある。だがここの憲兵はそれほど真面目で無かったのか、それとも荒木提督がそれとなく回覧を回しておいてくれたのか、コンテナの中に入ることなく積まれた保存ボックスの山を眺めただけで許してくれた。

 コンテナの扉を閉めて、ロックを確認する。レバーの根元にあるパイロットランプが緑から赤に変わればロックされた証明だ。

 検問を通過すれば宇宙桟橋である。ただしここは二人が降り立った宇宙桟橋とは違う場所であった。

 二人が降りたのは将校用の宇宙桟橋で、下士官や兵はこちらの荷貨物兼用桟橋に上陸するようになっていた。

 海賊に将校も下士官も兵の違いは無いが、船長がこちらの桟橋を使用すると、他の船から見くびられかねない。上に立つ者にはそれなりの配慮が必要なのだ。

 ということで宇宙海賊船<メアリー・テラコッタ>では階級による区別などを設けてはいなかったが、軍隊で言うところの将校、下士官、兵に当たる分類として「大幹部」「幹部」「戦闘員(したっぱ)」と三つの階級が存在した。

 こちらの桟橋には「戦闘員」たちを乗せて上陸させた、青と黒で塗粧された<オクタビウス・ツー>が着床しているはずである。

 助手席のレディ・ユミルが端末を取り出し、どこの着陸床で<オクタビウス・ツー>が待っているかを検索した。

 やはり荒木提督に呼ばれたからといって、桟橋までは優先されないようだ。将校用の宇宙桟橋と同じように、一番突端に近い着陸床が割り当てられたようである。

 一度割り当てられた着陸床は混乱を避けるためにそうそう変更されない物だ。

「ん」

 立体映像を端末の画面に表示したレディ・ユミルは、ハンドルを握るマサに見えるように差し出した。

「ようそろ」

 路面に書かれた案内と、立体映像を見比べて、マサはトラックをひとつの交通橋へと進ませた。

 それにしても侘しい光景である。普通、これだけ民間船が集まっている宇宙港ならば、宇宙軍の艦艇もそれなりに集まっているから、ひっきりなしに着床したり離床したりと、騒がしいはずだ。

 だがいま<カゴハラ>に駐留している宇宙軍艦艇の大部分が駆逐艦である。あまりに小型なので駆逐艦には搭載艇は無い。宇宙港側の交通艇が、地上で言うところのバスのように順番に回って来るのを待つか、管制局にタクシーと呼ばれる少数人数向けの交通艇をリクエストするしかない。よって駆逐艦自体が宇宙軍桟橋を使用することは稀なのだ。

 そして交通艇の大部分はここではなくもっと民間と供用される宇宙桟橋の方へと発着するのだ。

 ちょぼちょぼと埋まっている着陸床にはド新品の艦載水雷艇か、もしくは少々くたびれた艦載水雷艇しかいない。おそらく片方が、あの高橋艦長の指揮する重巡洋艦<キタノシゲオ>の搭載艇で、もう片方は荒木提督の座乗艦<オブチユウコ>の搭載艇であろう。

 もちろん民間の宇宙桟橋の方には大小様々な宇宙艇が集まっているようだ。見上げれば宇宙空間を飛んでいる宇宙艇の数は多い。活気があるというのは、ああいう事を言うはずだ。

 そんな喧騒の中でエアポケットのように寂しい交通橋を走り抜け突端までやって来た。

 向かって右側で光っている物がある。各着陸床の出入り口に建っている小さな小屋の壁面に装備された回転灯だ。あれの意味するところは「使用中」である。

 目を凝らさなくても<オクタビウス・ツー>が駐泊しているのが分かった。

 マサはそのまま着陸床へ乗り入れた。

 着陸床に三点の着陸脚を降ろしている<オクタビウス・ツー>であるが、最初に降り立った時とはシルエットが変わっていた。

 補給長であるレディ・ユミルが<メアリー・テラコッタ>連絡して、荷役用に背中にあたる甲板に載せた一般船室(キャビン)を外して来てもらったのだ。

 艦載水雷艇は交通艇として使用する事が多いが、戦闘艇としても使用可能なように、甲板の船室は取り外しができるようになっていた。そして荷貨物を運搬する時は、そこへ直に国際コンテナを取り付けられるようになっていた。

 ちなみに甲板に載せられる船室には将校用船室もあり、そちらは(もっぱ)ら<オクタビウス・ワン>に載せっぱなしであった。

 噂では連合宇宙軍に、銀河連合事務総長専用であるところの壁も床も天井も全部「黄金」でできているという豪華な仕様の船室もあるとか。

 もちろん皇室や王室を掲げる星間国家には、それなりの宇宙艇が用意されていたりした。

「おー、ごくろうさまー」

 近づいて来たトラックに<オクタビウス・ツー>のタラップの上に現れた女パイロットが手を振った。 

 とても若い女であるが、他の宇宙海賊と同じで彼女の腰にも小型ビームガンを納めるガンベルトが巻かれていた。彼女は肩ほどにのばした髪をお下げに結んでいた。

「お互いさまにな」

 マサも運転席から手を振り返した。敬礼なんて交わさない。それどころか、まるで親戚…、いや家族のような気安さだ。

 宇宙海賊には上も下も無いのだ。みんな平等が建前である。ただ、それだと色々な不都合があるので、レディ・ユミルの補給長とか、コクーンの船長などの肩書がある。

 助手席から降りてまっすぐタラップに向かったレディ・ユミルとは違い、運転席に残ったマサは、トラックのギヤをバックに入れて出入り口の小屋の方へとトラックを下げた。

 そこには二、三台の黄色く塗られた車が停められていた。着陸床の中でなら自由に使っていいことになっている作業車だ。

 マサはトラックからロボットアーム車に乗り換えた。

 ロボットアームの先端は、大きな四角い枠のような構造になっている。サイズはちょうど国際コンテナと同じである。

 始動ボタンを押して作業車の目を覚まさせたマサは、軽くハンドルを回して、トラックへ横から接近した。

 トラックだけでなくこういう作業車ぐらいのメカニックは簡単に操作できないと、宇宙海賊としてはもちろん失格である。

 低圧力のタイヤが強引に着陸床を捉えるから、どんなに乱暴に運転してもスリップすることはあり得ない。適当な距離まで近づいたところで、マサは運転席に並んでいるレバーのひとつを入れた。

 それだけでロボットアームが作動を開始した。あとは操作しなくても、アームに取り付けられたセンサーでコンテナとの距離や角度などを測り、自動的に先端に取り付けられた四角い枠を、コンテナの天板へと重ねるのである。

 重なったらこれまた自動的に四隅のロック機構がコンテナとロボットアームをドッキングさせる。同時にトラックとコンテナを繋いでいるロック機構が外れるようになっていた。

 そうやってマサの操る作業車は、トラックのシャーシから国際規格で作られた冷蔵コンテナを持ち上げた。

「よっと」

 バックでトラックから離れたマサは、レバーを操作して冷蔵コンテナの短辺方向が手前に向くように調整した。艦載水雷艇には翼があるので横方向からだと積載が難しいのだ。

 自然と冷蔵コンテナの扉がマサの方を向いた。ポツと赤色に灯っているのは扉のロック機構のパイロットランプだ。

 後ろから長手方向に差し込むようにして、マサは<オクタビウス・ツー>に冷蔵コンテナを搭載しようとする。もちろん後部にあるメインノズルなどに接触させたら大事になるから作業は慎重にだ。

 ロボットアームを限界まで伸ばすと、重い物を先にぶら下げているから、作業車の後部タイヤが浮き気味になる。このまま前にコケたら、それこそメインノズルを破損してしまう。さすがに緊張する一瞬だが、ロボットアームのセンサーは無事に<オクタビウス・ツー>の艇体を捉え、コケないように自分で微調整して冷蔵コンテナを降ろし、ロックを解除した。

 同時にトラックのシャーシと繋いでいた物と同じ下部のロック機構が作動し、無重力の宇宙空間でもコンテナ本体が<オクタビウス・ツー>から外れないようになる。

「ふー」

 一仕事終えてマサは大きく息をついた。

 ロボットアームを畳んで作業車を駐車スペースに戻し、トラックの運転席から愛刀と、源蔵徳利を回収すれば、もう用事は無い。懐から出した端末で施錠を指示すれば、トラックのドアもメインスイッチもロックされる。

 冷蔵コンテナを返却する時にトラックも一緒に返すことになろうが、別の誰かが言いつけられるはずだ。その時はマサからロックに使ったパスワードを教えてもらえばいいだけだ。

 着陸床を横断し、離床準備に入って機械音を漏らし始めた<オクタビウス・ツー>のタラップを上がった。

「もう閉めてもいいのか?」

 タラップを上がったところはエアロックとしても使用できる通路となっている。十字路になっているそれは、艇首側の扉は操縦室に、艇尾側の扉は船室に繋がっているはずだが、冷蔵コンテナを積んだ今は行き止まりになっている。

 マサの質問に、操縦席から忙しそうな声で女パイロットが答えてくれた。

「ああ、閉めちゃっていいよー」

 許可を得たマサは、出入り口脇にある操作パネルを弾いた。自動的にタラップとなっていたハッチが持ち上がり、手すりを格納しながら艇体と一体になる。

 ガシャンとロックボルトが嵌るのを指差し確認してから、操縦室へと踏み入れた。

 背中の船室を外してしまうと<オクタビウス・ツー>には艇首の操縦室しか乗る所がない。すでに左側の操縦席には、タラップで手を振ってくれた女パイロットが、ヘルメットを被って耐Gシートに納まり、始動手順をこなしていた。

 彼女は気密を維持するフェイスシールドを外していたので、普通に通信機など使用せずに会話が行えた。これはおそらく艇内での意思疎通を優先させているからであろう。

 同じ機器が並んでいる右側の操縦席にはビジネススーツのままでレディ・ユミルが着き、女パイロットの始動手順を手伝っていた。

 狭い操縦室には、それでもまだ席はある。二つ並んでいる操縦席を見おろす真ん中にある艇長席と、そこからさらに後ろの壁面に折り畳まれた予備席だ。

 一瞬だけ艇長席に座って偉そうにふんぞり返るという欲求が生まれたが、マサはおとなしく壁面に畳まれた予備席を起こして座った。

「艇長席でもいいよ~」

 チェックリストを読み上げる隙に振り返った女パイロットが微笑んだ。

「いや。俺はここでいい」

 シートベルトを締めて、長ドスと源蔵徳利を抱える。チラリとマサに視線を寄越したレディ・ユミルが何か言いたそうだった。おそらく「艇長席で操縦の手伝いをしなさいよ」といったところか。

 いちおう基本的に艦載水雷艇はひとりで操縦できることになっていた。その場合は、女パイロットが座っている前方左側の席で全部やることになる。これが戦闘時の出撃となると、右側の操縦席に座る者が武装を扱う砲手(ガンナー)役となる。その二人を総括し、戦闘を優位に運ぶために戦況を判断するのが、真ん中の艇長の仕事だ。

 よって艇長席にはレーダーを始めとするセンサー類の情報が集まるようになっていた。

 桟橋から母船への短いフライトだろうが、宇宙航行には違いない。宇宙港の中では縦横無尽に色んな宇宙艇が飛び交っているから、衝突事故を避けるためにも周囲の警戒は怠れないのだ。

 が、もう自分の仕事は済んだとばかりにマサは予備席で瞼を閉じた。源蔵徳利に手を付けないのは、操縦席でせわしない二人に対しての礼儀…、いやレディ・ユミルが怖いからか?

「管制局、聞こえますか?」

 左側のコンソールから生えている操縦桿についている通信機のスイッチを入れると、今までの日本語に代わって、女パイロットが英語で中継ステーションの管制局へ話しかけた。

 宇宙空間を管轄する管制局と、宇宙戦艦を始めとする宇宙船との交信は、原則として英語を使用する事になっているからだ。

「こちら<メアリー・テラコッタ>搭載艇<オクタビウス・ツー>。宇宙桟橋から母船へ戻るためにアップ中」

「こちらカゴハラ中継ステーション管制局。準備が完了しましたら有視界航行を前提に発進を許可します」

 なにせ肉眼で見える距離の航行である。途中でエアシールドを越えれば危険な宇宙空間ではあるが、わざわざ番号を振って細かく管制などしていられない。操縦桿を握るパイロットが目で見て判断しろと言って来たのだ。

「許可を感謝します。機関の予備運転終了次第、離床の予定。準備が完了したら、また連絡します」

「了解しました<オクタビウス・ツー>」

 たったそれだけで管制局との交信は終了した。女パイロットが管制局との交信をしている間に、レディ・ユミルがチェックリストを五行ほど終わらせ、補機の試運転を開始した。

 段階的に機械が目覚めていく音が操縦席に伝わって来た。

「艇内の機密を確認」

 一度だけ空調のダイヤルを回して、艇内の気圧を上げる。耳にツンとくるが、これで不自然に気圧が下がるようならば、どこかから空気が漏れているという事になる。もちろんそんなことになれば宇宙空間を飛ぶことなんてできない。

「操縦室もオッケー。コンテナもオッケー」

 機体と接続したロック機構を介して冷蔵コンテナの内部もモニターしている。冷蔵コンテナには食料品が積まれているので、宇宙空間でも変質したり味が落ちたりしないように、気温以外は操縦室と同じ環境が保たれるようになっている。もちろん扉がロックされている事が前提であるが、積み込む直前にマサはパイロットランプを確認していた。

 空気漏れの確認が終われば気圧を下げる。余分な圧力は機密を保つためにある各部のパッキンなどに負担となるからだ。それに、もし空気が漏れ出したとしても気圧が低ければ短時間に漏れ出る量は少なくなる。少量の損失ならば空気タンクの中にある分だけで安全地帯へ逃げ込める可能性が高くなるからだ。

「ええと」

 女パイロットは操縦席の中で周囲を見回した。同じように各部の点検をしていたレディ・ユミルと視線があった。

「忘れ物は?」

「大丈夫」

「では」

 女パイロットは再び通信機のスイッチを入れた。

「こちら<メアリー・テラコッタ>搭載艇<オクタビウス・ツー>。離床準備できました。航行の許可を願います」

「こちらカゴハラ中継ステーション管制局。了解しました。有視界航行。離床を許可します」

「許可を感謝します」

 返信と共に女パイロットは、レディ・ユミルとの間に複数あるレバーの内、細い一本を手に取った。レバー上部にあるボタンを押し込みながら少しずつ動かしていくと、機体に振動が加わり窓から見える風景がゆっくりと下へ流れ始めた。

 ある程度上がったところで、もう余分な噴射プラズマで着陸床を焼く心配が無いと判断したのだろう。女パイロットは、レバーを真ん中ぐらいまで進めた。

 一気に垂直上昇の速さが上がった。それから主動力(メイン)推力(スラスト)レバーを倒し始めた。

 前進する力が発生して<オクタビウス・ツー>は軽快にエアシールド内の飛行を開始した。

 宇宙桟橋との相対速度が上がるにつれて、少しずつ細い方のレバーを動かして、垂直方向の噴射を弱くしていき、最後には停止させる。

 これで<オクタビウス・ツー>の離床はできた。

「三時上の方向<メアリー・テラコッタ>」

 噴射のコントロールで艇位を見失っていた女パイロットであるが、レディ・ユミルがそこはサポートし、母船の方向を大雑把に示した。

「ようそろ」

 女パイロットは左コンソールから生えている操縦桿や足元のペダルを操作し、艇首が<メアリー・テラコッタ>へ正しく向くように舵を切った。

 操縦室に軽いブザー音が響き、二人の前にあるコンソールの画面に「CAUTION」の文字が赤色で表示された。レディ・ユミルがコンピュータに確認の操作をすると、すぐに収まった。

 エアシールドと宇宙空間の境目が近づいていたのだ。

 操縦に集中している女パイロットの代わりに、レディ・ユミルがもう一度宇宙航行に必要なチェックリストをコンピュータに走らせる。もちろん最後は人の目や手で確認するのを忘れない。

 エアシールドを越えたところで、女パイロットが一気にスロットルをオフした。加速を続けなければならないような距離では無いし、相対速度が上がりすぎると今度は<メアリー・テラコッタ>とのランデブーが難しくなるからだ。

 操縦室内が静かになったような気がした。

 宇宙空間はもちろん音を通さない。伝える空気が無いからだ。

 だからといってエアシールド内を飛行中に操縦室へ雑音が聞こえて来るかというと、そうでもない。なにせ気密構造なのだ。

 ただ機体のフレームが受ける振動が音に変換されるので、エンジンを吹かしていれば細かな振動が操縦室内に届いて音として認識される。

 音が無くなった代わりと言っては何だがレディ・ユミルの髪がフワリと広がった。エアシールド内部に働いていた人工重力が届かなくなり、無重力になったのだ。

 同じように女パイロットやマサの髪も広がるはずだが、マサは髪を短くしているし、女パイロットはヘルメットを被っていたので目立たなかった。

 コンピュータが操縦系を重力下モードから宇宙空間モードへと切り替えた。

 宇宙空間に出ても<オクタビウス・ツー>には何ら問題は発生していなかった。

 向かっている<メアリー・テラコッタ>はというと、艦軸を中心にゆっくりと回転していた。

 右回りにドリルのように回転するには意味がある。片方の面だけ恒星の光を受け続けると、そちらだけ温まってしまい、逆に受けていない面との温度差が相当な物になるのだ。

 宇宙合金の装甲が施されているとはいえ、金属で出来た艦体の左右で温度が違うのは、膨張率などを考えてもあまりよろしくない。よって極端な遠心力が発生して慣性制御装置の負担にならない程度のゆっくりとした速度で宇宙船は回転させることが望ましい。これを(停泊していても)バーバキュー航行と呼ぶ。

 三人が目指している<メアリー・テラコッタ>も、この基本を忠実に守っているのだ。

 中継ステーション周辺に設定された漂泊宙域に辿り着いた時と<メアリー・テラコッタ>は姿を変えていた。

 大雑把なラグビーボールのような紡錘形は変わっていないが、前三分の一の所にある艦橋から後ろ、背中に当たる部分の装甲を観音開きに開いたままなのだ。

 それと装甲扉のヒンジのすぐから細い鋼材を組み合わせてワーレントラスとした腕が左右に出されていた。

 右舷のワーレントラスに、人間の腕よりも細いロボットアームで<オクタビウス・ツー>から取り外した船室だけが係留されていた。格納庫が大きい宇宙空母ならば、艦載水雷艇から取り外したキャビンなどを船内にしまっておけるが、なにせ小さい事で有名なイサリオン級である<メアリー・テラコッタ>には余分な隙間は無い。なので、こうして宇宙空間を活用するしかないのだ。

 このワーレントラスとロボットアームの組み合わせは、惑星の海洋で使用する艦船にある設備にあやかって係船桁(けいせんこう)と呼ばれていた。

 レディ・ユミルが<メアリー・テラコッタ>の艦橋付近にある赤色の航行灯を確認してから通信機のスイッチを入れた。

「<メアリー・テラコッタ>管制、聞こえますか? こちら<オクタビウス・ツー>。左舷より接近中」

「聞こえていますよ<オクタビウス・ツー>。こちら<メアリー・テラコッタ>管制です」

「どちらにつけますか?」

「ちょっと待ってください」

 いったん通信が途切れた。どうやら艦載艇の収用などを担当する部署に確認を取っているのであろう。

「いつもの左舷四番ポストにつけて下さい」

「ようそろ。左舷四番だって」

 セリフの半分は横の女パイロットに向けてだった。

「ようそろ」

 女パイロットは、断続的に左にある操縦桿を動かした。それに合わせて<オクタビウス・ツー>の軌道が直線から、機首を下げるような円軌道へと移り始める。相手が回転しているので、ランデブーするには<メアリー・テラコッタ>を周回する軌道に入らなければならないのだ。

 時計回りに回る<メアリー・テラコッタ>との相対速度を殺しながら<オクタビウス・ツー>は近づいて行った。<メアリー・テラコッタ>の角運動量と<オクタビウス・ツー>の行足が揃い、ゆっくりと左舷に張り出した係船桁へと近づく形となってきた。

 目標は係船桁の一番端に取りつけてある衝突防止用の黄色い灯火だ。

 左舷の係船桁は艦載水雷艇が二隻並べるだけの長さがある。内側の方は<オクタビウス・ワン>のために空けておき、外側にある「4」と書かれた看板が掲示されているところが、管制に指定された四番ポストである。

 係船桁と相対的な速度が揃ってきたところで、今度は正面コンソールにある細いジョイスティックで姿勢制御ノズルを操作して、接近を開始する。ここで焦ると衝突事故のもととなるので、じっくりと手間を楽しむつもりで行わないとならない。

 係船桁の黄色いランプの近くから、四番の看板へと移動を開始する。

 細かい操作にかかりきりとなった女パイロットの代わりにレディ・ユミルが、コンソールに艇首カメラの映像を呼び出し、係船桁にある看板の画像を表示すると、コンピュータに読み取らせた。

「はい、ご苦労さま」

 最後の微調整は自動操縦の方が効率的である。レディ・ユミルが声をかけると同時に、女パイロットは、操縦桿にあるボタンを押し込んだ。

 これで自分が接近しつつある係船桁を確認した<オクタビウス・ツー>のコンピュータが、後は自動でやってくれるはずだ。もちろん機械が誤作動した場合に備えて、まったく余所見をして遊んでいていいわけでは無いのだが。

 日頃の整備のおかげか<オクタビウス・ツー>のコンピュータは正常に作動し、艇体各所にある姿勢制御ノズルからプラズマを噴射し、係船桁との相対速度をゼロとした。

 レディ・ユミルが操作パネルを弾くように操作して<オクタビウス・ツー>艇首のカバーを開きボラードを露出させた。

 それを待っていたように、係船桁に取り付けられたレールをロボットアームが走ってきて、そこを掴んだ。

「肉眼で係留を確認」

 女パイロットが口に出して言った。なにせ操縦席の窓から見て目の前である。人間の腕より細いロボットアームで少々頼りなく見えるが、これで<メアリー・テラコッタ>とのドッキングは完了である。

 その間に<メアリー・テラコッタ>の開いたままの格納庫から、別のロボットアームが立ち上がった。

 太さなどは係船桁の物と同じだが、長さが遥かに違う。そのロボットアームの先端には、四角い枠のようなカートリッジが取り付けられていた。

 枠の大きさは国際コンテナと同じである。着陸床のところにあった作業車の物とは少しデザインが違うが、コンテナを運ぶための枠である。

「あ、質量計の数字、事務所の端末に送っておいてね」

「ようそろ」

 積み荷が降ろされる前に、どれだけ積み込んだかを実際に計測した値は役に立つ。なにせ書類上では一〇キロの買い物をしたはずなのに、一割も二割も重いことがあるのだ。肉屋でマサが羊肉をサービスしてもらったように、大抵の業者は良心的なので多めに積み込んでくれるからだ。

 余分なショックを与えて大変な事にならないように、ゆっくりとロボットアームがカートリッジを冷蔵コンテナに被せた。これで着陸床の時と同じようにロック機構が働き、冷蔵コンテナは<オクタビウス・ツー>から外れ、ロボットアームに動かされる事になる。

 中身が食料品であるから丁寧に冷蔵コンテナは移動され、格納庫へと仕舞われていく。それと合わせて別のロボットアームが、布製のホースのような物を係船桁の上を引き摺ってきた。

 片側は<メアリー・テラコッタ>のエアロックに繋ぎっぱなしだ。そのままロボットアームが<オクタビウス・ツー>の操縦室後ろの天井にある出入り口へとホースを繋ぐ。ホースの中に空気を充填すれば、宇宙服に着替えなくとも<メアリー・テラコッタ>へ乗り移ることができるという寸法だ。

 宇宙船乗りたちはこの仕組みを、見たままの「ホース」と呼んでいた。だがホースはホースでも昔はフェカルスラッジホースと呼んでいたらしい。

 宇宙服を着たまま糞尿をした場合、後になって掃除機のお化けのような装置と繋いでそれを吸いだす必要がある。昔の宇宙船乗りはその糞尿汚泥処理用のホースに、この仕組みを見立てたのだ。

 ホースの口金の部分が<オクタビウス・ツー>の背中に接続される音が、フレームを通じて響いて来た。

 無事に冷蔵コンテナの切り離しを確認し<オクタビウス・ツー>の機関停止手順を開始した女パイロットを待たず、レディ・ユミルは操縦席のシートベルトを外した。

「それじゃあ、先に上がっているわね」

「ようそろです」

 チェックリストを確認しつつ女パイロットがお辞儀をした。補助席に座っていたマサもシートベルトを外した。

 途端に低重力のために体が浮き上がる。自転する船体からのびた係船桁に係留されているので、とても微弱な疑似重力が発生しているのだが、無重力とほぼ同じように行動できた。

 マサは低重力では不便な足元の雪駄を脱ぐと、懐へとしまった。

「さ、行きましょうか」

 ヘッドアップディスプレイに手をついて、狭い操縦席から体を抜いたレディ・ユミルが、お尻の下に敷いていたショルダーバッグを手に、後部のエアロックを目指して宙を泳ぎ出した。

 そこは宇宙海賊として長い経験のマサも負けてはいけないと、扉を開いて先に出た。

 地上ならば天井にあたる部分も、重力がほぼ無ければ簡単に手が届く。基本に忠実に、操縦席との扉を閉めてから、二人はハッチに取りついた。

 ちゃんとホースと接続されて、通路に空気が充填されていることを、円形のハッチに取りつけられたパネルで確認してから、レバーを解放する。

 少しだけあった気圧差で、プシュという音がしたが、異常はみられなかった。

 手前に円形のハッチを引くと、向こう側に一人が立てるだけのスペースがある。そこからは横へ布製のホースの中を泳ぐことになる。

 まず長ドスに源蔵徳利をくくりつけたマサがホースの中へと泳ぎ出し、レディ・ユミルが後に続いた。レディファーストという言葉があるが、無重力ではかえってそれが失礼になる場合もある。もし下から衝突しようものなら、必殺の蹴りが炸裂する事になるだろう。そんなことになるぐらいなら、先に泳ぎ出す方が百倍もマシだった。

 係船桁には艦載水雷艇が並んで二艇係留できるようになっているので、意外と距離がある。ホースのところどころにある枠は、衝突などでホース内部の空間が必要以上に凹むことを防ぐためのいわば安全装置だ。その軽合金製の枠には、途中で姿勢を直すための手摺と、仄かに灯る通路灯が設置されていた。

 ほどなく二人は<メアリー・テラコッタ>側のエアロックへと辿り着いた。デカデカと描かれた人が尻もちをつくようなピクトグラムは「この先重力地帯注意」の意味を持つ。通常時船内には慣性制御装置で人工重力がかけられているので、ほぼ無重力のホースから出て来て転ぶ者が多いのだ。

 ホースの中で天地を<メアリー・テラコッタ>と合わせ、マサが扉を開いた。狭い部屋の向こうに、もう一枚の扉がある。

 レディ・ユミルと二人でその部屋に入る。人工重力で足が地に着く感触が、肩にのしかかるようにやってきた。

 足元が床に粘つくように感じるのは錯覚では無くて実際にそうなっているからだ。外から雑菌を余分に持ち込ませないために、靴の裏の汚れを取るように、床には粘着シートが貼ってあるのだ。

やはり基本には忠実に外の扉を先に閉めると、室内に女の声でアナウンスが入った。

「追跡器、盗聴器の類、発見されませんでした」

 宇宙海賊という職業柄、どこで盗聴器などを仕掛けられているか分かったものではない。よって宇宙港から帰って来た者のセンシングが欠かせないのだ。

 アナウンスで異常が無いことを知った二人は、船内へ通じる扉を開いた。

「それでは、オレは…」

 船内での自分の持ち場へ戻るためか、まず懐から出した雪駄を叩きつけるように通路の床へ投げたマサは、足を通しながら空手チョップのような挨拶をした。そのままレディ・ユミルを置いて、通路を先に歩き始めた。

「ああ、お願い。綺麗に積むのよ」

「ようそろ」

 振り返りもせずにマサは手を振った。それを見送ったレディ・ユミルは、エアロックを通路に出た所に設置されているパネルを弾いた。備え付けのモニターに船外カメラの映像を呼び出した。

 ちょうど冷蔵コンテナを掴んだロボットアームが格納庫へと収まり<メアリー・テラコッタ>の背中にある装甲ハッチが閉まるところだった。

 それを確認したレディ・ユミルは、船橋(ブリッジ)を呼び出す番号を打ち込んだ。厚い宇宙服の手袋越しに操作できるように、画面にタッチする方式ではなくアナログなボタン式の操作系である。

 呼び出し(コール)音の三回目が鳴る直前にブリッジにいる誰かが出た。おそらく当直に立っている「大幹部」の誰かであるはずだ。

「はいよ」

 飄々とした口調は飛行長だなと相手の正体を推理していると、パネルに映像が来た。

 顔の上半分を隠すようなサラサラの銀髪。間違いなく<メアリー・テラコッタ>に乗組んでいる、もう一人のエルフである飛行長であった。飛行長は楽し気な微笑みを口元に浮かべていた。

「買い出しご苦労さん、レディ・ユミル」

「ああ、あんたか」

 相手を確認した途端に彼女の声がぞんざいになった。それに気が付いていないのか、それとも気が付いていない振りなのか、飛行長は笑顔のままだ。

「全艦に第四種戦闘態勢を出して欲しいんだけど」

 レディ・ユミルの要請に、ニヤリとしてみせる飛行長。

「ようそろ、第四種戦闘態勢を発令します。船内に通達。第四種戦闘態勢!」

 会話の後半はブリッジ内部に向けての物だったらしい。途端に艦内のそこここにある放送設備のスピーカが、ガガーピーと号笛の代わりに鳴ってから、女の声でアナウンスを流し始めた。

「総員、第四種戦闘態勢。繰り返します。総員、第四種戦闘態勢」

「じゃあ、私は格納庫で指揮を執るから」

「ようそろ」

 飛行長は、わざとらしく右肘を横に張り拳を胸に当てる海賊式の敬礼をしてみせてから通話を切った。

 レディ・ユミルが格納庫へ着くころには、冷蔵コンテナの収容は完了していた。頭の上となる観音開きの装甲扉は完全に閉められ、格納庫に空気が充填されていく。二艇の搭載艇がいないと体育館のように広く感じられる空間の真ん中に、ロボットアームに降ろされた冷蔵コンテナが鎮座していた。

 わらわらと格納庫に通じる通路に<メアリー・テラコッタ>の海賊どもが集まって来た。ただ、これが軍艦などならば統一された軍服であろうが、そこは海賊船、一筋縄にはいかないのであった。

 気圧が通路とほぼ同じになったところでロックが解除され、集まって来た海賊どもが格納庫へと踏み込んだ。

 レディ・ユミルのビジネススーツが霞むぐらいの色とりどりの連中が冷蔵コンテナに押し寄せた。一番多いのは簡易宇宙服姿であるが、作務衣を着た女から、中世ヨーロッパ調の鎧を着こんだ男、タキシードにシルクハットという男も居れば、パンダの着ぐるみを着ている性別不明な奴までいた。もちろん作業服や戦闘服の者も混ざっていた。

 人種も様々だ。ほとんどが日系宇宙人なのは、船長やレディ・ユミルを見ればだいたい想像がつくが、地球発祥の宇宙人でも白人が居れば黒人も居る。そしてドワーフやマウシェンと呼ばれる別星系の宇宙人も居た。

 別星系の宇宙人と言っても、小さな者ばかりではない。逆に見上げるような大柄な体と、頭に角を生やしているのは、ルテーラ系宇宙人であり、その怖い形相からおとぎ話の悪役として登場する(オーガ)と呼ばれている種族だ。まあ、さすがに巷ではオーガでは差別的だという理由で、巨人(ジャイアント)と呼び変えるようになってきたようだ。しかし宇宙海賊という商売では、相手に恐がられる方が得なので<メアリー・テラコッタ>では呼称はオーガのままであった。

 レディ・ユミルが命じる前に、海賊どもは慣れた様子で一直線に並んだ。扉のロックが外され、冷蔵コンテナの中にも列が伸びていく。もちろん色んな服装の者が居るから、薄着をしていて冷気対策をしていない者はコンテナの外で待機だ。

 こうしてコンテナ内部から格納庫を通り、さらに開けっ放しにした扉から通路の向こうまで列が綺麗に完成した。

 レディ・ユミルは、その列の先がちゃんと一列に続いているか確認して歩いた。

「肉はたくさん買って来たのかい?」

「歳を取ると脂身が苦手になってな」

「見える! 見えるぞよ。おぬしの後ろによからぬ影が。これは誓約の腕輪。これを購入すれば…」

「私、豚肉きら~い」

「ホウレンソウが産地だって聞いてるけど、美味しいのかしら」

 列から次々と話しかけられるが、それにいちいち応えていたら目的地へ着くことは出来なくなってしまう。ほとんどの受け答えを曖昧な微笑みで誤魔化し、たまにいる妙なやつには怒ったりしてみせて、レディ・ユミルは通路を食糧庫の方へと進んだ。

 狭いタラップでは列の横を通るのに苦労しながらもようやく食糧庫に到着、列の末端で着流し姿のマサが腕組みしている所へ辿り着いた。

 マサは勇ましくも、ねじり鉢巻きをして待ち構えていた。

「それじゃあ、大丈夫ね?」

 中身が寂しくなった食料庫で仁王立ちになっているマサが大きく頷いた。

「よーし。戦闘開始!」

 レディ・ユミルが声を張り上げると、それが聞こえた者が次々と復唱していった。

「戦闘開始!」

「ようそろ!」

「戦闘開始だってよ」

「見える! 見えるぞよ。キミの後ろによからぬモノが。これは誓約の腕輪。これを購入すれば…」

「戦闘開始らしいぞ」

「わたしのことはオハナちゃんって呼んで」

「いつでも来い!」

 さざなみのように列の先頭に伝わると、さっそく戦闘開始…、つまり荷下ろしが開始された。

 なにせ量がある。これがご家庭の晩御飯ならば主婦が片手で提げられようが<メアリー・テラコッタ>の海賊全員分だ。

 しかも一食分ではなく、しばらく航海しても困らない量ときている。補給長の配下である第四分隊だけでは(宇宙には昼夜が無いが)陽が暮れたって終わらないだろう。それに、いずれは自分たちの胃に納まる物だ。当直員以外で手伝わない者には食べる権利すら無いだろう。厳しい仕事はみんなで分担するのが理にかなっていた。

 これを<メアリー・テラコッタ>では「第四種戦闘態勢」と呼称していた。正規の人員配置ではないが、なるべく多くの人員が参加するのだからそう呼ばれるだけの価値はあった。

 冷蔵コンテナから出された保存ボックスは、バケツリレーの要領で次々に食糧庫の方へと運ばれていく。もちろん扉に近い順から手を付けられるので、購入した順番とは逆に、野菜から始まって、肉、そして魚とくるはずだが、段々と無秩序になってくる。

 まあ手伝ってもらっているので文句は言えない。その分、表面に書かれた品目を読み取り、野菜は弱冷蔵室へ、魚や肉はそれぞれの冷凍室へと振り分けなければならない。それは実際に検品したマサが担当した。

 レディ・ユミルは途中で不届き者が食料を横取りしないかを見て回るために、いったん来た食糧庫から格納庫へ向けて戻り始めた。

「ほいさ」

「よいさ」

「重いぞ」

「ようそろ」

「見える! 見えるぞよ。おぬしの…、おう、もう次の荷物か」

「でかいだけ」

「ようそろ」

「ちょっと、かたい」

「ほらよ」

 ほとんどが気のいい奴である。不安覚えるのは常習犯の数名だけ。そいつらだって周りの目があるうちは悪さをしないのであった。

 冷蔵コンテナ一杯の保存コンテナとはいえ、みんなでやれば一時間もかからない。

 最後の保存コンテナがリレーされていった。監督しつつ道を戻って来たレディ・ユミルは冷蔵コンテナの中へ入って空なのを確認すると、大声を上げた。

「状況終了!」

 すると列に並んでいた連中も口々に復唱する。

「状況終了!」

「終わりだってさ」

「あれ? お米は?」

「味噌も醤油もまだか?」

「見える! 見えるぞよ。おぬしの後ろによからぬ影が。これは誓約の腕輪。これを購入すれば…」

「終わり終わり~」

「わたし新しいマヨネーズが欲しい~」

「ホントか?」

「おしまいだって」

 そのうち列の誰かがブリッジへ連絡したのだろう、放送設備のスピーカがまたガガーピーと鳴ってから艦内放送を流し始めた。

「状況終了。用具収め。ご苦労様でした、通常直に分かれて下さい」

 正式な終了の通告に、半信半疑でまだ列に残っていた者も解散を始めた。

「足りない物は明日以降になるから、その時もよろしくね」

 ゆるゆると雑談をしながら艦内各所へ戻って行く乗組員たちに声をかけながら、レディ・ユミルは通路を戻った。

「ありがとね。ごくろうさま」

 手を振ったりして解散していく連中に、愛想笑いで挨拶しながら食糧庫に辿り着くと、マサが最後の点検なのか、端末の情報と実際に積み上げられた保存ボックスを見比べていた。

「どお? 問題は無さそう?」

「まあリストに無い物もだいぶ積み込んだが、この通り」

 食糧庫には、ちゃんと整理されて保存ボックスが積み上げられていた。荷物を取りに来た者が困らないように、通路が空けてあるだけでなく、天井の照明がなるべく行き渡るようにまで配慮されていた。

「明日は?」

「まあ、米とか味噌とか欲しい物はまだあるが、毎日船を空けるのも問題があるんじゃないか?」

 マサに訊き返されて、レディ・ユミルは腕組みをして考えた。

「それもそうね。じゃあ明後日か明々後日にしましょう」

「賛成だ。さ、ヌカミソをまぜないと」

「そ、そうね」

 レディ・ユミルがブルッと体を震わせた。

 食料庫は保存のために室温は氷点下である。ビジネススーツだけではいつまでもいられない。

 対して着流し姿のマサは平気な顔をしていた。脇に置かれた愛刀と源蔵徳利を手に取り、彼女を急かすように言った。

「とりあえず、お茶を淹れよう。それぐらいの余裕はあるだろ」

「すまないわねえ」

 マサの気遣いに感謝しながらレディ・ユミルは歩き出した。

「今日ぐらいは、いいところをサシミにして出してもいいのではないか?」

「それは名案ね。みんな手伝ってくれたし…」

 献立の話しをしながら二人は通路へと出て行き、ガシャンと食糧庫の扉を閉めた。光による食材の変質を予防して、自動的に室内の明かりが弱くなる。

 その薄暗くなった食糧庫の中で、一つの保存ボックスがガサリと動いた。宇宙船によっては生きているまま食料として豚や羊、鶏などを運び込むことがあるが<メアリー・テラコッタ>ではそうした事はしていない。それなのに保存ボックスが自然と動くことは、考えられない事だった。

 いま運び込まれたばかりの保存ボックスのひとつが動くと、内側から勢いよく開かれた。




解説の続き

柄付きのミラー:外国の要人なんかが来日した時に、警察の検問で使っている車体の下などを確認する器具

余所者に厳しい土地:保存ボックスを開けさせて、何かしらの物品の提供を求める所までがテンプレートであったりする

埋まっている着陸床:他の巡洋艦は<メアリー・テラコッタ>とは違って三、四隻の艦載水雷艇を搭載していると設定している

ロボットアーム車:現代ならフォークリフトだろうし「今度は戦争だ」な映画だとパワーローダーだったりする。和美はそこの中間を狙ってみました

四角い枠:イメージは貿易港にある自走式のコンテナ積み下ろし用のガントリークレーン

原則として英語:さすがに現行の航空無線も英語で通信しているので、宇宙に行ってもこういった通信は英語で行われるのではないだろうか

気圧:アポロ宇宙船とソユーズ宇宙船が初めてドッキングしようとした時に、気圧から空気の組成まで違って大変だったという話をきいた

バーベキュー航行:実際にアポロ宇宙船などが行った航法

係船桁:いまの護衛艦にもあるのかな?たまに落ちる奴がいた

赤色の航行灯:船舶も航空機も左舷に赤色の航行灯を点灯しなければならない。宇宙船もきっとそうなるだろう

ホース:まあ名前はアレですな。<オクタビウス・ツー>の背中に直接接続されているのではなく、Lの字型のカプセルを介して接続されていると設定した

二艇係留:コイノボリのように並列に三隻が並ぶように係留されると設定した

粘着シート:おそらく宇宙船には必要かと。でもマサは履いていた雪駄を懐に入れていたから、効果は無かったかな?

船橋:戦闘艦ならば艦橋。宇宙海賊「船」なので船橋

号笛:「ごうてき」いまだに護衛艦では使用するのだとか。まあ出港ラッパも鳴らすぐらいですものね

ヌカミソ:日系の乗組員が多ければ必要かと

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