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宇宙海賊やろう!  作者: 池田 和美
38/51

宇宙海賊やろう! さんじゅうはち

 さて会議が終わりましたよ



 司令官執務室の扉が無遠慮に開かれた。

 それまで銀河では高級なお茶として有名なマチャコス茶のファースト・フラッシュとセカンド・フラッシュの見分け方をロウリーから教わっていたフレッドは身を固くした。

 なにせ襲撃があるのではと伝えられ、実際に建物の外に正体不明の者が見張っているとリウイから聞かされていたのだ。ついに襲撃かと身構えたのも無理もない話だ。

「いやはっはっは」

 明るい笑い声を先頭に入って来たのは、荒木提督であった。後ろから面白くなさそうな顔をしているコクーンも続いてやってきた。もちろん仏頂面のダンゾーがその背後に影のように貼りついていた。

「なんちゃね、驚かさんよ」

 にこやかにお茶の葉の色の違いを語っていたロウリーも大きく息をついたことから、彼女もそれなりに警戒していたことが察せられた。

「これは失礼」

 まさか自分の執務室へ戻ってきて文句を言われると思っていなかったのか、荒木提督が改まってロウリーのところまで近寄り、丁寧に礼をした。

「楽しい一時をお邪魔してしまったようで」

「まあ、よかじゃろう」

 ふんぞり返っていたロウリーはソファから身を起こした。彼女が立ち上がるのに荒木提督が手を貸した。

「お話ん方は終わったんかしら?」

「…まあな」

 コクーンは面白くなさそうなまま答えた。

「?」

「チビッコギャングは、的の役がよっぽど嫌だと思える」

「あら、そりゃあいけんね。標的ん役でも立派なお仕事ばい」

 ロウリーがコクーンへ微笑んでいる間に、フレッドは彼女のドレスのフレアを整えてあげた。

「さて…」

 ロウリーは自分のドレスを見おろすと、荒木提督へひょこっとカテーシーをした。

「ないば、お暇しようかね」

「また顔を見せに来て下さいよ、レディ」

 ロウリーの右手を掬い上げるように手に取った荒木提督は、ニッコリと笑顔を向けた。彼が手の甲へキスをする前に、ロウリーは宇宙焼けした提督の手の内からスルリと自身の細い指先を抜いた。

「また星ん巡るごと、運命ん巡るぎんた」

「行くぞ」

 貴族調の鼻をくくったような挨拶が終わったと見るや、コクーンが不愛想に言って歩き出した。少しも慌てた様子を見せずに、ロウリーが続き、彼女のバッグを手にしたフレッドが横に並んだ。

 来た時はダンゾーとリウイと二人で先頭を歩いたが、今度はコクーンとダンゾーが先頭である。ロウリーの横をフレッドが歩き、リウイは一番後ろで提督へ別れの挨拶をしていた。

 階段をおりて一階を抜けると、表にはやはり提督御用達のリムジンが停まっていた。両開きのドアの片方には、いつもの運転手役の海兵隊員が、反対側には司令部付の熊沢少尉が立っていた。

 乗る前にコクーンが運転手役の海兵隊員へ話しかけた。

「桟橋ではなく、ヒルベルト・インフィニティ・ホテル・カゴハラに行ってくれ」

 どうやら帰り道はどこかへ寄りたいようだ。

 五人は再びリムジンの客席に陣取り、リムジンはとても丁寧な加速で走り出した。

「なんか虫でも飛びよるんと?」

 隣に座ったコクーンの機嫌の悪さを見て、ロウリーが声をかけた。

「なんでもない」

 十分なんでもあるような顔でコクーンが車窓へと視線を逃がした。

「虫というぎぃ…」

 一瞬だけ車内前部にあるカウンター横に座ったリウイへ振り返ったロウリーは、ダンゾーに顔を向けた。

「ひとりほど覗き見がおったそうばい」

「ふん」

 ダンゾーは、その忠告を無視するように、つまらなそうに鼻息を噴いた。

「こんリムジンも、つけられとぉかもしれんね」

 そう言いつつ胸元からまた銀色をしたカードを抜くと、表示されているホログラムを確認した。最初に見せられた時から変わっていないように見える事から、相変わらず盗聴はされているようだ。

「えっと…」

 聴かれているのにこんな会話をするって事は、もう対策済みということなのか、それとも対策なんて無意味なのかを見分けられずに、フレッドは困った顔をした。

 とりあえず自分が何か出来るのではないかと、車窓から外をチェックする。フレッドに一番近い窓は、両開きの扉についた物だ。規則的に植えられた街路樹(に見せかけた空気浄化装置。本物は維持に手間と費用が掛かるのだ)の向こうには歩道がある。やっぱりこの車を見かけた軍人が敬礼で見送る他は、どこでも見られるような人の流れがあるだけだ。

 次に目に入るのは、ダンゾー越しの車道側の窓である。リムジンという特性からか、そちらは非常用に開けるようになっている小さな扉しか設置されていない。だからフレッド側と比べて大きな面積の窓になっていた。

 もちろん、どの窓もはっきりと厚みが分かる程の防弾ガラスである。レーザーなど指向性兵器による狙撃を防ぐために、わざと屈折率を変えてあるので、若干風景が歪んで見えるようになっていた。

 もちろん<メアリー・テラコッタ>の主砲のような大威力兵器の前では紙以下の物ではあるが、相手が個人携行兵器ならば(例えそれがロケット弾でも)最初の一撃ぐらいは耐えうる強度があるはずだ。

 車道にもおかしなところは見られない。妙に並走する車がいるわけでもないし、同じ対向車が何度もすれ違う事も無いようだ。

 あとフレッドの視界に入る窓といったら、コクーンとロウリー越しに見る事の出来る半円形のリアウインドぐらいなものだ。

 あまり客室に開口部があると防御力が保てないのか、リアウインドの大きさは小さめであった。もし二人が振り返ったら、フレッドの席からは外が見る事が出来なくなるだろう。

 その小さな窓から確認すると、後続車がついて来ていた。黒いハイヤーと思われる車である。

 気のせいかリムジンが車線変更したり、交差点を曲がったりしても、ずっと同じハイヤーが後ろにいるような気がした。

「…」

 思わず声を上げそうになって自分の口を塞いでから、戦闘靴の爪先で隣のダンゾーの足をチョンとつついた。

「?」

 物憂げそうにダンゾーがフレッドに振り返った。

「…」

 声に出してはいけないと思いつつも声が出かけ、口を塞いだ右手の指先だけで追跡車を指差した。

 ダンゾーはウンと頷くと、そのまま黙っていろと人差し指を唇に当てた。

 二人のそんなやり取りがコクーンの目に入ったのか、彼は肩をほぐすような仕草をした。目の前でやられたのでフレッドにもわかったが、その途中で鋭い視線を後方へ走らせたのがわかった。

 ロウリーに至っては気にならないのか、それとも複眼の視界が広くて、すでに視角に入っているのか、身じろぎもしなかった。

「まるでトーシロみたいな事しやがって」

 ポツリとダンゾーが呟くと、コクーンが嚙み潰したような微笑みを浮かべた。

「まあフレッドに気が付かれるぐらいだからな」

「い…、いいんですか?」

「ああ、いいんだ」

 フレッドの確認にコクーンは深く頷いた。

 全銀河の全ての星にチェーン店を持つと豪語するヒルベルト・インフィニティ・ホテル・グループは、主に高級ホテルを運営するリゾート企業である。

 銀河を二つに割っての大宇宙戦争が終結した後に、和平交渉が行われた惑星<ベルサイユ>での会議場も、ヒルベルト・インフィニティ・ホテル・ベルサイユであったし、全銀河に存在する人類の叡智保護を目的とした「カサブランカ宣言」が行われた惑星<カサブランカ>の会場も系列ホテルであるヒルベルト・インフィニティ・ホテル・カサブランカであった。

 惑星<カゴハラ>にあるヒルベルト・インフィニティ・ホテル・カゴハラも、系列ホテルと同じように歴史と格式を保つ高級ホテルとして、中継ステーションの港湾部と市街部の境目に建っていた。

 区画を仕切る回転式円盤エアロックを抜けると、本物の土を盛った丘に、背の高い針葉樹を植えた林の中をリムジンは走った。

 もちろん人工的に作られた中継ステーション内部に、木が植えられるだけの深さを持つ土の量を運び入れるだけで気が遠くなるような手間と暇が必要になる。さらに限りなく自然の物に見せかけた人工林を造成したとなると、予算がどれだけだったのか考えたくも無い。これら全てをヒルベルト・インフィニティ・ホテル・グループが、お客様により良い環境を提供するためと用意した物なのだから恐れ入った。

 わざと緩やかにカーブした道がホテル中央へと続き、やがてそれは車寄せとなった。

 さすがに高さに関する制約はクリアできなかったようで、リムジンが停まったのは二階建ての建物の前である。だが客が宿泊する部屋はこの建物にはない。すべてが自然(に見せかけた人工林)の中に点在するロッジ形式となっているのだ。

 ホテルのボーイが間髪入れずに扉を開いてくれた。

 リムジンから降りる時は、司令部前と同じように、ダンゾーとリウイが先に周囲をチェックし、続いてロウリーとフレッド、最後にコクーンが地に足を降ろした。

「ここまで、ご苦労さま。もう戻ってくれて大丈夫。あとは自分たちで、できるから。ありがとう」

 リムジンの運転席から降りてきて礼をした海兵隊員へ、コクーンは労いの言葉をかけた。

 彼は敬礼ではなく腰を折って挨拶すると、リムジンへ戻っていった。

「ここに何の用事なんです?」

 リウイの質問に、フレッドの手元から自分のバッグを抜いたロウリーがこたえた。

「地元ん有力者に挨拶ばすっと」

「ああ」

 だから今回ロウリーが一緒だったのかと納得するフレッド。エルフがこういった政治的な付き合いの場で潤滑液の役割をすることぐらいは、常識と知っていた。

「俺たちはどうするんです? そのお偉い方々のお相手ですかい?」

「おまえにソレができると、俺が思っていると思うか?」

 コクーンの確認に、リウイは着慣れてだいぶ年季の入った、自分の簡易宇宙服を見おろした。

「無理です」

「だろうな。ここはロウリーと二人で行く」

「わ、私たちは?」

 まさか、ここから桟橋まで歩くのかとフレッドが焦った声を上げた。

「安心しろ。タクシーならすぐに捕まえられるだろ?」

 コクーンが親指で道路を肩越しに指差した。五人を降ろしたリムジンが出て行く代わりに、一台のハイヤーが車寄せに入って来るところだった。

「え…、コレって…」

 ずっと追跡して来たハイヤーに間違いない。こんな怪しげな車に乗れと言うのだろうかと、フレッドは心配になった。

「ねえさんとリウイがいれば、ちょっとホコリを被るぐらいだから安心しろ」

 これでもう話は終わりとばかりに、コクーンはドアボーイが開けて待っている入口の方へと歩き出した。ロウリーがその左腕を取り、しずしずとついていった。

「えー」

「ホテルの入り口で変な声を立てるな。ホテルに迷惑がかかる」

 ダンゾーが短くフレッドに注意した。

「あ、はい」

 慌てて口元に両手を当てて声を抑え込んだ。

 ハイヤーの扉をドアボーイが開いてくれた。

「私が奥、おまえが手前。フレッドは真ん中」

 簡潔にダンゾーが指示を出し、先ほどのリムジンよりは安物のシートへと体を滑り込ませていった。

「は、はい」

 フレッドが言われたままにダンゾーへ続き、最後にリウイがドアボーイへチップを渡してから車内へと入って来た。

「お客さん、どちらまで?」

(あれ?)

 運転手の声に聞き覚えがあるような気がして、フレッドが声を上げそうになった瞬間に、ダンゾーが戦闘靴でシートを後ろから蹴り飛ばした。

「さっさと行け」

「へえい」

 会社の制帽をチョロっと左手の親指で持ち上げて振り返ったその顔半分が、銀糸でできたような髪の毛で覆われていた。

「飛行長?!」

「へへへ、どう? かっこいい?」

「とっとと出せ」

 ニッコリ笑うアリウムへフレッドが返事をする前に、再びダンゾーがシートを蹴った。

「はいはい、ようそろ」

 それがまるで背中側からのマッサージだったと言うように<メアリー・テラコッタ>飛行長アリウムは、ハイヤーのアクセルを丁寧に踏み込んだ。

 ハイヤーは車寄せを一周すると来た道を戻り始めた。

「どうしたんですか? それ?」

 ハイヤーはもちろんのこと、制服から制帽まで中継ステーション内で営業しているハイヤー運営会社の物であった。

「へへへ、転職」

「うそ、マジ?」

「うそ」

 フレッドの質問にハンドルを捌きながら楽しそうに答えてくれた。

「なんだったら、そっちに永久就職でもいいぞ。それとも永久に眠るか?」

 ダンゾーが面白くなさそうに言った。

「地元で足を確保していないと不便でしょ。だからハイヤーの会社にお願いして、車をレンタルできるようにしてあるのよ」

「まあレンタル料金やら期間やらの交渉はレディ・ユミルがやったんだけどね」

 さも自分の手柄のように語る飛行長アリウムの言葉を、リウイが補足した。

「レンタカーじゃダメなんですか?」

 フレッドの素朴な疑問に、リウイが答えてくれた。

「狭い中継ステーションの中にはレンタカー屋が無いところが多いんだ。これが惑星(ちひょう)へ降りるって言うんだったら、大抵あるんだけどね」

「あ、そっか」

 ついこの前まで街に住んでいたので、中継ステーションの交通事情を理解していなかった。

 中継ステーションを利用する一般人は市街地を走る市電(トラム)か、無人運行のタクシーを利用する事になる。もうちょっと金持ち、それこそこういう高級ホテルなどに用事があるような層は、ステータスとして人間のショーファーがつくハイヤーを利用する。そして商売のために中継ステーションに居住している層が自家用車やトラックなどを使用していた。

 宇宙船から降りた乗客ならば、それが豪華客船の客ならハイヤーかタクシー、お値段が手ごろな貨客船の客ならばタクシーかトラム、そして貨物船を含む乗組員ならばトラム程度しか利用しないはずだ。惑星上を観光するならば、宇宙桟橋からトラムで軌道エレベータに移動、地表に降りてから初めてレンタカーを契約する事になる。

 たしかに中継ステーション内でレンタカーを利用する層が少ないと言えた。

「なんでタクシーじゃダメなんです?」

「ドコへ連れて行かれるか分からないからだ」

 フレッドの質問に、ダンゾーが恐い声でこたえた。

「もし敵が人質を取ろうとしたら、タクシーの運行プログラムをハッキングするだけでいいからな。あと、ハイヤーから車だけ借りて、このバカ(アリウム)が運転している理由も同じだ」

 さすがに言葉が足りないと自覚したのか、ダンゾーは説明を追加した。

「…警戒しすぎでは?」

 フレッドの質問に、ダンゾーは鋭い視線を寄越した。

「この世界じゃ、慎重な方が生き残りやすい」

「はあ、そういうものですか」

 まだ納得いかないような声を出すフレッドに、ハイヤーのハンドルを握るアリウムが明るく言った。

「いちおう桟橋に向かってはいるけど、ちょうど男二人に女が二人。別のホテルに寄り道して行こっか?」

「?」

 キョトンとしているフレッドを余所に、ダンゾーの蹴りが再び運転席のシートを襲った。




 解説の続き


ヒルベルト・インフィニティ・ホテル・カゴハラ:名前は有名な数学上のパラドックスから

「まるでトーシロみたいな…」:後で分かるがダンゾーは尾行が下手と言っているわけではない

大宇宙戦争:銀河連合に所属する自由連合軍と、銀河帝国に所属する諸侯軍が激突した戦い。ていどに設定した歴史

和平交渉:やっぱり和平交渉は<ベルサイユ>でないとね(和美の偏見である)

カサブランカ宣言:なんか適当にそれらしい語句を捻りだしてみました

「ちょっとホコリを被るぐらい…」:ハイヤーが尾行者であったらショーファーを二人で叩きのめすという意味なんだろうが、後で判明する事実からすると、内輪もめでホコリを被るという意味だ

「私が奥…」:ハイヤーの座る位置。どう見てもフレッドを護衛する形である

「タクシーじゃダメ…」:タクシーは無人運転で、行先を口頭で入力すると、最適な道のりで目的地へと行ってくれると設定した。よってクラッカーなどが誘拐したい人物の乗ったタクシーを遠隔操作で乗っ取る可能性がある


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