宇宙海賊やろう! さんじゅうきゅう
さてホテルで地元の有力者と会う予定のキャプテン・コクーンですが
ボーイに案内されて、コクーンとロウリーはヒルベルト・インフィニティ・ホテル・カゴハラの敷地内を歩いていた。周囲の見た目だけは自然林と変わりが無い。立ち並ぶ針葉樹に、小鳥の囀りまで聞こえてくるような空間だ。
夜間に足元が不便にならないように、路傍の石に見せかけた照明がアチコチに仕掛けられている。周囲を下生えが覆っている中を計算された曲線を描いて白い砂利を押し固めた歩道が敷かれていた。
敷地内を移動するのに、わざわざ客の足を使わせるのも、高級感を出させる演出の内だと聞いた事があった。
時たま生垣で視線が遮られる箇所がある。それが大抵、ロッジの入り口となっていた。
余計な視線をカットするように、行き違いになっている生垣を通ると、北欧風のロッジが二人を出迎えた。
「こちらでございます」
ボーイは二人へ頭を下げ、ロッジ入り口のチャイムを押し込んだ。
しばらくしてからカチリとわざと音を立ててドアが解錠された。
頭を下げたままのボーイを無視するように、二人はロッジの扉をくぐった。
内部は申し分のない広さをしたリビングとなっていた。腰の高さまで石垣を積み、そこから上は木造となっている。これが半端な場所ならば、そう見せかけたプラスチック建材で作られているところだが、ヒルベルト・インフィニティ・ホテル・グループは、わざわざ地球産の資材を取り寄せて石垣から組んでいた。
入って右の壁は全面ツナギ目のない透明な壁である。ちょっとした丘の上から針葉樹林を眺められる素晴らしい眺望だ。もちろん絶妙に計算されて配置されたホテルの諸施設が視界に入る事もない。実際の狭さを感じさせず奥行きが広がっているように錯覚させる風景だった。
反対の壁には、地球産のヘラジカに似ているがサイズがまるで違う、惑星<ロヴァニエミ>で発見された宇宙生物の頭部剥製が飾られていた。研究者が北欧神話に出て来る伝説の鹿からエイクシュルニルと種族名をつけた哺乳類だ。
まるで巨人が両手を広げたかのような立派な角をしている。大きさは地球のアフリカゾウが耳を広げたほどもある。
もちろん由緒あるヒルベルト・インフィニティ・ホテル・グループであるから密猟した物ではなく、個体数が増えすぎて生態系に影響を与える前に、間引くために狩られた物のはずだ。
もう動かない瞳に睥睨されるような位置には火の入っていない暖炉と座り心地が良さそうなソファセット。あと奥の壁には続きの間へと繋がる扉と、ここだけでも豪華なカウンターバーが備えられていた。
コクーンがそういった室内を観察したのは一秒にも満たない時間である。
なにせ室内には一人の女が立っており、笑顔を向けながらこちらへ歩み寄っていたのだ。
長い金髪に、瞳のない眼、白い肌。高い身長に抱き寄せたら折れそうな腰。間違いなくコクーンの横にいるロウリーと同じ特徴を持つ人種、エルフの女であった。
その女エルフは、赤色で統一したロウリーと対照的に、青いワンショルダーのドレスを身に着けていた。それも胸元から肩へは、同じ色をしたバラの花束で形作ったような豪華なドレスである。
金色のチェーンを腰の所へ巻いてドレスを絞り、胸元のボリュームと腰の細さを強調している。
風も無いのに、はためいているかのように揺れる裾は、床を擦るかのように長く、ドレスの色はそこへ向かって色調を淡くしていき、最後は白色になっていた。
ドレスの表面がキラキラと星空のように光るのは、全体に金粉をまぶしたかのように縫い付けられたビーズの効果であるようだ。
まるで、夜明け直前の白んでいく水平線を砂浜から見ている風景を落とし込んだようなドレスであった。
室内には他に二人の人物がいた。
ひとりは使用人であろうか、同じような青い色をした膝丈のワンピースに白いエプロンドレスを重ね、同じ意匠のヘッドドレスで髪を纏めたマウシェンの女であった。
彼女は奥の部屋へ続く扉の横に畏まって立っていた。
もうひとりは警戒しなければなるまい。この空間に似合わないような厳つい男であった。オーガのように大きな体格であるが、特徴である頭の角が無いので、おそらく地球系宇宙人でいいのであろう。横幅は大人二人分ほどもある筋肉の塊だ。
猪の首で四角い顎を持ち、しかめっ面をシリコンで固めたような愛想のなさである。
黒いスーツに、黒いワイシャツ、ネクタイまで黒で統一しており、足元の革靴すら黒であった。
一目では武装しているかどうか分からないが、あの肉体だけでもロウリーには脅威になるだろう。そこから推定される膂力は「ダンプカー一台分」と嘯かれても納得しそうであった。
男は耳から目にかけて顔に貼りつくようなシールドサングラスを身に着けていた。あれがただのファッションではなく、なにかの情報デバイスであることは間違いない。遠慮のない視線をコクーンに向けているが、さてどういった評価がされたのか聞きたくなるところだ。
そんな二人が居ない者のように、青いドレスの女は小走りにロウリーへと駆け寄って来た。
まるで外で囀っている小鳥のような声でロウリーに話しかけた。並みの地球系地上人には聞き取る事すら難しいエルフ独自の言語であるダイヤラス語…、俗に言うエルフ語であった。
ロウリーも瞼をパチクリと瞬かせてから、同じ言葉で話し始めた。
内容が分からなくても、親し気に微笑みあい、お互いのドレスが皺にならないように軽く抱き合っていれば、親愛の挨拶を交わしている物と理解できた。
ちなみに、さらに言語学に詳しい大学教授などがこの場に居たらならば、彼女たちがダイヤラス語と分類される主な三つの言語、すなわちファイラス語、ドットラム語、北ダイヤラス語のドレでもなく古マシャ語に分類される非常に珍しい言葉を使っていることに気が付いたであろう。
向こうの厳つい男が動かないので、コクーンも会話はロウリーに任せて周囲の警戒を続けることにする。女の護衛役は、姿を見せている彼だけでは無さそうだ。
ひとりで警護に当たっているのなら、隙無く守るために今コクーンがやっているように、周囲へ視線を常に配らないといけないが、男はコクーンを睨んだまま棒立ちである。
おそらく姿を見せない数人がロッジを囲むように不測の事態に備えているのだろう。
女が三人寄れば姦しいとはよく言った物で(とは言ってもマウシェンの女は奥に続く扉の横でずっと畏まっていたが)エルフ二人の囀りのような会話は途切れることは無かった。
体感で一時間、実測時間で一〇分ほど経ってから、やっと二人の視線がコクーンへと向けられた。
「こなたが我がいま世話になっとぅ宇宙船ん船長ばい。キャプテン・コクーン。こちら現コルポサント卿夫人んシルック・アンックリ・マー・デ・マーペッロ」
星間国家グンマで外交の要人として活躍するエルフ、コルポサント卿の夫人であった。コルポサント卿は、フレッドの実の父親ではないかと思われている人物である。その細君が直に<カゴハラ>へとやってきた理由は、もちろんフレッドに関する事だ。
フレッドをこのまま宇宙海賊とするのか、それとも<メアリー・テラコッタ>から下ろすのか、子供がいないコルポサント卿の養女とするのか、そういったこれからの身の振り方を話し合うためにわざわざ首都惑星<マエバシ>から所有クルーザーでやって来たのだ。
「こんにちは船長」
ロウリーのような怪しげな日本語ではなく、しっかりとした標準語で夫人は挨拶をした。もちろんエルフは外交の場に立つことが多いから、あらゆる言語に精通していると言われていた。特に彼女は、星間国家グンマの外交特使として、日本語は流暢でなければならないはずだ。
「こんにちは。とても素敵なドレスですね」
胸に手を当てて少し屈むという礼節を示しながら、コクーンは少々危なげな発音で挨拶した。彼の声を聞いた夫人は目を大きく見開いた。一言だけエルフ語で話しかけ、思い直したように日本語で語り掛けて来た。
「ダイヤラスの囀りを使う我々以外の者を始めて見ました。これは先生が?」
「まあ、そうちゃね。日本語ん『門前ん小僧習わん経ば読む』と言うらしい。一緒に暮らしとぉ内に覚えてしもうたごたっと」
ロウリーがちょっと微笑んだ。
「とはいっても俺のエルフ語は聞きづらいだろうから、日本語で勘弁してくれ」
「ええ、ええ。日本語で十分ですよ」
夫人がちょっとぎこちない微笑みで頷いてくれた。おそらく二人だけしか通じない言葉だと思って油断した会話している時に、何か自分がうっかりした発言をしでかしていないか気になっているのだろう。
コクーンには二人の挨拶で交わされた会話のほとんど全てを聞き取ることができていた。まあ内容は普通の時節の挨拶程度で揚げ足を取れるような物ではなかったが。
もちろんコクーンがエルフ語を操れることは知らせなかった方が得であったろう。だが今からしようとしている話し合いで必要な物は、なによりも誠実さだと思ったのである。
「見事な風景ですね」
コクーンは彼女の心配をよそに、大きな窓の方を振り返った。
「さすがヒルベルト・インフィニティ・ホテルといったところですか」
「ええ、向こうの梢に小鳥が顔を出しますのよ」
夫人が二人を先導し、窓際に並べられたソファの方へと寄った。高級ホテルには要人の宿泊が前提であるから、もちろんガラスは防弾で狙撃用レーザー対策としてわずかに歪められていた。
「ほほう、小鳥とは」
もちろん天下のヒルベルト・インフィニティ・ホテル・グループである。敷地内をパトロールする無粋なロボットバードなどではなく、どこからか運び込んだ本物の鳥であるはずだ。
「どうぞ」
にこやかに一脚のソファを勧められた。一人用のソファばかりが五脚ほど、それに付随して小さな丸テーブルが同じ数だけ用意されていた。
奥側の一脚に夫人が腰かけ、隣をロウリーが占めた。コクーンはさらにその隣だ。少しだけ曲線を描くように配置されているので、お互いの表情を見ながらの会話に不自由は無さそうだった。
「それでは遠慮なく」
コクーンは勧められた席に腰を下ろした。さすがに高級ホテルである、座り心地の良い逸品であった。
「なにか口になさいます?」
夫人が指を鳴らすと、メイド姿のマウシェンが横へとやってきた。
「あー」
「奥さま」
コクーンが注文する前にメイドが口を開いた。
「『宇宙海賊と言えばピム酒』という言葉があります」
「あら、そうなの?」
夫人は知らなかったようで、確認するようにロウリーの顔を振り返った。
「そがん言い回しは確かにあるばい。まあ、昼間からアルコールも無かじゃろうけど」
「そう言われると考えておりましたので、ピム酒を使った薄いカクテル風ドリンクをご用意しました」
「では、それで。私もどんな味なのか興味があるわ」
「畏まりました」
すでに用意してあったのだろう、氷を使って竹筒を真似て作ったような、透明なカットグラスがそれぞれの丸テーブルへと置かれていった。
三人同時にカットグラスへ口をつけた。
そして同時に微妙な表情になった。
「あまり体験した事のない味ね」これは夫人だ。
「ちかっと甘すぎかな」これはロウリー。
「俺はピム酒のままでいい」宇宙海賊らしいコクーンの一言でドリンクへの感想は締められた。
「さてと」
ロウリーは風景の方へ乗り出しながら口調を改めた。
「お互い分かっとぉとは思うばってん、旧交ば温めに来たわけでん、飲み物ば愉しむために集まったわけでは無かばい。そろそろ本題と行こうか」
「そうですね」
夫人もどの梢に小鳥がいるのか探すように、窓の方へと乗り出しながら頷いた。
二人ともエルフの特徴である複眼であるから、どちらを注視しているのか全く分からないが、一緒に居れば雰囲気で察する事が出来た。
「いまウチん船で預かっとぉ、やーらしか子ん事ばいばってん、ノノーランはどう思うとぉと?」
「先生。その呼び方はズルいです」
眉を顰めたまま口元を微笑ました夫人が声の調子を変えてきた。
「まだ、こんな薄汚れる前の、子供の頃の呼び方をするなんて」
「なんちゃね? 薄汚れた?」
ロウリーはまったく動かずに言葉だけを繋いだ。
「そなたもドレスも、がばい美しかばい。そがん自分ば卑下すっもんじゃなかとです」
「そうだといいけれど…」
悲しそうな夫人の呟きに静寂がやってきた。
「憎かとじゃろうか?」
「はい?」
向けられた水に夫人は肩を撥ねらせた。
「自分には子供んできんのに、アレん人とんあいなかに子ば成して」
「…正直に言えば。そうですね。でも、そちらの女性には思うところはありません。すでに亡くなったと聞きましたし」
「では、その子はどうじゃろう?」
「…」
ちょっと下唇を噛んだ夫人は首を巡らした。風景を眺めているようにも感じられるが、複雑な己の内を整理しているのだろう。
「ウチの人が外の人に迷惑をかけることは度々ありました。その都度、余分なお金を使いました。また、お金で解決できない時はそれなりの方法で片付けた事もありました」
コクーンはさりげない様子で背後を振り返った。あのゴリゴリのマッチョ君は最初に確認した位置から一ミリも動いていなかった。
「すべて大人の話しです。でも子供となると…」
「経験したことが無かけん戸惑うておっぎぃと?」
ロウリーが訊ねると夫人ははっきりと頷いた。
「あん洟たれと別るっちゅう選択肢は?」
「洟たれ…」
クスッと強張っていた体を解して夫人は口元を隠した。もちろん貴族が個人の都合だけで気軽に離婚できる立場ではないのは、この場にいる全員が理解していた。
「ウチの人に先生がそう呼んでいたって言ったらどんな顔をするかしら」
「しょんなかじゃろう。我にとってベリリアームはいつまでも洟たれ小僧んままなんやけん」
「先生が最後にあの人に会ったのは、結婚前でしたっけ」
クスクスと笑ってみせるが、そこから感じられる感情は真反対の物だった。
「本当に男の人って子供のままで羨ましい。こういった後始末も女に任せて、自分は知らん顔ですものね」
「散らかしたオモチャはなおさんば、いつじゃい踏んでだいじゃ怪我ばすっと」
ロウリーが眉を顰めて言うと、夫人はソファに座り直した。
「私の夫に子供はいません。いるはずがない」
改まった口調にコクーンが口を開けた。しかしロウリーの手が先に動いで気勢を制せられてしまった。
「たとえ科学の力で合成した物だとしても、夫にはまだ子供はいません」
「コルポサント家ではそうなっておっぎぃと?」
「はい」
ロウリーの確認に夫人は深く頷いて答えた。
「じゃあ、なんだ? あの多額の振り込みは? ちょっと子供の口座には不釣り合いな額だったぜ?」
コクーンは自分でも知らずに座ったまま前に乗り出していた。
「あれは…」
言葉が詰まった夫人に、ロウリーは相変わらず優しい声をかけた。
「洟たれん勝手にやった事…、みたいね。まあ、よかじゃろう。いちおう<メアリー・テラコッタ>ん裏口座に移しといた。もしあん子ん乗組員となったら月々んお賃金に上乗せして少しずつ返して行く」
「そうしてください」
「この前は、内々に認知するとかいう話しだったんじゃないのか?」
コクーンは面白くなさそうに腕組みをした。
再び自信を無くしたように上半身を揺らした夫人が、苦し紛れのように声を捻り出した。
「…大叔父様が…」
「大叔父? ちゅうとドルススか。あいつめ石頭なんだけん」
夫人の言葉を聞いてロウリーが憤慨した。
「?」
コクーンが目線だけで説明を求めると、ロウリーが呆れたような声で教えてくれた。
「こん娘ん二代上…、父親ん父親ん兄弟ばい。ここら辺では一番の年寄りといったところ。融通ん利かん石頭で、我ん意見など聞いた事も無か男ばい。ノノーラン。あがん老いぼれん言う事なんか無視してん、親族会で肩身ん狭か思いはせんて思うばい」
エルフは血族主義である。よって自分より年上になる親戚の意見は、時として本人の意見よりも重要視される事があった。
「先生はそうおっしゃいますけど、そういうわけにはいきません。もう私も世間知らずの女学校の生徒でもありませんし。責任という物があります」
エルフは親戚同士の結びつきが強い。そして爵位を持って各国の外交に深く関わっている。親戚同士の付き合いでぎくしゃくすると、そちらの方にも影響が出かねないのであった。
「それと」
再び意識して背筋をまっすぐにした夫人はなるべく固い声を出した。
「我が家に害する者は許しません。たとえ相手がどんな子供でも、強請集りの類にはそれなりの強権を持って当たらせてもらいます」
コクーンは、また首を巡らせた。黒スーツのマッチョの位置は変わっていなかった。
「そいがコルポサント家ん出した結果でよかかしら?」
「はい」
きっぱりとした態度で夫人が頷いた。
「なんだ認知すらしないって事か? それどころか近寄ったら犯罪者扱いか? 随分酷いことを言うんだな」
コクーンが眉を顰めて確認すると、ちょっとだけ夫人は動揺したようだ。
「…あ」
「まあ、待ちんしゃい」
なにか夫人が言う前に、今度はコクーンを振り返ったロウリーは言った。
「<カゴハラ>へ来っまでにドルススなどから色々言われて、事情ん変わったんじゃろう。ようある事じゃけん、あまり責めんごと」
「で? 明日には『やっぱり世継ぎがいないと困る』とか言って取り返しに来られても困るんだが?」
コクーンの言葉に、夫人はプイッと外の風景へ顔を向けた。
「そういうことにはなりません」
「…。まあいいだろう」
あまりケンカ腰になっても利は無いと思ったのか、コクーンもすぐに矛先を引っ込めた。
「ちなみに、天涯孤独の女の子が、ある日<カゴハラ>で暮らしたいと言い出したら、そちらはどうする?」
「天涯孤独とは、お気の毒に。事故や事件に巻き込まれないように、穏やかに暮らせるといいですわね」
「な…」
夫人の言葉にキリキリとコクーンの眉が顰められた。いまの言い方だと、コルポサント家の不安要素となる人物には、それが故意かそうではないかを別にしても、事件や事故が起こって消えてもらうことになると聞こえたからだ。この場に本人を同席させなかったどころか、護衛を二人もつけて先に帰した判断は正しかったと言えた。
「待ちんしゃい」
そこはさすがにロウリーが柔らかい声を出した。
「そなたも、そがん目覚めん悪か事件やら事故は起きて欲しゅうはなかじゃろう?」
「ええ、まったく」
夫人の同意を確認すると、ロウリーはコクーンに振り返った。
「銀河系ん反対あたりん、ちかっと不便な惑星で慎ましゅう暮らして行くないば、夫人も心情的に応援してくるごたっばい」
「ええ」
ゆっくりと頷いた夫人は、それが当たり前のように言った。
「貧しい方が立身出世を夢見て新天地へ赴かれるのなら、むしろ応援したくなるというものです。そういった慈善事業にも、我が家はわずかながら出資させていただいています」
夫人の言った事を咀嚼するような時間を置いてからコクーンは口を開いた。
「まあ、こんなチンケで不幸な星で暮らしていくより、そっちの方が幸せかもな」
コクーンはそのまま面白くなさそうに席を立った。
「まったく、ウチん船長は短気なんやけん」
立ち上がった彼の背中を顔を動かさずに確認したロウリーは、ちょっと呆れたような声を漏らした。
「まだ、お若いですもの」
意外にも夫人が助け舟を出してくれた。
「そうやわね。あと二〇〇年ぐらい歳ば取ったら落ち着くかしらん」
「その頃にゃ、墓の中だ!」
ロウリーの言葉に、コクーンがたまった物では無いと声を上げた。エルフの時間感覚で地球系宇宙人を測らないで欲しかった。いちおう医学の進歩で地球系宇宙人の寿命は延びてはいたが、今の年齢に二〇〇年を足した頃には、さすがに老衰で死んでいるはずである。
「まあ今日はこんぐらいにしとこう。ノノーラン。そなたん決定はドルススん意志として記憶しとく」
先に立ったコクーンに釣られるようにロウリーも席を立った。
「どんくらいまで<カゴハラ>におるとかしら?」
「せっかく足を伸ばしたのですから、雑事を片付けがてら一週間ほど滞在しようかと思っております。先生も、また遊びに来て下さいね」
「そうやなあ、今度は普段着で立ち寄るっぎぃ幸せじゃかろうね」
エルフ流の別れの挨拶を交わしている間に、コクーンはロッジの外へと先に出た。室内にロウリーひとりを残しておく不安はあったが、腹の虫の居所が悪くなって、誰でもいいからケンカを売りたい気分になっていたからだ。
あのままだと夫人のメイドはともかく、護衛役らしい黒スーツの男に難癖をつけて、一戦始めていた自覚があった。
と、生垣の方から体格の良い男が現れた。いま正にケンカの相手になるかもしれないと思っていた黒スーツの男である。
だが待って欲しい。コクーンはロッジの正面に出てきたばかりで、最後に黒スーツの男が室内に居たことを確認したのは数秒前である。その数秒で別の扉から外に出て、グルリと生垣を回り込んでくるなど、人間業では到底無理であるはずだ。
(まさか双子か?)
コクーンは近づいて来た不愛想な顔を確認した。
肉体が服を着ているというより、服の内側から筋肉が盛り上がっているという表現の方が正しいようなマッチョな体に、ネクタイまで黒で揃えたファッションは同じだ。
顔に貼りつくような形の情報デバイスも一緒の様である。
猪首の上に乗ったへの字口までお揃いであった。
「お初にお目にかかる、キャプテン・コクーン」
外見から受ける印象よりもだいぶトーンの高い声で話しかけてきた。やはり星間国家グンマの公用語を意識してか日本語であった。
「ハジメマシテ。どちらさまかな?」
面白くなさそうにコクーンは答えた。とても自然な日本語で話しかけてきたが、慣れている者には人工音声であることがすぐに分かるのだ。同じ外形に人工音声ときたら、どこからか遠隔操作しているロボットである可能性が高かった。
「わたくしは首都惑星<マエバシ>で、ささやかな稼業を営んでおりますボクサー・マクフライと申します」
「ささやかな稼業?」
片眉を額の方へと押し上げると、ボクサーと名乗った男は両手を開いて見せた。
「おわかりになるでしょう?」
どうやら<メアリー・テラコッタ>の方で昨日あたりから察知していた「同業者」であるようだ。
「で? なんのようだ?」
機嫌が悪いままコクーンはマッチョ相手に訊いた。体格差からくる精神的な圧力は、彼には無駄のようだ。
「いえ。銀河に名高い宇宙海賊キャプテン・コクーンと、こうして知り合う機会ができたのです。挨拶をしなければ失礼にあたるかと」
「自分の姿を隠して、ロボットにやらせるモンは、挨拶と言えないんじゃないか?」
身長差から見上げるようにして睨みつけると、あからさまにボクサーは動揺して見せた。
「なにぶんグンマでも臆病者で通っている身でして。生身を晒すなんて度胸のある事はできません。この姿で勘弁してください」
どうやら自覚はあるようだ。自ら臆病者と名乗るというのは、こういう裏業界では珍しいのではないだろうか。ただし臆病だからと言って、相手が弱いとは限らないのも裏業界では常識である。
むしろ臆病なぐらい入念な下準備をするぐらいの者でないと長生きは出来ない世界であった。
「で? 宣戦布告ってわけか?」
「とんでもない」
シリコン製らしい顔をブルブルと横に振って否定した。作り物にしてはリアルな汗がじんわりと額に浮かんでいるのが見えた。
「今回、我が社が請けた仕事は、美人の護衛だけです。宇宙海賊と事を構えるなんて、拳銃一挺で重戦車と戦えと言っているのと同じですよ。我が社は、今のところキャプテンとは争う気が無いことを、お伝えしたくて参りました」
「ふうん『今のところ』ねえ」
つい細めた目からレーザービームのような視線を送ってしまう。臆病者がこう言うからには、おそらく依頼があれば<メアリー・テラコッタ>とやり合って、しかも勝つ算段が出来ているのだろう。
「お判りいただけましたか?」
「何事も平和がいいものなあ」
皮肉を交えて言うと、揉み手をせんばかりに腰を低くしたボクサーは、不愛想な顔を歪めた。どうやら愛想笑いをしているつもりのようだ。
「それで? 敵対する事になったら電話の一本でも入れてくれるのかな?」
「そうですね。もし、そういうことになりましたら、まず話し合いで解決できれば問題が少なくて大変によろしいかと」
「まさか宇宙海賊が身内を売るなんて甘い考えを持っているんじゃないだろうな?」
「もちろんです」
ウンウンとうなずいたボクサーは、歪んだ表情を正した。
「そして彼の者が一ヶ月の仮採用ということも知っております」
コクーンは溜息をついた。どこからバレたのかは容易に想像がついたのだ。
一隻の宇宙船が、健康保険やら生命保険の手続きで銀河船員協会と連絡を取れば、目端のきく者ならば新規乗組員の契約期間など、単純な算数の問題と同じだ。銀河船員協会のコンピュータをハッキングするまでもないだろう。
丁度その時、話し声とともにロッジの扉が開かれた。
「それでは私は仕事の続きがありますので。また今度」
「今度があればいいがな」
去っていく背中に声を浴びせたが、なんの反応も得られずに姿は生垣の間に消えた。
「何かあったと?」
最後の一節だけ耳に届いたのか、ドレスのフレアを捌きながらロウリーが訊いて来た。
「なんにも」
フンと鼻息を一つ噴き、コクーンは扉の所まで見送りに来た夫人に振り返った。
胸に手を当てて礼を示してから顔を上げると、夫人の背後に立つメイドと目があった。
そのマウシェンの女は部屋で見た時と違ってビッショリと汗を掻いている様子であった。彼女はコクーンへ、とても丁寧に頭を下げた。
「最低限の礼儀は守ったつもりのようだな」
「?」
独り言のようなコクーンの台詞にロウリーは不思議そうな顔をした。
解説の続き
ダイヤラス語:もちろん和美が適当に設定したエルフの言葉である。ファイラス語、ドットラム語、北ダイヤラス語、古マシャ語なども同じ
コルポサント卿夫人、シルック・アンックリ・マー・デ・マーペッロ:もちろんエルフなので本名を全部口にしたら寿限無のように長いので、ファーストネームと一番重要な苗字だけである
二人だけしか通じない言葉:だが現在すでにリアルタイムで英語で喋った言葉を日本語に翻訳したり、またその逆ができるアプリなどがあるのだから、エルフ語と日本語の間でそういった翻訳するデバイスがあるかもしれない。またキャプテン・コクーンはちょっとだけエルフ語を話したが、じつはペラペラなのかもしれない
「あの多額の振り込みは?」:キャプテン・コクーンがフレッドに脇が甘いと言った原因がコレ。おそらく補給長レディ・ユミルが気が付いて、コクーンに報告したのだろう
コクーンを振り返った:もちろん複眼のロウリーはソレをする必要は無いが、地球系宇宙人に対するジェスチャーとして行っている
地球系宇宙人の寿命:いちおう二〇〇歳まで寿命が延びているという設定にした。コクーンがだいたい二十代後半なので、二〇〇歳足したらちょっと無理か。宇宙海賊がそんなに長生きできるかどうかはまた別の話しである
「普段着で立ち寄る」:エルフ独特の言い回しとしておく
ボクサー・マクフライ:最近姿を見せている同業者と話しに上がっていた者である。司令部を見張っていたのも彼の手下。宇宙海賊ではなく地元の都市型テロリストである
「最低限の礼儀は守ったつもりのようだな」:キャプテン・コクーンはボクサー・マクフライの正体が夫人の連れているマウシェンの女だと見抜いたのである




